緞帳 桐木門、あるいは、沈丁花の怪異

登場人物
① … 二人の人物
② … 三人
③ … 女性・男性・女性
④ … “桐木門の怪異”
⑤ … “高田隆弘”
⑥ … “大木文正”
⑦ … “小野寺浄閑”
⑧ … “高僧”
⑨ … “桐木門の怪異”

0.梗概

荼毘


わたしは間違っておりました。
わたしは間違っていたのでしょうか。
わたしは間違っておりました。
わたしは間違っていたのでしょうか。
わたしは間違っておりました。
わたしは間違っていたのでしょうか。
わたしは間違っておりました。
わたしは間違っていたのでしょうか。
わたしは間違っておりました。
わたしは間違っていたのでしょうか。

悔いても悔いても仕方のないことです。

私は間違っておりました。
私は間違っていたのでしょうか。
私は間違っておりました。
私は間違っていたのでしょうか。
私は間違っておりました。
私は間違っていたのでしょうか。
私は間違っておりました。
私は間違っていたのでしょうか。
私は間違っておりました。
私は間違っていたのでしょうか。

私の業なのです(・・・・・・・)

もえるもえる。

私の火は間違いなのでしょうか。
わたしの火はまちがいなのでしょうか。

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誰もいない舞台があります。
大きなたいまつが燃えています。

下手から二人の人物がたいまつのそばに向かいます。

台詞が終わると、二人はお互いの顔を見ます。
舞台の明かりが消えます。





1.桐木門について

春の風

 小さな田舎の寺である。
要黐と沈丁花の生垣を過ぎて、
やけに真新しい山門をくぐると、右手にはちいさな池がある。
左手は大きなソテツが植えられている。
その向こうの建物はかつて経蔵として使われていたが、
今では“菩薩堂”と呼ばれている。
まっすぐ進めば本堂である。
三人の僧がこの寺を管理している。
さほど大きくもない寺に僧侶が三人も置かれるのには理由がある。

 ひとつは“菩薩堂”なる仏堂に安置される珍しいもののせいである。
この辺鄙な寺にもたびたび遠くからの参拝者があるのは
これによるところが大きい。
大きさ一・五メートルほどの小さな木乃伊である。
右手はひじから先が欠損していて、
歯を剥き出し苦しげに体を捻っている。
さらに損傷の激しい小袖と思しき着物を着せられている。
だが、奇怪なのは、顔面に目と鼻がないことである。
額から口元までのっぺりと干からびた皮膚が覆い、
痕跡すらも見当たらない。
耳と口だけしかないのである。
寺ではこれを“菩薩”の使いとして祀っている。

 そして、もうひとつは山門の建て方にある。
寺の門を桐の木で建てるのである。
衝撃に弱い桐材は屋外には使われない。
だが、頑なにこの門を桐材で建てるのである。
大工もこのことは承知しており、
本柱と控柱には特製の補強がなされている。
本来は使われないような木材を使えば、
当然門自体が傷んでしまう。
都度建てかえなければならないから、この寺の門は
いつでも真新しいのである。

だから、三人の僧侶は“菩薩堂”の管理と、
桐木門の建替えと維持のために必要なのである。


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たいまつは消えています。

上手から人物が中央へむかいます。
台詞を語り終わると、上手から三人が中央へ向かいます。

中央に着くととその場に着座しうつむきます。
頃合を見て起立し、下手へ向かいます。

舞台の明かりが消えます。





2.ほりけのそうじょう

一人目

はぁ、そうだねぇ、二年にいっぺんか、
もっと短いかもしれないね。
しょっちゅうあの門は建替えてるよ。
寺の人も大変だろうに。
さぁ、どうだろうねぇ、よく知らないよ。
私は大工じゃあないんだから。
それくらいしかねぇ。
…はぁ、あーあれねぇ、不気味なもんだね。
菩薩様の使いだよ。なんか着てるでしょ、着物みたいな。
あれはかなりいい布なんだと。うーん、そうだね、小さいけどねぇ。
さぁ、それくらいしか知らんよ。
あんなのにお願いしてなんか願いが叶うのかねぇ。
こんなこと言ってはいかんけども…。

二人目

ずうっとウチでやらせてもらってますわ、あい。
もう先々代か、もーっと前かもしれませんわ。
桐です。桐。ウチで仕入れからアク抜きからなにもかも全部。
そりゃ頻繁ですわな、つい去年も、はい、そうですそうです。
ムチャクチャなことですわ、桐なんて。
家具には最高だけども雨風にさらしていいことなんてひとッつもないです。
ええ、はい、いやぁ、違います。倒れるなんて、そうそうは。
いつもお寺さんからウチに。
いくら桐でももうちょっとは持ちますわなぁ。
でも建替えろ、といわれたら断れませんでしょ?ははは。
え。ああ。はいはい。
聞いたことありますよ。寺のきまりだそうです。
むかしむかしにえらい坊さんがきて、バケモンをやっつけたそうですわ。
いやぁやぁ、あーのミイラじゃぁなくて。
まぁいいや、それでそのえらい坊様になんか礼をしようとしたらしく。
それが桐で門を作れ、ということらしいですわ。
どのくらい昔とか、そんなことは全然。


三人目

ええ、はい、そうですね、はい。はい。
実はそこまで歴史が長いわけではないんです。
いえ、あのミイラ自体はあの寺に安置されていました、ええ。
しかし“菩薩の使い”として祀られはじめたのは戦後のことです。
当時の新聞に、はい。これ以前には菩薩に関連する記述はありません。
それより以前は別の形で信仰がなされていたようです。
表現はまちまちですが、餓鬼供養に用いていたようで。
ええ、そうです、施餓鬼です。
当時の施餓鬼は檀家の家々を直接訪れて行っていたようです。
あのミイラを笈に入れて、ええ、順々に周ったと、はい。
それがいつしか廃れて、今ではあのように。
いえ、そこまでは分かりかねます…なにせこの地域独特のことですので…。



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たいまつは消えています。

一人目は女性です。
上手から舞台の中央へ向かいます。
台詞が終わると下手へむかいます。

二人目は男性です。
上手から舞台の中央へ向かいます。
台詞が終わると下手へむかいます。

三人目は女性です。
下手から舞台の中央へ向かいます。
台詞が終わると下手へむかいます。

舞台の明かりが消えます。





3.梵焼


三人の僧侶が不審死を遂げたのは、
三月二十二日、境内の門前である。
同日の早朝、犬を散歩させていた近隣の住民により発見された。

三人はそれぞれが互いの手をつなぎ、うつ伏せで地面に倒れており
全身に重度の火傷を負っていた。
すぐに病院へ運ばれたが、二人は直後に死亡が確認された。

三人は非常に強い炎に巻き込まれたと推定される。
しかし発見時に境内周辺に火の気はなかった。
さらに全員が全く損傷のない僧衣をまとっていたのである。

死亡した二人の司法解剖の結果、胃の内容物から直前の食事が判明している。
高田隆弘氏の胃からは、ほとんど消化されていない大量の動物の肉類が、
大木文正氏からも同じく大量のイネ科の植物の葉と昆虫の一部が発見された。

唯一生存の確認された小野寺浄閑氏は、依然として意識不明の重体である。


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たいまつは消えています。

下手から人物が中央へむかいます。
台詞を語り終わると、下手へむかいます。

下手から“桐木門の怪異”がたいまつへむかいます。
金属の面をつけ、帯を締めた青年です。

たいまつをゆっくりと撫ぜる動作をします。
動作を終えると上手へむかいます。

舞台の明かりが消えます。






4.鑊身・針口・悕望

なぁはむじぃほぅむん 
なぁはむじぃほぅはぅ 
なぁはむじぃほぅせぇん

あまねくなんじにじきをほどこす
ねがわくばなんじかくかく
このじきをうけて


 わたしは隆弘(りゅうこう)です。
はい、そうですね、三十四になります。
ええ、ははははは、よく言われますよ。
この図体ですから、ええ。
よくスポーツ選手なんかに、はは。
そうですね、確かに他の寺とは少しばかり。
遠くからもわざわざお越しいただく方もおりまして。
有難いことです。
いえ、ええ、はい。
はぁ、ご存知でしたか。
しかしわたしも詳しくは、すみません。
しかし当時は施餓鬼会で家々を周っていたのは事実です。
えぇ、いえ、はい。


なぁはむじぃほぅむん 
なぁはむじぃほぅはぅ 
なぁはむじぃほぅせぇん

あまねくなんじにじきをほどこす
ねがわくばなんじかくかく
このじきをうけて


 私は文正(ぶんしょう)と申します。
…はい。
…今年で四十五歳でございます。
…ええ。
いえ、桐でなければいけません。
必ず桐を建てると。ええ。
……なぜそのようなことを?
…そうですか。
なんであれ、守るべきことはございますでしょう。
これは供養なのです。
ずっと、受け継がれるのです。
…ええ。
…はい。


なぁはむじぃほぅむん 
なぁはむじぃほぅはぅ 
なぁはむじぃほぅせぇん

あまねくなんじにじきをほどこす
ねがわくばなんじかくかく
このじきをうけて


 浄閑(じょうかん)でございます。
んええ、そうですそうです。
んはは、八十二でございます。ははははは。
んー、それはそれはどうもどうも。
さぁ、知りませんなぁ。
儂がここへ来たときにはもうああです。
はぁ、ほうほう。
しかしなぜそんなことお聞きなさる?
んえ、はぁ。
まぁ儂にも分かりませんわな。
んんー、実はねぇ、若いころの話だけれど。
あの“びしゃもんのつかい”と同じものを。
それぉ、そこの、ソテツの前にねぇ。
掃除をしとったんだよ、儂は。
そしたらあれが踊っとってね。
どうってなぁ、…こうくるくる手をね。
んん、いやぁ、燃えとった。
ん?そうそう。火達磨だね。
不思議な心地ですわな、
それで、気づいたら、もう居らなんだ。
んんー、はは、まだ耄碌しとりませんよぉ?
んははは。



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たいまつは消えています。

上手から“高田隆弘”が中央へむかいます。
大柄な男性が演じます。
台詞を終えると下手へむかいます。

上手から“大木文正”が中央へむかいます。
顔に傷を描いた人物が演じます。
台詞を終えると下手へむかいます。

上手から“小野寺浄閑”が中央へむかいます。
小柄な老人を演じます。
台詞を終えると下手へむかいます。

舞台の明かりが消えます。







5.桐木門の怪異


<ごおごおごお>

<ごおごおごお>

<ごおごおごお>


何故災いを成す。


<ごおごおごお>

<ごおごおごお>


何故か。
人か、心か。


<ごおごおごお>

<ごおごおごお>

さぞ熱かろう。
では棄てよ。
それこそがお前の救いなのだ。


パチンと、炭の爆ぜる音がした。


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たいまつに火が点されます

上手から“高僧”が中央へ向かいます。
中央で錫杖を高くかかげゆっくりと台詞は発します。

同時に下手から“桐木門の怪異”が中央へ向かいます。
“高僧”の前にうずくまるようにします。

台詞が終わると、舞台の明かりが消えます。










6.千手千眼観音


澡瓶


「貴様らッ、何をッ」

「っつ、あ」
「…ん、」

「何事だこれはッ」

「違いますこれは」
「黙れ黙れこの」

「そんなに騒がれてはお体に障ります」

「ンッ、なんだとォ、一体」
「これは違うのでございますあぁ只、わたくしは」

「何ィ?この阿呆共め、これでシラを切るつもり 」

「 浄閑様」
「お前ェッ何か言うことがあるのかァッ」

「隆弘からお話しいたします、ねぇ」


「…浄閑さま文正さまわたくしは、ああ、おお」

「泣くなッ隆弘、このォ」

「文正ォ!」

「   ですから、隆弘の申し上げた通りです」

「 もうよい話にならんッ、これは件は」
「浄閑様も同じでございましょう」

「   …何だとォ?この期に及んでッいい加減なッ」
「  浄閑様、私はすべて存じておりますッあなたのなさったことは、


あなたのなさったことは罪ではないのですよ 」


「わたくしたちみなはじごくに堕ちるのです」
「文正さま文正さま文正さま文正さ」

「はァハァ、許さんぞ、ゆるさんぞ糞餓鬼ども」

「アアァアツイ、アツイ」
「アツイ、アツイ」
「 」


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たいまつに火が点っています。

“高田隆弘”“大木文正”“小野寺浄閑”の三人が
上手から中央に向かいます。

台詞を終えると、手をつないでそのまま
うつ伏せに倒れこみます。

舞台の明かりが消えます。








7.回想


「施しも報いも無い、死ぬのは怖い」
「どうか隆弘と文正を許してやってほしい、どうか」


治療の続けられていた小野寺浄閑氏は翌日未明、息を引き取った。
彼はうわごとではなく、擦れる声でまわりにこう伝えたという。



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たいまつに火が点っています。

下手から“小野寺浄閑”が中央へむかいます。
同時に上手から、“桐木門の怪異”が中央にむかいます。
台詞を終えると、“小野寺浄閑”は“桐木門の怪異”に手を引かれて
下手へ下がります。

舞台の明かりが消えます。






8.沈丁花の話


生垣の沈丁花が今年もよく咲きました。
さわやかないい香りがしております。

「ねぇ」

「一緒に泣きませんか」

「僕をゆるしてくれるのか」

「  はい 」


桐の木の門は真新しいのです。
門扉がぎいと音を立てた。


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たいまつに火が点っています。

上手から、“桐木門の怪異”が中央にむかいます。
下手から“高田隆弘”“大木文正”が中央にむかいます。

台詞を終えると、“高田隆弘”“大木文正”が
共に上手へむかいます。

“桐木門の怪異”はたいまつを消す動作をします。



これでこの物語はおしまいです。
舞台に明かりがつきます。



緞帳 桐木門、あるいは、沈丁花の怪異

緞帳 桐木門、あるいは、沈丁花の怪異

あまねくなんじにじきをほどこす、ねがわくばなんじかくかく

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2016-08-10

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 0.梗概
  2. 1.桐木門について
  3. 2.ほりけのそうじょう
  4. 3.梵焼
  5. 4.鑊身・針口・悕望
  6. 5.桐木門の怪異
  7. 6.千手千眼観音
  8. 7.回想
  9. 8.沈丁花の話