【幸多かれと、切に願う】 獅子王+鳴狐、主+加州清光
強過ぎて、主に怖れられた獅子王のお話。
幸せになってからの、鳴狐相手の昔語り。
もし、動物が死ぬ程苦手なヒトが審神者に成ったら。
動物と一緒に顕現する刀剣男士に対して、すっごく接し方に困るのでは、と。
天邪鬼な発想の産物です。
動物の相棒の居る4人の刀剣男士の中でも、獅子王の鵺って、ちょっと特別ですよね。
五虎退の虎は肉食獣とはいえ普通の虎だし、
鳴狐のお供は、お喋りなので、あまり動物っぽくはないし、
浦島虎徹の亀さんは・・・普通の亀?ですが。普通サイズ過ぎて竜宮城まで乗れない・・・。
獅子王の鵺は、ガチの妖怪。
怖がる審神者は、絶対に居ると思われ。
ちなみに独自設定ですが。
様々な理由で、顕現させた審神者の手には余る刀剣男士が居る。→
政府としては、折るの勿体ない。戦力大事。→
預かって、御せる審神者を探した方が、戦力的に得策。
・・・というトレードなシステムがあって、今回の獅子王さんは、
このシステムで他所の本丸から七草本丸の審神者さんと、再契約しましたよ、みたいな。
鍛刀ともドロップとも違う出身、って事で。
政府というモノをリアルな組織として考えた時、その手のシステムは絶対あると思う訳ですよ。
隙間ネタ万歳。
【幸多かれと、切に願う】 獅子王+鳴狐、主+加州清光
獅子王にとって、その男は2人目の審神者だった。
『力は、可能性だ。獅子王。
もしまだ、その『可能性』を人間の為に揮ってくれる気があるのなら。
俺と一緒に、来てはくれねぇか。』
全てを諦めて折れる寸前に見出した、一縷の望み。その『望み』は、2m10cmの大男の姿をしていた。
光の無い、黒く昏い瞳。闇を識る瞳。最期の主として仕えるには、コレくらい闇を抱えている方が具合が良い。
そう思ってあの時の獅子王は、伸べられた男の手を握り返したのだ。
政府の方針は絶対に間違っていると思う。否、時間遡行軍に与するとか、そういう御大層な話ではなく。
全刀制覇・全刀カンスト。その標語の許、動物嫌いに動物付きの刀剣男士を無理矢理顕現させた事。ソレが不幸の元凶だったのだ。
獅子王にとっても、前の主にとっても。
『っ!!』
政府から与えられた『獅子王』を、己が霊力で顕現させた時。
言葉にならない悲鳴を上げた前の主の、その歪んだ表情を今でも覚えている。
忘れられる筈がない。
鍛刀したのは政府付きの審神者でも、人の身と心を与えたのは、刷り込み同然とはいえ忠誠心が反応するのは、目の前の『主』なのだ。
その主君から拒絶された瞬間を、忘れられる筈がない。
『えろうすんまへんなぁ、獅子王はん。
ウチの人、動物苦手やさかい。苦手なんは鵺だけや。獅子王はんの事はアテにしとりますさかい、宜しゅう頼んますわ。』
『う、うん、宜しく。俺も頑張るから、仲良くしてくれよ。
鵺の事は、なるべく大人しくさせとくからさ。』
近侍だった明石が、苦笑交じりにフォローしてくれたのを覚えている。
あの怠惰主義者が思わずフォローに回ってしまうくらい、主の態度はあからさまだった。悪意があるというより、隠しようのない恐怖が滲み出ていた。
実際、筋金入りの動物嫌いだった。政府に無理矢理与えられるまで、その本丸には獅子王も鳴狐も五虎退も、浦島すら居なかったのだ。刀が降りるどころかドロップすらしなかったとは、主の霊力は、相当本格的に動物付きの刀剣男士を怖れ、拒絶していたのだろう。
他の刀剣男士は揃っていたその本丸は、政府からその4振を与えられた事で『全刀制覇』した。政府の標語通りに。
元から居た小狐丸が『狐らしい野性味』を隠そうと必死なのを見て、鳴狐も五虎退も浦島も自然と悟った。自分の相棒を主の目に触れる所に連れて行くのは諦め、兄弟や周囲に預かってもらう事が多くなった。
ソレを滑稽だなどとは、獅子王は欠片も思わない。
刀剣男士の本質は刀・・・物の付喪だ。物は、持ち主に使われてこそ。使われなくなるを怖れるのは、本能なのだから。
愛されたいに決まってる。
愛されたかったに。
『主、』
『っ、』
『獅子王。主はお疲れだ。』
『・・・ごめん。』
近侍を挟んだそんな遣り取りを、幾度繰り返しただろう。
獅子王にだけは、終ぞ馴染んでくれない主だった。他の3人の相棒には、遠慮がちに撫でてくれるまでに慣れた主だったのに。
分霊とはいえ本霊により近く、他の本丸の『獅子王』より数段強かったのも、災いしたのだろう。犬猫の延長のような穏やかな『鵺』が多い中で、彼の鵺は実質妖怪だった。単品でも戦える程に強い鵺だったが、その強さは主を怯えさせるのに充分だった。
獅子王も努力はしたのだ。鵺を肩から降ろす時には、相棒への申し訳なさに心が痛んだ。
だが、逸話や口承の過程で『普通の動物』が憑いた他の3人と違って、獅子王の鵺はガチの妖怪だ。それも、退治が必要な程に凶暴な。
獅子王は鵺の気配が、自分の霊力の一部になっている。身が離れても、気配までは拭えない。身に染みついた鵺の気配が、妖力が、主を怯えさせる。刀身の発する霊力が、主の『眼』には黒い妖気と映る。
主も、努力はしてくれたのだと思う。
それでも。
主が病み付くまでに、そう時間は掛からなかった。
『・・・ごめんね、ししおう・・・ごめんね・・・。』
『俺も、ごめん。全然役に立てなくて、怖がらせてばかりで、ごめん。』
ごめんなさい。
それが前の主と交わした、最初で最後の会話だった。
「俺としてはさ、刀解でも良かったんだ。
経緯がどうでも、好かれなくても。俺の主はあのヒトだと思ってたし、あのヒトに必要とされないなら、刀解されても仕方ないと思ってたし。
でも俺を砕いて資材にしたとして。鍛刀した、次に降りた刀剣男士に、鵺の気配を感じるのかなって。ただの錯覚でも、罪悪感のせいでも。影でも感じちゃったら、あのヒトはまた心の均衡を崩しちまうのかなって。
それはイヤだったから。
だから『政府に返品』って形で、やっぱり良かったんだ。」
お陰で今の主にも出会えたしね。
そう淡く笑う獅子王に、鳴狐は不思議そうなカオをし、彼のお供は不満そうだ。
彼らは『今の主』に鍛刀・顕現させてもらった、生粋の『この本丸っ子』だ。
「そのような物分かりの良い事でなんとします、獅子王殿っ。
司令官たる者、部下を怖れるのは不徳の証。我らが主ならばそう仰いましょうぞ。」
「恨んでは、いないの。」
「恨みは、ないかな。
寂しかったし、愛されたかった。役に立ちたかった。そうは思う。
でもどんなに頑張っても受け入れられないモノって、確かにあるだろ。生理的に無理ってヤツ。ソレが自分に仇成さないって判ってても、どうしてもって。
優しいヒトだったよ。いくら嫌いでも、動物イジメなんてしないような。嫌いというより、怖かったんだろうな。
最後の数か月、俺は出陣すらさせてもらえなかった。
傷でも負えば、手入れをしなきゃならない。ひとつ部屋に2人きり。
それがイヤだったんだと思う。でも、手入れをしないで放置するっていう選択肢は無いヒトだった。心を病むくらいの恐怖の対象なんて、とっとと戦場に放り出して、敵にでも折らせてしまえば良かったのにな。
そういう、ヒトだったよ。」
「またそのような事を。
自己愛と同義ではありませぬか。」
「ははっ、手厳しいなぁ、お供は。
いいんだよ、ソレで。俺の『使われたかった』だって、道具としての本分を全うしたいっていう自己愛なんだから。
お互い様さ。」
「・・・・・。」
「前の主に恨みはない。
とはいえ、刀剣男士として仕えさせてくれる主である方が、イイに決まってる。
だから俺は、戦うんだよ。
俺を顕現させてくれた、そんでもって折らずに手放してくれた前の主は、間違ってなかったって。そう証明する為に。政府でも持て余されてた俺を、蔵から引き取ってくれた。刀剣男士として重用してくれる今の主は正しいって、そう証明する為に。
今の主が天寿を全うしても、俺は折れない。生きられるトコまで生きるつもりさ。
いつか、前の主の事も、今の主の事も。遠い記憶になって、忘れてしまっても。
俺の存在そのものが、2人の生きた証になる。
後進の審神者どもに、2人を尊敬させてやるんだ。こんな強くてカッコ良くて出来た刀剣男士が育ったのは、最初の2人の主が良かったに違いない、流石♪ ってね。」
「前向きだね、獅子王は。」
「離れても尚主君を想う獅子王殿の忠義、まことに麗しい・・・!!
その忠誠、敬愛、どうにかして前のご主君に伝える事、能いませぬものか。」
「いいんだよ、伝わらなくて。全部、俺の脳内で完結してる事なんだから。なまじ俺の風聞なんか伝わっちゃったら、また怯えさせちゃうだろ。
俺1人が抜けた本丸で、心の回復したあのヒトは、五虎退と鳴狐と浦島を含めた刀剣男士たちと、ちゃんと戦績挙げてるらしいから。
だからあのヒトは、俺の事なんて忘れたまんまで生きてくれたら、それでいいんだ。
俺の事は、今の主がちゃんと判っててくれるから。
俺を救いあげてくれた今の主が、ちゃんと俺を見ていてくれるから。
ソレだけで満足だよ。」
「し、獅子王殿ォ―――――!!!!!」
「なぁに泣いてんだ、お供。」
感涙にむせぶお供狐と、黙って酒を注ぐ鳴狐。
正反対ながら自分を気遣ってくれる戦友たちに、獅子王は苦笑してお供狐の頭を撫でた。懐かしい・・・前の主の本丸でも、『彼ら』はこうして折節、気遣ってくれた。主に遠ざけられた獅子王の傷心を、慰めてくれた。
本霊から分かたれた別人格とはいえ、本質は変わらないのだろうな、と思う。
宴の別の場所から何となく会話を聞いていた清光は、これまた何となく、紅い眼を眇めて半眼になっていた。
「だってさ、主。
良かったね。人心掌握術、成功。」
「清光、お前なぁ・・・人聞き悪ぃだろうがよ。妬いてんのか?」
「べぇつにぃ~~~?
誰がどうだろうが、主の初期刀は俺だし。一の臣は俺だし。
獅子王に門番頼めばって言ったのも、俺だし。」
「だろ? 成功って言うなら、お前さんの発案だ。俺はその進言を容れただけ。
獅子王に門番とか、どっから来た発想だよ。お前って時々、そういう奇抜な発想するよな。」
「そう? あんま奇抜とも思わないけど。
主の本棚、何でもあるじゃん。西洋の神話も。
ギリシャ神話だっけ、ケルベロスの話。地獄の門番の。鵺見た時、アレ思い出したんだよね。っぽいなって。
主君ハデスに忠実で、人の出入りに厳しくて、お菓子大好き。そこら辺は獅子王に似てる。一般に犬とされてるけど、獅子の体っていう設定の伝説も多いらしいね。」
「俺の三味線じゃ寝てくれなかったけどな。」
「あったりまえじゃんっ! 主、音感どっかに落っことしてきてるんだから。
三味線だとか竪琴だとか言う以前に、まず音が取れるようにしないと。何なら俺がピアノでも教えてあげようか?」
「勘弁しろ、お前のスパルタじゃ身が持たん。
始めて1年も経たずにコンサートで優勝するようなお前と一緒にするなよ、清光。調律すらセルフでこなしやがって、お前一体そういうの、どっから覚えてくるの?」
「獅子王。」
「ん?♪」
主と初期刀の会話を、こちらも何となく聞いていた鳴狐が獅子王を見上げる。
「獅子王のお陰だよ、俺たちが、本丸襲撃に怯えずに羽を伸ばせるのは。
誰が来ても、何があっても。獅子王が一番最初に気が付いて、迎撃体勢を取るまでの時間を稼いでくれるって。そう信じてるから、皆安心してる。
陰謀に嵌めようとしてくる悪い来客も、獅子王が止めてくれるから主も安心してる。
主も、俺たちも。皆、感謝してるし、頼りにしてるよ、獅子王。」
「うん・・・うん、ありがとな、鳴狐。」
朴訥な口調に、真摯な言葉。
獅子王の唇に笑みが灯る。見ていてくれる。信じてくれる。主が、仲間が。『来客の選別』という重要任務を、任せてくれている。
自分は確かにココに居る。この本丸の一員として。
ソレがどれ程に嬉しいか。得難いか。今だからこそ、獅子王は知っている。
語り尽くせぬ程に愛しいこの場所を、これからも無音の言葉で継いでいくのだ。
―FIN―
【幸多かれと、切に願う】 獅子王+鳴狐、主+加州清光