学ラン兎、踊れよ踊れ

学ラン兎、踊れよ踊れ

学ラン兎、踊れよ踊れ

さて、ワタシのお弁当のおかずには多分、白身の魚とイカの天ぷらが丁寧に並べられて入っているはずだろう。だって昨夜、近所のスーパーでその天ぷらを選んだのはワタシでお母さんが小銭とお札を出して購入したからだ。そしてワタシはお母さんにスーパーの自動ドアを半分くらい潜ったところで言った。
「明日は魚の天ぷらとイカの天ぷらを弁当に入れてよね」と。
お母さんは「はいはい」と頷いて車の鍵をポケットから取り出して最近タイヤを交換した車に歩いて行った。

まてまて、こんな話はどうでも良いのだ。ワタシのお弁当の箱に投入されている天ぷらの内容なんて本当にどうでも宜しくて、ワタシが本当に話題にしなければならないのはそう!現在進行形でワタシの目の前で座っており、後頭部をこちらに向けている彼の事だ。彼とは?そうだ。まず彼の説明から始めようではないか、最初に話すのは外見だ。白い毛を生やし、時たま音を探す様にして動かす白くて長い二つの耳。赤い瞳は血を透かしたルビーで様々な物を観察している。
兎。
ワタシが言いたいのは彼は兎なのだ。そう主にクビから上が兎。ワタシは中学二年生だがブレザーを身に付けている。彼も中学二年生で黒い学ランを身に付けているがクビから上が兎。ワタシは思い返す。三か月前、学年が上がり一年生から二年生になりクラスも変わった。その時は確かこの教室には白い耳を生やした兎なんて居なかった。居なかったのだ!それがどうだ二週間前ほどからこの兎がワタシの席の前に現れた。しかしだ。その事に対して他のクラスの男の子、女の子、ヤンキー、リア充、根暗、オタク、スポーツマン、イケメン、絵が上手い奴、担任も気付かないのだ。兎に気付いているのはワタシ、ワタシだけなのだ。

再びワタシは兎の後頭部を見た。この学ランを身に付けた兎はきっと誰かが変身したのだろうか?ワタシはそう腕を組んで考えた。兎の頭を持つ前、誰がワタシの前の席に座っていたっけ?けれどもワタシは思い出せないでいた。新しいクラスのメンバーは三ヶ月たった今でも名前と顔が一致しないのだ。あぁ…ワタシは人の名前と顔を覚えるのが弱いんだ。せめて名前でも覚えておけば…
そうして考えていると黒板の頭上にある四角い箱からチャイムが鳴り授業が終わった。クラスの生徒はガヤガヤと喋り教室から出て行く。弁当の時間帯が訪れたのだ。ワタシも続いてカバンからタッパーを取り出して机に置き。魚の天ぷらとイカの天ぷらが入っているその蓋を開けた。そうした時である。涼しい声がワタシに向かって投げかけられた。
「フムフム、魚の天ぷらとイカの天ぷらですか?僕としてはウスターソースをかけて食べるのが一番好きですね」

白い毛で覆われた顔と赤い瞳をした兎がワタシに振り返って自分の好みを唐突に言う物だから驚いてしまい息が詰まる。それと同時に手に持っていた蓋をパタンと音を鳴らして机に落としてしまう。始めてこの兎が兎になってから喋りかけてきた。そして意外にも落ち着いた声にも驚く。
「兎が喋るのは意外ですか?それとも怖くて驚いているのですか?いやいや、その様な事は貴方にはない筈です、なんせ、この二週間と言うのもこの僕の姿を目の前にしながら驚嘆の叫びもあげずに僕を観察する余裕のある貴方ですからね」
兎はクスクスと笑い黙っているワタシに述べた。その後にまた「あ、このイカの天ぷら頂いでイイですか?」と人の指で突いてきたのでワタシは軽く顎を下に動かしてウンと言う。
兎は口を開けてイカの天ぷらを放り込み「美味い、美味い」と言いながらモグモグモグとした。

ワタシはその光景とイカの天ぷらを食べられた事にフツフツと何だかムカついてくる感情にノックされた。叩かれたワタシのドアからは勇気76%と怒り24%が登場した。その様なワケでワタシは今、目の前にいる兎に文句を言った。
「いきなり何なのよ!ワタシのイカの天ぷらを食べやがって、お前は何者なのよ!学ランを着た兎。カッコイイとでも思ってんの?」
学ラン兎はワタシの言葉を聴いているのか?いないのか手に着いた油をペロペロと舐めて胸ポケットからハンカチを取り出し拭いた後にこちらを向いて話した。
「普段大人しい貴方も食になると怒るのですね」兎はフフフと笑い「僕が何者ですか教えてあげましょう。僕は未来です」
「未来?」
「そう未来です」
学ラン兎は細長い指で何処かの映画の紳士の様にパチン!と鳴らした。

教室の天井が教室の壁と窓が折り紙を造る様にしてパタン、パタンと折りたたまれていく。それに加えて机と椅子が宙に浮き机に描かれている落書きが飛び出してお辞儀をした。すると楽しそうにズンチャ、ズンチャとダンスを披露する。宙に浮いた机たちはワタシと学ラン兎を囲って摩天楼を自ら高めていく、ワタシはその見たこともない業を見て学ラン兎の方に言う。
「なに?これは未来の技術のエンターテインメントのテクノロジーでワタシに自慢でもしたいの?」
学ラン兎はクスクスと笑い。「えぇ、その通りですよ」と言い椅子から立ち上がりワタシの手を取って「さぁ行きましょうか」と簡潔に述べた。をの後、学ラン兎はワタシの肩を優しく叩いて指をピンと張りある方向に向けた。
倒れた机だった。
ワタシは疑問に思いそれに近いて腰を曲げて見た。
ザァーザァーと机の上に映像が流れている。引き締めあったビル達と一つの満月が映し出されていた。またワタシの肩に手を置いて学ラン兎は言った。
「未来は思いの世界。良くも悪くも意識の中で生きている世界。此処に飛び込むんです」
学ラン兎は次にワタシの手を握ってその映像を映し出した中にプールの水面であるかの様にして飛び込んだ。

夜。きっと夜だ。真夜中の冷たい風。病的な青白い月の光がワタシと学ラン兎を照らす。息の詰まる地の見えないビルの集団が死んだみたいにオフィスの電気も付けず何処もかしこも寝ている。此処は未来なのか?分からない。でもこの学ラン兎は自分の事を『未来』と呼んでいたので此処は未来なのか?と、考えてみるがさほど未来であるとは思えなかった。
ワタシはビルの一角の屋上に立ち匂いのしない風に吹き込まれて学ラン兎を見た。
「意外にも何処にもある景色でつまらないですか?」
学ラン兎はクスクスと笑って言う。
ワタシは言った。「つまらない」
学ラン兎はワタシの言葉を聴いて手をパパンと叩いた。するとどうだ。風が満月を転ばして月がフッと消えた。それを待っていたかの様に空にある星座が光り出した。光り出した星座はシャンシャンと心地よい演奏を弾き出した。なんて言う題名なのだろうか?ワタシがそうして考えていると学ラン兎はワタシに手を差し出して言った。
「僕と踊りましょうよ」
無理矢理である。学ラン兎はワタシの手を取り腰に手を回してクルクルと踊る。踊る。

そして学ラン兎は踊りながら話すのだ。「人は何故?考えるのでしょうか?小説家、哲学者、思想家、それは自分自身で自分の道を歩いて行く事が出来ないからです。それで必死に答えを探して考えるのです。自分の明日を探して未来を探して…しかし3分後のまた30秒後の未来さえも人間はわかりっこないのです。何故なら人はその能力を与えてられない、非常に弱い生き物だ…」
学ラン兎はそう言ってワタシをターンさせた。ワタシは思う、もし人間に明日がわかる事があるのならば退屈になるんじゃないか?そのようになるとワタシは退屈だ。ずっと昼寝をしている。おそらくそんな生活をするんだろうなと思った。

星座の演奏は激しくなって弦の弾く音が強くなり何となくだが怖い。ワタシは学ラン兎の手を強く握った。
「貴方も恐れる事があるのですね。僕は未来。でも貴方はその未来を描く者。期待していますよ。待っています。また貴方とこの様にして踊れる事を…」
星座の音色は風がによってかき消された。

チャイムが鳴る。ワタシはその音で目を覚ました。授業終了の合図でお弁当の時間帯が始まる時でもあった。まぶたを擦り、目の前に注目して後頭部を見るが、そこには普通の男の子の後頭部があるだけで刈り上げの部活生の頭であった。
ワタシは授業の時に使ったノートをちらっとめくってる。鉛筆で描いた、学ランを身に付けた兎がスカした表情で此方を見ている。ワタシの落書きでワタシが最近、創作した絵本のキャラクターだった。名前はない。あるとすれば学ラン兎と言ったところか?
ワタシはお腹が空いたのでお弁当であるタッパーをカバンから取り出して机に置いた。そうした後に蓋を開けた。
魚の天ぷらとイカの天ぷらが入って…ん?イカの天ぷらが入っていない?
お母さんの奴…イカの天ぷらを入れるのを忘れたな…

ワタシはムカつきながら魚の天ぷらを口に入れ込み入道雲が膨らむ青空を窓から見上げて、その白身を飲み込んだ。

学ラン兎、踊れよ踊れ

学ラン兎、踊れよ踊れ

「僕と踊りましょうよ」 無理矢理である。学ラン兎はワタシの手を取り腰に手を回してクルクルと踊る。踊る。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-07

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