for balsam

「暑い…」
なんとなく始まってなんとなく終わる高2の夏。
のはずだった。
夏は好きでも嫌いでもない。
冬よりはマシ、そんなイメージ。

強いて言うなら、補講がだるい。そんな感じ。
補講終わりの怠い頭で部室で他の子を待ちながら数学を進める…つもりだった。

机の上に広げたノートには訳のわからない数式と数学IIBなんて書かれた青い本。
で、それから今これを書きなぐっている薄いノート。

課題なんかどうせ最後は適当に写して適当に出すだけだ。
だったら小説でも書いてる方がまし、なんて判断したことを三年後くらいに後悔をするのだが…
と、まぁそれは別の話。

「メールなんかできるわけないよね。」
目下彼女、いや私の悩み事はクラスのとある男の子への恋心とやらなわけで。
二次関数などにはさらっさらの興味もわくわけがなかった。

『好きだってひと言聞く方法とは?』
書かれたノートから全くシャーペンが進まない。
そんなものはないとなんとなくわかっているからだ。

「諦めなきゃ恋は叶うなんてウソだよねぇ…」
机に突っ伏してぐるぐる書くとなんとなく落ち着く気がした。

「先輩?」
「ん、どうした?…ってなんだよ、ゆきくんか。」
「なんだよーってなんだよ。」
「先輩って呼ぶから、伊丹かと思った。」
「残念だった?」
「や、別に…ナチュラルに入ってくんな部外者でしょーが…」
「何してんのー?」
「な、なんにも?」
「数学…じゃないな、なんだこれ。」
「あ、ちょっ…」
「なんだこれ。好きなやついんの?」
「…えっ…と」
「まー興味ないけど。」
「デスヨネー。」

裄斗がノートをつまみ上げて放り捨てるのを見ながら、君だよ、なんて言葉は飲み込んだ。言えるはずなんてなかった。

「ストレートに好きって言えばいいんじゃないの?」
「言えないから困ってるの。」

部室の壊れた扇風機が、がたがた鳴る。
夏の空は相変わらず青くて、暑い。
彼の黒い髪が跳ねていたのを今でも思い出す。

「言えないようなやつ?」
「言えないようなやつなの。」
「他に好きな子でもいるの?」
「知らない…いるかもしれない。」
「言っとくが相談なら聞かんぞ?」
「するつもりもないですー」
「ほーん。」

心底興味のなさそうな声にがっかりしながら。
…好きって言えばいいのかな、なんて見つめた。

「そんなに見たってなんも出んぞ?」
「知ってるし!」

どうしたらいいのかな。
なんて言ったら、振り向いてくれる?
このまま本気になってくれないかな?
なんて自分勝手な私に嫌気がさす。

「ゆきくんはさ、好き…」
「どーん!!ゆーずなー!!ってあ、邪魔した?」
「那津…」
「で、何?」
「いやなんでもない、てか那津暑い」
「何の話?扇風機強風にしなよ、暑い。ゆきじゃん、どしたん。」
「いや不法侵入中」
「出てけ」
「いやだなぁ、原田さんー」
「出てけ。」
「まじ?」
「まじ。」

出てけ、出てかないの応酬をしてるのを見ながら、嗚呼言わなくて良かったなんて思うのはずるいだろうか。

私は那津には敵わない。こんなに可愛くない。どうせゆきくんだって那津が好きなんでしょう?なんて卑屈な声もする。

「で、柚奈はなんか用ならまた今度なー、原田が怖いから帰るわ」
「あ、うん。またね!」

彼が部室から去ってくのを音で確かめながらチャンスだったのかな、なんて思いながら。

「あ、ゆきシャーペン忘れてる。柚奈、届けてやって。間に合うでしょ?」
「えー。」
「早く。」
「わかったよう…」

ちょっと軋む階段を降りて追いかけようとした、その時だった。

「だーれだ。」
「えっ…」
「シャーペン忘れたなーって取りきたんだよなぁ、頂戴?」
「はい。」
「で、続きは?」
「…っと」
「言いたくないなら良いけど」

君が背を向けて気がついた。
もう分かってる、こんなの幻想だもの。
こんなに都合良くなんて行くはずないの。
…だから、今だけ。

「振り返らないで聞いて。友達の好きで良いから好きになってくれたらいいよ。私あの、その、えっと」
「ほら、早く。」
「まだ好きなんだよ、君のこと。言えなかったけれど。」

友達でいよう?分かってる。
意味わからん?知ってる。
迷惑だっていわれるのかな?

「…B$,%"%s%@!<%P」
「…早く知りたかったな。」
どうかあなただけはこの頃のままでいて。

目の前にある氷の溶けかかったアイスコーヒーを混ぜながら那津に話す。
「なーんてことがあった夢をみたのよね。一回。」
「なんだそれ笑」
「白昼夢みたいなもん?実際は数学やらずに寝落ちしてたわ。」
「あー、ありがち。」
「まーね。」
「色々間違えてあの後ゆきくんと付き合ったりしてませんでしたっけ?」
「うわ、やめてよ、ミスったわけじゃないもん」
「ふーん。」
「信じてないな?」
「あれは十分にミスっしょ?」
「…うーん…」
「何?」
「おかげで強くなったよ。無駄とは思ってないけどな。」
「ふーん。」

真昼に見た夢を思い出す。
幸せになってね、なんて泣いたことも。
たくさんの思い出も。
酷い別れ方をした幼かった自分のことも。
まだ、全てを愛せるほどには強くはないから。

「今はもう幸せになってねとしか言えないやー。」
「ほんっと柚奈、男運ないよね。」
「うるさい。」

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-06

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