【誇りの在処】参

三日月おじいちゃんの思い出話。

捏造設定→
 ・捏造細川勝元公
 ・捏造焼ける前の苛烈ないち兄(扱いが酷くてごめんいち兄。天下人の佩刀としてイケイケだった頃の『天下一振』なら、弟を切り捨てるくらいすると思うんだ。)
 ・捏造付喪神の常識(闇堕ちや瘴気はイケないモノだし、闇堕ちしたら普通戻ってこれない。)

要するに乱ちゃんは、闇堕ちした事があるって事実を、細川組の2人に知られたくなかった、という。
避けて通れないからネ。

【誇りの在処】参


 三日月宗近は愛情深い刀だ。

 兄弟や仲間への愛に溢れ、一度懐に入れた者を慈しみ続け、決して放り出す事をしない。それが彼の刃徳にも繋がっている訳だが。


「お鶴や。俺の吾子に、何ぞ用かな?」


「・・・・・・・・。」


 それはつまり、一度『家族愛』絡みでその怒りの琴線に触れれば、地上最強のモンスターペアレントに成る、という事だ。

 厄介な交渉事を引き受けちまった。

 『欠月(かけづき)の兄上』の、漆黒に染まり上がった美しい笑顔に。鶴丸国永は、引き受けた事自体を既に後悔し始めていた。


 三日月宗近がその短刀と出会ったのは、足利の蔵に眠っていた時だった。『細川の何某』から主が刀を献上されたとやら。他の付喪神が噂し合っているのを、初めは興味もなく聞き流していたのだ。

 会う気になったのは、祟り刀だと聞いたからだった。故に怖れられ、神社にという話だったのを、酔狂な将軍が面白がって献上させたのだとか。

 噂は噂に過ぎぬ。

 だが真に主に仇成す荒魂だというのなら、守り刀としては斬らねばなるまい。主に必要なのは美術刀としての器であって、付喪神ではないのだ。

 九分九厘、斬る気だった。

 『乱藤四郎』という、荒魂を。


「だが、当人を前にしたら気が変わってな。手許に置く事にしたのよ。」


「何故。今の話の流れだと、乱は実際・・・成ってたんだろう?」


「そうさな、何故だろうな。

 勿体ない、と思ったのかも知れん。うまく導けばまだ戻れる。それに面白い、とも。幼い身であまりに深い、邪悪と断じるには思慕に満ちた嘆きであった。

 まぁ、足利将軍の酔狂さに、影響されていたのかも知れんな。」


「・・・・・・。」


「手許に置いたとは言ったが、大した事は出来なかったよ。

 当時の乱は、人の子で言う『心を閉ざした状態』でな。器の中に引き籠っていた。故に会話もなく、互いに姿も知らぬ。

 乱が発する瘴気を俺の霊気で中和し、乱が外の瘴気に侵されぬよう、俺の霊力で結界を張り。乱の霊体がそこらの浮遊霊に食い散らかされぬよう、奴らを斬り祓い。

 たまに言霊を使って語りかける。

 その程度だ。」


「それに、他の守り刀が乱を斬らないよう目を光らせ、だろう?

 素直に感心するし、偉大だと思う。感動さえしそうになる。

 刀派も違う、来歴も重ならん、口を利いた事も姿を見た事も無い、実際に荒魂化してる刀を後ろに置いて、よく周囲を敵に回せるよな。

 童子切の旦那とは、足利で一緒だったんだろう。俺はあのヒト、苦手なんだ。悪い意味で脳筋というか、都合の悪い事はすぐ斬って終わらせようとする。」


「ははは、さにあらん。

 童子切めには、随分と執拗に食い下がられたものよ。顔を合わせる度に、やれあの短刀を斬らせよ、やれ今日は何か喋ったか、やれあーだ、やれこーだ。

 あまりうるさいので、俺もキレてなぁ。

 一度『手合わせ』と称して折れる寸前までコテンパンにのしてやって、ようやっと黙ったものよ。アレは胸がすいたな。」


「おっお~う♪

 流石欠月の兄上、やる事がエグい・・いや、徹底してるぜ。」


「周囲の無責任な横槍で投げ出すくらいなら、最初から手なぞ伸ばしてはいないさ。

 俺は天下五剣で一番美しいと言われる。

 だが、見目だけ幾ら綺麗でも、ただそれだけだ。何も救えぬし、何も守れぬ。

 歴代の主、皆実戦刀としては、殆ど使ってはくれなんだ。だからこそ余計に、かな。本体ではない、付喪神としての俺は、守ったり、救ったり出来る男で居たいものと、ずっと思っておった。それが『守れた気がする』『救えた気がする』という錯覚でもな。

 親を亡くして嘆き続ける、幼い子供。

 未だ自分が何者であるかも知らぬ、幼い付喪神のひとりくらい、守ってやりたいと思ったまでよ。他ならぬ、俺自身の為にな。」


「親・・・細川勝元公の事か?

 号を授けてくれた。その意味じゃ『親』だろうが。」


「否、乱にとって勝元公は、真実『父』であった。

 故にあの子は堕ち・・・そのゆくたてが、歌仙たちを怖れる理由でもある。」


「どういう意味だ、欠月の兄上。

 乱と勝元公の間に、何があった。」


「・・・・・・。」


 三日月を宿した夜空の瞳が、静かに鶴丸を見つめ返す。

 彼に覚悟を、強いる瞳だった。


 細川勝元は視える人間だった。

 元々『強い』家系の中で、視て、聴いて、話す。三拍子兼ね備え、細川家を宿とする付喪全てと、日常的に対話していた。

 視えぬ家臣や家人は、当然の如く彼を怖れた。が、勝元の統率力が稀有だった故に、この程度の瑕疵ならと、取り立てて言う者は居なかった。

 孤独な男だった。

 唯一、暖かく笑んでくれる側室が1人居た。その女との間に、姫も得た。

 だが姫は夭折し、ソレを契機に、側室とも別れた。

 男は更に孤独になった。


「その孤独は、間違いなく要因であったろうな。

 勝元はある時、切れ味鋭い短刀に号を付けた。『乱藤四郎』と。顕現した付喪神は、失った姫御と面差しが似ていた。

 似ているように見えただけかも知れぬし、所有者の願望を映して、自ずから似た姿を取ったのかも知れぬ。

 まぁ、ソコはどちらでも良い。肝要なのは・・・勝元の狂気よ。」


「狂気。」


「左様。

 孤独な男は、刀の付喪に亡き娘の面影を見た。見ただけでなく、娘が蘇ったのだと錯覚し、のめり込んだ。

 常に傍に置き、自分と同じ食事を与え、着物を誂え、部屋も与えて一級の調度を運び込んだ。文字を教え、歌舞音曲を教え。『武家の姫御』の教養を教え込んだ。

 時には外から教養人を呼んで、『娘に進講せよ。』と下命する事もあったとか。」


「そりゃぁ・・・『教養人』とやらも困ったろう。」


「当然よな。徒人に、俺たちの姿は見えんのだから。

 周囲からすれば、当主の気が触れたとしか思えなかったろうよ。御当主はあの短刀を得てからおかしくなられたと、慧眼の者は気付いて、乱を折ろうとした者も居たらしいが。

 勝元自身、心の何処かで判っていたのだろう。

 己が目に映る『娘』は実は刀の付喪神で、実の子は疾うに黄泉の下なのだと。

 肌身離さず短刀を身に付け、懐から奪い去ろうとする者が居れば、死に物狂いで抵抗し、手討ちにしてでも排除したそうな。

 そのような行いでも当主を張り続けられた辺り、勝元の有能さが解ろうというものだがな。」


「乱自身は・・・。」


「・・・最初の数年は、本当に己を人の子と思っていたそうだ。

 付喪神として『生まれた』時から、そのような異常な状況だからな。他の付喪と話す事は禁じられていた故、その『異常』こそ『正常』と。思わざるを得なかったのだろう。

 それでもじきに、どうやら自分と周囲は違うモノらしい、と気付いたそうだ。

 だが時既に遅しというか、のめり込み過ぎていたというか。」


「??」


「先手を打たれて、泣いて縋られたそうだ。そんな時ばかり正気で・・・。

 『娘のままで居てくれ。』と。『刀に戻ると言うなら、その刀で首を突いて死ぬ。』と。命を盾に恫喝された。」


「何だそりゃ。

 丸っきり『別れ話の縺れで男に縋りつく、狡い女』の手口じゃないか。」


「お鶴よ、お前ならどうする。

 乱はちゃんと諫言したのだ。『付喪を娘扱いするなんて間違っている。ボクは刀に戻るから、勝元様は当主の仕事に専念して。』と。

 そう言ったら、アレだ。

 主君に主君自身の命を盾に主命を下されて、お前、拒めるか?」


「無理だな。

 ただでさえ号をくれた相手ってのは特別だ。その上・・・まぁ形はどうあれ、愛娘として扱ってくれて、自分さえ首を縦に振れば細川家は回ってくんだろ?

 政情不安定な時代だったし、迂闊に当主交代劇なんてやらかして他家に付け込まれでもしたら。それこそ主家が断絶する。

 俺なら『はい判りました仰せの通りに致します。』と言って、首を縦に振っとくね。」


「然り。

 乱もそのように致した。実際上手く回っていたのだ。

 乱にとっても、既に勝元は『父』であった。人が思い描く通りの意味でのな。急に付喪神に戻ると言っても、手本にさせてくれる者も居らぬ。不安だったのだろう。

 だが結局・・・と言うより、当然ながら、と言うべきか。

 先に死んだのは、勝元であった。」


「・・・・・・。」


「ソレも大層、惨い死に様だったそうな。

 世間では病死が定説のようだが、とんでもない。暗殺でな。病を得て弱っていた男を相手に、随分とあさましい真似をしたようだ。

 乱はその有り様を、逐一見ておった。」


「愛する父親が惨殺される有り様を、か。」


「自分の声も手も届かす術もないまま、勝元が嬲り殺される一部始終をな。

 折れる事を怖れたのだろう、勝元は乱を使わなかったそうだ。乱可愛さに、他の刀も傍に置いていなかった。」


「丸腰か。」


「そして、乱は堕ちた。

 乱が祟り殺したのは、手引きした細川の幾人か。それに、凶手を差し向けた山名の幾人か。奴らが自衛の為に雇った、祈祷師の幾人か。犯人は言うに及ばずだ。

 結構、殺しておるよ、あの子は。」


「ホンッッット、マジでアイツよく戻れたなっ?!

 そして欠月の兄上、アンタはよくそんな荒魂を鎮められたなっ?!」


「言ったであろう、俺は大した事はしていない。出来なかったと。

 怨念のままに人を取り殺したあの子が、自力で気を鎮める手助けが出来ただけだ。事実、あの子が姿を見せてくれたのは、豊臣に移ってからであった。」


「乱と同じ人間の手に渡れるよう手配した?」


「さて、何の事やら。

 青い狩衣姿の美青年が、夢枕に立った者は5、6人居たかも知らぬが。」


「・・・『吾子』が心配過ぎて確実を期したかった兄上の心理は、判らんでもない。

 深くは問わんでおこう。」


「兄上、か。

 お鶴、俺にとってもお前は弟だ。本当に、お前が人を驚かせ過ぎて何かやらかす度に、菓子折持って詫びを入れに行くのを厭わん程度には、弟と思っておるよ。」


「それ、主に狐の兄上の役回りだったけどな。」


「だが世の中、弟の不行状を受け入れてくれる寛大な兄ばかりではない。

 俺と乱が豊臣に移って程なく、秀吉が一期一振を手に入れた。

 その頃の乱は、ようやく外に出られるまでになってな。大人しい子だったが、俺の後ろをチョコチョコと付いてくる様が、何とも愛らしかったものよ。

 それを、いちめ。

 瘴気を未だ色濃く纏った弟を、一目見るなり『何だその無様はっ!』とな。反射的に雷を落としおった。瘴気の由来も、これまでの苦労も、何も訊かずにただ、瘴気を纏うておるというだけで、暴言を。

 あの暴言のせいで、乱の回復が確実に10年は遅れた。

 アレの言う事は、常に正論なのだ。正論ではあるのだ。理屈では正しい。

 荒魂に堕ちた事も事実なら、豊臣時点で未だ瘴気を纏っておったのも事実。他の刀に障ったら何とする。そう言われれば、まぁそうであろうよ。

 俺が中和し続けておれば済む事と、言えば言ったで『兄弟刀でもない相手に頼るとは。』と返してくる。

 俺が好きでやっている事、他の刀派の刀になど、それこそ指図される覚えはないんだが。

 一期一振、アレは確かに正論を吐く刀だ。

 だが、正論で心を救えはせんのだよ、お鶴。人の心も、物の心もな。

 勝元は病んではいたが、乱に注いだ愛情は正しく『娘』に対するソレであった。乱にとっても、勝元は『父』であった。

 子が親の仇を討って、何が悪いのか。付喪の理屈を一律に押し付けても、歪みが出るに決まっておる。」


「それは、確かに・・・。俺は欠月の兄上の言い分に賛同できるが、一期一振はそうじゃなかったんだろう? どうしたんだ?」


「どうしても乱を折ると言って聞かぬので、手合わせしてやったのよ。童子切の時と同じだ。折れる寸前まで念入りに灸を据えてやった。俺が勝ったら素直に黙ると、そう念書まで書かせてな。

 素直に黙ったは良いが、アレが焼ける最後の日まで、我らの間に和解は無かったな。」


「夫婦刀」


「やめておくれ、お鶴。

 『俺の』愛弟を折らんと画策した、冷酷非情な何処ぞの太刀なぞと俺が夫婦などと。虫酸が走る。秀吉公も高台院も好きだ。俺と『乱を』大事にしてくれたからな。

 だが『焼ける前の』一期一振は嫌いだった。乱の件以外の事でもよく諍って、切り結んだものよ。

 焼けて良きザマよと、一瞬でも思わなかったと言うたら嘘になる。

 この本丸に顕現している『一期一振』は、常に弟に囲まれておるだろう?」


「ん? あぁ・・・。」


「弟想いの長兄殿。

 焼けて性格が変わったというなら、『変われた』というなら。俺はむしろ、焼けた事を寿いでやりたいくらいだ。同時に時々、無性に腹立たしくなる。

 あのお綺麗な、いかにも『可愛い弟の不行状なら、どんな事でも許します☆』とやら、爽やかに言い切るあの笑顔がな。どうにも偽善者たらしく心地が悪いのよ。その中心、鼻っ柱に飛び蹴りを食らわせたくなるのだ。

 乱を拒絶した事を、綺麗さっぱり忘れ去っている頭を、思い切り殴り付けてやりたい。」


「・・・綺麗さっぱりというか・・・多少は覚えてるみたいだけどな。

 光忠に乱との仲介を頼まれて、青い顔して断ったと。『自分は対応を間違えたまま、許して貰えていない。』とやら。

 反省の弁とは、受け取ってもらえないかね?」


「小賢しい。悔やんでいると言うなら、何故、謝らぬ。

 それにな、お鶴。許すも許さぬも、乱の心に在るのは『怒り』ではない。『怯え』だ。」


「怯え?」


「既に一度拒絶しているいちには、再度拒絶されるのでは、という『怯え』。

 歌仙と燭台切、小夜からは、新たに拒絶され、蔑視を受けるのでは、という『怯え』。

 己の美意識に殊更、強く拘る者たちだ。いちに殺されかけた恐怖も残っている。あの3人に知られれば、他の者の知る所ともなろう。

 そうして知っていった者たちの中で、一体、幾人が受け入れてくれるものかな?

 主に我が子として育てられた、異端の付喪。

 『命を呑み、一度は闇に堕ち切って刀身を黒く染め抜いた』付喪神の事を。」


「『死の穢れ』を識ってるってコトなら、俺だって識ってるぜ?」


「墓に入れられていたからか?

 お前自身が瘴気を発していた訳でも、ましてや墓の主を取り殺したのでもあるまい。

 乱は怯えている。孤立と排除を。

 同時に己を怖れている。一度堕ちた身、2度目が無いとも限らないのではと。

 長谷部辺りに斬ってくれと言いに行きかねない勢いで、不安定になっていてな。」


「っ、おいおい、何でそうなるっ。」


「勿論、行かせはせんさ。あの子は俺の吾子で、小狐丸の伴侶。三条の子だ。

 足利、豊臣。あの頃と同じように、俺が、三条が支えてみせる。

 粟田口になぞ、任せておけるか。」


「・・・・・。」


「足労を掛けたな、お鶴。

 重ねて悪いが、今度はこの欠月の兄の為に、足労しておくれ。いちと、あの3人。両方に同じ言付けを頼みたいのだ。

 『細川勝元公の件、これ以上の立ち入りは無用。委細は三条で引き受ける故、何事もなかったかのように振る舞え。振る舞えないのなら、乱の存在そのものを忘れよ。』と。」


「おいおい、また穏やかじゃない言い回しを。」


「これくらい強く言わねば、引き下がらぬものよ。己を正義と信じて疑わぬ善人とは、下手な悪人より厄介だ。

 乱は今が大事な時期。かつての一期一振の如き者どもに、引っ掻き回されとうない。」


「・・・はーい。」


 最後の一言は酷く低く、ドスの利いた声だった。

 コレは本気だ。次に一期一振が乱に声でも掛けようものならば、速攻で折られる。絶対に折られる。姿を垣間見ただけで目を潰される。

 焼ける前の一期一振の振る舞いに、相当傷付けられたのは実は三日月宗近の方なのではなかろうか。

 ・・・考えるのは止そう。頭が茹で上がりそうだ。

 もっとも賢明な判断として、鶴丸は黙って言付けを果たしに行った。


             ―CON―

【誇りの在処】参

【誇りの在処】参

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-06

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