『 ばいばい。 』
なんだかもう、全てがどうでもいい気分だった。
古い校舎独特の静けさの中、ぺたぺたと裸足のまま階段を上っていく。
リノウムの床のひんやりとした冷たさが好きだった。寒い冬の日の、フローリングも。
フローリングは歩くだけではなくて、床にそのまま横になるのも好きだ。
そうして目を閉じると、自分の世界は一人ぼっちで、煩わしい世間から切り離されるような、なにかから解放してもらえるような気分を、味わえるような気がする。
体が冷えるのに変なの、と笑っていた久しく見ない幼馴染みの顔を思い出す。
物心ついた時から一緒にいた幼馴染みは、大学で遠く離れてしまったいま、たまに取り合う連絡以外では、めっきり疎遠になってしまった。
そんなことを考えていると、階段が途切れる。
いつの間にか最上階まで登ってきてしまったようで、なんだか急に行く手を阻まれたような気がして、憂鬱な気分になる。
屋上への扉があったが、ドアノブを回してみても扉は開かなかった。
なんだかこのまま、何処までも登っていけるような気がしていた。
足元ばかり見ていたが、周りを見渡してみると、階段の踊り場に窓が一つ、そしてその右下には机がぽつんと置いてあった。
私は手にぶら下げていたサンダルを机の上に綺麗に並べて置いてみる。
それから、目の前にある埃のかぶった窓を開けてみた。
生ぬるい風が頬を撫でて、また心を静かにする。
何処か遠くの方から学生達の騒ぐ声が聞こえてきたが、見下ろす限りでは、その姿は見えなかった。
ふと思い立って、窓枠に腰掛けてみると、なんだかこのまま、この世界から消えてしまえるような、そんな錯覚に陥った。
首を捻って真後ろにある空を見てみると、晴天。真っ白な雲とのコントラストが綺麗に映えていた。
今ならばこのまま、誰にも邪魔されず、穏やかに、静かに落ちていけるような気がする。
カタン、と、下の階から物音が聞こえた。
私は、急に現実に引き戻された様な気持ちになって窓枠から降りる。
それから、スカートの埃を払って、机に置かれたサンダルを手に取った。
サンダルを履きながら、さっき登ってきた階段を降りた。
降りるごとに、不思議とさっきまでの憂鬱で酷く億劫だった気持ちが凪いでいくように感じた。
一階に着くと、廊下を行き交うたくさんの学生の中からいつも一緒にいるメンバーの顔を見つける。
「あれ?どこ言ってたの?」
そう問いかけてくる彼女達を笑顔で躱しながら、そう言えば、窓を閉めただろうかということが、頭をよぎった。
あのぽっかりと空いた様な空間の中、埃と共に置いてきた感情が、風に流れていく、そんな妄想が脳内を掠めて、なんだか愉快な気分になった。
end...
『 ばいばい。 』