声のない声

声のない声

声のない声

私は今、青く美しい部屋の中で白くて薄いワンピースを肌着の様にして身に付けて裸足で立っている。でもたまに、ベッドはあるけども水面に弧を描いて見える大理石の床の上で頬を擦り寄せて寝ている事もある。私は透明で威厳のある彫刻で形造られた部屋の中心にある噴水に近づいて、細く少し病気じみた足をゆっくりと冷たい水の中に浸す。冷たいと言っても冬から春に移り変わる心地よい冷たさ。私はこの場所が二番目に好きだ。何故かと言うとこの部屋の空間で水が流れるチョロチョロとした優しい脈拍は、私の過去から現在に至るまで同じ音楽を奏でる蓄音機で、この静かな部屋の華だった。

青いカーテンから射す光がぼんやり影を作った事を私が知った時、白くて厚い立派なドアが蟻が歩く程に小さな音でスゥと開いた。
茶色いハットを被り白い髭を生やした年配の紳士が、青い部屋に杖を大理石の床に先を突いて私を見てくる。
優しい目。
茶色い革靴を銀杏の葉が落ちた後程の足音を鳴らせて私に近づいてくる。私は何時もの様に青いカーテンの前で座りその見慣れた紳士が距離を縮めて来るのを待つ。
優しい手。
その、乾いた柳の手で私の髪、肌を撫でた。

この家の主人が帰って来た事を知らせているのかな?と私は思う。私はこの紳士の人が一番目に好きだ。
私は白いワンピースの上からお腹を摩る。お腹が空いたの。そうしてみせると、紳士は口元をあげて微笑み、紳士がやってきた白くて立派なドアの奥へと姿を一瞬、消し去った後に紳士は緑色に凛としたサラダを皿に盛り付けて戻って来た。
紳士はその青々とした美味しそうな葉を指で持ち私の口にスルスルと入れ、私は甘くて噛むと水分が弾けるその葉を感じながら喉に通過させる。
私はありがとうって思って青い瞳を紳士に向けると、紳士も黒い瞳で私と同じ様にして見つめ返した。
最後にこの部屋に覗かせる青いカーテンが黒に近づいてきた頃、その紳士は決まって私の髪を三回撫でて白くて立派なドアの奥へと姿を消す。
そうすると私も青いカーテンの前で身体を寝かせて、ちょっとだけ私の体温を盗む大理石の上で寝息を立てる。

目を覚まして今日も青いカーテンから射す光がぼんやり影を作るのを待っていると、白くて厚い立派なドアが象が蹴飛ばしたかの様な破裂音で開いた。私は息を止めてその場所を見ているとそのドアから、太陽のギラギラとした姿の者と満月の圧迫感で威圧する者が私の前に立ち、口を動かした。
蓄音機の音色が聞こえない、暴虐と暴力的で、嵐であって、海の波が怒りで燃えていて土砂が激流となって私の青い部屋に響き渡る。私は怖くなってその太陽のギラギラとした姿の者と満月の圧迫感で威圧する者に、虐めないでって青い瞳で視線を送っても、黒い瞳で私を見てくれない。
私は震えて青いカーテンの下で座っていると、その太陽の者と満月の者は紳士が何時も持ってくる青々としたサラダを私に向かって差し出すが、恐ろしい雑音で私を縛るから息を止めて目を閉じて我慢した。

優しい紳士のおじさん。助けてよ。

「駄目です、僕たちからの食料は受け取りません」
「先生が急に心臓が悪くなり意識不明になってこれだ。生まれた時から会話をせずに心だけで会話をする先生の実験。今更、俺たちがどんな声をかけても無理だ、心だけで会話をする少女とコミュニケーションを取るなんて」
「でもこのままじゃ…」

白衣の青年たちは白いワンピースを着た少女の前に再び戻ったが、少女は白いワンピースをなびかせて噴水の水の中に静かに沈んでいた。
でも何時もの様にチョロチョロと冷んやりとした水は少女に声をかけているのであった。

声のない声

声のない声

少女にとっての声とは?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-30

CC BY-NC-ND
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