独白 3 後
城谷直樹はある雨の日の夜に佐伯隆司から呼び出される。そこはビル・エヴァンスのジャズピアノの音色の流れるバーだったという。城谷直樹はそこで佐伯隆司の所属するサークルの主要メンバーと対面させられる事となる。バーは連中の定期的に集会する場所の一つで、メンバーの一人が勤めている店でもあった。
このサークルは大学にも認可されたもので、表向きには古典文学などを愛読している者達による読書愛好会的な集いを装いながら、実際には危険思想を持つ指導者が夜な夜な支持者達と議論していた。そんな時代錯誤な集団というのが、このサークルの実態である。
メンバーは同大学以外にも秘密裏に所属しており、正確な人数は未だ特定できてはいない。当時所属していたメンバー以外にも、一時的なメンバーから、既に脱退しているメンバーまで、その人数は数百とも数千とも予想されている。中には女性メンバーも少なくはなかったという。彼等は本来の活動を外部に露見されまいと主にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のコミュニティーを活用し、その勢力を急速に拡大しつつあった。そして組織のカリスマ的なリーダーが他でもない佐伯隆司だったのだ。
佐伯隆司は後の計画に必要なメンバーとして城谷直樹を紹介し、彼を組織に招き入れた。成り行きで参加した城谷直樹本人が、どれほどこの組織の危険性を認識していたのか、それを窺い知る事はもうできない。ただ、佐伯隆司を指導者として仰ぐ他のメンバーとは明らかに異なる関係であったのは確かだったようだ。妄信的な配下に等しい他のメンバーに対して、城谷直樹はいわば佐伯隆司のアドバイザーのような存在であったという。彼は手記の中で『共同体』としてその関係を位置づけているが、佐伯隆司が何故そのような人間を必要としたのか、それは組織との繋がりの希薄な城谷直樹を、あえて実行犯に仕立て上げるための計画の下準備だったのかもしれない。
信じ難い事実だが、佐伯隆司という男はこの国において革命を成功し得ると、本気でそう考えていたようだ。そして彼の唱える理想郷を夢見る若い支持者達が、SNSというインターネット上の無法地帯において彼に賛同し、姿無き都心の暴徒と化した。それが、昨年の大事件の実態である。後の事件の顛末を知る多くの人にさえ、理解に苦しむ事態であったはずだ。もちろん、当時記者として事件を追っていた私にも、こんな馬鹿げた事が起こるわけがないという先入観があった。異常事態であるからこそ、非常識な人間が起因となった、という当然の予測がまるで立たなかったのだ。
事件に注目したマスコミも民衆も、ただ城谷直樹という矛先の向けやすい犯人だけを標的としていた。彼を執拗に追い続けた私も、佐伯隆司の計画によって翻弄されていた民衆の一人に過ぎなかったのだ。一人の事件記者としては誠に不本意だが、あまりにも馬鹿げた非現実的な事態というものは、常識的な見解や予測によって逆にその実態を見失ってしまうという場合が稀に起こる。あの事件はそんなこの国の、いやこの国に生きる国民の、重大な欠陥により悪化した結果だったのかもしれない。そう、第二、第三の佐伯隆司や城谷直樹を生み出す危険を、この国はもう既に孕んでいると云っても過言ではないのだ。
事実起きた悲劇、それがすべてを物語っている。
『私には彼のような崇高な理想も、執念深い野心も、なにもなかったのです。私はたぶん誰の心にも残らない。ただ後に残された私の名前だけが宙を漂うことでしょう(誰もが孤独という名の空箱を抱えている)』
独白 3 後