エニグマ・ステーション

エニグマ・ステーション

エニグマ・ステーション


お父さんも、お母さんも、妹も、皆んな大嫌い!私はそう叫んで玄関に向かって走り扉を開け走って出て行った。その際、財布だけをポケットに収めていた。また学校から帰ってきた制服の状態で部屋にいたもんだからスカートとリボンを揺らして夜の街を歩いていたと思う。私は街灯がお辞儀する様にして足元を照らす明かりを踏んで進んだ。行き先は特に決まっていないが、もう、この街からは出て行きたい。この見られた景色も嫌いだし歩き慣れたこの道も腹ただしい、あぁそうだ。取りあえず駅に向かおう。そして私の知らない場所に行こうではないか、きっとそこには私の望む心地良い世界があるはずだ。絶対に。私はそう考えた後、息を吐き、歩き慣れたアスファルトの上をかかとをおろしてさらに足を早めた。
私はある駅に到着して一言述べてしまう。「綺麗…」
赤レンガ造りの丸の内口駅舎の前に立つ洋式建築の建物の前に私は立っている。その建物にライトアップされた暖かい暖炉の火の様な光が、赤いレンガを一層と引き立てる。そう言えば昔、お父さんが言っていたっけ?唐津出身の偉い設計士が設計した建物だって…あぁ!もう!お父さんの事なんて思い出したくないのに、ついつい頭の中に浮かび上がってくる!ウルサイ!ムカつく!私の脳内に出てくるな!
駅の周りにはサラリーマンや旅行行きのトランクを引きずっている大学生らしき人も幾人といる。私は丸いアーチ状の真ん中に嵌め込まれている時計の針を見た。二つの針はもうすぐ零時を指そうとしている。私はその時刻からもう終電してしまったかと考えたが取り敢えず急いで駅の中へと入る。どうやら私は時計の針と同時に足を踏み入れたらしい…
コチッ!時計の針は零時を指した。と次の瞬間、ハープの音色、唇の振動させるラッパの乱れた音と聞いた事のない言語の歌が合唱して空間を曲げる様に至る所から響き渡って来る。赤レンガの壁もグニャグニャと溶ける様に変形するそれに加えて石の床も波が立って揺らぐ物だから私は気分が悪くなり吐き気を模様した。
私は目をつむり、耳を押さえ、立っていた場所にうずくまり、その奇怪な現象が過ぎ去る事を心臓をバクバク鳴らして待ち続けた。
三分程たっただろうか?少しずつ静かになっていく、私はゆっくりと目を開いて辺りを見渡した。何も変哲もない駅の中であった。しかし音一つ何も聞こえない。ただ私の息と胸の鼓動だけが音をならしている。私はその事が奇妙に感じて駅から飛び出した。
無音。
灰色の街、空を見上げると月ではなく白い天体に環が美しい弧を描いてる。私の見える視界には黒い夜の空よりも描かれている。まるで私に迫ってくる様だ。そしてさっきまで駅の周辺にいたサラリーマンや旅行行きのトランクを引きずっている大学生もいない。誰もいなかった。奥に見えるビルの窓や照明も光はなかった。全てが死に絶えた!そう伝えているかの様であった。
この光景を見て震えていると後ろからキーの高い少年の声が私に対して呼びかけた。
「お嬢さん?何してるんですか?」
私はその声に安堵の息を吐いて振り向いた。しかしその姿を見て私は絶句した。
車掌の帽子を被り車掌の制服を身に付けているが一本の銀に輝く冷たい針金を軸にして立っている。それは鉛筆で描いた棒人間に車掌の服を履かせた様である。もちろん顔は丸い輪っか、手の先からは指の様にして鉄の線が生えている。そして三メートル程ある長身から氷漬けされた私に向かって言葉をふりかけた。
「おやおや怯えている様ですね、可哀想に。その様子を見るとどうやら貴方は自らの意思によって此処に来た訳ではなく、迷い込んだと言うべき状況の様ですね?」
針金の車掌は顔が無いのにまるで微笑んでいるかの様にして言い、その冷たい鉄の手を広げて私に差し出し少年の声で優しく言った。
「ようこそお嬢さん、人と人の人生を繋ぐエニグマ・ステーションへ」
私は震えた二本の指をその鉄線の上に静かに乗せた。
針金の車掌に連れられて私は駅の中を歩いていた。
車掌は私を見る様にして私に話す。
「此処はこの駅を設計した鷹野銀号様の裏ステーションで御座います」
私はその細い鉄の線を握って言った。
「裏ステーションって何?」
針金の車掌は答える。
「表にある普段の駅は一般的に運行していますが、この裏ステーションは違います。明治二十二年、政府によって裏ステーションは立案されました。内容はこうです。この国のあるべき姿が滅びそうになった場合に、その問題を改善する為にその影響となった人物を変更すると言う事です」
私は言った「つまり、今ある現実をかえるってことね。凄い」
その言葉に車掌は人差し指らしき物を上げて言う。
「しかし一つ欠点があります。この人物を変えて変更した場合、その変更した事実を理解できている人物は世界で一人だけという事です。他の人は一夜として知らないうちに現実がカットされて編集されてしまうんです。そんなの分かりっこありません」
「そこで私の様な者がいるのです。誰がいつ、どのようにしてその事柄を変更したという事をね記しているのですよ」
私がその言葉を聞いて考えている様にして首を傾げていると、針金の車掌は私の肩に手らしき物を置いて言う。
「最近はこの裏ステーションに来る人は余り見なくなりましたが…彼処を見てください黒い影の様な者たちがいますでしょ?あれ達は昔、この裏ステーションで自分たちの人生を変えようとして失敗した人の末路です。ああいった理由もあり最近の政府はちょっとした問題ではこの裏ステーションを使う事も減りましたね」
針金の車掌が言った方向を見るとボンヤリとした煙の様な黒い影が浮いて床の上をあっちへ行ったり、こっちへ来たりとしている。
私はその影を見て怖くなり車掌の細い手らしき物を握って質問した。
「どうしてああなったの?」
針金の車掌は答える。
「今まであった世界の人物を変更するという事は歪みが他にも出るんです。そうした事を繰り返し行い続けるとその歪みは耐えきりなくなり、その歪みからして問題になっている変更した人物を現実から消し去るのです。つまりあの影たちは歪みから消された一部の残りカスの様な物です」
針金の車掌の話しを聞いて私は再びその影たちを見た。まだ、あっちへ行ったり、こっちへ来たりと動いて永遠にそうしているのかと思うと哀れな感じた。
そうした後針金の車掌は私に向かって質問した。
「迷い込んだとはいえ、やはりこのステーションに来るという事はお嬢さん?何かとても人生をかえたいと願っているのではないですか?」
針金の車掌の言葉に私は黙ってしまったがその質問に答える事とした。
「私、お父さんとお母さんと妹が大嫌いなんです!どうして私、こんな家族と一緒に住んでいるんだろうって思うんです!」
「という事はつまり、お嬢さんは人生を変えたいんですか?」
針金の車掌は私を見下ろして言った。
「変えれる物なら変えたいです!だから私、家を飛び出してこの駅に来たんです。その…貴方の言う表のステーションに!そのまま何処かへ行きたいと思っていました」
その少女の言葉に車掌は考えるかのようにして腕を組みしばらくした後、少年の声で私に言った。
「貴方がお望みなら今、貴方の人生をかえて差し上げましょうか?」
針金の言葉に私はコンマ一秒考えたがすぐさま発言した。
「かえたいです!私の人生!そうしたいです!」
その私の言葉に針金の車掌は言った。
「良いでしょう、では列車へとご案内をしましょう」
針金の車掌は帽子を揺らして歩いた。駅内の階段をおりる。そうした後、歩いて進んで行くと黒い蒸気機関車が停止している。なんとなく水蒸気の熱い湯気が身体にまとわりついた気がした。その蒸気機関車を超えて針金の車掌は前へと進んで行く。私もその背中を追って続いた。なんとなく青みがかかった蒸気機関車の前で針金の車掌は立ち止まった。そして私に向かって言う。
「そう言えば貴方、どの様な人生を送りたいですか?」
私は少し考えて言う。
「何でも良いんですか?」
「ええ」
針金の車掌は短く答える。
「じゃあ総理大臣とか!」
「大きく出ましたね。分かりました。それで良いでしょう」
「本当に良いの?」
「どうぞ貴方が望む様にして下さい」
そう言った後に針金の車掌は美しい少年の声で言い放った。
「総理大臣の人生行きに変更だ!」
針金の車掌の声に蒸気機関車に掲げてあるパネルが回転して『総理大臣行き』となった。
そして針金の車掌は少女の手を取り車内へと案内した。茶色い皮が貼られた椅子に赤い縞模様が入った絨毯。淡く光る照明が垂れ下がり車内を明るくし、壁と天井には木目が入った仕上げに反射する。それに加えて四角い窓が横一面に並んでいた。
私は楽しい気分になり近くの椅子に腰を下ろした。
その私に向かって針金の車掌は言った。
「お嬢さん、最後にこのホイッスルを渡しておきましょう」
そう言うと少女の手に白いホイッスルを置いた。
「何これ?」
私は質問した。
「もし貴方が望んだ人生に問題が生じた場合、このホイッスルを吹いて下さい。そうすれば此処に戻って来れるでしょう」
針金の車掌の言葉に私は「わかった」とだけ言った。
こうした後、車掌は蒸気機関車から降りて大声で言った。
「主発進行!」
窓から見ていた私は敬礼するその針金の車掌を見て軽く手を振った。
蒸気機関車は動き出す。一体、私が総理大臣になった世界なんてどの様な世界なんだろうか?私は色々と溢れてくる思いを胸にとめて心地よく振動する壁に寄りかかって考えていた。
何時のまにか私は寝ていたらしい。目を覚ますと私は飛行機の中にいた。スーツを履いているもちろん性別までは変わっていない。と、目が覚めたばかりで頭がクラクラしていると声の低い男の人に声をかけられた。
「総理!何寝ているんですか!スケジュールの確認を今やっている最中でしょ?」
眼鏡をかけたとても賢そうなスーツを着た男が私に言った。
「え?なに?」私は戸惑って言う。
「何?じゃないですよ!いいですかよく聞いてください!今から向かう核ミサイルを我が国に設置する会議をあの国で行った後、我が国の人口減少問題をある教授たちと議論するんですよ。またその後にはホテルに帰った後には私たちと今後の軽い対策の会議を開いて…ってちゃんと聞いてますか?ふざけないでくださいよ!貴方の支持率はもの凄い勢いで下がっており民衆から怒りの声が飛んでいるんですよ!その調子じゃ貴方を支持した私たちもが叩かれます!」
私はこの訳の分からない状況に酷く困惑してその苛立っている男に言った。
「何言ってるの?だって、私、さっきまで普通の女子高生だったんだけど…」
その言葉を聞いた眼鏡をかけた男はポカーンとして少女に言った。
「お忙しくて現実逃避をしたい事は分かります!しかしね!総理!こっちは真剣なんです!馬鹿な事は冗談でも言わないで欲しいです!」
その言葉が終わった瞬間だった。前の方から悲鳴と共に銃声の音が聞こえてきた。
「おい!この飛行機に総理がいるんだって?悪いが核ミサイルは設置して貰いたくなくてね、総理?この私の提案を飲まなければ此処にいる全員を殺害する」
飛行機の中にはどよめきが上がった。
そして眼鏡をかけた男は私に向かって言う。
「総理!その提案を飲んではダメです例え、総理が死んでもです!」
パァアン!
私の目の前で眼鏡をかけた男は弾けたトマトの様にして壊れた。正面を見ると銃を手に持った人相の悪い男が立っている。こいつが撃ったのだ。
「さぁ、総理!どうしますか?この眼鏡をかけた男のように死にますか?それが嫌なら!俺の提案を飲め!」
そう言った後、男は銃を私の額にゆっくりと押し当てた。私は涙を浮かべながら震える手を握った。と、何か私は持っている。針金の車掌から貰ったホイッスルだった。
瞬時に唇につけた。そして私は死ぬ覚悟でそのホイッスルを力強く吹いた。
ピィイイイイ!

優しいキーの高い少年の声が聞こえて来る。
「おやおや、もう戻って来られたんですか?総理大臣の人生はお気に召しませんでしたか?」
私はゆっくりと目を開いた。目の前には身長の高い針金の車掌が立っている。私は涙を流しながらその車掌に言った。
「どうして!あんな場面に送るのよ!私、死にそうだったのよ!」
少女は怒りの声で言った。
「送ったというのは違いますね。現在、表の世界では総理大臣が乗っている飛行機はハイジャックされております。テロリストによってね」
その言葉を聞いて私は黙り込んだ。
「さてどうしますか?そろそろ、お家に帰りますか?表の世界に?」
私は針金の車掌に向かって言った。
「いや」
針金の車掌はない表情を見せて笑って言った。
「強情な人だ。では次はどの様な人生を送りたいんですか?」
私は垂れた涙を拭って言った。
「お金持ちで!大きな家に住んでいて!何もしないで生きていける人生!」
針金の車掌はその言葉を聞いて叫んだ。
「資産家の娘の人生行きに変更だ!」
針金の車掌の声に蒸気機関車に掲げてあるパネルが回転して『資産家の娘の人生行き』となった。
そして針金の車掌は再び少女の手を取り車内へと案内した。私は黙り込んで皮の椅子に座った。針金の車掌は蒸気機関車から降りて大声で言った。
「主発進行!」
蒸気機関車は動き出す。私は窓の向こうで敬礼する針金の車掌を見た後、手の中にあるホイッスルを見た。なんだか薄っすらとヒビが入っている様にも見える。私は眠たくなり瞳を閉じた。
目を覚ますと豪華な天井と豪華部屋、豪華な机や花瓶や絵が飾られているのが見えた。しかし違和感を感じる。身体が動かない。いや動きはするが少しでも動こうとすると身体中に激痛が走る。私はフカフカの豪華なベットの上でマスクをされて寝かされていた。
何なんだこれは?そう思っていると美しい彫刻が施された扉が開いて、美しいワンピースを着た美しい女性が部屋に入って来た。そして私の隣に座り話し始めた。
「貴方が不治の病にかかってしまって今日で三年になるのね?貴方が少しずつ弱っていって、もう、起き上がれないほど病気が進行した時、私は毎日が辛かったわ。でももう大丈夫よ、この安楽死の薬、今日やっと届いたのよ。大丈夫痛みはないのよ」
女はそう言うと包みを開けて白い粉をコップに入れて水を注ぎかき混ぜた。そうした後、私のマスクを取り外し口に注ごうとする。
辞めて!と叫ぼうとするが声が出ない。このままでは私は死んでしまう。私は右手にあるホイッスルを握りしめる。腕に激痛が走る。その痛みで涙が出たが腕を上げた。そして女の持っているコップを払いどけ、針が全身を刺す痛みに耐えてホイッスルを唇につけ魂を込めて吹き鳴らした。
ピィイイイイ!

優しいキーの高い少年の声が聞こえて来る。
「さっきより早いじゃないですか?またお気に召しませんでしたか?」
私は目を開くともう見慣れた線で出来た針金の車掌に向かって文句を言った。
「どうして病人の娘の人生と私を変えたのよ!また死にかけたのよ!」
私は怒って言ったが針金の車掌は声のトーンを一つも変えずに答える。
「貴方が望んだのですよ富のある家に住みたいと、だから私は表の世界で一番大金持ちの家の娘と人生を取り替えただけですよ。文句を言われる筋合いありません」
私はその針金の車掌の言葉に苛立って言い返した。
「もうイイ!もうお家に帰る!さっさとお家に返してよ!」
少女は怒って針金の車掌に詰め寄った。
「分かりました」
そう言うと針金の車掌は大きな声で叫んだ。
「凡人の平凡の人生行きに変更だ!」
針金の車掌の声に蒸気機関車に掲げてあるパネルが回転して『凡人の平凡の人生行き』となった。
そして針金の車掌は少女の手を取ろうとしたが少女は払いどけ一人で車内へと入り皮の椅子に座った。
「主発進行!」
蒸気機関車は動き出す。私は窓の向こうで敬礼する針金の車掌を見た後、手の中にあるホイッスルを見た。なんだかさっきよりも大きくヒビが入っている様に見える。私は疑問に思いながらもお父さんとお母さんと妹を思い出して眠たくなり瞳を閉じた。

私は目を覚ますと自分の部屋で寝ていた。窓を見ると外は薄暗くなっている。と、下の階からお父さんとお母さんと妹の笑い声が聞こえて来る。私は思わずベットから勢いよく飛び降りてドアを開けて下へと続く階段を降りて行った。
居間へと通じるドアのガラスから三人の影が見えた。私はその扉を開けて叫んだ「お父さん!お母さん!さっきはごめんなさい」
そして私は頭を上げた。そしてお父さんとお母さんと妹の座っているソファーに視線を移した。
お父さんもお母さんも妹も笑って言う。
「良いんだよ、お父さんも悪かったよ」
「そうね、あたしも悪かったわ」
「おねぇちゃん、ごめんね」
誰?
誰なの?この人たち?
私、この人たち知らない、こんな人たち私のお父さんとお母さんと妹じゃない!
私は見た事もない三人の人たちを目の前にしていた。私の知っている顔じゃない、でもお父さんが気に入っているマグカップを使ってるし、お母さんが何時も着ているエプロンを身につけている。妹は私が上げたシャープペンシルを持って宿題している。
私の青白くなった顔を見てその知らない男は言った。
「気分が悪いのかい?顔が青いぞ?」
をの言葉に続いて知らない女の人は言った。
「まだ気にしてるの?怒ってないからこっちにおいで」
最後に妹も話す。
「おねぇちゃん!ここの問題の解き方教えてよ!」
私はこの全てを網膜に移して吐き気がした。めまいがする。これが絶望と言う状況なのか?私は呼吸が荒くなりゼェゼェと息を吐いた。
「大丈夫?おねぇちゃん?」
そう言って女の子が私に近づいて来る。
「私に、私に!近づかないでぇええ!」
私は手に握りしめていたホイッスルを唇に当てて思いっきり吹き鳴らした。
ピィイイイイ!
その時、ホイッスルは砕け散った。

優しいキーの高い少年の声が聞こえて来る。
「どうして戻って来たんですか?あそこは貴方のいた場所ではないですか?」
高い身長から私を見下ろして針金の車掌は私に向かって言った。
私は涙を浮かべて言った。
「何よあれ!あの人たちは皆!私の知らない人たちじゃないの!私のお父さんとお母さんと妹を返してよ!」
少女の泣く様な声に針金の車掌は言った。
「それは無理でございます」
「どうしてよ!」
「お嬢さん?説明しましたよね?他人との人生を変えると歪み生じると。今回の場合は貴方がいた人生の家族にシワ寄せが来たようですね。しかたありませんよ貴方と変わった人の人生も誰かと変わってしまうんですから、それは理解しないと。と言うよりも貴方、家族が大嫌いって言ってたじゃないですか?赤の他人に変わった方が貴方も良いんじゃないんですか?」
私はその言葉を聞いても「そんなの嫌だ」と叫んだ。
針金の車掌は少年の声で続けて話す。
「一つだけ言っておきますが、もう蒸気機関車に乗るのはあと一回きりです」
「どうしてよ!」
「お嬢さん?貴方、ホイッスルを壊しましたね?次に望む貴方の人生に行くともう二度と此処には戻って来れません。別の人生に行ってそこで一生を終えるか、それともこの裏ステーションにとどまりあの、影たちの様に姿を変えて此処に永久に住み続けるかどうぞ選んで下さい」
私は涙を流しながら針金の車掌に言った。
「おねがいします、おねがいします、私を元のいる家族の場所に戻して下さい。おねがいします、私はお父さんもお母さんも妹も本当は大好きなんです。もう他の人生が良いって思いません、どうか、私を元の人生に戻して下さい…」
しかしその懇願する少女の声にも針金の車掌は変化しないトーンで答える。
「それは難しいですね、元の家族のいる人生。お嬢さん?では貴方のお父さんとお母さんと妹さんの顔を思い出して下さい」
私はそう言われて家族の顔を思い出そうとする。けれども何も思い浮かばない。霧の様に顔がボヤけて顔が思い出せなかった。
「どうして!どうして!何も思い出せないの!」
私はそう叫ぶと針金の車掌は述べた。
「もう表の世界では消えているんですよ、貴方の家族は今現在、別々の場所で生活をしています」
私は言った。
「そんなの嫌だよ!」
針金の車掌は腕を組んで考える様にして言った。
「一つだけ方法があります」
「早く教えて!」私は泣く声で言った。
「貴方の家族を完璧に再現できている物、つまり此処で顔を表示して頂きたいのです。そうすれば此処に来た状態に戻す事が出来ます」
私は考えた。家族の顔を完璧に再現出来る物?そんな物、今此処にあるわけないじゃない…
「どうやら無理そうですね、仕方ありません。此処にいるよりは別の人生の場所に行った方が良いでしょう」
私はまた泣きそうになりハンカチを取ろうとしてポケットに手を入れた。と、何か手に触れる。私はそれを掴んで取り出した。
財布だった。
家から飛び出して来た時にポケットに入れた財布だった。私は急に思い出してその財布を開いて中に指を突っ込んだ。私はそこから黄金比で作られた四角い紙を抜き出した。その紙を見て私はポタポタと涙を流した。
笑っている、お父さんとお母さんと妹とそして私。この前、家族で出かけた時に撮った写真だった。私はその写真を持って針金の車掌に渡した。
「完璧です!これなら此処に来た時と同じ状態の人生に戻れます!さぁ!さっそく蒸気機関車の所に行きましょうか!」
そう言うと針金の車掌は蒸気機関車の前に立ち大きな声で叫んだ。
「小橋由香里の人生行きに変更だ!」
針金の車掌の声に蒸気機関車に掲げてあるパネルが回転して『小橋由香里の人生行き』となった。
そして針金の車掌は少女の手を取り車内へと案内した。私は泣きながら皮の椅子に座った。針金の車掌は私に向かって言う。
「小橋由香里の人生を大いに楽しんで下さい」
私は小さな声で「はい」とだけ言った。
その後針金の車掌は蒸気機関車から降りて大声で言った。
「主発進行!」
蒸気機関車は動き出す。私は窓の向こうで敬礼する針金の車掌を見る、その細い棒人間の様な姿をした針金に向かって私は見えなくなるまで見詰め続けた。そして何時のまにか寝息を立てて眠っていた。

「おねぇちゃん!早く起きてよ!」
聞き慣れた声が私の耳の奥に入って来た。
私は居間のソファーで眠っていたらしくまぶたが濡れていた。
「あぁあ!おねぇちゃんが泣いてるよ!」
そう言って妹はお母さんの所に駆けて行った。
私はお母さんと妹を見た、お母さんの優しい顔と生意気な妹の顔がいつも通りあった。そして冷蔵庫から牛乳を取り出してお気に入りのマグカップに注いでいるお父さんは妹に向かって言った。
「さっき叱ったから、怖い夢でも見たんだろ?臆病なくせにどうして怒られる事をするんやら?」
お父さんの顔を見る。眼鏡をかけて真面目そうな顔のお父さんがいた。いつもと変わらない顔だ。
お父さんの言葉にお母さんは反応して言った。
「泣くほど反省したんでしょ?あぁ!制服にシワが寄ってるじゃないの!着替えてから居間に来なさいっていつも言ってるでしょ!」
お母さんのエプロンはやっぱりお母さんが着た方が良い。
私は涙を拭いて言った。
「お母さん、エプロンが似合ってるよ…」

身長の高い針金の車掌は床に落ちているハンカチを拾ってパンパンと叩いて忘れ物コーナーに置いた。
そして此方を振り返って言った。
「おやおや?またこのステーションに人が来るとは珍しい、先程もある若いお嬢さんを見送った所なんですよ。ようこそ、人と人の人生を繋ぐエニグマ・ステーションへ」

エニグマ・ステーション

エニグマ・ステーション

車掌は振り返って言った「おやおや?またこのステーションに人が来るとは珍しい、先程もある若いお嬢さんを見送った所なんですよ。ようこそ、人と人の人生を繋ぐエニグマ・ステーションへ」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

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