僕のガールフレンド(謎)

僕のガールフレンド(謎)

「ねえキミ、バカなの?」
「は?」
 それが僕と彼女の初めての会話だった。
 振り向いた僕の目に映った彼女は、ヒラヒラのミニスカートから覗くきゅっと引き締まった生足が魅力的な女の子。シンプルなブルゾンのポケットに両手を突っ込んで、栗色のショートボブを風に揺らしながら、彼女は馬鹿にしたような顔で僕を見ていた。
「なんで怒らないの?悪いのはアッチじゃん」
「えっと、え?」
 初対面の女の子にダメ出しされるなんて初めての経験で、僕はどうしたらいいか判らずしどろもどろになってしまった。

 僕は大学の授業が終わって、医大病院の正面玄関から外に出た。彼女に出会う直前の事だ。目の前の横断歩道を渡って、二つの薬局の前を通り過ぎる。僕の右肩に背負った教科書の入った重たいトートバッグ。それが何故だか後ろから来た自転車のハンドルに引っかかって、僕は盛大にすっころんだ。バッグはチャリに引っ張られて持っていかれるし、僕は腕から地面に滑り込むし、はたから見たら多分壮絶にかっこ悪い。チャリに乗った兄ちゃんは倒れそうになったものの、僕のバッグを振り落としてなんとかバランスを保ったらしく、その場にきちんと止まった。
「おいてめぇ何しやがんだ危ねえだろ!」
 怒鳴られた僕は立ち上がりながら、僕を引き倒した兄ちゃんを見上げた。レトロなヤンキーみたいに金髪オールバックの兄ちゃん。危なそうな兄ちゃんにスゴイ顔で睨まれたら、僕は顔を下ろすしかない。
 道には病院から帰る多くの人が歩いていて、みんなこっちを見ていた。僕が恥ずかしく思うのと同じように、ヤンキー兄ちゃんも恥ずかしかったのか「ふざけんじゃねえよ」って捨て台詞を吐いて行ってしまった。
 その時声をかけてきたのが、彼女だった。

「ちょっと!すごい血ぃ出てる!手、見せて」
 彼女はいきなり僕の手をとって傷口を確認しはじめた。女の子に触れられるなんて滅多にない事だから、僕は心臓がバクバクして手が震えそうだった。そんなのかっこ悪いって判ってる。判ってるけど止められない。あぁ、どうか緊張が伝わりませんように。
 彼女は顔を上げて、今度は僕の顔を見た。
「ねえキミ、ティッシュかハンカチ持ってない?拭いた方がいいよ」
「あ、ああ、持ってるけど、あのカバンの中に入ってると思う」
 僕は道に転がったままのバッグを指差した。彼女はそれを拾いに行って、中をがさごそ探っている。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
 別にやましいものが入ってるわけじゃない。と、思う。けど女の子が漁るには、僕のバッグは危ない世界な気がした。だけど彼女は気にせず手を突っ込んで、ぐるぐるかきまわすようにティッシュを探してる。ちょっとたって、ようやくポケットティッシュを取り出した。
「何よその目。自分でティッシュ持ってねーのかよ、女子力低っ、とか思ってる?アタシだっていつもは持ってるんだからね!今日はたまたま使っちゃっただけ!」
 彼女は何故だか言い訳をしながら僕の腕を拭ってくれた。女の子の柔らかな手が僕の腕を滑っていく。なんていやらしいんだ!
「あの、ども」
 上手くお礼さえ言えなくて、口の中でボソボソと喋る僕を彼女が澄んだ目で見上げた。うおぉ、コミュ力!なんで僕のコミュ力はちゃんと発揮されないんだ!そうか、元々持ってないからか。僕は右、左、右、と視線を泳がせた。
「あっ、アタシ絆創膏持ってるんだった。フフン、ほらね、女子力高いでしょ?」
 彼女は下げていた小さなバッグから絆創膏をいくつも取り出して腕の傷にぺたぺた貼っていった。正直、粘着部分が傷口にくっついて、はがすときヤバそうな感じがプンプンしている。だけど女の子が貼ってくれたんだ、文句はない。
 手を離した彼女は片方の頬を膨らませて、もう一度僕を見上げた。
「お礼は?」
「えっ、あ、ああ、ありがとう、ございます」
 僕はまたしどろもどろになってお礼を言った。だけど彼女は不満そうに、両方のほっぺたをぷっくり膨らませて僕を上目づかいに睨みつける。
「心がこもってないなあ。ねえ、キミこれからヒマ?お礼にそこのファミレスでおごってくれても良いよ?」
「えっ、は?」
「ねえ、行こっ!」
 彼女はいきなり僕の腕を掴んで、ファミレスに向かって引っ張り始めた。なにこれ。新手の、親切の押し売り詐欺?僕はこれから詐欺られるんでしょうか。

 ファミレスについて、僕は彼女と向かい合って座った。女の子と二人でファミレスなんて初めてだ。なんだかこれ、まるでデートみたいじゃないか?僕はどぎまぎしながらメニューを開いた。彼女はスイーツのページを開いて、のんきに「どれにしよっかな~」なんて言っている。余裕?すげえ余裕?そりゃそうだよね、バリバリコミュ力高そうだもん。
「やっぱりチョコレートパフェかな!キミはどうする?」
 物珍しく彼女を見つめていた僕は慌ててメニューに視線を落とした。
「そういえば自己紹介してなかったね。アタシ、リカ。キミは?」
「えっと、タチバナ コウタです」
 僕たちはチョコレートパフェとあんみつをオーダーして、ようやく自己紹介をした。リカは机に肘をついて前のめりに僕の顔を見ている。そんなに僕に興味ありますか?非モテ童貞の冴えない男なんですが。
「コウタ何歳?」
「えっと、19です」
「ヤバイ年上じゃんウケる」
 何がウケるのか判らない。リカは高校を卒業したばかりの18歳だと言った。トリマーの専門学校に適当に通ってるんだそうだ。
「なんだ、年下かよ」
 僕はリカに年上のスタンスでカッコよく返事をしたかった。だけど上手くできなくて、ひょろひょろのキモイ芸人みたいな喋り方になってしまう。あー、失敗した。
「コウタ、学生?」
 オーダーが運ばれてきて、リカはすかさずスプーンを握りしめた。女の子って単純なんだ。甘い物さえあれば良いみたい。僕は余裕のある風を装ってタメ口っぽく返事した。
「そこの医大に通ってる」
「え!ヤバイ!医者の卵!?お金持ちじゃん!」
いやいや、まだ学生だから。
 リカはお金の好きな所を五個ぐらいあげて、そのお金でお菓子の家を買いたいなんて馬鹿みたいな夢を語った。女の子って本気でそんなこと考えてんのかな。それとも「可愛い私」を演じてるんだろうか。
「コウタ、ぎゅうしちょうだい!」
「牛脂?・・・ギュウヒ?」
僕はあんみつの片隅に居座る好物の求肥に目を落とした。リカの視線も求肥に注がれている。
「ギュウヒ?ギュウシ?ギュウヒ?そのお餅みたいなやつ。コーンフレークと交換しよっ」
良いともなんとも言ってないのに、リカは僕の求肥を奪って、代わりにチョコソースのかかったコーンフレークを大量にあんみつに振りかけた。
「あ!おい何すんだよ!」
「良いじゃん、多分おいしいと思う!チョコフレークあんみつ!斬新!」
リカはなんともないと言わんばかりに笑った。おいおい。
「まじかよ・・・」
どうすんだよこれ。だけど、不思議と悪い気はしなかった。別に僕がドMってわけじゃない。男友達にやられたらブチ切れるかもしれないけど、女の子にやられたら怒るに怒れない。というか、むしろこんな馬鹿っぽい事しちゃうところがちょっと可愛いとか思っちゃったりして。
「ねえコウタ、ラインやってる?登録しよ」
え?いきなりなんなんですか?僕と友達になってくれるんですか?詐欺っすか?
「ごめん、馴れ馴れしい?」
固まる僕に、リカは不安そうな顔をして尋ねた。
「いや、別に・・・・」
別にじゃねえよ!むしろ、喜んで!だろ!童貞丸出しの僕はそっけない返事しか出来なくて、悔しくて仕方ない。もっと良い返事がしたかったと後悔しつつ、僕はスマホを取り出した。リカがニコニコしながら僕をフレンド登録する。なんか楽しそう。ホントにこの子、何がしたいんだろう。

 ダラダラとしばらく喋って、気づけば入店してから2時間近くたっていた。女の子って不思議だ。どうしてこんなに話し続けられるんだろう。ま、そういう僕もよく2時間も聞き続けられたと思うけど。おかげで僕はリカのバイト先のカラオケ店における人間関係にだいぶ詳しくなってしまった。
「あーヤバイそろそろバイトだ」
 リカはスマホで時間を確認して、「帰ろ」と立ち上がった。僕は伝票を持って、彼女の後ろを歩く。レジについて、伝票を出した。
「あ、お会計別にしてください」
 リカが当たり前のように店員に言った。
「え、僕のおごりじゃ・・・?」
「ジョーダンだよ。無理やり連れてきておごらせるほど悪女じゃないんで、アタシ」
 リカはさっさとチョコレートパフェのお金を払って、売り物のおもちゃを眺めに行った。僕も慌ててお金を払うと、彼女の元へと急ぐ。
「あの、ごめん」
「なんで謝るの?意味わかんない」
 リカはケラケラ笑った。屈託のない笑顔って、なんか良いな。なんてうっかりときめいてしまいそうになる。僕はせめて男らしくありたいと思って、ドアをスマートに開けてあげてみた。残念ながら上手くエスコート出来たかどうかは不明だけど。
「じゃあね、アタシ急ぐから!バイバイ!」
 ファミレスの前で、リカは大きく手を振って走って行った。変な子。僕は小さく手を振って、リカが見えなくなるまで見送った。

 それから一週間。不思議な一週間。僕の人生最大のありえない一週間だった。何故か毎日リカから連絡があった。何故か毎日あのファミレスに呼び出されて、何故か毎日一緒におやつを食べて、何故か毎日大きく手を振って帰っていく。いや、ほんとマジであの子はなんなの。天使?とか思っちゃうわけで。
 今日もファミレスで待ち合わせ。一番すみっこの席が僕たちの特等席になっていた。こんなに毎日毎日誘われるなんて、なんかこれ、イケそうな気がするってヤツ?って勘違いしそうになる。
 リカは自分から連絡しといていつも遅れてやってくる。僕は一人さきに席に座って、そわそわと入り口を眺めるのだ。
 僕はリカの足が好きだ。引き締まって、細いのによく走れそうな強そうな足。座ってる時は見えないけど、遅れてきた彼女が悪びれもせずタカタカ歩いて来るときの足は一番良い。
 どうこう出来たらそりゃ最高だけど、ヘタレな僕はリカの話を聞くのが精一杯で、いつも「うん」とか「ああ」とかロボットみたいに返事をするだけ。それでももう一週間。そろそろワンステップ進んだって良い頃だろう。そう、今日こそは名前を呼んでやる。あのさ、じゃなくて、リカ、って。
 決意を新たにしてる頃、リカが大股で僕らの席にやってきた。遅くなったとかの謝罪もなく、勢いよく座って「今日はなんにしよっかな~」ってページをめくっている。
 僕はつばを飲んだ。今日は僕から話題をふる。あのさ、じゃなくて、リカって呼びかけて、たまには違うファミレスに行ってみない?って誘うんだ。
 リカが店員を呼んで注文をした。メニューを片付けて、出来た小さな間。今だ。今だよな?
「リカ?」
 リカの名前を呼ぶ。だけどそれは僕じゃない。僕が声をかけようとした同じ瞬間に、空からリカを呼ぶ声が降ってきた。僕もリカも顔を上げる。伝票を手にしたチャラそうな男が、さげすんだ目でリカを見ていた。
「なにお前もう新しい男つれてんの?てかお前、やっぱり二股だったんだろ。つーかどうせガキもソイツの子じゃねーの?お前オレに費用負担させようと嘘ついてたんだろ?」
 え?え、え?
 僕はリカの顔を見た。リカは無表情、いや、ちょっと睨んでるような怒っているような顔をしてチャラ男を見上げている。
「ホントお前クソビッチだな。ガキおろすのも初めてじゃねーんじゃねえの?」
 おいおいおいおい何言っちゃってんのこのチャラ男!リカは黙ってうつむいた。あのリカが。おしゃべりガールのリカが!反論もしないで下を見ているなんて!このチャラ男なんて事を言ってくれたんだ!最低野郎だな!チャラ男は冷めた目でつづける。
「何回もおろしてるからそうやって次の日には平気で男と遊べるんだろ。お前、女じゃなくて悪魔だよな」
「いい加減にしてくれませんか」
 僕の口から無意識に抵抗が飛び出していた。
 え、ちょっと待ってちょっと待って、チャラ男がこっちを睨んでいる。やばいやばい。僕の目が机の上をきょろきょろ泳いだ。いやいや、別に僕は喧嘩がしたかったわけじゃなくて、ただちょっと
「失礼だと思います。こんな公共の場で他人に聞こえるように酷い事を言うなんて。それは、人として、最低な事じゃないですか」
 なんて思っただけなんだけど、どうしてそれを口に出しちゃうかな。チャラ男はまだ僕を見ているらしい。ああ、ホントごめんなさい。ああ、でもついでに、おまけ。
「僕は、男の強さは、女の人に意地悪する為のものじゃなくて、女の人を守るためにあると思います。あなたの行為は、男として最低だ。これ以上彼女に暴言を吐くのはやめてください」
とかなんとかカッコつけて言っちゃったりして。僕はもちろんチャラ男の方なんて見る勇気もなくて、ただ机に向かって言っていた。そう、言った。言ったんだよ。思ってるだけじゃなく、言ってやったんだ!
 ひゃっ。僕は頭に冷たい物を感じた。
 横目でちらっとチャラ男を見る。お冷を手に取って、僕の頭にかけていた。びちゃびちゃ、ぽたぽた。水が髪を伝って僕の体に落ちた。
「うるせえよ、お前」
 チャラ男はコップを机にドンッと置いて、レジに向かった。僕は水をぽたぽたさせながら凍り付いてしまう。つめてえ。いや、殴られなかっただけマシ?かっこわりぃ。いや、リカは無事だったんだし。こえぇ。あれ、そういやリカは?
 僕は恐る恐る顔を上げた。リカは口をへの字にして机を睨みつけている。悲しんでいるのか怒っているのか良く判らない。僕は机にあったナプキンを大量にとって、頭や肩を拭き始めた。
 濡れはたいしたことなかった。元々そんなに水が入ってたわけじゃないし。これがコーヒーとかだったらもっと最悪だったんだろうけど、水なら乾けば元通りだ。
 相変わらずリカは黙りこくったままで、正直なんか声をかけて欲しかった。僕がこの場で「あーあ、濡れちゃったよ」なんて言うのもちょっとカッコ悪いし、黙ったままなのも不機嫌みたいで嫌だ。ここでリカが「大丈夫?」とか聞いてくれたら、軽く「平気平気!」って言えるんだけど。
 そんなことを考えていたら、リカがガタッと勢いよく立ち上がった。鞄をもって、綺麗な足を大きく広げて、はや足で飛び出していく。
「えっあっ、ちょっと!」
 僕の呼びかけも聞こえないくらい、あっという間に外へ行ってしまう。僕は慌てて頼んでたもののお金を払って追いかけた。だけどもう彼女の姿はどこにも見えなかった。

 それから数日。気の重い数日。あんな変な別れ方をして、そのあと一度もリカから連絡がない。僕は心配になって、初めてこっちから「なにしてる?」と軽くメッセージを送ってみた。折角送ったメッセージだけど、全然既読にならない。
 リカ、どうしてるんだろう。
 僕はリカの話を沢山聞いたつもりになっていたけど、リカの事を全然知らなかった。電話番号だって、苗字だって聞いていない。カラオケでバイトしてる18歳の専門学校生、ってだけで、どこに住んでて、暇なとき何をして、どんな男と付き合ってきたのか、全然知らない。
 チャラ男の話は本当なんだろうか。
 クソビッチで中絶しまくり?
 そんな馬鹿な、と思えるほどリカの事を知ってるわけじゃない僕は、そう言われたらそうなのかなと思うしかなかった。だから僕にも簡単に接近してきたのかな。男だったら非モテ童貞でも良かったんだろうか。
 そんなしょーもない考えがぐるぐる頭を駆け巡る。直接リカの口から聞けたら一番良いんだけど、聞かれたくないから僕の前から消えたんだろう。そうだとしたら僕はもう、聞きたいなんて思っちゃダメだ。

 つまらない数日がすぎた。ただ淡々と過ぎる味気ない日々。僕はまた授業終わりに医大病院の正面玄関から外に出て、横断歩道を渡った。薬局の前でポケットに入れていたスマホが震えた。慌ててポケットを探る。もたもたして鞄を落としそうになって、通りかかったおばあさんに「入口の前で邪魔だよ!」って怒られた。やっと見たスマホには、迷惑メールが一通。はあ。マジかよ。リカじゃないのか。僕は落胆してスマホをしまい、肩に鞄をかけ直して、今度は杖をついたお爺さんにぶつかりかけた。
「あぶねえなあ!」
 お爺さんに怒られて、僕は慌てて頭を下げる。ああもう、なんかついてない。頭をあげて、とぼとぼと歩きだした。
「コウタ、トロいの?」
 僕は振り向いた。
 良く伸びる高い声。風に揺れる栗色のショートボブ。リカが、あの日見たブルゾンのポケットに両手を突っ込んで、呆れた顔して僕を見ていた。
「えっ、な、リカ?!」
「あはっ、リカ、だって。コウタの口から聞くと変~」
 リカはケラケラ笑った。
「なんで・・・だって」
僕を無視してたのに、そんな何事もなかったように笑う?リカはおかまいなしに、風になびく髪をかき上げた。
「ねえファミレス行こっ」

 リカは当たり前のようにいつもの席に座って、いつものようにスイーツを物色する。僕はメニューなんて見てる余裕もなく、疑問や言いたい事を思いつくままにぶつけた。
「なんでこんなとこにいるんだよ。連絡したのに返事もないし、いきなり飛び出していってそれっきりなんて、何かあったのかって心配したじゃないか!ねえリカ!聞いてる?」
「フフッ」
 リカはメニューを見たままクスクス笑って肩を震わせた。なんだよそれ、なにのんきに笑ってるんだよ。
「心配してくれたんだ、嬉しいなあ。フフッ。ごめんね、全部説明するから」
 そう言って、リカは店員を呼びパンケーキセットを頼んだ。僕はまたあんみつを頼んで、リカを問いただすように前のめりになる。さあ、なんでも言い訳してみなさい。
「この前の男、元カレなんだよね。アタシこの前中絶手術受けたの、アイツの子」
 やっぱりそうなんだ。僕は何故か落胆した。僕には全然関係ないことだし判ってた事だけど、なんだか無性に悔しい。
「手術が終わって歩いて帰るときにさ、目の前で馬鹿みたいに転ばされて、文句も言わないで、相手に罵倒されて逃げられてる馬鹿な男を見かけたの」
 リカが僕を見る。僕と初めて会った時の事だろう。
「なんか、アタシとかぶっちゃったんだよね。妊娠なんて、アタシだけが悪いわけじゃないじゃん?なのに一方的に相手に罵倒されて、金投げつけられて逃げられたからさ。そんな事があった後にコウタの姿見たら、アタシみたいでつい声かけちゃった」
 明るく話すリカの笑い顔が痛々しかった。予想外に重い話になって、僕の怒りはどんどんしぼんでいく。
「アタシもね、コウタと同じで、怒鳴られるばっかで言い返せなかったの。アタシが悪いんだ、アタシが妊娠しちゃったからいけないんだ、って思っちゃってさ。でもよく考えたら絶対相手の男だって悪いじゃん。なんで言い返さなかったんだろーって後悔ばっかだよ」
リカはパンケーキを大きく切って、大きな口を開けてぱくっと食べた。
「この前あの男にあったとき、言い返さなきゃ、って思った。だけど駄目だった。なんにも言葉が出てこなくて。一方的にある事ない事言われるのはすごく悔しかったのに、やっぱり何も言い返せなかった。でもね」
リカが、めいっぱい口角をあげてにっこりほほ笑む。
「コウタがかばってくれて、言い返してくれて、すっごく嬉しかった」
僕に向かって、僕の為だけに笑顔を作る。普段の生意気な顔じゃなくて、可愛らしい女の子の顔で。
「コウタ、すごいカッコよかったよ。すごい男らしかった!ホントごめんね、あの男のせいでびしょびしょにされてさ。だからさ、アタシも決心したわけよ!あの男に立ち向かおうって。初対面のコウタにばっかりやらせてらんないもん。今までの恨みつらみと、コウタにかけた水の分、ぶん殴ってやろうと思って」
「はあ!?」
 何を考えてるんだよ!元カレを殴ろうだなんて女の子のする事じゃないだろ!唖然とする僕に向かって、リカはファイティングポーズをとる。アグレッシブすぎでしょ。
「で、アタシ、あの時あの男追っかけて殴りに行ったの。強度あげようと思って右手にスマホ握ったままアイツの頬めがけて斜め後ろから右ストレートよ!」
リカはその時の真似をしてみせた。するどい右ストレートが僕の目の前をかすめる。
「アイツもふっとんだけど、一緒にスマホもふっとんじゃって。しかもタイミング悪くバスが来てスマホひかれちゃってさあ、もう画面バッキバキ!親に行ったらこの親不孝者!って怒られて半年間スマホ没収だって。それで連絡取れなかったの」
あっけらかんとリカが言う。いやいや、それどころじゃない。
「連絡は置いといて、男はどうなったんだよ!殴っちゃったんだろ?ヤバイだろ!」
僕の問いに、リカがにっこり笑った。
「なんかね、コウタに言われた事が結構効いてたみたい。男の強さは女を守るためにあるってやつ。アイツ、何もやり返さないどころか、悪かったって一言謝ってくれたの。コウタのおかげ」
「は?まじで?」
「マジマジ!おかげでスッキリだよー!」
 リカがまた大口を開けてパンケーキを頬張った。僕はびっくりしながらあんみつを口に運ぶ。僕のおかげ?僕はリカを、間接的ではあるけど、ちゃんと守れたのかなあ。口の中のあんみつが、なんだかすごく甘く感じた。
「ギュウシもーらいっ」
「ギュウ、ヒ、な」
 リカがひょいっと求肥を取る。僕は笑った。リカが元気に僕の目の前で楽しそうにしてくれるのがたまらなく嬉しかったからだ。
「アタシこれからどうやってコウタに連絡とったら良いんだろ」
 もぐもぐしながらリカが問う。僕は鞄からノートを取り出して、一枚破った。僕の名前と、住所と、携帯番号と、メールアドレスと、パソコン用のアドレスと、学校の学科名に学籍番号まで書いて、リカに差し出した。
「お好きな方法でどうぞ」
 リカも笑った。
「アハハ、コウタ真面目!ヤバイ、ピンポンダッシュしに行こっかな!アハッ」
「小学生かよ」
 いつの間にかリカと普通にしゃべれるようになっていた僕は、いつかその栗色のショートボブに手を伸ばしたいなあと思いつつ、それをヘタレな心に忍ばせて、実のない話を二時間楽しんだ。

僕のガールフレンド(謎)

僕のガールフレンド(謎)

冴えない僕が出会った彼女は僕には似つかわしくないリア充そうな女の子。 彼女への気持ち、これはなんなんだろう。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-30

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