闇鍋ならぬ闇ツリー 【ヴァリアー戦後のどこか 雲髑、骸綱】
発掘品。
綱サイドオールキャラで、クリスマスネタ。
10年前のクリスマス時期は、こんな事考えてたんだ自分、と軽く記憶喪失気分でした。
闇鍋ならぬ闇ツリー 【ヴァリアー戦後のどこか 雲髑、骸綱】
クリスマス。
それは神の子イエスが誕生した日。救世主の誕生、その奇跡を人々は2000年以上経った今でも忘れず、毎年必ずお祝いする。当日どころか12月中ずっと、下手をすると秋真っ盛りの暖かい11月中から毎日何処かでケーキが切られ、クラッカーが鳴り、賛美歌かそれに準ずる歌が歌われて、人々は幸せな表情で笑み交わす。
一宗教の、顔も知らない、たった1人の教祖の為に。
「まぁ、そう言われちゃうとそうなんだけどさ。」
骸の身も蓋もない表現に、綱吉は苦笑してカップを置いた。
いつも通りの夢の中、いつも通りの穏やかな世界。
春夏秋冬というモノのないらしいこの世界と違い、現実の世界では冬真っ盛りだ。今は12月初め。そろそろ品切れになるクリスマスケーキが出始める頃合だ。
並中では毎年恒例で、冬休みに入る前の一晩を校舎に泊り込んで過ごす。冬休み初日の朝は、学校から家に帰る訳だ。
そのイベントの連絡事項を書いたプリントが、今日、綱吉たち生徒に配られた。
その帰り道に綱吉、武、隼人の間で出た話が。
「俺たちもパーティーやりたいねって話になったんだ。でさ、クリスマスパーティーって言ったら、やっぱりツリーは必須だろ?
で、考えたんだ。ただ普通に、作り物の樅の木に適当な飾り付けしてもつまんないよねって。樅の木じゃなくていいんだ、庭木で。その庭木に、誰か1人に任せるんじゃなくて全員で1個ずつオーナメントを持ち寄って、それを当日飾っていけばいいんじゃないかなって。
パーティーの面白いイベントになるだろう?」
「何処ぞの苺頭ではありませんが・・・。
少し群れ過ぎではありませんか? 何でもかんでも皆でやれば良いというものでもありませんよ。ツリーの飾り付けくらい1人でおやりなさい。」
「確かに、飾るだけなら1人でいいんだけどね・・・。」
「?」
「ホラ、皆で持ち寄る事に意味があるっていうか。オーナメント=その人から皆への思い、って考えると素敵だろ? 皆の思いがツリーを綺麗に飾るんだ。」
「はい、却下です。
嘆かわしいですね綱吉君。『そういうの』、僕が嫌いなのは知っている筈ですよ。嗚呼実に嘆かわしい、まだまだ君は、僕への理解が足りないようだ。
これはもう体に教えてあげるしか」
「ない筈ないだろもっとよく探せよ教え方をよ。」
紅茶を啜りながら体を引き、簡単に魔手から逃れる半眼の綱吉。だんだん変態行為からの逃げ方が身に付いてきた。
骸と話していると、突っ込み方ばかりが研ぎ澄まされていく気がする。それに口も悪くなる。健全な一中学生にとっては『大変に』宜しくない状況だ。
「これはイベントだから、バレてちゃ面白くない。お互いどんなオーナメントを用意したかは当日まで秘密。ダブってもオッケー、小さくても良し、数も1個で良し。勿論手作りでも良し。
どうだ、骸。参加しないか?」
「しません。」
「・・・七夕も縁日もあんなに楽しんでたじゃないか。わざわざ男物の浴衣まで用意して、クロームに短時間だけ替わって貰って大喜びで袖通してたよな。
ハロウィンの時は物凄い凝った仮装で、しかもアレ手作りだったよな。誰作ったんだ?もしかしなくてもクロームだろ? 犬も千種も、裁縫って苦手だもんな?
日本は行事の多い国だって、前にバジル君が言ってたぞ。
クローム行事が来る度に、行事事の好きなお前の為に沢山沢山準備するんだ。
大変だなクローム。健気だよなクローム。
な、骸?」
「・・・何が言いたいんです?」
「1つ。ビアンキや京子ちゃんたちに話したら、かなり乗り気だった。それで頼まれたんだ、クロームも誘ってって。うんいいよって言っちゃった♪」
「クフフ、綱吉クン君という人は僕というモノがありながらそんな女と浮気ですか、」
「2つ。雲雀さんにも頼まれた。物っっっっ凄い遠回しに、しかも上手く誘えたら今年の遅刻全部無かった事にしてくれるって。
まぁ遅刻はともかく、誘えなかったら俺が雲雀さんに咬み殺される。」
「おやおや、苺頭如き僕の手に掛かれば造作も無く返り討ちに」
「うん、願い下げ☆。」
「・・・・・・。」
「という訳だから、骸。
明日にでもクローム誘いに黒曜ランドに行くけど、クロームが来たいって言ってくれたら止めるなよ?」
「何で僕に先に?」
「クローム、自分が行きたくてもお前が行くなって言えば、絶対来ないから。我慢するっていうより、どんな衝動でも敢えてお前の意志に逆らう程の強さじゃないって事なんだと思う。
雲雀さんはともかく、京子ちゃんたち女友達との思い出って大事なんじゃないかなって思って。ホラ、黒曜サイドは犬と千種、男ばっかりだろ?
いつも彼女には頑張らせてるんだから、一日くらい平和な思い出を作らせてあげてもいいんじゃないか、骸。」
「僕の可愛いクロームを、あまり下らない事に巻き込まないで欲しいのですが・・・。
別に、彼女が参加したいと言うなら構いませんよ。彼女が参加するのは、ね。」
「・・・お前は? 骸。」
「・・・・・雲雀恭弥の腕試しには、もってこいのイベントかも知れませんね。」
「え? って事は、雲雀さんの邪魔する為にすら、出てこないつもりなのか?」
「さっき君自身が言ったでしょう、彼女の労に報いるべきだと。
僕の可愛いクロームの、その繊細な心をリラックスさせてあげるには。たまには僕が出て来ない時があっていい。
大丈夫ですよ、ちゃんと彼女には言い含めておきますからね。変な苺頭に付いて行かないように。」
「って事は、また俺が雲雀さんに逆恨みされるのか・・・。」
クロームに袖にされた悲しみを、恭弥は何故か全て綱吉にぶつけてくるのだ。ぶつけられる方はたまったものではない。キューピッド役もサンドバック役も、どれを引き受けた覚えもないのだが。
綱吉は、改めて今夜の骸を観察した。
ジーンズに白いワイシャツ、という普段通りの軽装で、足と腕を緩く組んでいる。椅子に浅く腰掛け、肩先は軽く背凭れに預けていた。斜めになった姿勢が辛そうだが、その辺りは背筋を鍛えているから大丈夫なのだろう。修羅道の格闘スキルは凄まじいものだが、そのスキルも、使用に耐え得る骸自身の身体能力あってこそ、だ。彼自身は誰にも修練の姿など見せた事はないが、超直感がなくとも綱吉には、彼の努力の程が察せられた。
顔色は悪くないが、何となく生気が、覇気がない。
疲れている、のとは違うように思う。
もっとメンタルな・・・興味は本当に心の底から無いが、それでも何かが気になって、遠くから横目で見てしまう。子供の遊びと苦笑しながら眺めつつ、何処か、何かが引っ掛かって立ち去れない。
それは、『郷愁』だ。
あくまで綱吉の感覚や記憶に照らせば、という範囲内だが。そういう時に感じる『それ』は、確かに『郷愁』と、『懐かしい』と、そう言い表せるモノの筈だった。
ふと、彼の実年齢を思い出す。
地獄道から始まる、6つの前世から通しての、生きてきた年数。
『510』という、数字を。
「・・・お前には、6つの『故郷』があるんだったな。」
骸の瞳が、僅かに見開かれる。
その言葉が綱吉の口から出るとは、予想していなかったようだった。
「・・・・・7つですよ、綱吉君。」
「そうか・・・。イタリアにはいい思い出はあんまりないだろうから、故郷とは思ってないのかと思ってた。」
「まぁ、『故郷』の定義にもよりますけどね。
単純に肉の体を得た場所という意味なら、イタリアも故郷には違いありません。それに僕が憎んでいるのはイタリア一国だけではありません。この世界全てが等しく復讐の対象だ。
綱吉君。君の住んでいる国・・・日本も例外ではない。」
「・・・・・。」
気怠げで、何処か昏いモノを含んだ声音で語り、ゆっくりと腕を持ち上げ、指先を伸ばしてきた骸。
彼の色違いの瞳を、穏やかな光を宿した瞳で見つめ返した綱吉は。
「いつでもおいで。待ってるから。」
「・・・・・。」
指先は、触れる寸前で下ろされた。
ストン、と、まるで糸が切れたように。
頓着せず、綱吉は言葉を重ねる。
「待ってるよ、骸。また日本に来いよな。」
「・・・それは早く脱獄しろという意味ですか?」
「いや、そういう訳でもないんだけど・・・。
折角偽造してまでパスポート手に入れたんだしさ。黒曜中の学籍だってまだ無くなった訳じゃないんだし。使わなきゃ勿体ないだろ? 特に学校なんて、修学旅行とか体育祭、文化祭、お前の好きそうな行事が一杯あるんだぞ。」
「クフフ、学校行事ときましたか。
確かに素晴らしい。綱吉君の布団に潜り込める修学旅行や、綱吉君の体操服姿を1日中でも見ていられる体育祭や、綱吉君のメイド服姿が見られる文化祭があるなら見ない手はありません。とっとと脱獄しませんとね。」
「悪いな骸、俺黒曜生じゃないから。」
短く、でもきっぱりと突っ込んでから綱吉は嘆息した。別に脱獄を促したつもりは欠片もないのだが。まぁ言葉だけ聞けば確かにそうなるか。『こっちに来い。』というのは、裏を返せば『今居る場所から移動しろ。』という事なのだ。
綱吉はある事に気付き、紅茶の味が急速に苦くなるのを感じた。
(普通に寝てるだけなのに、頻繁に向こうから強制的に夢に現れるって。ある意味『修学旅行で布団に潜り込んでくる』以上の変態行為なんじゃ・・・?)
考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな自分。
綱吉は死に物狂いで脳内をリセットすると、残った紅茶を一気に飲み干して席を立った。
「それじゃ骸、俺、もう行くから。
やりたくない事を無理には誘わないよ。でも参加したくなったらいつでも言えよな。慣れない我慢なんてしたって、絶対バレるんだからさ。」
「・・・・・。」
薄く笑っただけで、骸は言葉を返さない。
綱吉が去った後も、彼はしばらく其処に座っていた。
自分の周りの人間は、人懐っこい性格が揃っている方だと思う。
武や了平は勿論だが、隼人も人との交流はする方だし(その交流の仕方に『喧嘩』が入っている所は心配になるが)、ディーノも、それまで綱吉が抱いていた『マフィアのボス』のイメージを大きく裏切って、超の付くフレンドリーさである(それが過ぎてか部下の前でしか力が出ないのは、弟分として心配になるが)。
恭弥は・・・彼女を想うようになってから変わった。否、動かし所が明確になって働きかけ易くなっただけか。恐怖具合は、全く以って変わっていないのだから。
だから。
だから、やはり彼女が一番の難関なのだ。
彼女を、動かすのが。
「・・・やらない。」
予想していた通り、それが彼女の第一声だった。一通り説明をして、『クロームも一緒にやらない?』と訊いた綱吉への。
猫の世話を恭弥がやり、黒曜サイド3人の食事を綱吉が運ぶ。その習慣はまだ続いている。・・・よく考えると、色々骸に乗せられた結果、以外の何物でもないのだが。
今こうしてクロームに話をしているのも、放課後になり、今日の分の弁当を届けに来たついでの事だった。1回で三食分。今日の夕食と明日の朝食・昼食分の食料を運んでいるのだ。
綱吉は気を取り直した。この程度で諦める訳にはいかないのだ・・・背後から、猫たちに夕食をやった恭弥の、無言の殺気が吹き付けてきている。
『カナラズサソエッ!!』という、言葉無きプレッシャーが。
ここまで来ると呪いに近い。
「残念だな、クローム。何か用事でもあるの?」
「・・・ない、けど・・・猫のご飯、あげないと・・・。」
「あ、そっか。」
そうだった、それがペットを飼う者の責任というヤツだ。
人間の暦が25日だろうが26日だろうが、猫の胃袋は毎日決まった時間に空くのだ。それを人間の勝手なイベント騒ぎのせいで遅らせられたり早められたりしては、猫たちの健康が損なわれてしまう。
沢田家ではペットを飼った事がないので、うっかり失念していた。
「そうだよね、ゴメン。」
そこは素直に謝ってから、綱吉はふと思い当たった。
パーティーは沢田家でやる。→クローム来れない。→黒曜ランドで猫たちとお留守番。→猫の世話を口実に恭弥だけ黒曜ランドを訪れる。→邪魔者も居らず、2人きり。
このプランの方が、恭弥的には美味しいのではなかろうか。犬と千種は適当に沢田家に引っ張って来てしまえばいい。
が。
一瞬だけ浮かんだこのプランを、綱吉は笑顔で人知れず闇に葬った。
このプランでは京子たちへの約束が果たせないし、『女友達との思い出を作って欲しい』という綱吉自身の願いも果たせない。何より恭弥自身が、知ってか知らずかこのプランを望んでいないのだ。わざわざ教える必要があろうか? 否、ない。
『好きな子くらい自分で誘えYO!』という怨念を込めて、綱吉は速攻で闇に葬った。
「じゃぁさ、こういうのはどうかな?
パーティーは黒曜ランドでやろうよ。ここなら猫たちにご飯もあげられるし、猫たちと一緒に参加出来るし、それに大きな木が沢山あるだろ? 庭木に飾るより、黒曜ランドの大きな木に飾った方が迫力出ると思うんだよね。
当たり前だけどここはクロームたちの家だから、クロームたちが嫌ならやめるけど・・・。」
「猫と、一緒・・・。」
「うんっ、一緒っ。」
クロームが復唱した、その部分に綱吉も力を込める。綱吉は知っていた。『一緒に旅行』、『一緒に温泉』、『一緒にレストラン』。ペットを飼う者にとって、愛するペットと『一緒に』イベントに参加できるというのは、この上なく魅力的な条件なのだ。
とうとうクロームは頷いた。
「うん、やる・・・。」
ッシャアァァァァッ!!
いつかの恭弥と同じように、綱吉も内心でのみ快哉を叫んだ。散々悩み、手こずった後に得られるこの快感。意外とクセになるかも知れない。
「ありがとう、クローム♪」
「でも、犬と千種が何て言うか・・・。」
「大丈夫、そっちは俺が何とかするから♪♪♪」
3人の中で一番頑固なのは、実はクロームだ。彼女の了解さえ取り付けてしまえば、他の2人に許可を取るなど簡単至極である。
当面の課題が片付いた彼は、もう半分程肩の荷を下ろしたような爽快感を味わっていた。その気分の最中、かねてから思っていた疑問を口に出してみる。
「あのね、クローム。
知ってたらでいいんだけど、教えて欲しい事があるんだ。」
「?」
「骸の、故郷の話とかって、訊いた事ある?」
「故郷・・・。」
「昨夜、骸と話をしたんだ。
俺から骸を誘ったんだけど、骸の奴、参加しないって。特に理由は言ってなかったけど、珍しいなって思って。行事大好きで東洋のも西洋のも興味津々で参加したがる骸が、何か、クリスマスだけ・・・なのかな、思い入れがあるみたいで。
その『思い入れ』っていうのが、俺の目の錯覚じゃなければ、『懐かしさ』みたいな気がしたんだよ。『郷愁』っていうか。
だから何か、『故郷』と『クリスマス』をキーワードにした思い出とかあるのかな、って思って。
知ってたら、でいいんだけど・・・。」
綱吉の言葉はこういう時、いつも尻すぼまりに様子を伺うような語尾になってしまう。京子とも、ハルとも、彼女のタイプは大きく異なる。これまで彼の周囲にクロームのような内気で無口な娘は居なかった。だから自然とこういう、間合いを計るような話し方になってしまうのだ。彼女の中で綱吉の言葉がどう処理されているのか、傷付いたのか喜んだのか、今イチ計れない部分があるから。
こういう時『何を考えてるか判らない。』で片付けずに向き合おうとするのは、彼の長所である。
訊かれたクロームはと言えば。
「クローム?」
「・・・・・。」
その小さな唇が、開きかけ、すぐに噤まる。
ややあって零れた声には、多分に困惑が含まれていた。瞳が俯き加減に眇められている。
「聞いた事、ある・・・。でも・・・。
良い思い出かどうか判らない・・・し、骸様がお話にならない事を、勝手に口には・・・。」
「あ、うん、そうだよねっ、ごめんねクローム。でも、やっぱり何か思い出があるんだ。そっか・・・。
じゃぁ、今度会った時に俺から直接訊いてみるよ、骸に。それが一番いいと思う。」
「ボス・・・。ごめんなさい。」
「ううん、いいんだクローム。俺がクロームでも、人の思い出話を勝手には出来ないもん。それに思い出があるって判っただけでも収穫だよ。教えてくれてありがとう、クローム。」
彼女の口許に、ほんの僅かに安心の笑みが浮かぶ。
その笑みに綱吉も微笑み返す・・・と、その綱吉の後頭部がいきなり何者かに殴られた。
「ひぃ―――っ、雲雀さんっ?!」
「草食動物・・・。何クロームに謝らせてるの?
クロームを苛める者は、何人たりとも咬み殺す。」
「待って、待って雲雀さんっ!!!」
紫炎を纏って実際以上に大きく見える恭弥と、あまりの迫力に尻餅をつき、両手を振り回して距離を取る綱吉。
自分は見事恭弥の望みを叶えてみせたのに、何故に咬み殺されねばならないのか。
これはもう嫉妬を通り越して無意味な八つ当たりとしか思えない。
「咬み殺す。」
「ひぃ―――っ!」
「恭弥。」
仲間たちは皆、猫部屋に居て助けにはならない。そんな絶望的な状況から綱吉を救った女神は、他ならぬクロームだった。
タタッと可愛らしい走り方で小走りに近付くと、横から恭弥の左袖を軽く引っ張った。クイクイッと引っ張るその仕草は、傍で見ているだけの綱吉すら萌えさせてしまう程で。男の保護欲を引っ掻き回すような、そんな仕草をされた当の恭弥が、殺気など微塵も消し去って彼女だけを目で追ってしまうのも無理からぬ所。
綱吉が、ああ雲雀さんも人間だったんだなぁと変な感心をしてしまう瞬間である。
「あのね、恭弥。
クリスマスパーティー、黒曜ランドでする事になったの。飾り、用意しないといけなくて・・・。でも、私、何を用意していいか判らなくて・・・。」
(そっか、クローム、まだ記憶戻ってないんだよな・・・。)
綱吉はハッとした。
社会生活に必要な部分の記憶は無事でも、彼女には過去にクリスマスパーティーに参加したというような、『思い出』の記憶がない。これでは確かに、オーナメントのチョイスなど難しいだろう。
『まだ』というか、彼女の失った13年間はもう二度と取り戻せないのだ。朧気に断片が思い浮かぶ事もあるようだが、記憶と言える程の物ではない。断片的に過ぎて、むしろ彼女を恐怖させる材料にしかなっていないようなのだ。
聞いた恭弥は、目下クロームにだけ向けている優しさをここでも垣間見せる。
いそいそと武器を仕舞うと、左袖に触れたクロームの手を取った。
(手が繋げるくらいなら、自分で誘ってもオッケー取れたんじゃ・・・。)
口には出せない綱吉の本音。
「じゃ、一緒に買い物に行こう。
クリスマスの飾りが売っている所なら、幾つか心当たりがある。一緒に何箇所か巡って、気に入る物を探しに行こう。」
「・・・うん。ありがとう恭弥。」
絶対クローム、デートだと思ってないよなぁ、とか。
たまたま悩んでいる時に側に来たのが雲雀さんだっただけだよなぁコレ、とか。
どうせなら女の子同士、京子ちゃんたちと巡った方がいいんじゃないかなぁ、とか。
綱吉には言いたい事が山程あった。が―――。
(ゴメン、クローム。)
恭弥が怖くて今日も全く口に出せない、ダメダメなボスだった。
という訳で。
「クリスマスパーティー、黒曜ランドでやる事になったから。
家主のお前にも報告しとくな、骸。」
「クフフフ、家主だなんて他人行儀ですね。君も僕の家で暮らして良いのですよ♪」
「うん、全力で断る。
どの木を使っていいかは、当日までに犬と千種が選んでおいてくれるって。」
「千種はともかく、犬ですか。彼の事ですから、大き過ぎる木を選んで土台から失敗しそうな気がするのですけれどね。」
「有り得なくはないけど、それも一興って事で。闇鍋のツリー版、闇ツリーだもん。
オーナメントの方も、同じ飾りが多くて偏るかも知れないし、物凄い地味な色ばっかりになるかも知れない。その『蓋を開けてのお楽しみ感』が楽しいんだ。
ケーキの方は、甘い物に詳しい京子ちゃんとハルが用意してくれるって。
手作りのホールケーキを何個も作るんだって、すごく張り切ってた。」
「クフフフ、楽しそうですねぇ綱吉君。」
「お前は楽しくなさそうだな、骸。」
『・・・・・。』
お互い白々しい笑顔で顔を見合わせて、それから同時に、同じくらい深い溜め息をつき合った。
紅茶を飲む音、カップとソーサーの触れ合う音。暫しの間、そういう音だけが場に響く。
沈黙が降りるのは、別に今が初めて、という訳でもない。
こうして向き合い、顔を突き合わせていれば色々話す。最初は機嫌良く話せていても段々険悪になったり、骸が話相手欲しさに綱吉を呼び出しても彼の方で機嫌が悪かったり。単に話題が尽きて沈黙が降りる事もある。
ごくたまにどうしても意見が食い違った時で、且つ結論を有耶無耶にしたくない時には、骸が三叉槍を、綱吉が死ぬ気丸を持ち出して、ガチバトルになる事もある。暗黙の了解として致命傷は与えない、でも限りなく本気のバトルだ。
まぁ、そんなのは本当にごく稀に、だが。
でも。
色々な理由で沈黙が降りても、骸は綱吉を問答無用で叩き出すような事はしなかったし、綱吉も椅子を蹴立てて立ち上がり、骸を独りにするような事はなかった。
これも、暗黙の了解。
リボーンや隼人たちには言っていない。『危ない』と止められたり、ややこしい話になる事は判り切っている。そして綱吉は、この感覚的な『暗黙の了解』を皆に説明して納得をさせられる程、ちゃんと理解している訳でもないのだ。
でも、強い確信がある。
この世界での選択に、迷った事などない。
もしかしたらこれも『ブラッド・オブ・ボンゴレ』、ボンゴレの超直感の為せる業、なのだろうか。
「・・・・・・・。」
綱吉の目の前を、蝶が横切る。
この世界は骸の創った夢の世界。基本、何でもアリのワンダーワールドだ。そして彼の人間への、世界への憎悪を反映するかのように、人も、人造物も、一切ない。
代わりのように動植物は沢山居た。
虫から魚から鳥から哺乳類から、色々な動物が。被子植物から裸子植物から広葉樹から針葉樹から、様々な植物が。
その中でも特に種類が多いのは、蝶だった。モンシロチョウの様な身近な蝶から、綱吉は目にした事すらないような鮮やかで珍しげな蝶まで。
その多様な種類の中にも、骸の好みは反映されているようだった。
一番『量が』多いのは。
ソーサーに、角砂糖を乗せる。その角砂糖に、指先から、一滴だけ紅茶を垂らす。
そうするとその蝶は、甘い紅茶を吸いに舞い降りてきてくれるのだ。
「わぁ・・・っ。」
白みの強い浅葱色の地に、黒褐色の複雑な網目模様が入った大型の蝶。光に透けると、黒褐色が薄っすら赤味を帯びて見える。
美しいその蝶を、そうして呼び寄せるのが綱吉は大好きだった。
「アサギマダラ、ですよ。」
「骸?」
「タテハチョウ科マダラチョウ亜科。日本の本州で見られる、唯一のマダラチョウです。幼虫の食草はガガイモ科の植物。
ガガイモ科には総じて、アルカロイド系の毒物が含まれています。幼虫はその毒を溜め込み、成虫になってもそれは残る。故に鳥に捕食される事も少なく、何十キロもの渡りで彷徨っても生存率が高い。
しかし、その生態の大半は謎に包まれている。」
「なんか・・・お前みたいだな。」
「でしょう? だから気に入っているのですよ。
少なくともパイナップルよりは、余程僕に相応しい。」
冗談めかした骸の台詞に、綱吉は思わず苦笑した。そういえばこの世界でパイナップルが生えている所はまだ、見た事がなかった。
唯一。毒物。彷徨う。謎。
確かに、骸が蝶ならアサギマダラかも知れない・・・パイナップルの被り物を被った方が、蝶の翅を背負った姿より、絵的にはまだマシな気がするが。
「なぁ、骸。」
「何ですか綱吉君。」
「肚の内で溜め込んでても仕方ないからストレートに訊くぞ。」
「『クリスマスに関する思い出は何か』?」
「・・・もしかして、クロームに何か聞いた?」
「昼間彼女と話した時、軽くね。黒曜ランドでパーティーする許可を欲しい、というのと、もうひとつ。『次に会った時、ボスがクリスマスの話を聞きたがるかも。』と。
正直、あまり良い思い出ではないのですが。
僕の可愛いクロームから、先に聞いておいて良かったですよ。君が気にしている事には気付いていたとはいえ・・・今、急に話を振られたら。
もしかしたらその紅茶をブラックのコーヒーにするくらいはしていたかも知れません。」
「・・・お前にしちゃ随分地味な反撃だな。」
「クフフ、甘いですよ綱吉君。ただの珈琲ではありません。強い幻覚作用のある豆を使った珈琲です。勿論市販などされていません。
一生に一度しか飲めない珈琲を味わい、そして幻覚の中で僕に味わわれるがいいですよ。クッフフフフフ♪」
「上手い事言ったつもりだろうが全然面白くないぞソレ。」
「・・・まぁそれはともかく。」
「・・・・・。」
綱吉からの『地味な反撃』は、意外と効果があったらしい。骸は無理矢理、話の流れを元に戻した。
気分を変える為だろう、テーブル上に新しいポットが現れる。
余談だが。
この世界で使われる茶器は、全て骸のオリジナル・デザインだ。ヴィンディチェの牢獄は相当暇・・・もとい、時間が有り余っているらしい。
綱吉が『表社会でインテリアデザイナーとして活動すれば絶対成功するし、人も殺さなくなるしで全部丸く収まるのに。』と思う所以である。
「綱吉君。前に僕の実年齢を教えましたね。覚えていますか?」
「うん。510歳、だろ?」
「正解です。では、130年間生きたのは何回目の何道でしょう?」
「・・・それ、教えてもらってなくない?」
「正解です。教えてません。」
「・・・・・・。」
恐る恐る答えた綱吉に、サラリと返す骸。
綱吉は敢えて突っ込まなかった。骸は臍を曲げられる瞬間を待っているのだ。下手にツッコミなど入れたら、プイッとそっぽを向いて口を閉ざしてしまうだろう。
彼の賢明な対応に、骸は初めて興味深そうな笑みを浮かべて深く座り直した。
「3回目の畜生道ですよ。僕に有毒生物の召喚能力を与えた世界だ。」
「130歳って、長かったよな。
畜生道に居る人間って、皆そんなに長生きなのか?」
「6つの世界はそれぞれ独立した世界です。構造も違えば存在する生き物、種族も違う。同じなのは輪廻途上の魂だけなんですよ。人間道以外の世界に、人間という種は居ません。当然僕も人間ではありませんでした。畜生道に居た頃はね。
僕が生きていた種は、平均年齢200歳、といった所でしたか。130歳で死ぬなんて、『若くして死んでしまってお可哀想に』とか言われるレベルですよ。」
「こっちでいう、20代30代って感じ?」
「そんな所です。
僕が唯一100年以上生き続けた世界。そして、僕が唯一、裏社会ではない場所で生きていた世界。」
「・・・『お前にも表の道を歩いた時期があったのか。』と言うべきか、『他の世界じゃ全部裏社会だったのかよ。』と言うべきか・・・。」
「クフフフ、ご心配には及びません。この世に裏も表も無い。有るのは闇だけですから。」
「・・・・・・・。」
「生まれた時から前2回の輪廻の記憶を持ち、『またか。』とうんざりしていた赤ん坊の僕には、他の誰も持ち合わせていない特異体質があった。丁度、今のクロームのようにね。
触れただけで、相手の病や傷を任意の相手に移す事が出来る。
ねぇ、綱吉君。」
「?」
「正直、生きていた当時の僕は、決して嫌ではなかったんです。
『有り難い聖人の生まれ変わり』などと変なレッテルを貼られて宗教団体の教祖に祭り上げられた事も、安易な理由で傷を治せと言ってくる輩の事も。当時の僕はまだ希望を持っていて、プラスに考えていた。
ですがそのうち、裏社会の人間にまで脅され、利用されるようになり。
無関係な一般人に傷を移させられて、その人間が死にましてね。それが嫌で逃げ出したら、最期は逃避行の最中、狂信者に背後から刺されて終わり、ですよ。
死にながら心底空しくなったものです。
何と無意味な130年だった事か。教祖だの何だの言われて表の、光の道を歩いていたつもりでも、結局最期は闇に呑まれてお終いとは。
どんな光も闇に繋がっている。
だから、ね。
嫌いなんですよ、『教祖の誕生日』ネタは。全ての道は闇に通ず。光の象徴にも闇は必ず隠れている。それに目を瞑ってお祭り騒ぎなど。
他の3人が楽しむのまでは止めませんが、僕はお断りです。」
骸の不機嫌を反映しているのだろうか、2人に吹き付ける風が少し強い。
その風の中で、綱吉の唇はごく自然に動いていた。
「でも、歪んだ力の使い方をされる前の事は、悪くない思い出なんだろ?」
「・・・・・。」
「お前が絶望したのは、狂信者とか周りの人間に裏切られた事。今でも光の道と信じてた頃の事は悪くない思い出で、その思い出を後悔する事になったのが嫌なんだよな。
だって、お前が『パーティーには参加しない』って言ってた時の顔。
懐かしそうな顔してたもん。」
「クフフ。何を言い出すかと思えば、『懐かしい』ですか。
日本語は難しいですね。僕にはよく判りませんよ。」
「う~ん、郷愁っていうか・・・望郷の念、とは違うんだろうけど。
帰りたいとは二度と思わないんだけど、時々は思い出してみる、っていう、感じ・・・?」
語学の才も堪能な骸の事、『難しい』と言いつつ、恐らく綱吉以上に日本語は知っている筈だ。彼は5ヶ国語以上を話せるという。以前戦った敵の1人・M・Mはフランス出身のフランス在住だ。彼女ともイタリア語ではなくフランス語で会話する事があったという。彼女の骸好きはそういう所からも来ているのだろう。
頭を悩ませて懸命に言葉を探す綱吉に、直接は答えない骸は静かな瞳で、謎掛けのような言葉を送った。
「ねぇ綱吉君。
裏切りが醜く見えるのは、それが自分の為だけの行いだからです。裏切り者を糾弾する者の中には、怒りと、そしてほんの少しの羨望がある。
自分を後回しにされた怒りと、心おきなく裏切りが行える事に対する羨望。
正義面して裏切りを糾弾する者こそ、真の偽善者ですよ。」
そこで、目が覚めた。
天井が滲んで見えるのが不思議で、袖口で目元を拭ってみると濡れていた。
「悪い夢でも見たのか?」
「リボーン・・・。」
綱吉の顔を覗きこんだ家庭教師が、不思議そうな困惑したような、何とも曖昧な表情を浮かべている。誰かに起こされる前に綱吉が起きた事に対してか、それとも彼が泣きながら目を覚ました事に対してか。
適当に誤魔化して着替えながら、綱吉は考える。骸から送られた、最後の言葉の意味を。
(今はもう糾弾してない、って、コト、なのかな・・・?)
何にせよ・・・骸は、裏切らないだろう。彼自身は。裏切り云々以前に、最初から誰の味方もしない男だ。骸自身以外の、味方は。曖昧な言葉遊びでわざと誤認させる事はあるかも知れないが、それは、正確な意味での裏切りではない。
骸がたまに送ってくる、そうした謎掛け。それを考えている内に精神の深みが増していく。その循環に綱吉自身は気づいていなかった。
「行ってきま~す♪」
今日は土曜日。
例のクリスマスパーティーは、冬休み入った後の12月24日に設定した。最初に言い出した綱吉だからこそ、やはり選りすぐり、気に入った、良い物を持って行きたい所だ。その買い物に並盛で最も大きなショッピングモールに来たのだが―――。
考える事は皆同じ、のようで。
「極限漢のボクシング型の蝋燭は無いのか?」
「お客様、『ボクシング型』と言われましてもどのような・・・。」
「ボクシングっ! それは漢と漢が、リングの上で魂の全てをぶつけ合う正に漢のスポー」
全力で回れ右した。
(お兄さん何やってんのー?! 『蝋燭』じゃなくて『キャンドル』だし・・・。)
別の店では、
「だーかーらーっ!! この店に短冊は無いのかっつの!!」
「お客様、短冊というのは七夕の飾りでして、クリスマスの飾りには別の物をご用意し」
その店も全力で回れ右した。
(何で黒曜いるの―――っ!!)
何かを激しく勘違いしている犬に、綱吉は少しだけ店員が哀れになった。イタリアには七夕は無いし、クリスマスの流儀も日本とは違う。故に仕方ないとはいえ・・・まぁ、彼も店員にまで噛み付く事はあるまい。千種が一緒だったから、彼がストッパーとして何とかしてくれるだろう・・・他称『黒曜の良心』が。
知り合いに見つかってややこしい話にならないよう、用心しながら少し歩いてみる・・・彼の仲間たちは、彼を見つけると必ず声を掛けてくるのだ。それが有り難い時もあり、巻き込まないで欲しい時もある。
(さ~て、何にしようかな・・・。)
あまり奇抜過ぎても、こういうのは困る。でも、少しだけ『一般的』とは違う物がいい。色が綺麗で・・・実際の木に掛けるのだから、少し大振りの物が良いだろうか。夜の野外でも、光れば綺麗に目立つだろう。点滅はしない方がいい。綱吉はアレを見るといつも目がチカチカしてしまうのだ。
(布は、使ってない方がいいな・・・夜露に濡れちゃうから困る。
金属、陶器、プラスチック。革は縮むかな。木の枝・・・木の枝?)
そうか、コレがあった。クリスマスと言えばコレだ。手作りすればオリジナリティーも出る。綱吉がソレに手を伸ばした時、隣でも同じようにソレを選んでいるペアが居た。
(仲良さそうだな~♪)
失礼にならないよう、チラッと視線を向けた綱吉は思わず声を上げていた。
「雲雀さんっ?!」
「・・・僕を見る度にそうして大声で叫ぶのはやめてくれないかな。
恥ずかしいよ。君が。」
「す、すみません・・・。」
確かに道行く奥様方が見ているのは、恭弥ではなく綱吉だ。
綱吉が恭弥を見る度に声を上げてしまうのは、恐怖を伴うその圧倒的な存在感故なのだが・・・が、今の声は恐怖ではなく驚きから出たものだった。
クロームと一緒なのは、経緯を知っているので判るとしても。何故。
何故、彼がクリスマスリース、の土台を持っているのか。恭弥の手にあるというだけで何故か、木の枝を束ねた輪が、動物か何かを捕獲する道具に思えてくる。
綱吉の視線が、掌中の物に固定されているのに気付いた恭弥が普通の口調で説明してくれる。・・・今日は大分機嫌が良いようだ。
「例のパーティーの件だけど。
僕はリースを作って持って行く事にしたから。ツリーにリースの群れなんか出来てたらどうなるか・・・知ってる?」
「はい、皆には他の物にするように言っときます・・・・・。」
咬み殺される。参加者全員咬み殺される。恭弥に対抗できるのは骸だけなのだ、その骸が不参加を表明している以上、彼を止められる者など居はしない。犬や千種も含めて、全ての参加者が息絶えるだろう・・・クローム以外は。
何とか別の方向に話を持って行こうと、綱吉はクロームへ目を向けた。
「クロームもリースにしたんだね。」
「ううん、私は、コレ・・・。」
意外な事に否定し、彼女が示したのは既製品の飾り。
プラスチックだろう、深みのある紫の透明なハートで、表面に細かいカットが施されている。何より特徴的なのは、恐らくレーザーを使ったのだろう、ハートの中に鈴付きの猫が彫られている事だった。両の掌に収まるくらいとサイズは大振りだが、繊細な美しさを備えた飾りだった。彼女らしい選択だ。
「恭弥のお家で、毎年リースを作るんだって。恭弥は今年も作るって・・・だから、私も作りたいと思って。
お家で恭弥に教えてもらうの。」
ね? と、信頼感に満ちた瞳で見上げてくるクロームに、穏やかに僅かに頷いてみせる恭弥。
若者にありがちな、フワフワと地に足の付いていないような甘さとは無縁の。確固たる関係性の見える視線を交わす2人に、見ていた綱吉の方が狼狽してしまう。
(進展してる・・・メッチャ進展してる・・・!!)
そーかー、コレが『進展する』ってコトなんだー。
お手本を見せられているようだった。『恋人になる』っていうのはこういう事なんだぞ、と。出来るなら、其処に至るまでの方法まで事細かに教えて欲しい所だ。
つい2、3日前、パーティーの開催を告げた時には、そんな空気99%、一呼吸分程も無かったにも関わらず、だ。関わらずのこの進展。恭弥は元より、クロームの瞳にも仲間以上の感情が宿っている。
雲雀恭弥、彼が特別に恋愛上手だとも思えないのだが・・・。
一体、何故。
(俺なんて、京子ちゃんと毎日同じ学校の同じクラスで同じ授業受けてるのに・・・!)
多少行動を共にするようになったとはいえ、未だ距離がある。『2人きりでクリスマスの準備』どころではない、距離が。
「シーズンが終わったら、燃やしてしまうのが残念だけど・・・。」
「え、燃やしちゃうんですか、雲雀さん?」
「国や地方によってやり方は違うよ。けど、昔からそうやっていたから、そういうものかと思っていたな。
デジカメで綺麗な写真を残しておこう。」
最後の一言は、勿論クロームへの慰めだ。綱吉へ向けたものではない。
彼女は嬉しそうに笑って頷いていた。全開の笑顔、などというモノをしないクロームの性格を鑑みれば、かなり珍しい表情と言わねばなるまい。
綱吉は驚いたが、ある事に気付いて更に驚いた。
「雲雀さん・・・俺、雲雀さんがお家の習慣について話すのを初めて聞いちゃいました。」
驚きのあまり、自分の声が他人のそれに聞こえる。己の言葉を己の耳で聞いても未だに信じられない。『あの』謎だらけ風紀委員長の私生活。その一端を今、自分は聞いてしまった。それも、こんなにあっさりと、あんなにディープなネタを。
表情から察した恭弥は僅かに眉を寄せた。
「毎日全ての習慣を新しくする訳ないと思わないかい?
僕には僕の知る、クリスマスの祝い方がある。」
「それは、」
「草食動物。」
下手に踏み込もうとした綱吉の瞳には、くっきりと、壮絶な笑みでトンファーを構える恭弥の姿が映っていた。
「うるさい草食動物は咬み殺そう。」
「ひぃ―――っ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっ!!」
「ボス。」
「?!」
「・・・・・。」
今度こそ綱吉は目を丸くして硬直した。何故なら、『あの』恭弥が。『鬼の並中風紀委員長』『最凶の不良』『謎だらけ自動咬み殺苺頭』雲雀恭弥が。
クロームが一言呟いただけで、その殺気を収めたのだから。
綱吉の硬直には頓着せずに、クロームは彼にある物を見せた。紫の飾りと同じ形の、色違いのハート。こちらは濃い目のペリドットのような、瑞々しいグリーンである。
「これ、骸様の・・・。」
「骸の? でもアイツ、参加しないって。」
「ボスに、伝言。『気が変わりました。当日出る事はしませんが、飾りくらいなら用意してあげましょう。』って。
私の選ぶ物の、色違いがいいって・・・。ボスが聞いたら、きっと喜んでくれるって、骸様が・・・。」
「う、うん、凄い嬉しいよ、ありがとうクロームっ!」
人を警戒するという事を知らない野生動物は、こんな眼をしているのかも知れない。
クロームの真っ直ぐな瞳に慌てて返事をした綱吉は、チラッと恭弥の方を確認した。彼の嫉妬・・・と言うのも大袈裟な、故なき八つ当たりを心配したのだが・・・。
「必要な物は買えたから、行こうか。」
「うん、楽しみ・・・。上手に出来るかな・・・。」
「大丈夫、簡単だからね。」
綱吉そっちのけで、彼女と連れ立って淡々と去っていく恭弥。
どうやら根っからのヤンデレという訳でもないらしい。今までのは、関係が確立する前で不安定な『何のきっかけで誰に掻っ攫われるか判ったものじゃない。』という不安のある時期だったから、あんなに毛を逆立てていたという事だろう。それは裏を返せば、現時点で既に『その心配がなくなった。』という事で・・・。
そういえば、クロームが口を開いたのは恭弥を止め、綱吉を助けるタイミングだったように思う。『自分が止めねば。』という『恭弥の彼女』らしい気遣いをしてくれた、という事だろうか。恭弥の勘違いではなく、既にクロームの意識上も『そういう事』になっている訳だ。
つまり、クローム的にも恭弥的にも、彼女は彼の恋人決定、という事で。
(あの雲雀さんが、俺たちの中で最初の『彼女持ち』第1号・・・。)
武も隼人も、了平だってかなり女子に人気があるのに、その中から『唯一』を選ぶ事はしていない。今まで綱吉の周りに彼女の・・・恋人の居る男は誰も居なかったのだ。
何やら妙に落ち着かない気分になる。何というか、2人が視界に入った時にどんな顔をしたら良いのか判らなくなりそうだ。普通の顔をしていれば良いのだろうけれども。
「・・・・今日はもう、帰ろう。」
色々驚きすぎて、疲労感が濃い。帰って寝てしまおう。骸に会って、オーナメントの話を振ったらどんな顔をするのかも見てみたい。
自分のオーナメントはまたの機会に探すとして、ひとまず綱吉は眠りに帰った。
「由々しき事態ですね。」
それが、骸の第一声だった。綱吉から、ショッピングモールで出会ったクローム・恭弥の様子について聞いた彼の。
これから始まる立て板トークを予想して、綱吉は黙って紅茶の温もりを楽しんでいる。
「非っ常に、宜しくない事態です。
僕の可愛いクロームが何処の馬の骨とも判らぬ輩の毒牙に掛かるなど、あってはならない事。純粋無垢なクロームの心を弄ぶなど、あの自動咬み殺苺頭の手に掛かれば造作も無いに違いありません。大方聖夜にかこつけて、甘い言葉で彼女の心を惑わしたのでしょう。あの腐れトンファーが僕の可愛いクロームを騙くらかしている所を想像しただけで僕の体は粉々になってしまいそうです。」
(新しい形容詞出てきた・・・。)
腐れトンファー。中々面白いネーミングだ。恭弥の耳に入ったら、一瞬で咬み殺される事請け合いである。
この2人がいがみ合う事自体は、自然の摂理、止めようのない自然現象として達観している。そのいがみ合いが実戦になりそうな時だけ、間に入って止めれば良いのだ。
三叉槍もトンファーも構えられていないのに介入するなど自殺願望極まれり、と思っていたのだが。
「という訳で、綱吉君。宜しくお願いしますね。」
「?? 何が?」
「君なら出来る。僕の代わりに苺頭を抹殺する事が♪」
「何でだよ、嫌だよ、お前がやれよ。」
「クッフフフ♪ 僕はヴィンディチェの牢獄から出られない身ですからね・・・。」
「・・・・・。」
投げ遣りなツッコミの後、途端に黙ってしまった綱吉に骸は秘かに含み笑った。彼は骸のこの言葉に弱いのだ。『可哀想な俺の骸・・・。』と(骸ビジョンでは)思って(いるように見えて)しまうらしい。しかして今回も頼みを引き受けててくれるかと思いきや。
困惑顔で沈黙した綱吉は、すぐに満面の笑みで席を立った。そのまま骸の背後に回った綱吉の動きに、『優しく抱き締めて慰めてくれるのでは?』などと変態チックな願望が彼の頭をかすめた時。
骸のこめかみに物凄い激痛が走った。
「イタイイタイイタイイタイイタイッ、痛いですって綱吉君っ!!! 痛いんです!」
「どーだ骸、日本伝統こめかみへの直接攻撃『梅干し』はっ。」
「・・・何でコレが『梅干し』なんです?」
「・・・それは俺も知らない・・・。
とにかくっ!」
骸の両こめかみに拳をゴリゴリ押し付け捻じ込んでいた綱吉は、ようやく拳を解くと、その指先をビシッと相手に突きつけた。
「俺は絶っ対にやらないからなっ! そんな理由で雲雀さんを攻撃なんてっ。」
「僕が直接手を下したりなんかしたら、クロームに嫌われるじゃありませんかっ。」
「嫌われろっ! お前の場合は少し嫌われるくらいで丁度いいっ。」
「僕の身が粉々になってもいいんですか?」
「安心しろ、そうなったらヴィンディチェが一欠片残さず接着してくれるから。」
「今っ、この瞬間にもっ!
僕の可愛いクロームが苺頭に脱がされてるかも知れないんですよっ?!」
「―――――っっ!!! 生々しいよ例えがっ!
お、俺たちまだ10代だぞっ?! クロームは13歳で、雲雀さんは・・・15か6だぞっ? どっかのロリコン医者じゃあるまいし、そんな展開の早い事、硬派な雲雀さんがする筈ないってっ!」
「クフフフ、可愛いですね綱吉君。」
座ったままの骸の腕が、スルリと綱吉の腰に絡む。右腕で彼の体を引き寄せ、その左手はゆっくりと背筋をなぞり上げる。身動きも侭ならない綱吉の肌に、骸の熱が指先を伝わって染み込んでくる。
綱吉はといえば、瞬く間に力が入らなくなっていく腕を何とか動かして、骸の両肩に幼子のような手付きで掌を当て、鈍く押しやるのがやっとだった。
当然、彼の拘束を解ける筈もなく。
綱吉の薄いシャツの上から、骸が脇腹にキスするのを止められる筈もない。
「攻め属性の考える事など、皆似たようなモノですよ。」
「っ、こんな、何処でも手ぇ出してきやがって・・・。
絶対お前が特殊なんだと思うけど。」
「『何処でも』などとは心外ですね。むしろ此処なら、誰も来なくて都合がいい。」
「!」
骸が少し力を入れるだけで、綱吉の体は簡単に彼の膝の上に乗ってしまった。反転させられるまま背中から彼の上に落ちる形になるが、難なく受け止めた骸に、変な所で『鍛え方の違い』を見せ付けられてしまって複雑な気分になる。
すぐに再開された指の動きに、敏感な所を触られた綱吉の体は、ビクッとのけぞった。
「クフフ、ココには初めて触らせてくれましたね。」
「む、くろ、やめ・・・っ、さ、わって、良いなんて、言ってな、っ・・・っ!」
「でも、体は欲しているようですよ? 全く君は可愛らしい。認めてしまえば楽になれる。それは判っているでしょうに。」
誘惑するように耳元で囁いて、外したボタンの数だけ緩み、剥き出しになった綱吉の肩に唇で触れる骸。クチュッ、と卑猥な音が、妙によく響く。舌先で強く舐め上げられたのを感じて、綱吉の頬が更に紅潮する。
遅まきながら骸の拘束から脱出を試みるも、弛緩した体では身動ぎ程度にしかならない。
それでも何とか彼の気を逸らそうと、綱吉は懸命に言葉を紡いだ。
「つまり・・・雲雀さんが、っ、クロームに、・・・こういう、事、・・・をしないように、見張っとけって事、だろ?」
「おやおや、別に実例を示した、という訳ではなかったのですが。
そうですね。君だって、僕の可愛いクロームが雲雀恭弥に『こういう事』をされるのは嫌でしょう?」
「・・・別に合意の上ならいいんじゃない?」
「クフフフフ♪ つまり、僕が君に触れるのも合意の上、という解釈で良いのですね?」
「言ってないっ、何でそういう事になるんだよっ!!
ええい、そろそろ本当に離せっ。」
「嫌です♪」
「骸っ。」
「折角ここまで触らせてくれたのですから、今日こそ最後まで・・・ね?♪」
「ね、じゃないっ!! い、今すぐ離さないと嫌いになるからなっ。」
「・・・・・。」
「骸?」
半ば自棄になってダメ元で叫んでみたのが奏功したらしい。傍若無人な彼の事、本当に押し倒してくると思われた骸は、綱吉を一度ギュッと抱き締めた。
それから丁寧に彼を立たせると、骸自身も立ちはしたが、ちょっかいを出してくる様子もない。逆に不安そうな表情で綱吉の顔を覗きこんできた。
その顔が真に自分を案じてくれているようで、直前の抱擁と相俟って、綱吉の心を揺さぶるのだ。本気で自分を愛してくれているのでは、と。信じそうになる。
「すみません・・・。少し調子に乗り過ぎましたね。
怒っていますか?」
「え・・・そりゃぁ、まぁ・・・。」
そうやって面と向かって『怒っているか』と聞かれると、頷けないのが沢田綱吉という人間である。骸相手だから、なのかどうなのか、線引きの難しい所だ。
彼の真摯な(に見える)視線から目を逸らした綱吉は、自分が本来話したかった事を思い出して呟いた。
「オーナメント・・・。」
さっきの今でこの話をするのが気恥ずかしくて、何となく俯き、ついでに横も向いて目を逸らしてしまう・・・乱れた着衣でこんな表情をする自分の姿が、骸の眼にいかに扇情的に映るか。そこに考え及ばない所が彼の『受け属性』たる所以。
「綱吉君?」
「緑の・・・。
パーティー、飾りだけでも参加してくれるんだな、と思って。」
「僕はまだ見ていないのですが、緑は僕の好きな色ですよ。流石は僕の可愛いクローム♪折角綱吉君発案のパーティーですし、飾りくらいなら、と思い直しましてね。
飾りひとつで君が喜んでくれるなら、それも悪くないと思ったんですよ。」
「うん、」
顔を上げて満面の笑みを見せた綱吉に、その笑顔に、骸が僅かに目を瞠る。
「嬉しいよ、骸。ありがとう、・・・?」
綱吉が気付いた時には、もう骸に抱き締められていた。背の高い骸が、覆い被さるようにして正面から彼を抱き締めている。
骸の肩越しに見上げた青空が、やけに穏やかで優しげで、綱吉の脳裏に焼きついた。
「骸・・・?」
「どうやら僕は、君の笑顔がお気に入りのようだ。
おねだりさせて下さい。これ以上の悪戯はしませんから・・・しばらく、このままで。
良いでしょう?」
「・・・今だけ、な。」
少しだけ、骸の指先が肌に触れているのが気になったが、それも伝わってくる穏やかな温かさに流れていってしまう。
綱吉の意識が目覚まし時計に強制浮上させられるまで、骸と2人で、そうして温もりを分け合っていた。
12月24日。
イベントとしては大成功だった。女性陣が手作りしたご馳走は文句なしに美味しかったし、犬が見つけたという限りなく樅に似た木はベストな大きさだった。
より正確には、最初は見た者全てから『大き過ぎる』という評価を頂戴したのだ。
だが、現実は見た者全てを裏切った。良い方向に。
「この分では、自分の持ってきた銀の星は見えなくなってしまいそうですね。」
「草壁さん。きっと、黒曜ランドの最上階から見たら丁度良いですよ。」
感慨深げな哲矢の言葉に、綱吉はそう言って笑った。彼の用意した銀の星は、モンキーチャンネルで犬に木登りしてもらって、この木の天辺に輝いている。
但し、今のように少し離れて見上げていても、その星は見えない。それくらい大きな木なのだ。でも枝葉ばかりでらしくない、という最悪の事態にはならなかった。
沢山の飾りで埋め尽くされているから。
「くぉらアホ牛っ、下にばっか吊るしてんじゃねぇっ。」
「だって~、ランボさんお腹空いたらこっから食べるんだもんね~。」
「食・う・な・っ!」
ランボ自身が持ってきた、個包装された飴玉たち。京子・ハル・イーピンが焼き、コレも個別に包装した大量のクッキー。ビアンキからは色とりどりの、立方体型のクリスマスプレゼント型の吊るし飾り。
それらは小さいので前の方へ吊るす。
「獄寺、お前意外とマニア気質なのな。」
「コレクターと呼べっ。それにコレは今日の為に吟味したんだ、コレクションじゃねぇ!」
隼人厳選の、大量のシルバーのペンダントトップ。結局通販で見つけたという、了平のグローブ型のキャンドル。ディーノが選んだ陶器製の聖母子像。
この辺りは重いし、大きいので奥の枝の付け根がいいだろう。
「さっすが10代目、センスいいっス♪♪♪」
「光り物とは流石だな、ツナ。」
綱吉の選択は、了平同様通販で見つけた発光キューブ。立方体の中に電球が埋め込まれていて、スイッチを押すと3段階に光る。赤青黄緑の4色を、多めに用意した。
隼人には大袈裟に褒めちぎられ、ディーノにもヨシヨシと頭を撫でられた綱吉。
コレはむしろ奥の方がいいだろう。見えない所で何かが光っている、という演出になる。
「コレ・・・めんどいだろうけど裏返して飾って。」
「むきーっ! 裏返してどうすんらっ、字が見えなきゃ短冊じゃねぇだろ柿ピー!」
何故か短冊に拘った犬は、画材屋で買ってきた洋紙の裏に字を書き、吊るせるように穴を開けていた。言うまでもなく千種の機転である。ダンボール一杯の紙には全て、『早く骸さんが出られますように。』と書かれていた。
「おおっ、いい感じに分かれたのな。」
「長さも足りそうだし、巻き物は大丈夫だな。」
武持参の、金銀赤青のボールをランダムに連ねたモール。ロマーリオが用意した、尻尾のようなフサフサ感が愛らしいベーシックなモール。千種が探してきた、コンフィズリー(フランス伝統の砂糖菓子)を模したカラフルなモール。
3種のモールは、落ちないように要所を枝に巻きつけながら、全体のバランスを崩さないように表面に巻いていく。
予告通りの骸・クロームのハート型。リボーンからは彼の身の半分はありそうな立派なベル。フウ太からはランキングブックを連想させるミニチュアの聖書。
この辺りも落ちない所にしっかりと結び付ける。他にもディーノの部下や、武の父などの父兄たちからも沢山の飾りが届いた。一晩で飾り切れるか、心配になる程に。
あとは・・・。
「あの、ディーノさん・・・。何であの人が此処に居るんです?」
「知らんっ、とりあえず戦いに来た訳じゃなさそうだが・・・。」
ボスとボス候補が恐る恐る見やる先には、シックな黒服に身を包み、対照的にカラフルな頭を個性的にカットした、ポップなサングラスが特徴的な背の高い男。
ヴァリアー幹部の格闘家・その名をルッスーリアという。
「もぉ~、酷いのよウチのボスったら♪
ちょっと『クリスマスパーティーしたい』って言っただけで超ぶち切れちゃって。他の連中もノリが悪いったら。でも1人でケーキなんて辛気臭い事出来ないじゃない?
だから諜報部が掴んできたこっちのパーティーに、飛び入り参加しちゃう事にしたのよ。
お料理も美味しそうだし♪」
「はひっ、ありがとうございます♪♪」
「沢山食べてって下さいね。ケーキもありますよ♪♪」
「美味しいタルトね、お嬢さんたち。生地に混ぜ込むアーモンドはもう少し炒った方が、風味が出てもっと美味しくなるわよ。」
「すごい、一口食べただけでよく判りましたね。」
「しっかりメモっときますっ。」
京子・ハルと意気投合してはしゃいでいる。姿さえ見なければビアンキより『女の子』な会話だ。
綱吉とディーノは顔を見合わせた。
「弟分、お前んトコの諜報部はどんな仕事をしてるんだ・・・。」
「俺に言われても困りますって。
でも一体、どんなオーナメントなんでしょう。」
別に必須条件などという狭量な事は言わないが、気にはなる。ルッスーリアが無邪気を装った危険人物なら、オーナメント無しを理由に追い出す事も、出来なくはないのだが。
女の子たちの歓声に、綱吉とディーノは慌てて目を戻した。
「わぁ、すごく綺麗っ!」
「器用ですねぇ、コレ全部手縫いですか?!」
「おほほほっ、もっちろんよぉ♪♪♪
使ってるのはコットンと糸、それにラインストーンだけよ。」
(綿と糸とラインストーンだけで出来るクリスマス飾りって何だ?)
(さぁ・・・?)
目配せで語り合った2人は、恐る恐る『女性陣』の輪へ近付いた。
一目見て、2人共目を瞠る。
「はひ~、素敵ですっ! 後で作り方を教えて下さいっ。」
「簡単よぉ。布を細長く切って、蝶結びするの。真ん中の結び目にラインストーンを縫い付けて、吊るせるようにプラスチックの糸を通せば完成。
どんな柄の布に、どんな色や形のラインストーンを、どんな風に配置して、何色の糸で縫い付けるのか。その全てでセンスが試されるの。全部が1点物の、正にアート♪♪
あなたたちも来年挑戦してみると良いわ。」
「はい、是非っ。」
綱吉に気付いた京子が、ルッスーリア持参の紙袋から、リボンをひとつ手に乗せて見せてくれる。彼は何となくソレを受け取って、ディーノと一緒に感嘆した。
言う程チャチな物ではない。
丁寧な結び目。解れない様にきちんと袋縫いされた細部。本物の宝石並に光を反射するラインストーン。中にはレースまで付けられたリボンもある。大きさも充分だし、小さなラインストーンの極小の穴にまで丁寧に糸が通っている為、風雨で飛ばされるのでは、という心配もない。
大した飾りだ。それが何十個も、3つの大袋に分かれて入っている。
「ね、ツナ君。凄いね♪♪♪」
「う、うん・・・。」
「んも~、やっぱり女の子はいいわぁ~♪♪ ウチのむさ苦しい連中じゃこの反応はないもの♪」
京子たちに言ってから、ルッスーリアは綱吉とディーノにだけ耳打ちした。
「安心なさい、跳ね馬に沢田綱吉。マジでパーティーしたかっただけだから。
あんたたちもウチの連中のサービス精神の無さは知ってるでしょ? 折角任務の合間に芸術品を作ったってのに、アイツら見向きもしてくれないんだから。」
「戦いに来た訳じゃないなら歓迎、しますけど・・・。」
「しかし急に来るから驚いたぞ。
スクアーロから聞いてたあんたの性格じゃ、ザンザス相手でも無理矢理パーティーやっちまいそうな感じだけどな。」
「まっ、スクったら元クラスメートに何話してんのかしら。
まぁね~、他のイベントならハロウィンでも何でもやっちゃうんだけど。誕生日ネタは流石にね~。」
「誕生日ネタ?」
「ホラ、クリスマスって要はキリストの誕生日じゃない。」
「それは知ってますけど。」
「ルッスーリアさん、リボン飾りましょう♪」
綱吉がもう一度問い返そうとした時、京子たちが呼びに来て彼は行ってしまった。
残されたディーノと綱吉は、またも顔を見合わせる。
「誕生日だと何かあるんでしょうか。イタリアの習慣?」
「いや、そんな事はないが・・・。
そういえばスクアーロもそんな事言ってたな。」
「スクアーロが?」
「ああ。最近またアイツとよく会ってんだ。酒に付き合わせて昔話やら色んな話をするんだが・・・。アイツ、誕生日が3月13日でな。
来年の3月13日は休日だし、誕生日パーティーでもやってやるよっつったら顔をしかめやがった。『ヴァリアーのオフは不定期だから』とか四の五の適当な事言っちゃいたが、何か言いたくない理由がありそうだったな。学生時代は他人のも自分のもやってたから、ヴァリアー内部で何かあったのかも知れない。」
「・・・・・。」
自分の事でもないのに心配そうな顔を見せた弟分の、その頭をディーノは、安心させるようにわしゃわしゃとかき混ぜた。
そんな仲睦まじい兄弟分たちの脛を、ご丁寧に両方とも蹴り飛ばした人物が居る。
「って、リボーンっ?!」
「ツナ、これはボスの役目だぞ。」
「えっ? これって・・・。」
家庭教師が示した先にあったのは、7つの木箱。古風で荘厳な装飾が施され、箱だけで何かの飾りに使えそうだ。蓋にはそれぞれ、ボンゴレの紋章と守護者の紋章とが両方あしらわれている。
促されて綱吉がその1つを開けてみると、中に入っていたのは美しいリースだった。
「9代目とその守護者たちからだぞ。お前たちが仲良くパーティーを開くと聞いて、その結束の固さに9代目は大層喜んでな。はるばるイタリアから空輸で送ってくれたんだ。
全部手作りだ。大切に飾れよ。」
「うんっ、嬉しいな。後でお礼の手紙書かないと・・・って、アレ?
リース・・・リースはマズいんじゃ・・・。」
リボーンを見れば、その口許には明らかに人の悪い笑みが浮かんでいる。
そして恭弥を見れば・・・。
「草食動物。リースを群れさせた罪で咬み殺す。」
「ひぃ―――っ!!」
「そのリースも咬み殺す。ツリーに僕とクローム以外のリースは必要ないからね。」
「リースを咬み殺・・・? って、壊すのはダメですっ、折角9代目が作ってくれたのに!」
「置いていかないと痛く咬み殺すよ、草食動物。」
「そういう訳には・・・。
リボーンッ! お前絶対わざと9代目に言わなかっただろ?!」
気合で7つの箱全部を持ち上げると(中身が木の枝主体なだけあって、そんなに重くはない。)、綱吉は本格的に全力疾走を始めた。
我が身の安全、だけではない。偉大な先達が心を込めて作ってくれた贈り物の安全も懸かっているのだ。だがしかし、相手は恭弥。死ぬ気で逃げなければ明日はない。
今一番、恨みがましい気の向く相手。それは勿論、恭弥ではなく。
「リボーンの馬鹿野郎っ!!!」
「死ぬ気で逃げろよ、10代目。」
周りの仲間たちがお祭り気分で陽気に騒ぎ楽しむ中、恭弥がクロームの側に戻りたくなるまで。1人、それはもう必死に逃げ回った綱吉だった。
『という訳で、結局リースは飾れなかったが、ツナの部屋に大切に保管されてるから心配するな。ツナの奴、たまに蓋を開けてはニヤついてるからそっちの方が心配になる。
同封したツナからの手紙は読んだか?
9代目は日本語も堪能だから日本語で書けって言ったんだがな。内容は、ツナが日本語で考えたのを俺がイタリア語に訳した物だ。でも書いたのはツナだから、字ィ汚いだろ? そっちもこれから学ばせなくちゃな。』
リボーンからの定期報告に、9代目は口許を綻ばせた。
後継者とその仲間たちとの、楽しいパーティーの様子が目に浮かぶようだ。後を継いでイタリアに来てからも、彼らはまたパーティーを開いてくれるだろうか。いつか彼らに混じって参加したいものだ。
彼らに会えるのを、彼らが後を継いだ姿を見せてくれるのを、心から楽しみにしている。
書斎の窓から見える青空を眺め、9代目は目を細めた。
―FIN―
闇鍋ならぬ闇ツリー 【ヴァリアー戦後のどこか 雲髑、骸綱】