家庭教師 【骸綱 未完】
発掘品。
骸さんが、髑髏さんも巻き込んで、綱吉君に学問の方の家庭教師をする話。
事件が起こる前に、キリの良い所で切り上げた話。
どんな事件を起こすつもりだったんだ、10年前の自分。
家庭教師 【骸綱 未完】
六道骸。
彼の本当の名が、知りたい。
(な~んて考えてる辺り、大分ほだされてるよなぁ・・・。)
いつも通りの、夢の中。
本来の体が水牢に繋がれている骸と会うには、夢の中しかない・・・クロームに頼めば会わせてくれるのだろうが、緊急の用でもない限り彼女に無理はさせたくなかった。それに、会えば必ずこの変態南国果実はその2つ名に恥じぬ変態チックな事を仕掛けてくるのだ。あまり、他の人間に知られたくはない。
もっとも、本当に知られたくないのはそんな彼を拒みきれない自分の姿、なのかも知れないが。
「どうしました、綱吉君。ペン先が止まっていますよ。」
いつの間にか名前で呼ばれてるし。以前はフルネームだったのに・・・。そう思う綱吉自身は最初から下の名で呼び捨てているのだが、その辺りの事には目を瞑る。
瞑って、目の前のノートに集中し直す。
今やっているのは数学の宿題だ。
「ええと、使うのは、この公式だよな?」
「そうですね。」
「当て嵌める、と、このxが消える。」
「はい。」
「そうすると、yだけになって・・・左の数字が半分になる。」
「そうそう。」
「で、答えは2y・・・だよな?」
「正解です。なんだ、やれば出来るじゃないですか。」
「1個1個確認しながらじゃないと出来ないのっ、しかも教科書見ながら、お前に聞きながらじゃないと出来ないって、『出来る』とは言わない。」
盛大に溜め息をついて、綱吉は体を解した。たった1問解いただけで肩が凝って仕方がない。
今日はお試し、だ。何を試すのかと言えば、骸の家庭教師っぷりを。
何が発端かと言えば、ツナの成績の、見事なまでの悪化ぶり。何が理由かと言えば、リボーンは『綱吉をボンゴレ10代目にする為の』家庭教師であって、『勉学を教える為の』家庭教師ではないから。
つまり、こういう事だ。
相次ぐ戦いとそれに勝つのに必要な修行の為、ただでさえ壊滅的な学校の勉強が、ロクに出来ていない。勿論テストの数字は下降の一途。いくら中学が義務教育で留年の心配がないからといって、これは流石にマズい。というか、このままでは基本的な常識がないまま大人になってしまいかねない。
リボーンも一般常識程度は知っているが、使わなくなって久しい数学の公式まで覚えている訳ではない。そもそも『この公式を使ってどうこうする』、などという丁寧な教え方は、彼のスパルタ方式には似合わないのだ。
という訳で。
勿論味方の中で、年上の相手から、本格的に集中して勉強を教わろう、というのが綱吉の目論見なのだが。
その条件に当て嵌まるのが、目下骸しか居ない、という自分の状況はどう考えてもおかしい、と綱吉は思う。
「クフフ、可愛い事を言いますね、綱吉君。」
「骸?」
「僕が居ないと何も出来ない、なんて、そそる事を言うように」
「言ってないっ!! 全力で絶対に言ってないっっ!!!!!」
「クフフフフ♪♪」
上機嫌で『即席教え子』の手を弄ぶ骸に、綱吉の肩はどうしたって下がる。このセクハラさえなければ、彼はかなり教え方の上手な家庭教師だと思うのだが。
今も、セクハラを言うのと同じ口で冷静に分析している。
「一通り見ましたが、見せてもらったテストの悲惨さ程には、悪くありませんよ。
ただ・・・そうですね。
公式を覚え切れていないまま、問題文を見るからこんがらがるのではありませんか? どういう問題文の時に、どういう考え方をするから、どの公式を使うのか。更に言えば当の公式も、2つ3つ混ざって覚えてしまっている。それが混乱の元です。」
「それってつまり壊滅的って事だよな。」
「それ程でも。理解力はありますよ。ただ理解の仕方を判っていない。」
「?」
「こうしましょう。
まず公式を正しく覚えましょう。次に、問題文の特徴を覚えましょう。そうすれば、少なくとも公式を使う問題の大半は解けるようになる筈です。
どうしてその公式を使うのか、は、解いている内に判るようになりますから。」
「・・・それだけで?」
「ええ。どういう時にどの公式を使うのか。それは、問題文のパターンを見ていれば判るようになります。一律に同じ文面ではありませんからね。
綱吉君、今は文面など見る余裕すらない状態でしょう?」
「うん。むしろ読みたくない。」
「ソレです。そうやってマイナスイメージが付いてしまってるから、余計に判らなくなる。問題文を読む事と、楽しい事を結び付けて考えれば良いのですよ。
例えば昔、犬に数学を教えた時の事。
ちまちま文字を追うのが我慢出来ない、飽きるというので、とりあえず問題文を読む癖を付ける所から始めました。スピードは遅くて構いません。10秒読み続けられたら果物1個。それが出来るようになったら、20秒で果物2個。30秒で果物3個、という具合です。」
「なんか動物の躾みたいだな・・・。」
「クフフ。まぁね。
おかげで犬は読むのが得意ですよ。数学より国語の方が、点数は良いんです。物語系は流石に無理ですが。逆に千種は国語が苦手でしてね。登場人物の心情などどうでもいい、めんどい、と。
彼は数学が得意ですから、総合点では同じくらいですけどね。」
「・・・・・・。」
そうだった。彼は。
綱吉はある事に気が付いて、瞳を見開いた。そうだった、犬と千種、学校に行った事のない彼ら2人に学問を教えたのは、他ならぬこの骸だった。
骸本人は、大学教授に憑依した時に得たとかで、大学院レベル以上の知識を有している。その知識から、2人とたった1つしか歳の違わない骸が教師役になって教え込んだらしいのだ。あの2人に、歳相応以上の学問を。特に千種など、話しているとたまに隼人ですら唸るような知識を披露する事がある。勿論両方共、読み書き算盤の基本的な事はマスターしていた・・・あの犬ですら、日本語とイタリア語の2ヶ国語を話せるのだ。
聞く所によると、クロームの勉強も夢の中で骸が見ているらしい。
経験といい、実績といい、これ程適任な人は中々居るまい。
あとは。
「さて、クフフフ♪ 綱吉君、君にはどんなご褒美をあげましょうか・・・?」
「・・・・・。」
テーブル越しに頬を撫でてきた骸、その手を振り払うのも面倒で半眼になる。
あとは、本当に、真面目な話。
このセクハラさえなければ、かなり理想の教師に近いのに。
ふと、事ある毎に浮かんでは消える疑問が、また浮かんでくる。かねてから疑問で、そしてわざわざ訊くような機会もなくきてしまった質問。
「なぁ、骸。お前の歳って幾つなんだ?」
「おやおや、僕のプロフィールが知りたいのですか? 知っているでしょう、君と大して違いのない15歳ですよ。」
「それは今の・・・現世って言うのかな、『今回生まれてからの』年齢だろ? 変な言い方になるけど。
前に言ってたじゃないか、自分の体には六道全てを巡った前世の記憶が刻まれてるって。って事は、前に6回生まれて生きた記憶があって、今回が7回目で。記憶が繋がってるって事は、最初に生まれた時から数えるのが、お前の正しい年齢なのかな、と思って。」
「クフフ、相変わらず君は面白い事を言いますね。
急にどうしたんです。」
「前から気にはなってたんだけど・・・ホラ、教えるのが上手い人って、経験値が高くて精神年齢も高い人なのかな、って思って。学校の先生=教えるのが上手い人、じゃないからさ。だから、骸って実際何歳なのかな~、って。」
「ほほう、つまり綱吉君。君は僕が『経験値が高くて精神年齢も高く、あんな事やこんな事の上手な大人の男』と認定する訳ですね?♪
それはつまり、その『上手さ』を自分で発揮して欲しい、と。」
「認定してない、言ってない、深読みし過ぎっ!!
むしろこんだけ教え方の上手なお前が何でこんな変態なのか。そっちの方が不思議だと思う。もっと枯れるだろ普通。」
「クフフフフ♪ この僕を一般人と一緒にしてもらっては困ります。ホテルの使用に際して年齢制限はないのですから。」
「・・・言ってる事は常識的なんだけど、意味が問題なんだよな・・・。」
「65+42+130+79+86+93+15。」
「え? 何、もう一回っ。」
「2度は言いませんよ、綱吉君。足していけば僕の年齢になる筈ですから。」
「急に言うなんて狡いぞ骸っ。もう一回だっ。」
「仕方ありませんねぇ。
79+65+15+130+86+42+93、です。」
「さっきと数字違わないか・・・?」
「数字は違いません。順番が違うだけです。」
しれっとそう言ってのうのうと紅茶を飲む骸。綱吉は走り書きしたノートと睨めっこだ。『先生』の『電卓は不可です。小さな計算からして電卓に頼るから、基礎学力が落ちるんですよ。』というありがたいお言葉のお陰で、この夢の世界に電卓は出現してくれない。
自分の『510歳』という年齢に気付いたら、このボスはどんな顔をするのだろう。
骸は毎回、この数字を聞いた時の他人の反応を見るのを大層楽しみにしていた。ただ、1人に付き一回しか使えない『楽しみ』なので、知らせる事には慎重になるのだ。別に何かコンプレックスがあって隠しているのではない。
そうだ、今度恭弥辺りにも教えてみよう。
綱吉の何気ない質問に端を発した骸の遊び心が、後々とんでもないトラブルを引き寄せる事になろうとは、この時綱吉には知る由もなかった。
(よく考えたら、一番知りたいのは本名なんだよな・・・。)
まぁ、年齢が知りたかったのも本当なので、構わなくはあるのだが。
いつも通り通学路で隼人・武と合流し、学校に向かう。そんな彼を、校門前で所在なげに待っていたのはクロームだった。
反射的に臨戦態勢を取る隼人の押さえは、武に任せる事にする。
「ボス・・・。」
「おはようクローム。どうしたの?」
「これ・・・。骸様から。」
「骸から?」
「ボスに、伝言。『まずこれで公式を覚える所からです。』って。」
彼女がおずおずと渡してくれたのは、単語カード。よく英単語を暗記する時などに使う、アレだ。パラパラとめくると表に公式、裏には簡潔な説明書きが書いてあった。骸の字だ。
「あと・・・『この単語カードはクロームの作った幻術です。彼女の修行も兼ねています。彼女の調子次第で、たまに消えてなくなる時がありますが気にしないように。』って。」
「あ、ありがとう・・・ていうか、ずっと幻術作り出してて体の方は大丈夫なの?」
「平気。小さいし、現実感もそんなに必要じゃないから・・・。
幻術のっていうより、集中力の修行。幻術を出してる状態に、体が慣れるように・・・。」
「そうなんだ。」
そうか、こういう修行方法もあるのか。
まだまだ修行を『つけてもらう側』な綱吉は、骸の、こういう『良き師匠』な面を見ると素直に凄いなぁと思う。流石は510歳の仙人だ、と。
何回も思う。アレで変態でさえなければ、と。
「じゃぁ、私これで・・・。」
「うん、ありがとうクローム。」
変態要素の欠片もなく健気な彼の『器』は、そのまま綱吉に背を向けて去ろうとする。
が。
そこで事件は起きた。
―FIN―
家庭教師 【骸綱 未完】