森でトラブった話。

オチとかなry

ユノは森の中で腹を鳴らした。木漏れ日の降り注ぐ土の道の上で、ユノはあたりをうかがう。
森の中だから食物は豊富にあるはずだとユノは思ったが、見つかるのはキノコばかりで、ユノは眉をひそめて頭をかいた。
果物がなっていれば食べても問題ないと思えたが、キノコは毒のあるものが多く、見分けのつかないユノは食欲に任せてキノコにかじりつけずにいた。
それにキノコの生で食べればより危険が高まる。ユノは手元に火をつける手段がなく、かといって森の木や石を使って火をつける術も持ち合わせていない。マジメに一人旅に必要な技術を学ばずに村を飛び出してきたことを今さらになってユノは悔やんでいた。
「いっつもぶち当たってから、あんときそうしとけばっての繰り返しなんだよな…」
 ユノは今までの自分の失敗に共通する点を改めて自覚してため息をついた。そよ風が森のなかの葉を揺らし、あたり一面から葉の奏でる柔らかな音色がユノの気持ちを軽くした。
空腹が気力を奪っていくなか、ユノは今歩いている森の心地よさに救われていた。これがもし馬車の行き交う山岳地帯であれば、きっと機嫌が露骨に顔に表れて、けたたましい車輪とヒズメの音で土ぼこりを舞わせる馬車乗りに向かって嫌悪感を隠そうともせずに、馬車乗りとトラブルのきっかけになっていただろうとユノは思った。
「ん」
 ユノは山道の嫌な想像から穏やかな現実の森に意識を戻した途端、目の前の道のかたわらにひっそりと生えたキノコに気づいた。鮮やかな赤に白の斑点模様のキノコは、一見すると毒を有してそうには思えない。ユノは空腹にはある程度耐性のある男だが、昨日の昼から何も食べていないため、ほぼ丸一日水以外に摂取していないことになる。さすがにユノは食欲に心が折れそうになっていた。
「…でもさすがに焼きたいよな…」
 外見から安全そうだという理由だけで口にするのも気が引けたし、仮に食べるとしても生はさらに食べる気が失せる。だが、目の前に食べられそうな物があるというのは、欲求との葛藤をおのずと芽生させる。
「………」
 ユノは興味本位で一口キノコをかじってみた。味は特にしない。咀嚼してみても違和感は特にない、と思った矢先、下にヒリヒリと痛みのようなものを感じた。あわててユノがキノコを吐き出すと、突然めまいがユノを襲い、ユノはそばにあった木に背中をあずけて座り込んだ。
「かんっぜんに、毒キノコ…」
 飲み込まなくてよかったと思いながら、ユノは自身の欲求にカンタンに負けた軽はずみな行動を悔いて、背にしていた革製のリュックを足の間に起き、うなだれながら目をつむった。

目をうっすら開けると、森にそそぐ光がオレンジ色に輝いていた。どうやら数時間も意識を失っていたらしいと、ユノは気だるい気分で頭を左手で抱え、低くうなった。
「…ん」
 ユノはまどろんだ意識のなかで、道の先を見た。道の向こうからだれかがやって来ている。頭をあげて近づいてくる人に目をやると、そのだれかは小走りでユノの方に向かって来ていた。
クリーム色の布製のワンピースに深緑のカーディガンを着た女性だ。ユノと視線の合った女性は眉根を寄せながら微笑み、うなだれたままのユノの前まで来てしゃがみこみ、ほっと息を吐いた。
「気がつきましたか?」
 マロン色のショートヘアを揺らしてユノを覗き込むようにした女性は、ユノの額に手を当てて口を小さく結んだ。
「発熱しています。これを」
 女性はたすきがけしてきた布製のショルダーバッグに手を入れて、小さな小瓶を取り出した。コルクの蓋を開けて、中に入った白い錠剤を手の平に出し、ユノに差し出した。ユノは黙って女性に手のひらを向けて、錠剤を受け取り口に入れた。
「そのキノコは毒性の強いキノコです。一口だけでも、もし飲み込んでいれば発熱では済みませんでした」
 女性の視線の先をユノが見ると、さっきかじった赤いキノコが草むらに転がっていた。
「…まさか、かじって吐き出しただけでこんなになるとは思わなかったんで…さっきくれたのは、解毒剤?」
 頭をかきながらユノが言うと、女性は眉根を寄せたままうなずいた。
「この森には毒キノコが多いので、誤って口にした場合のために常備してあります。もっとも、この辺りの人間は毒キノコのことを昔から親に注意深く教え込まれているので、誤って食べるのは子供くらいですが」
 子供と同レベルだと言われた気がしてユノはギクリとしたが、その通りなのだから認めるしかなかった。
「この辺りの人間はってことは、あなたもこの辺りに住んでる人なのか」
 薬が効いてきたのか、薬が効いてきたと思い込んでいるからか、少し気分がマシになったユノは頭をあげて女性を見た。心配そうにユノを大きな目で見つめるその姿は、きっと母性の強い人なんだろうとユノはなんとなしに思った。
「ええ。野草を取りに森へ来たら、あなたがここで座り込んでいたんです。声をかけても返事はないし、そばにかじりついた毒キノコがあったから、急いで村に戻って薬を取ってきたんです」
「助かったよ…別に飲みこむつもりなかったんだけど、口に入れただけでこんなザマになるとは思わなかった…」
「旅の方、ですか?旅人さんなら、そういった食に対する知識はある程度おありかと思ったのですが」
 ユノはまたしても自分の浅はかさを突っ込まれた気がして肩を小さく揺らした。女性の前でどれだけ格好の悪い姿をさらけだすのかと自己嫌悪に陥ったが、かっこつけるには色々と手遅れだし、なによりかっこつけるのが好きではないユノは正直に白状した。
「旅の心得もないままに旅を始めた身なんで…お恥ずかしいけど、このザマですよ」
 ユノは女性から視線を外すようにうつむいた。
「…よろしければ、私の家に来てください。お腹もすいていらっしゃるようですし、栄養のある物を食べれば、解毒も早いですよ」
 毒キノコにかじりつくようだからお腹も空いていると見抜かれたのだろうとユノはかなり気まづい気持ちになったが、空腹を満たせる絶好の機会に感謝して、ユノは少しよろめきながら立ち上がり頭を下げた。
「すんません…世話になります」
 ユノと一緒に立ち上がった女性は笑顔でうなずいた。
「シシーと言います」
「ユノっす」
 笑顔の素敵な女性だと思いながら、ユノはシシーと並んでオレンジの木漏れ日が降り注ぐ森の道を歩き出した。

森でトラブった話。

森でトラブった話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-26

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