あなたの名前は
「…桜先輩?」
「むーらせっ、待ってたんだぁ。」
バイト終わり帰った、家の前。にこにこと、笑う先輩にであった。じゃない。
ここは山梨だ。先輩は関西の人だ。
「なんでいるんですか?」
「ひどっ、村瀬に会いたくてに決まってるじゃない。」
「いやいや、人妻。帰りなさい。」
白とともに消えた先輩が目の前に、じゃないんだ。
「なんでよう?」
「当たり前でしょ。」
旦那さんの顔がフラッシュバックする。
正直もうあの人と関わりたくないんだ。
「ねぇ、あなたは私のために死ねる?」
「先輩…?」
「私、気づいちゃったのよ、ここからやり直したら私幸せになれるって。」
「なに言ってるの…?」
「夏菜がね、言うんだ。どっちか選べって。選べないからさ、だから選ぼうとおもうんだ。」
「待って。何の話だか分からないんだけど。」
「ねぇ、あなたは私のために死ねる?」
目の前の先輩は笑顔だ。
手には出刃庖丁。
夏の蜃気楼と、セミの声が背景に聞こえる。
先輩の表情も見えない。
頭がついていかない。
「選ぼうと思うの。」
「…え?」
「あなたが欲しかった答えはなんだった?」
思い出さなきゃ、なんて言った、俺?
あなたのために死にたいなんて言ってない。
なんだった?
「先輩は俺のこと、好きだった?だよね」
「仕合わせ、じゃ嫌なんでしょう?」
目の前の先輩がとち狂ってるのはなんとなくわかる。もう俺にはこの人はわからないんだ。
「も…もういいですって。」
「だからね、こうするんだぁ。私選べないからさぁ」
「先輩落ち着きましょう?」
「村瀬、私のこと忘れないでね?」
「忘れられません。忘れたくないです。」
「…そっか、それならよかったぁ。」
ベランダから先輩の姿が消えた。
今度こそ空の青に先輩が消える。
笑顔で手を振った桜先輩が。
「救急車…救急車呼ばなきゃ。」
後ろでLINEの通知が鳴る。
「先輩の携帯…?」
優 さくちゃん、どこにいるの?
メッセージを読んだ瞬間、嗚咽が止まらない。先輩の忘れないでね?の声と蟬時雨がリフレインして吐き気と共に胃の中身を全てぶちまけて、僕は意識を失った。
あなたの名前は