笑顔の素敵なピアノの先生

ただ単に、書きたくなった。
そんなちっぽけな理由で書いてみてもいいですか。

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私のピアノの先生は、少し太り気味で、顔にシワが入っていて、笑顔の素敵な女の先生。
ピアノ教室は、家から結構近くて、向かいには美味しいお団子屋さん。
先生はとても明るく元気で、人脈がとても広い。
年齢は教えてくれないけれど、50歳位かな、と勝手に思っている。
わかり易く、そして丁寧に教えてくれるから、私の大好きな先生。
幼稚園の年長の時から教えてもらっている。小学1年生の時には、同じ社宅のあおちゃん(仮名)を私と同じピアノ教室に誘った。仲が良くて、一緒にグランドピアノの下にもぐって遊んだりした。しかし私は転勤族だ。小学2年生で、生まれ育った茨城から東京の社宅の方へ転勤した。

そして、3年半住んだ東京からの転勤が決まった。また、茨城(前住んでいた市ではなく、の隣の市)に戻るとの事。次は社宅ではなく、父の実家に住めるらしい。
ピアノ教室は少し離れたものの、車で30分の距離だから、また、あのピアノの先生の下でピアノを習える。それが嬉しくて嬉しくて。
あおちゃんも1度、茨城の外れの方に引っ越していたけど、私が茨城に戻って1年ほどしたら、また同じピアノ教室に通った。別れてから3、4年経って中学生になっても、仲の良さは相変わらずだ。(さすがにグランドピアノの下に潜りはしない)

2

毎週木曜日、あおちゃんが先、私が後にピアノ教室に通う。30分ずつで、私が終わった後は、あおちゃん、あおちゃんのお母さん、あおちゃんの弟、私、私の母、私の弟、そして、ピアノの先生で、また30分くらい話す。不意に時計を見ると母たちが「もうご飯の時間だ」と騒ぎ出し、みんなで駐車場へ向かう。この一連の流れは、日に日に当たり前のようになっていった。
いい加減木曜日が鬱陶しくなった頃、ピアノの先生の体調が悪くなった。代わりに、若い女の先生が来るようになった。長年同じ先生だったせいか、どうもその若い女の先生は私に合わないようで、あおちゃんも同意見なようだ。
どうも、盲腸のあたり?が良くなかったらしいけど、1ヵ月位したら、いつもの笑顔で復帰してきた。また、いつもの流れに戻るんだ。ずっとこれが続くんだ。そう思った。
そしたら、案の定、また体調を崩したらしい。
今度は、小柄で服が可愛らしい50歳くらいの女の先生が来た。前の若い先生よりも、もっと合わない先生だ。
しばらく小柄な先生だったが、1、2度だけ、あの笑顔の素敵な先生が帰ってきた!
ただ、少し、前より痩せているような気がする。
髪の毛を切ったのかな?と思ったら、ウィッグをつけているそうな。
何となく、本当に何となくだけど、嫌な予感。
でも、今まで通りに元気だし、何ともないか。そう思いたい。

3

また、小柄な先生がやってきた。
すると、こう言う。
「先生(笑顔の素敵な先生ね!)は、手術の為に入院します。」
あおちゃんと2人、目を見合わせた。
まさか。そんなはずは。
でも、また少ししたら帰ってくるだろう。
そう、信じている。

帰りの車の中。
もう8時を回っていて、冬だから尚更外は真っ暗だ。
何気なく、窓の外をぼーっと見つめる。
そしたら母が、急に言うの。
「先生、実は癌なの。」
「あおちゃんに言うと、すごく悲しんじゃうから。秘密にしておいてね。」
突然の事に暗がりの中、目を見開く。
でもさ、私だってすごく悲しいよ。
少し怒りも混じったこの悲しみ。
私は鼻をすすった。暗いからバレない・・・はず。
でもね、母はまた言った。
「今の時代、癌は治るのよ。」

4

それからしばらく経ったある日、あおちゃん達と私達で、お見舞いに行った。
大きな病院で、まるで迷路のよう。
先生のいる病室は、4人の人がいる。
前に見た時より、ずっと、ずうっと、痩せている。
首のあたりに、チューブがついている。
でも、表情は変わらず、いつもの素敵な笑顔。
発表会で弾く曲について、話し合った。
前と全然__見た目以外__変わっていなくて
正直ほっとしたところ。
最後には、あおちゃんと私を、ぎゅっと抱きしめた。
前は3人の中で、私が1番小さかったのに、今では1番大きくなった。
大きく手を振り、挨拶をする。
その表情はみんなにこやか。
発表会までには治して、絶対見に来てね!
そう誓った。

また、何ヶ月か経った。
あおちゃんの弟が木曜日に塾に行くことになり、
あおちゃん達と話す時間が無くなった。
悲しい。さみしい。
はぁ。木曜日が、さらに憂鬱になる。

5

いつものように、学校に行き、部活をして帰る。
今日は水曜日。明日はまた木曜日か。なんて思いながら、母の揚げたチーズカツを頬張る。
最近、少し体型のことを気にし始めたけれど、ささ身だから、と、量は気にせずたくさん食べた。
さて、勉強でもするか。テストの点数も悪かったことだし。と思い、自分の部屋に戻った時だった。

それからまもなく、母が部屋に入ってきた。
「今朝___」
癖で私は耳を触りながら、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

「先生が、今朝亡くなったの。」
ナクナッタ?どういう事?
理解するのには数十秒かかった。
ようやく、言葉の意味を理解する。

「しょうがないの。癌は。」
私の頭を撫でてくれる。
そこで、ようやく、事の重大さが分かった。
目にジワりと浮かぶ涙。
「癌は治るって言ったじゃん・・・」
その後私は、ベッドに突っ伏して、勉強もせず、お風呂にも入らず、ずっと、ずっと泣いていた。

6

なぜかその夜は、遊園地に行ったような、楽しい夢を見た。
朝起きると、目の周りが痛い。
未だに、先生が___だなんて、十分に理解出来ていない。
今日は学校を休んだ。
ふとした時に、学校で思い出して、泣きそうな気がしたから。

土曜日、お葬式に行くらしい。
部活がある日だけど、こればっかりはしょうがない。
あおちゃんも、くる。
色々な行事が重なって、3週間はピアノ教室に行っていない。あおちゃんにも3週間会っていない。
今、あおちゃんに会って、2人で抱き合いたい。
そんな思いで過ごす今日でした。


お葬式については、後日、覚えていたら、その日に書くつもりです。

笑顔の素敵なピアノの先生

笑顔の素敵なピアノの先生

私と、あおちゃんと、ピアノの先生とのお話。 実話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-06-02

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