どっかの森に住む若者の日時的な。

ほのぼのしたの書きたかったので。オチとかないす。

  木々の葉から漏れる日の光を背に、切り株に座ったシルは湖に垂らした浮きを何も考えずに眺めていた。なにも考えないで済む時間がシルは好きだった。だからシルは、魚を釣ることを目的とせずに、頭を空っぽにできるという理由で釣りを趣味にしていた。釣りを趣味にしている以上、一応は返しに餌をつけていたが、いつも釣った魚は湖に返していた。
 だから魚の口の中に返しが入ってしまい、内臓を傷つけたときのシルは心が痛んだ。だからといって返しも餌もなく浮きを湖に垂らしているだけだと釣りをしている実感も得られず、頭を空っぽにできなくなるため、シルは魚が釣れたときはいつも心の中で魚が傷ついていないように祈っていた。
「あ、きた」
 シルの眺めていた浮きが水中に沈み、シルは手にした釣竿にずしっとした重みを感じた。しかし引っ張られるというよりは、なにかが返しに引っかっただけの感触にシルは違和感をおぼえ、切り株から腰を浮かせて竿を持ち上げた。引っかかっていたのは魚ではなくかたっぽのブーツだった。
「……またかい」
 そのブーツにシルは見覚えがあった。見覚えどころか似たような獲物を釣り上げたことが前にもあった。そのときはカバンを釣り上げたのだが、持ち主に心当たりがあったため返した経験がある。そしてこのブーツも同じ所有者が身につけていた記憶があったため、というよりもいつも接している行動から察するにブーツを湖に落としていてもおかしくないだろうと思い、持ち主はほぼ間違いないだろうとシルは顔をしかめながら頭をかいた。
 釣り上げたブーツと釣竿を手に持ち、シルは湖に背を向けて木漏れ日に満ちた森の中へ入っていった。



「はいレンさんお荷物届けに参りましたー」
 シルが棒読みで木製の扉にブーツをぶっきらぼうに何回も「レンさんレンさん」と言いながら当て続けていると、扉が開いて中から寝癖だらけの赤髪をかきながら半目を開いた青年、レンが出てきた。顔に当たる日の光を片手で遮りながらシルの顔を半目で眺め「おはようございます」とガラガラした声でつぶやき、シルの手にしたブーツに視線を落として眠気まなこが一気に見開いた。
「どこで!?」
 ガラガラ声だったレンの声は一気に元の高い声に戻り、シルを見開いた目でじっと見つめた。シルは顔をしかめながら森の奥にある湖の方角を指差してブーツをレンに差し出した。
「お前なんでいっつも街で飲んだ帰りに湖行くんだよ」
 お前と呼ばれたレンは差し出されたブーツを手にしてふぅと安堵した息を吐いた。
「なんでってお前もよく知ってるだろ。晴れてるときの夜の湖、空には月が出て水面には反射した光。雰囲気全開だからいい感じになる確率超高いんだよ」
 そう言ってレンは玄関へ視線を向けながら親指で指し示した。シルがレンの親指の先を見ると、小さな革靴が行儀よく並べて置かれていた。
「街の雑貨屋の店員さんだそうです。つうかたまにお前も行ってる店の子だわ」
「…栗色の短めの髪の?」  
「そう」
 舌打ちしながらその店にしばらく行きたくないとシルは思った。あの店員かわいいと思ってたのにこのクソがと心で毒づき、ポケットからシガレットの箱を取り出して口にくわえ、一緒に箱に入れていたマッチで火をつける。
「一本くださいな」
 シルがレンにシガレットの箱を差し出し、ついたままのマッチをレンのシガレットに近づける。レンは大きく息を吸い空に向かって煙を吐き出した。
「あーうますなー晴れやかな朝には快適すなー」
「昼前だけどな」
「そういやあのブーツ湖で見つけてくれたのか。前にカバンも釣り上げてくれたつってたよな」
「おまえ湖でいったいなにやってんだよ」
シルがシガレットをふかして聞くと、レンはシガレットをくわえながら顔をゆがめ、器用に煙を吐き出して丸を描いた。
「溺れ死ね」
 コイツの所有物はまだいくつも湖の中に消えているんだろうと思いながら、なんで俺がそんな水辺で酔いに任せてイチャついてる奴の物を釣り上げてやらにゃならんのだと妙な気分になりながらシガレットのタバコを吐き出した。
「おまえも硬派気取ってねぇで遊びに行きましょうな。なんでも経験だぜ。明日お前夕方まで街にいるんだろ?その後合流しようや。噴水広場で。いい店知ってるからよ。じゃ、ちょいと野暮用なんで」
「いや行くっつってな」
 シルの言葉を聞き終える前にレンは野暮用のために自宅の中へと戻っていった。シルはため息を吐きながらシガレットを吸い、ブリキ製の灰皿にシガレットを押し当てた。

どっかの森に住む若者の日時的な。

どっかの森に住む若者の日時的な。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-26

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