ぼくのともだち

 ぼくの家に、ともだちが泊まりにやってきた。
 ともだちは、ネコである。
 名前を、ミャア、という。鳴き声みたいな名前だねと言ったら、男らしくなくて好きじゃないのだと、ミャアは苦々しく答えた。最近まで女の子がいっぱいいる家に住んでいたのだとも、ミャアは言っていた。
 黒と白の斑模様をくねらせ、ミャアは優雅に歩く。ミャアのことを一言で表すならば、美丈夫というやつだ。
 さて、ぼくの人間ではないともだちにはミャア以外にも、しろくまのディブロくんがいる。
 ディブロくんも、ミャアといっしょにぼくの家に泊まりにやってきたのだが、学校では不良で有名なディブロくんがお土産を持ってきたことには、ぼくもミャアも驚いたのだった。絶対に目を合わせてはいけない、目を合わせたら殴られる、と悪評高いディブロくんであるが、ぼくとミャアとは何故だか妙に馬が合った。話してみるとディブロくんは、みんなが怖がるほど怖い人(しろくま?)ではなかった。ディブロくんは、ネコが好きなようだった。人間のことも。よく漫画に出てくる、ほんとうは寂しがり屋で、人見知りで、すこしおしゃべりが苦手なだけの周りが仕立て上げた不良、というやつなのだが、学校のみんなも、先生も、そのことにはまだ気づいていないし、この先一生気づこうともしないだろう。
「世話になるから」とディブロくんが持ってきたお土産は、駅前にオープンしたばかりの洋菓子店のプリンであった。ぼくと、ぼくのおとうさんと、おかあさんと、妹と、それからミャアの分と、ついでに自分のも、ディブロくんは買ってきたのだった。ぼくたち三人分のスナック菓子しか買ってこなかったミャアが、今からご家族の分も買ってくると家を飛び出そうとしたので、ぼくは笑いながらミャアを抱きかかえて制止した。
「泊まりにきてくれたことが嬉しいんだから、気にしないでいいんだよ」
と言ったら、ミャアはしおしおと下げていた目尻とひげをぴっと上げて、優美に微笑んだ。ミャアは確かに、ミャアという名前が相応しくない、いい男である。ディブロくんは、やさしい男である。
 ミャアとディブロくんは、おかあさんが作ったごはん(ハンバーグとにんじんのグラッセ、ポテトサラダとコーンスープと、それから白米)をうまいうまいと平らげて、プリンを食べて、それからぼくの部屋でゲームをしたり、学校ではできない学校での話をしたり、好きな女の子の話をしたりして、たくさん食べて、しゃべって、笑った。
 お風呂には、三人で入った。
 ディブロくんが入ると、お風呂のお湯は一気にはんぶん以下になって、あふれ出たお湯で洗い場にいたミャアが溺れそうになって、三人でげらげら笑った。お湯を足しながら交代でからだを洗って、ミャアのからだはぼくが洗ってあげて、ディブロくんのからだは泡立った石鹸でさらに大きく、もふもふになった。それがなんだかとてもおもしろくて、おかあさんに「こら、ご近所に迷惑でしょ」と怒られるまで、三人でずっと笑っていた。
「楽しいね」お風呂上りにタオルでがしがし頭を拭きながら、ぼくは言った。
「楽しいよ」からだをぶるぶる震わせ水滴を飛ばしながら、ミャアが言った。
「悪くねえな」泡を洗い流したら一回り小さくなったディブロくんがバスタオルで撫でるようにからだを拭きながら、ふんっと鼻で笑った。
「どうしようか。もう寝る?」
「寝るにはまだ早いんじゃないかい。もうすこしおしゃべりしようよ」
「夜更かしはからだに毒だぞ」
 ぼくたちはお風呂上りに白湯(うちの家では朝と夜、白湯を飲む習慣があるのだ)を飲み、ミャアとディブロくんがこの家に住んだら健康になれそうと笑い、
「じゃあいっしょに暮らせばいいよ」
と、けっこう本気の声色で言ったら、ふたりは困ったような笑みを浮かべて顔を見合わせていた。
 でもディブロくんが、からだに不釣合いな小さな寝息を立て始めた頃に、
「もし、ぼくがキミの家に住みたいと言って、キミの家族の人がいいよって了解してくれたら、ほんとうにいっしょに住んでもいい?」
とミャアが、なんだか今すぐにも消え入りそうな、頼りない感じで訊ねてきたので、ぼくはミャアを自分のベッドの方に招き入れた。それで、
「もちろん大歓迎だよ」
と答えたらミャアは、安心したように「ミャア」と鳴いて、ゆっくりと目を閉じた。

ぼくのともだち

ぼくのともだち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-15

CC BY-NC-ND
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