ずっとずっと広い世界

仕事から帰ってきて真っ先にPCの前に腰を下ろす。PCの中には様々な世界が広がっていてその世界を堪能する事こそ私の唯一の癒しとなっていた。しかし、その前にまずメールの確認だ。
"未読のメールが1件あります"
普段メールなんてそうそう来ないがなんだろうか?
そのメールの見出しにはこう書いてあった。
"アイドルを応援するだけでラクラク小遣い稼ぎ!"
なんだ、スパムメールか。しかし、なぜか妙に気になってメールを開いてみた。そこには
"アイドルを応援するだけでお金が手に入る!
そんな夢のような仕事に興味はありませんか?
すでに職についているという方もご安心ください。
副業としてこの「アイドル応援」をしている方も沢山おられます。
とにかく少しでも興味を持っていただいた方は我々スタッフが誠心誠意対応させて頂きます。
事務所の住所は下記にございます。
ぜひ!気軽にお越しください!
田原町76-5 "
なんだこれは…しかも住所が近所では無いか。
流石にこんなものを信じるほど私はバカでは無い。しかし、明日は休みだし…取り敢えず行ってみるか。
例の住所に来てみるとそこはアイドルショップ?のような店だった。私はあまりこういうものに詳しく無いのだが、サイリウムであったり、アイドルのTシャツなどが売ってるような所だろう。店の外見は比較的古いというか薄汚い感じなのに対し客足は思いの外多いようだ。学生からサラリーマンまで頻繁に出入りしている。もしかすると、アイドル応援職というのは本当にあるのかもしれない。しかし、このような店に入るには少しばかり勇気がいる。通行人がいなくなった瞬間を見計らっていざ入店。中は割と賑わっており、いかにもオタクといった風貌の人もちらほらと見かけるがやはり大多数が学生かサラリーマンのようだった。アイドルグッズには目もくれずカウンターにいる店員に話しかけてみた。

「すいません、アイドル応援職みたいなメールを見て来たんですけれども。 」

店員はいじっていた携帯から目をあげてこちらを見てから顔を緩ませて言った。

「おお、メールとはまた珍しいですね〜あのメールは年に数回しか送らないレアものなんですよ。しかも、見たほとんどの人は迷惑メールだと思って見向きもしませんから。」

宣伝をあまりしないということだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。本題だ

「それでアイドルを応援してお金が手に入るというのは本当なんですか?」

店員は笑顔で
「もちろんですよ!興味ありますか?」

と席を立ち、後ろの資料を取り出し、それを見せながら言った。
店員が広げた資料には様々なアイドルの写真や情報などが大量に敷き詰められていた。
続いて店員が説明を始めた。

「まず、アイドルを応援してお金が手に入る仕組みですが、と言っても必ずしもお金が手に入るとは限らないんですよ。まず、この中から好みのアイドルを決めます。後はそのアイドルを全力で応援するだけです。」

「はい? 」

思わず素で聞き返してしまった。

「冗談ですよ! 詳しく説明するとそのアイドルの広告を個人でするんですよ。今の時代、可愛い顔やいい曲程度では人気なれないというのがアイドル界の悲しい事実なんです。そこで我々はアイドル業界と提携を結び、こちらからファンを提供して、そのアイドルが有名になり売れた暁にはその収益の一部が我々の所に入ってきてそれをファンの方々に配当としてお渡しするという仕組みになっております。」

「ほう、なら応援したアイドルが売れなかった場合はどうなるんですか?」

「その場合、配当は得られません。応援グッズに関しては自腹という事になっておりますので、その分が損という事になります。」

なるほど、応援グッズでこの店は収益を得ているし、アイドル側も比較的安価でしかも売れなければ支払う必要の無い宣伝費という点を考えると合点がいく。おそらく公式でする下手な宣伝より、ファンがSNSなどでする宣伝の方が効果があるのだろう。

「ところで、その配当というのはいくら位なんですか? 」

店員は資料に目を通しながら

「そうですね〜アイドルにもよりますね。例えば、このアワアワガールズというアイドルグループは今はまだ知名度は低いですが売れた場合はそれなりの金額は回す予定だという風に明言されてますね。」

「やはり、マイナーなアイドルであれば、あるほど、一攫千金を狙えるものが多いですね。配当の割合は初期の頃から応援してる人から優先されますから。ちなみに参加は無料ですので、ご希望でしたら、気軽にお申し付けください。」

なるほど、関心してなるほどしか出てこない。私の知らない所でこんな事が行われていたとは、私の知っている世界というのは案外狭かったのだろう。しかし、こうなると私も興味が出てきた。一つどれかのアイドルの"応援"を初めてみるのもいいかもしれない。

「では、私も一つ、このアワアワガールズのファンになってみようかな。」

「お!その気になりましたか。でしたらこちらの書類に必要事項を記入して頂ければ登録は完了です。
あとは、個人でイベントなどを調べていただいて。ああ、あと僕は様々なイベントに出席なされることをお勧めしますよ。出席するイベントの数が多く、精力的に活動しているファンの方のほうが配当が多く回ってきますので、それでは、ご武運を。」

それから、私はサイリウム2本を買ってから店を出た。それにしても、世の中は上手いことになっているものだ。まさか、こんな職業まであるとは。
帰宅して私は真っ先にPCの前に腰を下ろす。PCの中には様々な世界が広がっていると思っていた。しかし、PCの外にも様々な世界が広がっている。アワアワガールズのイベントについて調べようとしたが"未読のメールが5件あります"の文字が目についた。それらのメールの見出しはこのようなものだった。

"歌手を応援するだけで億万長者に!"

"スポーツ選手を応援するだけで異性にモテる!"

"このアプリをダウンロードすれば即就職!"

"病気の息子のために1000万円が必要なんです。1000万円を入金してくだされば、なんでもします"

"主人がオオアリクイに殺されました。犯オオアリクイを見つけた方は天皇になれます。"

世界は私が思ってるよりずっとずっと広いのかもしれない。一人PCの前で呟いた。

ずっとずっと広い世界

ずっとずっと広い世界

短いです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-25

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