浮気症の名は
目の前にいる女の子は在りし日の君とは違う子。
俺の本音に気がつかない、ただ可愛いだけの女の子。
君とは大違いな、可愛い女の子。
「いい加減わすれらんねーかな。」
「え、史明、どうしたんよー?」
「いや、こっちの話。」
「で、今日どうする?ホテル?」
「金ねーよ。」
「じゃあ史明んちにしよっ」
ベッドで鳴かせるだけの女なら楽しいくらいがちょうどいいからいつまでたったってこんな感じなんだろう。
軽い付き合い。こんなんがちょうどいい。
「ねーねー」
「あん?」
「史明って西中だよね?」
「だけど?」
「藤代雪菜って知ってる?」
「え」
「知らない?」
「知ってるけど…」
「LINE教えてくれない?なんか高校の同期が藤代さんと知り合いたいみたいでさ。」
「紹介しろってこと?」
「まーそゆことー」
「てかまたなんで?」
「ユキナちゃんと大学一緒らしいんだけど、話す機会ないらしくて。男ってあーゆーわかりやすい感じの黒髪女子好きだよねぇ。なんて言うか…ロリ系っつーかふわふわした感じの」
久々に聞いたのに心臓が跳ねる。
長い黒髪、振り向く為に振り上げられる腕、恥ずかしがってこっちを向かない横顔。
フラッシュバックする気持ちを押さえつける。
「大して可愛くもなくない?雰囲気だけじゃない?」
「そうだな」
記憶に香る「フジシロユキナ」のディティールがまた惑わせる。
あの黒髪や、此方を射抜くような眼差しや、すぐ拗ねるところ、掛かってきた電話にわざと毎回「何の用?」なんて言う、天邪鬼な所。
ふわふわなんか全くしてない。
あいつはああ見えて意思が強くて強がりでワガママお姫さまなんだよ。なんて言えるはずもない。
「まーだからとりあえず、頼んだ!」
「分かった、とりあえず藤代に聞いとくわ」
「じゃあもうお店でよ?…今夜はねかせないよ〜?」
「バカ笑」
「ちょっとお手洗いいってくるー」
「はいはーい。」
雪菜、と表示されたLINEを久々に開く。アイコンは彼女の手と思しき手でピースしてると思われる写真。
藤代、LINE教えてって言ってる男が居るんだけど教えていい?っと。
なんでもなかった振りをする。
自分から手を離したくせに。後悔する権利だってもうないんだけど。
ぴこん、と音がなる。
返ってきたメッセージは「やだ。」の一言だけだった。雪菜らしい。
「ただいまー。」
「藤代嫌だってさ。」
「なんだよー。分かった。」
夜の街に消えていく。
あの子の面影すらもう掴めない。
「愛しているよ」も「会いたいよ」ももう言えないんだ。
こんな汚い俺だから。
浮気症の名は