独白 5

『事件に関わった私の存在は、彼等の嘘が都合よく誤魔化してくれていた。もう私は誰でもない。そもそも私は何かになりたかったわけではないのだから。しかし、どんなに私を不明瞭な存在に仕立て上げようとも、私の罪が消える事はないのです(城谷直樹 独白 終末を告げる鐘の音)』

身につくべき適齢期を過ぎても、分別のわからない者は少なくはない。それは我々大人の過信が生んだ災厄でもある。所謂ゆとり教育世代などと揶揄される彼等は、高度な情報化社会でのあり方を誤っている傾向にあった。佐伯隆司は既にそこら中に存在していたエキストラに、彼等なりの役回りを演じさせただけなのだ。

 非常識な若者達にとって、佐伯隆司の計画により生じた騒動は、彼等のイベント程度に過ぎない。彼等は自分達の環境における不平不満の捌け口に渇望しているのだ。矛先が向けられたのは佐伯隆司によってその隠れた陰の部分を曝け出されたこの国の社会だった。彼等は何の悪意もまるで自覚せず、この事件に加担していく。その数を計り知る事は出来ない。それほど多くの者がこの一連の事件に関わっていながら、彼等は犯行グループに手を貸したなどという意識はまるで無かったのだ。

 『都心の姿無き暴徒』と称された若年層による情報撹乱、特に問題となったのがチェーンメールだった。城谷直樹が未だ匿名の存在であり、尚且つこの陰謀が城谷直樹個人による単独犯であると目されていた頃、彼が爆発物を設置した際の監視カメラの映像から全国指名手配となっていた。目深に被った野球帽とパーカー姿の青年の歩く姿、『誰もが見覚えのあるあの事件の犯人だ』、『あの男なら今後こんな事件でもやりかねないだろう』という先入観と同世代に対する疑心暗鬼を植え付けられた若年層は、偽の情報も疑う事なく(そもそも正しい情報のみを選る術などなく)ただ何もかも事件に関する情報を瞬く間に蔓延させてしまう。 『犯人が予告した次の事件』、『犯人が潜伏している居場所』などという情報が次から次へと広まり、彼等はそれを他者に伝えて話題を共有する事を密かに楽しんでいた。それがどれほど警察の捜査を難航させた事だろう。すべては佐伯隆司の予想の範囲内における展開、同世代の一般的な若者達は、彼の意図のまま巧みに操られていた。その事実には今になってようやく気付いているはずだ。そして自分達が知らず知らずのうちにとんでもない事態を招いてしまったという事に。そう、無数に流された偽情報には本当の事件予告も含まれていた。嘘の中に紛れている真実ほど見つけ難いものはないという。佐伯隆司は、人間がある対象に関する情報に見慣れてくると、どんなに用心深くとも騙され続けるうちに危険を察知する能力や意識が緩慢になる性質を見抜いていた。『どうせ嘘だろう』と思えば思うほどにその効果は増すのだ。その後に本当の事件予告であった事を知った時、初めて人は『これも真偽のほどは定かではないが』と勘ぐるようになる。他者からの情報に対する疑心を深めさせるのだ。佐伯隆司の狙いはそこにあった。

 結果として起こったのが渋谷、新宿、原宿における大混乱であり、地下鉄各所における殺到事件である。『犯人が爆発物を設置した。早急に非難しなければならない』などという内容のチェーンメールは、その場にいる人間に恐怖と焦燥感を与える。それは実際に犯人が爆破事件を既に起こし、その後の脅迫や拉致監禁、暗殺などを予告通りやってのけている事実が、この信憑性に由来するものであったのは云うまでもない。 またそれこそが城谷直樹という犯人を『ゴースト』などと揶揄する由縁であった。突如として現れては忽然と姿をくらまし、その存在そのものにさえ疑問を与える謎の人物、それが計画のために佐伯隆司がプロデュースしたこの事件の犯人だ。

 だが実際に最初の実行犯だった城谷直樹が事件に関与したのは、それまで爆発物の設置のみだった。その後の彼の行動は佐伯隆司と共にあり、平然とその後の生活も過ごしながら、佐伯が嬉々として計画を進めている姿を、ただ黙って傍観していたに過ぎない。彼の後に起こした事件のほとんどは、サークルの主要メンバーによって実行されたもので、偽の情報と本物の事件予告とを大量にばら撒いたのは、佐伯の指示を受けたサークルメンバーによるものだった。後はその情報が勝手に蔓延し、若年層を恐怖と興奮で支配した。彼等の行動に関心を抱いた若年層からは複数の模倣犯も生まれたが、これもまた佐伯の計画には含まれていた。彼等模倣犯が逮捕され、彼等が爆発物脅迫事件の犯人も勝手に名乗れば、また世間はこの計画を問題にしないわけにはいかなくなっていった。佐伯隆司の持つカリスマ性は、この計画によりでっち上げられた半ば架空の犯人に色濃くコピーされていったのだ。
 彼の望んだ混迷の社会は完成しつつあった。すべては彼の、佐伯隆司の計画のままに進んでいた。すぐ傍にいた、ただ一人の例外を除いて。

『終末の鐘はその時を待たずして打ち鳴らされる、という事を彼には教えてあげたかったのです。それは残酷な結末だったと思います。しかし彼を救う事ができたのは他の誰でもなく、彼の影になった私だけだったのです。それが罪を犯した私の、最後の役目だったのです(城谷直樹 独白 終末を告げる鐘の音)』

独白 5

独白 5

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted