花を盗む

花を盗む

 独歩(どっぽ)と白田(しろた)という名前は、祖父がつけた。独歩は、真っ黒な猫が一匹で道路の真ん中を堂々と歩く姿を見て、白田は、田んぼの中を通るあぜ道に一匹でくつろぐ白猫を見て、どちらも直感でそう名付けたそうだ。僕としては、直感も何も、見たまんまを名前にしただけだろうと言ってやりたいところである。
 その二匹は真っ黒と真っ白という珍しい猫だったから、他の猫と間違うこともなく、出会う度に祖父はその二匹に話しかけていた、らしい。そうしていつの間にか二匹は祖父を訪ねて来たかのように、祖父の家に度々現れ、しまいには居つくようになった。それが現在にまで続いている。

 久しぶりに実家から数キロ離れた祖父の家に行くと、二匹の猫を見て驚く僕を見て、祖父はにやりと笑いながらこんな感じの説明をしてくれた。奔放な祖父。僕の中で祖父はそんな豪快で力強いイメージだったから、ネコに話しかけたり、一緒に暮らしたりと、どちらかと言えば柔らかいイメージがあることに、少なからず驚かされた。
 二匹は突然家に訪れた僕という見知らぬ人間に驚くこともなく、ちらりと流し目でこちらを見ただけで、すぐにそっぽを向いて縁側の方に揃って歩いて行ってしまった。なんだか興味がないと言われたような気がして、少し落ち込んでいると、そんな僕の様子を見て、祖父は軽やかに笑った。
「ははっ。めずらしいのう。奴らが愛想を振りまかんなんて。初めて見るもんでも、普段なら無駄に甘えた声出して、すり寄って行きよるのに。なんじゃ、陽平には愛想振りまく必要なんざないってか?」
「どーせ、僕は昔から生き物に好かれませんよ。」
「まあ、そう拗ねなさんなって。多分陽平には、無駄な気を使う必要はないと思ったんじゃろ。ほれ、当たっとるやないか。家族なんやから。」
そう言われて、僕は思わず祖父の顔をまじまじと見つめた。これは本当に、あのさすらいの頑固じじいだろうか。もしかしたら、偽物なんじゃないかと、本気で疑いたくなった。
 祖父は僕の表情からそんな思いを読みとったのか何なのか、眉を片方くいっとあげた後、笑った。その笑顔には、記憶にあった祖父の笑顔と違って、何か切ないものが含まれているような、そんな気がした。
 
 それから毎日のように祖父の家を訪ねた。丁度大学は長い夏休みに入っていて、僕は実家でのんびりだらだらと、課題をこなしながら過ごしていた。実家があるところはひどい田舎で、他に遊びに行くところもなかったし、祖父の家は何故だか夏はひんやりとして涼しかったから、とても居心地がよくて、長時間過ごすのにはもってこいだった。
 僕がよく祖父の家を訪れるようになってからも、二匹の猫の態度には何も変化がなかった。それが何だか悔しい気がして、時々こちらからちょっかいを出すのだが、またあの流し目でちらりとこちらを一瞥するだけで、反応らしい反応は、しっぽをぱたりと振るくらいだった。そのそっけなさが少し寂しくもあったが、段々とその態度にほっとしてきたのも確かだ。あの日祖父が言ったように、そんな二匹の態度には、どことなく親しさを感じるからなのかもしれない。
 
「お邪魔しまーす。」と、いつものように祖父の家に勝手に入る。
 ここは田舎だから、めったに盗みをする人なんていないし、周りは知り合いばかりなので、祖父はいつもカギを開けっぱなしで出かけていた。今日も、恐らくそうだろう。
 僕には今日、祖父が出かけていることが分かっていた。
「お前らはちゃんといるんだな。」いつも留守番ありがとうな、と声をかけながら、僕は白田と独歩の居座る縁側に行って、二匹の間を割るようにしてそこに座り込んだ。もうお馴染みになりつつある、ささやかなちょっかいだ。両脇を見なくても、二匹があの目でこちらを一瞥しているだろうことは安易に想像できた。右側の独歩の方から、しっぽの打ち付けられる、ぱしりという音がした。それを右耳で聞きながら、今日は白田はしっぽ鳴らさないんだな、と思って左を見ると、白田は心底興味なさげに、丸まって目をつむっていた。
 なんとなく、こんな感じの反応の違いから、最近この二匹の性格の違いが、僕にも読みとれるようになってきた。白田は割とクールで面倒くさがり。独歩は、なんて言えばいいか、そう、いわゆる俺様な感じだ。
 縁側から、ぼんやりと庭を眺める。ここから見える庭は、奥行が三から四メートルはあり、結構広い部類に入るだろう。庭の塀に沿って、奥の方にいくつか木が植えられており、その木の間に、でんとした構えの、芙蓉が植えられている。
芙蓉の花は夏が盛りで、今は枝の先にいくつもの花と蕾が、毎日のように次々と新しく付いていた。
「やっぱ、でかいなあ。」
芙蓉を見ながら、するりと出てくる独り言は、祖父の家に来るようになってからのものだ。なにせ祖父はだいたい家にいない。多趣味な祖父は、ゴルフに将棋に麻雀と、近所の遊び仲間とともに出かけていることが多かった。だからか、一人と二匹の時は、こんなふうに、するりと独り言が出るようになっていた。
 祖父の庭に植えてある芙蓉は、でかい。縦も横も、一メートル以上はあるんじゃないだろうか。芙蓉の花は一日しか咲かないため、枯れて萎んだ花びらが地面に落ちて茶色の絨毯の様になっていた。そのくせ、4カ月ほどの長い期間、次々と花を咲かせるものだから、地面の茶色は訪れるたびに色を濃くしていた。確かに花自体は、大きくて、淡いピンク色をしていて、とても綺麗なのだが、僕にはどうも生き汚い感じがして、好きになれなかった。綺麗なものが、汚くなって重なっていく様子を、見たくないのかもしれない。それとも、その必死さが窺える感じが、嫌なのかもしれない。
 そんなことを考えながら、芙蓉を見ていると、不自然な枝の様子から、何本か枝が切り取られているのが分かった。おそらく祖父が、花を活けるために摘んだのだろう。
 芙蓉の花は、祖母の好きな花だ。昔、まだ僕が幼いころ、この芙蓉の大きくて綺麗な花を見て驚いた僕は、その花を割と根元の方から豪快に引きちぎった。その時は、ただ、母に見せてあげようと思ったのだ。結果、祖父にこっぴどく叱られることとなった。確かに祖父は昔からとても怖い人だったのだが、その時は尋常じゃないほど、長時間説教が続いた。途中で祖母が帰って来て、祖父をなだめてくれなかったら、もっと続いていたのかもしれない。 
 その叱りようが、なんだかいつもと違った気がして、その後こっそり祖母に尋ねたら、祖母はちょっと照れくさそうに、ふふふっと笑うと、私の好きな花なのよ、と耳打ちしてくれた。今思い返してみると、昔から祖父には、そんな柔らかい所があったのだが、当時は祖父には怖くて強いイメージがあったため、その言葉を信じられなかった。その時、僕は祖母にからかわれたのだと思っていた。
でも違う。祖父も柔らかかったり固かったりする。僕は最近ここに訪れるようになってから、やっとそう思えるようになった。祖母の好きな花が、いつまでもこの庭で咲き続けているのも、きっとそういうことなのだろう。
 けれども僕の両親のなかでは、祖父はまださすらいの頑固じじいのイメージのままだ。その証拠に、こんなに家が近いのに、両親や親せきはこの家にやって来ない。僕が誰にも告げず毎日のように祖父の家を訪れるようになってからも、一度も姿を見ることはなかった。
 近いからこそ、僕みたいに思えないのだろうか。僕は孫だから、少し距離があるから、きっと気軽にこんな風に考えを変えることができる。けど、これが僕の父だったら、僕の父がよく僕を叱るような人で、母が亡くなってから生気の無くなっていた父を心配して一緒に住もうと言ったのに、冷たく断ってくるような人だったら。そうだとしたら、僕は今みたいに思うことはできなかったかもしれない。
「はああ。」
結構大きな声を出すと、ぐるぐるとお昼寝中の白田に咎められ、右からはしっぽの叩き付けられる音がまた聞こえた。おもわず少し笑いが出た。
いつのまにか縁側に仰向けになっていた体を起こし、ぐぐぐっと伸びをしながら立ち上がると、庭に置いてあった草花用の鋏を拾って、芙蓉に近づいた。それから、芙蓉の花を全部切った。蕾は残しているから、明日また何食わぬ顔をして、花は咲くだろう。
今日はこの花を、盗むようにして実家に持って帰ろうと、そう思った。帰って来て花が一つも残っていないのを見て、祖父は何を思うだろうか。次の日僕を叱るだろうか。それとも軽やかに笑うだろうか。
 それでも、祖父のことよりも、とにかく僕は僕の両親にこの花を見せたかった。なんたって今日は祖母の命日なのだ、このくらいはしても許されるだろう。
 両手に花を抱えて家の中に入ると、独歩がニャーゴと一声鳴いた。見ると、すっくと立ちあがっていて、しっぽはピンとまっすぐ立っていた。白田の方は以前丸まったままだったが、しっかりと目を開けてこちらをじっと見つめていた。
「なんだよお前ら。」
言いながら思いついたので、二匹の間に一本花を置いた。二匹はそれをちらりと見ると、いつもと同じように興味なさげに、また元の体勢に戻っていった。
「ほんとになんなんだよ。」
ははははっと笑いながら、そのまま祖父の家を出た。両手いっぱいに芙蓉の花という不自然な格好で歩いていても、誰にも咎められることはなかった。こんなに堂々とした泥棒は、案外田舎では珍しくないのかもしれない。

花を盗む

花を盗む

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-15

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