【Sentimenti di varia forma】

ピアノラボ

 ある日のこと、某社長に昼食を奢って頂きました。その時にご馳走になった、和食レストランのオーナーシェフは、こんな話を聞かせてくれました。

「最近は、全て薄味にしている。健康志向が高まっているせいで、少しでも味が濃いとクレームに繋がるからね。うちはお客様の年齢層も高めだし。勿論、薄味でもクレームになることはあるけど、旬の素材を味わってもらいたいとか、健康の為にあえてそうしてる、微調整は各テーブルに置いてある調味料でお願いします……と言えば、不思議と皆納得してくれるんだよ。でも、味が濃いと言う人は、二度と食べに来てくれない。要は、薄味にしておいた方が無難なんだね」

 さて、このシェフが本当に提供したい「味」は、果たしてどうなのでしょう?
 話を聞く限り、本当はもう少し濃い味付けを思い描いているのかもしれません。でも、そこから起こり得るトラブルを想定し、自分の味よりも「無難」を選択することが、この方の決断なのだろうと思いました。
 それは、経営者と料理人の調和を保つ、程よい道なのでしょう。

 ファーストフードと言えば、真っ先にマクドナルドを思い付きます。
 それが魅力なのかどうかは分かりませんが、マクドナルドで凄いと思うことは、「いつ」「どこで」食べても「同じ味」だということです。徹底されたマニュアルに従うことにより、どこの店舗でも同じサービスが提供されます。しかも、品質も量も全く同じと言えるぐらいに統一され、勿論値段も同じです。もし、何か違いを感じるとすれば、その時の天気や空腹具合、体調等に起因する差異でしょう。
 それぐらい、ある意味無機質なぐらい、機械的な均一性を誇っています。

 ある有名な指揮者の著書に書いてありました。本番のテンポは、客層を見てその場で決めるんだ……と。例えば、平日の日中の公演では、年配の客が多いので、少し遅めのテンポで噛み砕くような演奏を心掛けるそうです。
 逆に、土日祝や夜の公演など、若い年代の客が多い場合は、同じプログラムでも少し速めのテンポで、活き活きとした演奏に切り替えるそうです。

 音楽の解釈には「こだわり」を持つべきかもしれません。指揮者として、また音楽家として、個を確立するものは、やはり解釈と表現しかありません。しかし、自分の解釈を押し付ける演奏より、観客に喜ばれる演奏を提供することも、プロフェッショナルならではの考え方でしょう。そちらの方が大切だと考えても、批判は出来ません。敢えて悪意に受け取りますと、自分の解釈を封印し、観客に媚びていると判断されるかもしれませんが、そのことも天秤に掛けた上での選択なのでしょう。
 でも、音楽の喜びを伝えるために、自分を犠牲にしているという言い方も成立するでしょう。音楽も一種のショービジネスですから、チケットを購入して足を運んでくれる観客の満足を最優先する、という考え方も、あながち否定は出来ません。

 一方で、有り得ないような解釈、常軌を逸したテンポ設定でなどで、言わば「自己満足」の世界観を観客に披露する演奏家も珍しくありません。そこから生まれる斬新な音楽に、凄く共感し、惹かれる人もいるでしょう。逆に、全く付いていけず、不快にすら感じる人もいるでしょう。
 しかし、演奏家は観客の反応には関心がなく、ひたすら自分の解釈を表現することに没頭します。 もう、陶酔と言ってもいいレベルで、己の殻に閉じ籠ったような演奏です。
 これまた、賛否両論でしょう。聴取にとっては、偽りのいない演奏家の本当の姿を見ることは出来ます。アーティストとの正しいコンタクトのようにも思えますが、ショービジネスと捉えた時、必ずしも有意義に過ごせるわけではありません。つまり、代金との対価としてのパフォーマンスの価値が、人によっては著しく乖離している可能性も孕んでいるのです。

 ピアノの調律にも、技術者により個性が宿ります。逆に言えば、調律師に限らず、技術者や表現者はこだわりを持つべきかもしれません。こだわりは個性を築き、その人固有の価値を具えます。
 しかし、環境や条件によっては、こだわりを適宜修正する柔軟さも必要でしょう。固執し過ぎて、元も子もない結果に繋がる恐れがある場合、時にはこだわりを捨て、無難に済ませられる「安全策」に逃げ込む方が賢明かもしれません。
 一方で、どのような状況でも、頑なに自分のこだわりに徹する人もいるでしょう。結果よりも、自身の確かな刻印を刻むことを優先し、自分が取り組んだ証を残したいのかもしれません。
 他にも、こだわりを持たないことがこだわりだ……と言う、ひねくれ者もいるかもしれません。こだわる必要なんてない……と言う、ドライな人もいるかもしれません。

 何が正解なのか、そもそも正解なんてあるのか、私には分かりません。ただ、一つだけ言えることは……いずれにしても、結果を出さなければ意味がないということを、常に肝に命じておかなければいけないということです。

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