完全犯罪

星新一リスペクト。

 S氏は、広く人気を博した有名なミステリー作家だった。だがそれも昔の話。最近ではすっかりスランプに陥り、トリックのネタはひとつも思いつかず、まったく作品が書けない日々が続いていた。
 そんなS氏のもとを、ある日奇妙な男が訪ねてきた。男は、持参してきたフロッピーディスクをS氏に見せた。その中には男が自分で考えたトリックのネタが入っているという。そして驚いたことには、そのトリックのネタを買いとらないか、とS氏に持ちかけたのだ。
「値段は、……そうですね、とりあえず1000万くらい頂きましょうか。昔たくさん儲けられたようだから、それくらいすぐ出せるでしょう。それに、最近は全然作品が書けてないんでしょ? 高い買い物だとは思いませんけどねえ」
 ほとんどゆすりたかりの域である。しかしS氏は冷静に対応した。
「中身が全く分からないことを考えれば、ポンと出せる額ではないな。いったい、本当にその額に見合うような素晴らしいトリックなのかね?」
「そこはご安心を。今まで誰も考え付かなかったような、斬新かつ完璧な密室トリックです。名探偵がいくら頭をひねって考えても破れない、いわば完全犯罪ですよ」
 それを聞くとS氏はにやりと笑みを浮かべた。
「そうか。それはよかった。うむ、本当に、いいことだよ」
 半ば独り言のようにそう言うと、S氏は、おもむろに仕事机の上にあった銅製の置物を手に取った。そして、突然立ち上がったかと思うと、右手に掴んだその鈍器を、なんと男の脳天めがけて思い切り叩き付けた! 突然のことに反抗することもかなわなかった男は、頭から血を吹いて床に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「ふん、1000万などと吹っかけてくるからだ、なめやがって。こうすれば一銭も払わずにトリックのネタが手に入るのだから経済的ってもんさ。そして、俺はこいつを殺しても捕まることはない。このフロッピーの中の密室トリックとやらを使えば、警察はいくら俺が疑わしいと考えても俺を捕まえられないわけだからな。ははは、完全犯罪万歳だ。さらに、このトリックを使って小説を書けば俺はまたまた儲けることができ、一挙両得どころか三得だぜ。はっはっは、はっはっはっは、はーっはっはっはっは…………あっ」
 S氏はフロッピーディスクを床にぶん投げ、握りこぶしで机を思い切り叩いた。
「結局小説は書けんじゃないか!」

完全犯罪

完全犯罪

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-01-23

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