【天津小舟の、行き先は】 今剣→さに→←乱+加州清光
体の弱い今剣ちゃんの話。
飛んだり跳ねたり、がデフォルトな今剣ちゃん。
飛んだり跳ねたり、が出来なくなったらどうなるのかな、と。←天邪鬼
漆黒猫自身、現在、黄色ブドウ球菌と交戦中・・・。
感染症マジ怖い。皆様もご自愛くださいませ。
という訳で。
抗生剤でグロッキーになりながら考えてるのは、刀剣男士が病気になったらどうなるのかな、と。
その結果、精製されたのがコレでございます。
作中で触れてる『主の『いびつ』』は、真性ショタという指向です。
あと、蛭子神について好き勝手言ってますが、
あくまで独自解釈ですので、悪しからず。
『日る子』で貴種流離譚のひとつ、という解釈もあるらしいですね。
高貴だからこそ流された、という。
面白い・・・♪
【天津小舟の、行き先は】 今剣→さに→←乱+加州清光
体の弱い刀剣男士は、好きですか?
『蛭子の神の伝説が、俺は嫌いなんだ。』
穏やかにそう言うと、主は今剣の銀髪を、大きな手で撫で付けた。
今剣はその本丸に、初鍛刀で降りた短刀だった。
顕現当初から身体虚弱で、病がち。舞い降りた鍛刀場の、地に足が付いた途端によろけ、倒れた程なのだから筋金入りである。
はっきり言って、体力値は無に等しい。
「本体の浄化が済んだぜ、今剣。
そろそろ抗生剤が効いてくる頃合いだが、どうだ、気分は。」
『あたまいたい。』
「可哀想に。来な、今剣。」
2m10cmの大男は、甘やかすようにそう言って少年の、ぐったりした小さな体を胡坐の膝に抱き上げた。丁寧に横抱きにすると、少しずつ霊力を供給していく。
今剣・現在感染症の治療中。3ケタ目の。
自前の神気と審神者からの霊気で守られた刀剣男士でも、風邪くらいは引く。
風邪を引くという事は、細菌およびウィルス感染を起こし得る、という事だ。
ソレは神気や霊気が弱い刀剣男士は、細菌感染やウィルス感染を起こし得る、という事と同義である。
『今剣』は、他所の本丸では活発で知られた刀剣だ。相棒の岩融と一緒になって、演練でも出陣でも活躍していると聞く。
が、ここ『七草(さえぐさ)本丸』に舞い降りた白い天使、もとい天狗は、屋敷から一歩たりとも出た事がない。常に何がしかの病に罹患しているからだ。
狂科学者の審神者に実験体にされているとか、暴力厨の審神者にサンドバックにされているとか、そういうブラックな理由ではない。
単純に、これ以上なく有り体に言って。
体が弱い。
その一言に尽きる。
「塗り薬の方は終わってるし、ラクにしてな。
眠れるようなら、寝ておいた方がいい。」
『はい、あるじさま。』
喘息持ちの体力ナシ。
咳のし過ぎで喉を傷め、会話は全て筆談か手話、という状態だ。お遊びの延長のような手圧会話を2人で開発して、『忍かっ!』と初期刀の清光にツッコまれたのは、もう10年近く前の笑い話である。
そう。
この本丸の審神者は『初鍛刀で作り出した失敗作』を、切り捨てなかったのだ。
「主。」
障子を少しだけ開けて、清光が顔を見せる。病身の友を労わって、静かに。
主君の腕の中で微睡む今剣を、見つめる紅眼は優しい。
「本陣からの使者が来てる。
獅子王の閂は開かない。追い返す?」
「清光、お前の閂は。」
「開かないね。」
「よし、追い返せ。」
「オッケ。爪切り、要る?」
「おぅ、何処まで『切る』かは、清光。お前に任せる。」
「はいは~い♪」
手圧会話を忍と形容した清光だが、安定に言わせると、清光と主の会話も忍者のソレに聞こえるらしい。今剣に負担を掛けまいと、端的に端的にと会話を縮めていった結果、隠語の遣り取りに収束した様が『そう』見えるのだとか。
余人には意味不明の、単語の遣り取りだ。
「薬、どう?」
「吐き気は、今ントコ出てないみたいだな。
頭痛があると。血管に作用する成分が含まれてるから、そのせいだろう。本来の薬効次第で、続けるか考えようと思う。
まずは様子見だな。」
「そう・・・点滴は、取り敢えず要らない?」
「今はな。
本来の薬効が出ず、湿疹が広がり続けるようなら元の抗生剤に戻す。その時に使おうと思う。」
「りょーかい。」
懐の手帳にサラッと覚え書いて、清光は再び静かに去って行った。
浅い呼吸を繰り返す今剣を抱き締め、主は彼の側頭を自分の心臓に押し付けた。主の霊気が最も凝縮された部分だ。
起きたら爪を切ってやろう。伸びた爪は柔らかい肌を簡単に掠め、その軽い引っ掻き傷から菌が入ってまた、この意思強くも身体虚弱な短刀を苦しめるのだ。
出陣をしない今剣は、当然外傷は負わない。日常の些細な掠り傷だけだ。そんな掠り傷でも、今剣にとっては死病の種に成り得る。週に1度、手入れ部屋に入る日は決まっていた。その部屋にすら、主か清光に姫抱きにされて入るのだ。
「・・・・。」
独学ながら医者顔負けの造詣を持つ主だった。
元軍人。野戦病院もロクに置かれないような劣悪な激戦地で、他所の部隊からのはみ出し者たちを率いて戦い、武勲を挙げていたヒトだ。
だからこそ、だった。
初鍛刀の短刀が、どう足掻いても戦績の足しにならないと判明しても『本霊に帰さなかった』のは。
『なぁ、今剣。
病苦の約束された体が、イヤだってんなら無理強いはしねぇ。苦しければ、いつでも折れていい。
だが、もし戦に出れねぇ事が苦だってんなら。ソコは気にしなくていい。
お前には別の、もっと大事な役割を担って欲しい。
頼む事は出来ねぇか。』
『とうけんとして在れないぼくに、なにをせよと・・・?』
咳の鎮まらない苦しい息の許、訊ね返した今剣に主はこう返した。
『俺の、目付け役を。』
『・・・・・。』
『俺の霊力の特性は、回復と再生。
常に俺自身の肉体の不備を点検し、自動で修復してくれる。怪我はすぐ塞がるし、病気にはなった事もねぇ。頑強なモンよ。
ソレは同時に、病苦を知らん、という事でもある。
軍人だった頃は、それでも良かった。部下共は同じ人間で、俺の絶対的な支配なんざ受けてもいねぇ。俺がトチ狂っても、俺の部隊を除隊すれば済む話だった。
だが審神者ってのぁ、それじゃダメな職分だ。
お前たち刀剣男士は、大前提として俺に尽くすよう、刷り込まれてるんだぜ。俺から逃げようと思うだけでも一苦労だろう。
俺が狂い、過ちを犯すとしたら。
それは多分、重傷行軍とか、そういう形なんだろう。傲慢を極めて、気遣いをなくして、自分に出来る事は部下にも出来て当然、怪我なんて治すに及ばず、なんて思考をするようになるんだろう。
そうならないよう、俺は自分を戒めたい。
今剣。
お前が病苦を持って生まれたのは、俺に『学べ』という天意な気がするんだ。
お前を気遣い、病から守る事で、同時に他の刀剣男士への接し方を学べと。
俺にお前を、守らせちゃくれないか。』
『ようをなさない神など、ながしてしまえば良いのです。
伊邪那岐と伊邪那美が、そうなさったように。』
『蛭子神の事かい? 硬い楠の船に押し込められ、冷たい海に流された、流浪の神。
俺はあの伝説、嫌いなんだ。独自解釈だけどな。
最初の子である蛭子神は、2神の歪みの象徴だ。2人の欠点が滲み出て、蛭子神をいびつにした。
伊邪那岐と伊邪那美は結局、逃げたんだよ。欠点を具現化してみせる我が子が怖くて、自分たちの『いびつ』から目を逸らして、突き放した。見えない所に放逐した。
自分の歪みも、相手の歪みも受け入れなかった。
あの時点でちゃんと向き合ってたら、最終的に離縁で終わる事も無かったかも知れない。
死の国で見た伊邪那美の『歪み』に、耐えられなくて伊邪那岐は逃げ出した。
伊邪那岐の弱さを、伊邪那美は憎んで呪いを掛けた。
そんな泥沼な終わり方にはならなかったかも知れない。』
『おふたりは、さいしょからまちがえていたと・・・?』
『と、俺は思うね。あくまで俺の独自解釈だが。
俺にも『いびつ』な部分がある。
お前の病苦は天意であると同時に、俺自身の『いびつさ』でもある。俺の霊力の中で『いびつ』な部分を、お前に多く与えてしまったのじゃないかと思う。
お前は俺にとって、蛭子神だ。
そして俺はかの親神のように、自分の『いびつさ』から目を逸らしたくない。
重ねて頼む、今剣。
俺の傍に居て、俺が狂わないよう、見ていてくれないか。』
『・・・・・・かしこまりました。
折れるのはいつでもできます。審神者という神官でありながら、神をひはんする。すでにして傲慢なあるじさまがしんぱいなので、もう少し・・・せめてほかの、加州清光をたすけられる刀剣がそろうまで。
ぼくがあなたの、おもしになりましょう。』
『ありがたい。
お前を歓迎する、今剣。』
そんな会話のあった日から、優に10年以上になる。
霊力量には、下手な巫女より余程恵まれた審神者だ。刀剣たちは順調に揃い、全刀打ち揃ったのは、それから程なくの事だった。
元より司令官としての資質は、軍人としての武勲で証明している。
充実した医療設備に、主君と仰ぐに足る審神者。今では政府も一目置く本丸に成長した。
『・・・・。』
「起きたか、今剣。
気分はどうだい?」
精悍な偉丈夫は、壊れ物を扱うように、今剣を大事にしてくれる。
あの時、少年短刀は間違いなく、主の先行きを案じていた。
このヒトは多分、一本筋の通ったヒトだ。ただ、衝突した相手との相互理解を、きっと何度も諦めて来たヒトだ。慣れている。背中を向ける事も、向けられる事にさえも。
でも、変わろうとしているヒトだ。欠点に向き合う強さを持ち、弱者を労わりたいと願い、刀剣たちの理想の主とはどう在るべきかを、本気で考えているヒトだ。
このヒトなら、良き審神者に成ってくれる。
自分の病苦が、成長の一助になれるのなら。
そう思って、今剣はあの時『折れる』という選択肢を放棄した。肚を括ったと言っても良い。病気になって主に労わらせる事が己が役目と。
『だいぶよくなりました。
いまのうちに、とうそうをつくりますね、あるじさま♪』
「そりゃ有り難いが・・・。
神気が削れるだろ。もう少し眠らなくて平気か?」
『へいきです♪
ぼくのかわりに、あるじさまをまもってくれる皆に、とくじょうの刀装を。
ぼくにあるじさまを守るちからは無いけれど、皆をまもる一助にはなれます。ぼくはそれが何より誇らしい。
やらせてください、あるじさま。』
「・・・許す。
資材を準備するから、ちょっと待ってな。寝てていいぞ。」
『ぼく、あるじさま大好きですっ♪』
膝立ちになって、大男の首にギュッと抱き付く銀髪の少年。
薄い背中を抱き締め返しながら、少年の主は困ったように微笑んだ。
『この』今剣の、戦に関する唯一最大の才能。それは刀装を自在に作れる事。
通常の刀装作りとは、出来上がるまでどの兵種か判らないモノだ。弓兵が欲しくても騎兵かも知れないし、特上金が欲しくても並かも知れない。四苦八苦しながら、欲しい兵種が出るまで続ける、というのが相場なのだが・・・。
今剣には、その兵種が選べるのだ。失敗もない。かくして資材は無駄にならず、出陣を控えた刀剣男士の特性や、都合に合わせて準備が出来る、と。
本人は『コレがあればあるじさまをまもってくれるのにな~って思いながらつくってると、自然にできあがってるんです。』という事だが。
天才肌の天才だ。
「準備出来た・・・今剣っ?!」
布団に蹲って胸を押さえる今剣に、主は資材など放り出して駆け寄った。
そっと背を撫で、呼吸を確かめ、慎重に霊力を流し込む。
闇雲に乱暴に流し込んでは、体の方が受け止められず、余計悪化してしまう。それ程に脆い器だった。
主の顔に浮かぶのは、心配の一言。
この10年、主は今剣の看病を一貫して己が手で行ってきた。朝晩の本体の邪気祓いから器の看病まで、全て。
倦んだ顔を見せた事は、一度も無い。
「大丈夫か、今剣。
心臓の調子が悪いのは、数値にも出てる。無理しない事だ。」
素直にコクリと頷き、今剣は大人しく布団に横たわった。一気に青白くなった顔色で、心細そうに主を見上げる。
冷たい手を温めるように握り続けてくれる、主を。
『ごめんなさい、あるじさま。
ぼくのゆいいつのとりえなのに・・・。』
「気にするな、今剣。
何もしないで居るのは暇だろうし、実際助かってるからつい、頼っちまうが。お前の本分は刀装作りじゃない。
覚えてるか? 蛭子神の話。」
『ぼくは、あるじさまのひるこのかみ・・・。』
「そういう事だ。お前を守る事で、俺は常に学んでるんだよ、今剣。
昼餉には早過ぎるが、腹が減ったろう。粥でも腹に入れておくかい?」
『はい、あるじさま♪』
「ちょっと待ってな。すぐ出来るからな。」
とことん今剣に尽くすと決めているこの主は、今剣の分だけは、三食手製しているのだ。彼の病室を己が私室の隣に与えている主は、キッチンや内風呂すら病室に備え付けていた。
別段、人手が足りていない訳ではない。他の刀剣や主自身の分は、光忠や歌仙たちが作っている。
単に主が手製した方が、霊気が籠もって上質の神饌になる、というだけだ。
そういう、濃やかな愛情を注いでくれる主だった。
『・・・・・・・。』
冷凍庫から、炊いてラップに小分けしておいた白米を取り出す音がする。
鍋を火に掛ける音。生卵を割る音は、卵粥が今剣の好物だからだ。
それら全ての音に安心して、今剣は瞳を閉じる。音楽に耳を傾けるように。
(ぼくのからだが、もっと丈夫だったらよかったのに・・・。
そうしたら、)
そうしたら、あるじさまはぼくを想い人にしてくれただろうか。
みだれではなく。
「おやつ出来たぞ、今剣。」
『あるじさま。ぼくなら『お触り』もだいかんげいですよ?』
共に食膳についた主に対する爆弾発言。
粥を噴きそうになった主君の心情など、どこ吹く風で。
今剣はキラキラと純真な瞳で、直球極まりない誘い文句を重ねてくる。
『ツレないみだれをやめて、ぼくにのりかえませんか、あるじさま♪』
「・・・お前にそういう台詞吹き込んだのは、青江か? 宗三か? 鶴丸か?
石切丸じゃないよな?」
『ぼく平安生まれですよ? すきなひとの口説き文句くらい、とししたに訊くまでもありません。一句詠んで贈りましょうか♪』
「返歌に困るからやめてくれ。」
和歌を嗜んだ事ぁねぇよ、と。
半眼で息を吐いた主は、改めて華奢な少年に向き直った。
「なぁ、今剣よ。
俺にとってお前は、特別な初鍛刀だ。腹心中の腹心で、俺を導いてくれる大事な道標で、息子のようにも思ってる。
それだけじゃぁイヤかい?」
『・・・イヤなはず、ないです。
わかってましたけど。おへんじは予想通りでしたし、ききわけのいい子をえんじることもできますけど。とめられたって、かってに好きでいますからいいんですけど。
すなおにひくのは癪の種なので、わがままをきいていただいてもよいですか?』
「イヤな予感しかしないが、言ってみな?」
『あるじさまが亡くなられるとき、ぼくもどうじに折れる許可をください。』
「・・・・・・。」
常から刀剣男士たちの生を願っている、この主を相手に。
それこそ勝手に折れる事も出来る所を、殊更に。
言葉を望む意味を、主は理解していた。
渋面で押し黙った主は、ややあって、肚を括った声で嘆息と共に言った。
「許す。
主命だ、今剣。俺と一緒に死ね。俺の唯一の、蛭子神。」
『っ!!! はい、あるじさまっ♪♪』
瞳を潤ませ、頬を紅潮させて主の首に抱きつく今剣。
まぁ、コイツだけは独り遺して逝くの心配だしな。
そう思って自分を納得させると、いつものように優しく銀髪を撫でる。100振を超す大所帯となったこの本丸で、『今剣』だけは唯ひと振、彼だけだった。初鍛刀以来何千回鍛刀しても、二度と『今剣』が降りる事は無かったし、きっとこれからも無いだろう。
この本丸の『今剣』は自分だけで良い、と本霊に囁いているに違いない。
こンのヤンデレちゃんめ。
「『俺と同時に』って事は、俺が死ぬまでお前も生きるって事だぞ、今剣。
粥を食ったら、一眠りしな。身を大事にしないとな。」
『はい、あるじさま♪』
上機嫌で匙を取る今剣は、理解している筈だ。
この約束の残酷さに。
主は今剣が折れる事は許したが、今剣が折れる時、一緒に死んでやるとは言わなかった。それは一重に、主が今剣だけの主ではない故に。
本当に、残酷な話だ。その純真に、恋慕に、報いているとはとても言い難い。
「今剣。」
『?♪♪』
名を呼べば、必ず応えが返ってくる。信頼し切った、淀みの無い綺麗な紅色の瞳。
自分はこの瞳に、値する主で居なければならない。
「苦労を掛ける。」
それは労いではなく、謝罪の言葉。
主を審神者たらしめる美しい鎖は、やはり許容の瞳で微笑んでいた。
―FIN―
【天津小舟の、行き先は】 今剣→さに→←乱+加州清光