サヨナラを告げる時。
サヨナラが言えなかった少女の話。
貴方の目にはあの人しか映ってないって、ちゃんと分かっていた。
それでも、痛くて、痛くて、なんで?どうして?なんて、答えのない問いかけを繰り返した、あの、夏の日——。
「ねぇ、今年も一緒に花火大会に行くでしょう?」
毎年決まった日に地元で開催される花火大会は、規模が大きくてそこそこ有名だ。
まだ小さかった頃は家族と、いつの頃からか、友人と2人で行くようになったそれに参加することは、私達の間では当たりのことだった。
「ちょっと、考えさせて。」
何時もと違った返事をしてしまったのは、気にかかる存在がいたからだ。
お互い知らないことはない、それくらい身近な彼女は、少し心配そうな、咎めるような表情をした後、分かった、と一言だけ言った。
放課後の部活を終らせ帰宅すると、すぐにメールを開く。受信欄にはメールが1件。それを目にした瞬間、胸が騒ぎ出す。
『 部活お疲れ様。
無事帰り着いた?』
相変わらず心配症だなと呆れながらも、頬が弛んでしまうのを感じる。
一瞬考えた後、返事を打ち出した。
『 ありがとうございます。
帰りつきましたよ。
先輩もお疲れ様です。
そういえば、もうすぐ花火大会ですね。 』
誰と行くのですか?その言葉を書けないまま送信ボタンを押す。
前に花火大会の話が出た時に、彼女さんと行かないという事は聞いていた。もう関係が良好ではないことも。
戯れのように貰う好きの言葉と、もう少し待っていていて欲しいという、まるで未来があるかのような甘い誘惑だけが、私達の関係の全てだった。
でも、だからこそ私は、こうしてズルズルと、切らなければいけない関係を引き伸ばしている。
ヴーヴーと携帯のバイブ音がする。メールの返信だ。
『 ありがとう。
そうか、もう来週か。
結局ヤローばっかで行くことにしたよ(笑)。』
はぁ、と無意識にため息が漏れる。
彼女さんと行かないということを再確認して安心したのか、分かってはいたものの、一緒には行けないという現実を突き付けられて残念に思ったのか、自分でも感情が読み込めなかった。
ただ、なんだか急に疲れた気分になって、制服のまま、ベッドに倒れ込んだ。
友人に、やっぱり一緒に行くと伝えたとき、彼女はやっぱり何も聞かなった。ただ、安心したような顔で、そう、楽しみだね、とだけ言った。
終業式が終わり、夏休みが始まると、すぐにお祭りの日はやってきた。
私と先輩の関係は、やっぱりどっちつかずのまま続いていた。彼を好きだという気持ちは、冷めることなく私を侵食し続けた。
花火大会で偶然会えるようなことがあるかもしれない、そんなことを考えながら、何時もより慎重に浴衣を着付けている自分に、なんだか嫌気がさした。
トン、トン、と、何処からか太鼓の音が聞こえる。日が暮れだした、何時もよりも騒がしい街を、友人と2人で歩き出す。
徐々に人が多い場所に近づくと、自然と視線をさまよわせている自分に気付く。
こんなに人が多いのだ。会う確率は低いだろう。
分かってはいても、どうしても止められなかった。
テキ屋を冷やかしながら歩いているうちに、空は暗く染まる。
そろそろ花火が見やすい所へ移動しようと、むかし2人で見つけた穴場にいく。
屋台の後ろ側の、少し開けた芝生だ。
余り人が居ない静かなそこから見る賑やかな大通りは、キラキラしていて、まるで映画を見ている様な気分になる。
ドォン!!!
いきなり大きな音が鳴ると、空に大輪の花が咲いた。
わあっと声がして、皆が幻想的なその景色に目を奪われる。
綺麗だけれど儚い花火は、舞っては散り、消えてゆく。
先輩も見ているだろうか。
何処かでこれを見ているだろう先輩のことを思う。
何だか何時もより味気ない、ぽっかりと胸の一部が空いたような、そんな心地がする。
一緒に見ていたら、きっともっと綺麗だったのだろう。
そんなことを考えながら、ふと屋台の方に目を向けると、目に飛び込んで来たものに愕然とした。
「なんで…?」
かすれた声が漏れた。
そこには、今私が思い浮かべていた彼。
そしてその人が微笑む先には、浴衣姿の彼女の姿があった。
人混みを掻き分けて、ただ、歩き出した。
幼馴染みは、同じものを目にしたのか、後ろを付いてくるだけだった。
ただ、この場所にいたくない。
さっきまでキラキラしていたこの場所に、今ではもう何も感じなかった。
涙で滲んだ視界に、何回もさっきの光景が浮かぶ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
何に嘘だ、と言っているのか、それすらも分からないけれど、とにかくそれだけがグルグルと頭を回った。
何時の間にか辺りに人影は無く、花火の音が遠くに聞こえる。
「一緒に行かないって言ったの。」
しゃがみ込むとボタボタと溢れる涙を拭う気力もない。
先輩とあの人は付き合っている。
だから祭りに行くなんて当たり前。
そんなこと分かってる。
言葉のつく関係がない私には、それを咎める資格はない。
分かってる。
それでも、
「信じてたの。」
そう、私は信じていた。
先輩の言葉は私にとって大きなもので、他のことなんてどうでもよくって、ただひたすらに信じていた。
優しい言葉や目線に、思い上がっていたのだ。
もしかしたら先輩の気持ちが完全に私に向いているかもしれないなんて、とんだ思い違いだった。
勘違いも甚だしい。
膝をかかえるだけで、立ち上がることも出来ない。
感情の波に押しつぶされてしまいそうだった。
それでも、こういう時、泣き叫んだりするもんじゃないのかと、なんだかよく分からないことが頭をよぎったりした。
人を好きになるのはこんなにも苦しいことなのか。
それなら恋なんてしなければよかった。
この気持ちが涙と共に薄れてくれればいいなんてことを思う。
でも、ぼたぼたと、流しても流しても、痛みは消えてはくれない。
「好きだったの、凄く、好きだったの。」
口から滑り出た伝えられない思いを、相変わらず何も言わない彼女に言い続けた。
どれだけそうしていただろうか。
花火の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
帰らないととは思うものの、体が重くて立ち上がる気力も無い。
それでも顔を上げて、後ろを振り返ると、暗闇の中で友人が立ち尽くしていた。
「え、なにその顔…。」
彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。
それはもう、私よりも酷かったのではないだろうかというくらいに。
余りにも静かだったせいで、彼女が泣いていることすら気付かなかった。
「だって、悲しいし、悔しいの。」
そうやって、また泣き出す姿を見ていたら、なんだかまた泣けてきて、今度は2人で向き合って、わんわん泣いた。
泣いているうちに、なんだか馬鹿みたいに笑えてきて、ひっどい顔をしたまま、不格好に笑いあった。
悲しかった。苦しくて、悔しくて、情けなかった。
それでも、もう、なんだかどうでも良くなって、2人で下駄を脱ぎ捨てて、裸足のまま手を繋いで帰った。
今なら、ずっと言えなかったサヨナラの言葉を、言える気がした。
end...
サヨナラを告げる時。