ENDLESS MYTH第3話ー15

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 目の前の怪物がひとつ呼吸をする度、メシア・クライストの嗅覚は、不快な腐敗臭に襲われた。
 破けた黒いケープ。それから伸びるフードで覆われた頭。ケープの隙間からはプロテクターが覗き、腕には重厚な剣がしっかりと握りしめられていた。
 自らの背丈より高い雑草の壁で、化物を必死に追い払おうと、背後に駆け出すメシア。
 足場は豪雨のせいでぬかるみ、浅い沼のようになっていた。
 素手で濡れた草をかき分けると、表面の鋭さから、指先が切れるのを感じた。
 草露と指先から出る血で濡れた掌でしかし、メシアは懸命に逃げた。
 すると背中にまるで猛犬のような唸り声が近づいてくるのが分かった。
 脚を必死で、まさに死にものぐるいで上げて逃げようとするも、ぬらせかるみは予想に反して深みになり、彼の動きを鈍らせた。
 そこへ猛犬の足音とプロテクターよきしみが徐々に耳に接近してきた時、不意に雨音の中に獣の吐息が掻き消えた。
 脚を止め、ゆっくりと背後を振り向くメシア。
 周りに腐敗した臭いはない。
 命を拾った。
 そうメシアが安堵の吐息を漏らした刹那、雑草の間に一陣の旋風が巻いた。そして周囲の草が風に飛んでいく。
 背の高い雑草は、途中から真っ二つに切れてしまったのだ。
 周囲の雑草の目隠しがなくなったそこには、無防備な人間独りがただ、雨に濡れているだけであった。
 フードから滴る雨の雫が、下の牙の生えた、どす黒い口元が開く横を流れ落ち、剣は天高く突き上げられた。
 稲妻が地上に降り、剣が真一文字に振り下ろされた。
 が、腰を抜かし尻をぬかるみについたメシアが腕で顔を覆った時、獣の声が燃え1つ、草むらから飛び出した音が聞こえ、慌て顔を上げた。
 すると筋肉に覆われた灰色の獣が、4足歩行でフードの化物に襲いかかると、そのまま巨大な顎で首をまるまる噛ると、首と胴体を引きちぎって、雨の中に頭部を吐き出したのである。
 頭部を失った肉体はぬかるみに倒れたまま痙攣し、首からは激しい勢いで黒い液体が放出されていた。
 中空を弧を描き飛んだ頭部は、ぬかるみに落ちると、そのまま泥の中へと沈みゆくのだった。
 それを見たメシアは、背筋に戦慄を覚えた。
 獣のような口の上には鼻も眼もなく、汚れた布が巻かれていた。
 まさしく獣のような化物だ。
 自らを救ったもう一匹の獣は、みるみる目の前で縮んで行くと、黒人青年へと姿が還元された。
「生きていたのが奇跡だな」
 安堵して笑みを浮かべたニノラ・ペンダース。
 そこへ転送の光に包まれ、3つの影が現れた。2人の女性と1人の大男である。
「戦力として4人では君を守れない。まずは逃げるのが先だ」
 3人を一瞥してニノラが言った時、メシアはあることに気づいた。
「上!」
 警戒心を解いたところに突如として激しい激痛が5人を包んだ。
 雫が、雨の雫が突如として皮膚に食い込み、まるで縄のように締め付けてきたのだ。
 天空には頬が痩けた細身の、骨のような四肢を持つ男が、糸に釣られた人形のように浮かんでいた。
「駄目だ、駄目だ、駄目だ! 君たちはここから逃がさないよ」
 震えるような声で細身の男は叫んだ。
 彼の操る水は、弾丸にも刃にも変化する。今は針金のように5人を巻き取り、金縛りにしていた。
 その光景を見ていたのは、先に水滴の餌食となり、地べたに這いずっているオレンジ色の瞳をした異星人であった。
しかしその身体は未だダメージから、身動きできずにいた。

ENDLESS MYTH第3話ー16へ続く

ENDLESS MYTH第3話ー15

ENDLESS MYTH第3話ー15

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-07-20

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