校舎裏の秘密調査

二作目です! 前よりは、上達したと思います。

正しい花嫁の盗み方

天体望遠鏡に目を凝らしながら、佳純がつぶやく。
「まだ、かしら……UFO」

           1

「お前、最高だな。うらやましい」と誰かが言った。そいつの顔はにやけていた。
 夏休みの最終日、霧峰新は学校の屋上にいた。
 天気は晴れ。雲一つもない。
 眼前の学校の大型時計は夜の十時を告げていた。
 新にとって、この時計は、若き青少年の未来を担う夏休みという偉大な期間を刻一刻と削り取り続けた、罪深き時計だった。こうしている間にも時計は進み続けている。そして、あと二時間で容赦なく夏休みは終わってしまう。
 明日になれば、ぐだぐだとだるい始業式が始まり、校長先生の睡眠音波が発射された後、ホームルームにて担任の熊谷から厚い叱咤を受けることになるだろう。
 だって仕方がなかったんです。先生。夏休みの間、毎日UFOを探しに外へ出かけて行ってたんですから。おかげで、八十八星座を覚えることもできましたし、流れ星が流れるタイミングもつかむことができました。流れ星に願ったことは結局叶わなかったんですけどね……ははは
 無論、許してもらえるわけがない。
「ごめーん!……待った?」
 パタンとドアを開けたのは、成宮佳純だった。華奢な体に似合わない大きな望遠鏡を担いでいる。服装はラフなTシャツとパンツ。そして、その顔には、わずかばかり、申し訳なさそうな笑みがこぼれていた。
「いや、そんなには待ってないよ」
 佳純は息を切らしながら、
「ごめんね。今日はなんといっても夏休み最後の日だし……。いつもと違って、ちゃんと成果を出していきたいわけ。そして、今日は……じゃーん! これが何かわかる?」
 佳純は肩にかけているトートバックから小さなキーホルダーを二つ取り出した、
「えーと……そうだな。見た感じそこのお土産屋さんで売っているまるで、小学生が持っていそうなキーホルダーに見えるな……」
「ちっが―――う!」
 佳純が急に大声を出したので、新はビクッとして、少し後ろにたじろいだ。
「ちょ、あんま大声出すなよ。校務員に気づかれたらまずいだろ」
 新は目線を用務室に向ける。暗闇の中でそこだけうっすらと明かりが漏れていた。
「だって、私がせっかく買ってきたものバカにするんだもん。そりゃ言いたくもなるわよ。これそんな安いものじゃないし……」
 佳純は改めて新の前に二つのキーホルダーを突き出す。
 キーホルダーは両方とも中央に五芒星があしらわれていて、片方は金色、もう片方は銀色だった。
「……これ、どう使うんだ?」
 しまったと思った。佳純は生粋のオカルト好きだ。ちらりと、佳純の顔を窺がうと、目をきらきらと輝かせている。
「これはね、ヨーロッパで使われていたとされる魔術道具の一つで、かの有名なアレイスター・クローリーが使用したらしいわ。これを使うと、あっという間に超常現象が起こるらしいのよ!なんたって、あのアレイスター・クローリーが使ったのよ、間違いはないわ!」
 と、佳純は意気揚々と語る。
「で、それを使って今日は何するんだ?」
「今日はね……」
 佳純は背中の望遠鏡を下した。
          2

 霧峰新がUFOを探し始めたのは、今から遡ること二か月前、六月十五日のことである。
 
 
 神敷高校に成宮佳純という超ハイスペック女性がいる。運動もできるし、勉強にいたっては常に学年五番以内をキープしているし、さらに加えていうならば、この学校一の美少女といっても過言ではない。
 が。
 ただ、この人はどこかその才能を使うところを間違えているんだよな―――と新はいつも思う。
 なにしろ、進路希望書の第一志望に本気で「NSA(アメリカ国家安全保障局)」と書く人である。そして、その理由が「NSAに入って、敏腕工作員になれば私の知らないこと、世の中の不思議なことがすべてわかるかもしれない」というもので、さすがの先生も目を丸くしたという噂だ。
 で。
 忘れもしない。四月の二十日。
 幸か不幸か霧峰新はこの女に告白してしまった。

           3

 麗らかな春の陽気と急に湧き出す眠気は同じようなものだ――そう新は常々思っていた。
 事実、あの日は妙に眠かったことを覚えている。
 だから、きっと魔がさしたんだと思いたい。
 

 入学してから、十日。
 そのとき、クラスの話題はどの部活に入るか持ちきりであった。なんといっても、明日、新入生歓迎会があり、明後日には、部活を決めなければならない。
「ねぇ、どこの部活に入るか決めたか?」
 偶然、席が隣だった茂木が新に話しかけてきた。新とは同じ中学で弁当もつつき合う仲である。
「そうだな……とりあえず、演劇見に行こうかなって思ってる。」
「演劇かー。確か旧校舎の方だったよな」
 そう言いながら、茂木は目線を旧校舎に向ける。教室の窓からはさびれた旧校舎がよく見える。新もつられて、目線を移した。
「そういや、あそこには変な噂があるぜ。」
 以前、先輩から聞いた話なんだけどな、と前置きし、
「この新校舎に移ってから……もう、十年くらいになるらしいが……どうやら昔、旧校舎のほうでは怪奇現象が多発していたらしい」
「怪奇現象?」
 新は少し声が上ずっていた。
「お前も聞いたことがあるだろ? 神敷の七怪談」
「ああ、確か……」
 茂木は新の声を遮って
「1、動く人体模型
 2、目が光る肖像画
 3、毎回叫び声が聞こえる廊下
 4、放送室の怪
 5、突き落とされた女子の霊
 6、開かずの体育倉庫
 最後、六つしかない七不思議。
 で、噂によると、十年前、その七つ目を知ってしまった人がいたらしくて……そいつをもう一度見たやつはいないらしい。それで、ちょっと、気になって、この前行ってみたんだけど……ありゃ、なにか現れてもおかしくないぜ」
 茂木は少し不安そうな顔を浮かべる。ただ、相変わらず、口元はにやけていた。
「で、実際はどうだったんだ? もしかして、幽霊と出会ってちびっちまったか?」
 茂木は苦笑を浮かべながら、
「いんや、俺が行った時には会わなかったな……」
「なんだよ。やっぱり、ただの噂か……」
 茂木は一呼吸おいて
「そうがっかりするなって。どうせ、演劇見に行くんだろ? せっかくだし、一回行ってみるのもありだと思うぜ?」
 
           4
 
「ありがとう。もしよかったら……」
 旧校舎はそんな声で包まれていた。
 今日を逃したら、部員はそうやすやすと増えないのだから致し方ない。どの部活も勧誘に精一杯だった。
 旧校舎は木造四階建ての築五〇年。多数の生徒を抱え込むにはいささか老朽化が進んでいた。所々で木がきしむ音が漏れ出している。
「んっしょ……」
 建付けが悪いドアを引いて、見学を終えた新は教室からでてきた。
 ここに決めた……とまではいかないにしても、多分ここに入部するんだろな―――入部体験を終えて、新はそう感じていた。別に演劇にこだわるほどの理由もない。ただ、他に行きたいところもなかった。
 

 時間を考えるべきだったと後から後悔した。

 
 五時を少し回った頃だっただろうか。
 窓から強烈な西日が差しこんでいた。
 帰宅途中、階段の踊り場に差し掛かると、二人の男女が視界に入った。まあ、考えれば当たり前のことだ。午後五時の踊り場―――やっていることはゆうに想像がつく。
 新は邪魔にならないように、通り抜けようとした。ただ、そうはいっても、気になるので、しっかりと聞き耳を立ててはいたが、目線は合わせなかった。
 が。

「!?」

 急に腕を掴まれた。華奢な腕に体を引っ張られ、くるりと方向転換させられる。そして、唖然とした男の顔が目の前に来る。女の口が開いた。

「私、この人と付き合ってるんです」

 思考がショートするってこういうことを言うんだなと新は思う。謎だ。そして、意味不明だ。
 第一に新はこの女を見たこともない。声も今初めて聞いたばかりだ。
 第二に、新は今まで女性と付き合ったことのない、純白無垢な高校生男児である。
 第三に、新はもちろん、告白されたことなどない。
 つまり、これらの現状を踏まえると、今出すべき言葉は……

「ェッ!?」

 声にすらなれなかった吃音が出た。
 すると、眼前の男が険しい目つきで新をにらみ付け、
「君は誰なんだ?」
 と、問うてきた。
 止まっていた心臓がまた動き出した。
「えっと……」
 なにを言えば良いのだろうか。正直に言えばよいのだろうか……それよも、ここは流れに従った方がいいのか? また、呼吸が止まる。
「―――ッ」
 急に腕に痛みが走る―――女がつねったようだった。
(ああ、従えってことね)
 新はそう理解した。
 女は男をじっと見つめて、
「さっき言ったことは本当なの。私たち中学の頃からの仲でね、わざわざ同じ高校に入るくらいお互いを愛しているの。そうよね?」
「えっ……そ、そうです」
 男の視線が妙に痛い。
「だから、ごめんね」
 女は、頭を下げた。
「ホントなんだな?」
 新に追求する。
「は、はい!」
 男は唇をぎゅっと結んだ。目線は下を向いていた。
「わかった……」
 男は悔しそうな顔を浮かべ、音を立てて、走り去っていった。目には涙が浮かんでいたように見えた。
(悪いことしたな……)
 新は少しそう思った。


「ごめんなさい!」
「えーと……どっ、どういうことですか?」
 噛んでしまった。まだ、頭には正常な機能が戻ってきていないらしい。
「――本当にごめん。実はさっきのヤツ、前から何回も私に告白してきてて……ずっと前から迷惑していて。さっきなんか、すごい形相でこっち向かってきたから、咄嗟に近くにいた君の手を掴んじゃったの! すみませんでした!」
 女は大きく頭を下げた。
「だ、大丈夫です。あなたの役に立てたのなら、それで……」
「本当? ありがとう!」
 女はそう言って、体をぐっと新のほうに近づける。ほのかに甘いシャンプーの香りが新の鼻腔をくすぐる。かわいい、と改めて新は思った。今までは思考がショートしていて、実感はできなかったが、煌びやかな黒髪とくるりとした目は元々の端正な顔立ちをより際立たせて、さらにかわいさを増している。
「そ、そんなに近寄られても、困ります……」
「あっ、いけない。つい癖で……」
 女は、若干照れくさそうにして、頭をかじる。そして、何かを思いついたかのように目をぱっと見開いた。
「そうだ、すぐ近くに私の部室があるから、寄ってかない? お礼もしたいしさ」
 そう言うと、女は手の平をひるがえして、新の後ろのほうを指す。つられて、新は視線を向けると――
「新聞部?」
思わず、声に出てしまった。
「そう!」
そう言い放った女は屈託のない笑顔で、新を見つめる。
「来てくれるよね?」
「う、うん」
 まるでサキュバスの魅惑の誘いのように思えた。
「あっ、そうだ。まだ、名前訊いてなかったね。私は成宮佳純。君は?」
「僕は……霧峰新」
「よろしく!」
「うん……こちらこそ、よろしく」

ボーイ・ミーツ・ガール

 部室内は元々の窓の数が少ないせいか、若干薄暗く妙に涼しい。中央に大きなテーブルが備え付けられていて、その周囲には椅子が数脚ほどまばらに置いてある。部屋の隅には、扇風機がカラカラと音を立てて回っていた。
「どうぞ、座って。今お茶出すから少し待ってね」
佳純は新にそう告げると、そのまま部屋の奥へ向かう。新は近くの椅子を引っ張り出して、腰を着けた。
よく周りを見渡すと、目を引くものがいくつかある。机の上には校内を写した大量の写真が散らばっているし、壁には、過去のバックナンバーがいくつかあった。――見出しが「世界パワーストーン大辞典」やら、「神敷基地の秘密」なのはどうかと思ったが。
「やっぱ気になる?」
突然話しかけられて、新は身体をビクッとさせた。その様子を面白いと思ったのか、佳純はクスクスと笑っている。
新は少し眉をひそめて、
「これって……学校に関する記事じゃないですよね?」
「……気づいちゃった?」
佳純は数回瞬きをして、近くの椅子に座り、ふうっと、息を吸う。
「霧峰くん、知ってる? この世には不思議が満ち溢れていることに……」
唐突に佳純は恍惚な顔をにじませる。
「例えば、私たちの身近にも、様々な伝承や都市伝説があるでしょ。例えば……そうね、有名どころで言えば、コックリさんとか、口裂け女とか。あと、私たちの学校にも七不思議とかさ、学校の裏手にある神敷基地の噂とかあるね。で、私はそういうのを研究したくて――この部活にはいったの!」
バンッと佳純は机を叩いた。大きな目がさらに輝きを増していた。
「えーと……つまり、ここは超常現象とか、都市伝説を研究するところ……?」
「うーん……まあ、端的に言えば、そうなるのかな」
「でも、ここ新聞部ですよね」
「まー、いろいろあったけど、実質的に乗っ取ったようなもんだね」
「マジすか……」
新の言葉を聞いて、佳純も若干苦笑した。
そのとき、バタンとドアが開いた。
「すみませーん。あのーちょっと調査依頼をしたくて……」
透き通った声が佳純との会話を遮った。
しかし、不意に後ろから向けられたその声は妙に新の耳になじんでいた。
「玲菜!?」
「新!?」
 二人の声がこだまする。
 新の目線の先には、長年の幼馴染である音無玲菜がいた。

探偵一直線!

「えーと……つまり、こういうこと?」
一通り、新と玲菜の話を聴いた後、佳純は、こう総括した。
「二人は、元来の幼馴染で、家も近い。ただ、特別仲がいいというわけではなく、いわゆる腐れ縁ってやつで、お互いは恋人関係ではない」
そうだよね? と尋ねるかのように佳純は、二人に目配せする。
「まあ……そんな感じです。」
「不本意ながら、否定できませんね」
佳純は、うん、うん、とわざとらしく納得する仕草を見せる。
「で、今回、玲菜さんは調査依頼するために、この新聞部へ来た――そういうことでいいのかな?」
「ええ。まあ、そうです。ここの新聞部は怪奇現象を解決してくれる、という噂を聞きまして……」
「えっ、そんなことやっているんですか?」
新は目をパチリとさせた。
「ん――まあ、それが本業というわけではないんだけど、時たまにね。あくまで、私の趣味の範囲内だから、まあ解決できないことも多いんだけど……」
 佳純は首をかしげる。
「解決ってことは、巫女の服とか着るんですか?」
「まあ、着ないと言ったら、嘘になるけど……もしかして霧峰くん、そういう性癖があるの?」
「いっ、いやないですよ!」
新は紅潮した。そして、つい、巫女姿の佳純を想像してしまう。とても上品だ。
「んー……でもその顔はなにか想像しているね?」
 まるで、新の考えを見透かしたかのように、佳純は体をぐっと近づける。新は慌てた。――この人は素でこういうことをやってくるから困る。すぐに反応してしまう自分がとても情けない。
「そっ、そんなことより玲菜の話を聴きましょう、佳純先輩」
「あっ、そうだ、ごめんね、音無さん。じゃあ、ちょっと、あなたが体験したっていう怪奇現象について話してくれない?」



「三日前のことです。新は知っていると思うけど、私、部活で結構遅くまで残ることがあるんです。そのとき、私、旧校舎の端にある部室に忘れ物しちゃって、仕方なく旧校舎へ行ったんですよ。もうすっかり日も暮れていて辺りは真っ暗。今考えてみると、もうとっくに下校時間は過ぎていて、旧校舎も施錠されているはずなのに入り口が開いていた……この時点で不思議だと思っていたほうがよかったのかもしれません。とにかく、その時の私は何も気にせずに、旧校舎へ忘れ物を取りに入ったんですけど……怖いなー怖いなーって思いながら、歩いていたら」
「ちょっと、玲菜」
 新が遮った。
「そのもったいつけたっていうか……稲川淳二みたいな喋り方絶対わざとだろ!」
「えーー……だってせっかくの機会じゃない。人前で怪談を話すことなんてないよ」
「これは怪談じゃないし、階段を上っていくみたいにだんだんと稲川淳二化してゆくのやめろ!」
「えっ、新……まさかそれ怪談と階段をかけてるの……まったくもって、センスないね」
「悪かったな! センス、無くて……」
 しょげる新をよそに、玲菜と佳純は大きく笑っていた。
「あー面白い。君たちいつもこんな掛け合いしているの?」
「まあ、俺たちの関係はこんなもんだと思っていただければ……玲菜、続き話そう……ね?」
 涙目で新はそう促す。玲菜は、そうだねーと相槌を打ち、続きを話し始めた。
「その後なんですけど……確かに怖かったんですが、意外と何もなく忘れ物を取ることができて、帰りの廊下を歩いていた時でした。ふと、何か物音がしたんです。ちょっと気になって音を探ると放送室だったんで……私、これでも、オカルト結構好きなんですよ。七不思議で放送室の放送室の怪ってのがあるじゃないですか。そのこともあってか、気になって、放送室に入ったんです。でも、放送室には誰もいなくて……そのときは、生まれて初めて背筋がゾッとしました。しばらく、本当にいないのかなと思って放送室の中をくまなく探したりしたんですが。そして、放送室を出ようとした時でした。開かなかったんですよ、戸が。」
「えっ! 本当に?」
 佳純が割って入る。
「本当です。私が入ったときには、確かに、鍵が開いてたんですけど、私が出ようとしたときには、もう閉まっていました」
「じゃあ、玲菜はどうやってその部屋から出たの?」
 新が不安げな表情で尋ねる。
「しょうがないから、友達に電話して、鍵を取って来てもらって……あーあ、あの時はホント大変だった」
 玲菜はそう言って、はぁ、と溜息をつく。その表情は本当に大変だったということを物語っていた。
「外部から閉められたって可能性はないの?」
 佳純が神妙な顔つきで尋ねる。
「そもそもあの時間帯は生徒が誰もいないはずですし、例え誰かいたとしても、西館の鍵自体私が持っていたので、誰も外から鍵をかけられるはずがありません」
「そっか」
 そう言って、佳純は、恍惚の表情をにじませる。そして、目を閉じて、ふー、と大きく息を吐き、また吸い、こう言い放った。
「これは、調査しなきゃだね!」



「で、なんで僕がいるわけ?」
 時刻は夜の八時。神敷高校の門限は午後七時なので、当然ながら学校は閉まっている。新と玲菜、そして佳純は薄暗い街灯に照らされた校舎裏に立っていた。
「新だって、聞いていたんだから少しは付き合いなさいよ。どうせ暇でしょう?」
 新はムッとした。
「玲菜はいつも僕のことを暇、暇、言うけどそんな暇じゃないんだからな。これでも用が……えーと……」
「ほら、ないじゃない」
「そもそも、そういう問題じゃない気がするんだけどな」
「へえ、私の言うことが聞けないっていうの?」
 玲菜はそう言って、新の正面に立ち、じっと、新を見つめる。
「あー、もうわかったよ。付き合えばいいんだろ。付き合えば」
「それならば、よろしい」
 そういって、玲菜は、満足げな顔を見せる。あーあ、かわいい。これで、清楚であればなあ――新は人生で何回思ったか数えきれないほどの希望を神に祈った。
「よし、ここから入るよ。」
 唐突に佳純が言う。
雑草が生えた茂みの奥、非常口のような入り口が、佳純の指先にあった。
「先輩よくこんなところ知ってますね」
「前もこんなことがあって、そのときに見つけたんだ。昔の核シェルターの跡なんじゃないかな」
 佳純は中に入る。新と玲菜も釣られて入った。
シェルターの中は真っ暗だった。三人は携帯のライトで照らしながら、少しずつ進む。長年使われていないためか、埃が空気と同じように充満していて、つい口を覆ってしまう。
「よし、着いた」
 出た場所は、廊下の非常口だった。
「着いたのはいいんですけど、どうやって教室に入るんですか? 僕たち鍵持ってませんよ?」
「ああ、大丈夫。だって、三日前、音無さんが来た時には開いてたんでしょう? できるだけその時の状況を再現しなきゃね」
 佳純はそう説明する。
「そりゃ、そうですけど……」
 不安に駆られる新であった。
 間隔を開けて照明が点灯されている廊下は、その妙な薄暗さと静寂が、より不気味さを増していた。
「新……私、こういうのダメなんだけど」
 不意に、玲菜は新の腕をがっしりと掴んだ。意外だな――そう思ったのと同時に、新は玲菜が頑なにお化け屋敷を行きたがらなかったのを思い出した。暗いの苦手だったのか。
「ちょっ……急に乙女ぶんなよな。」
「いいから、さっさと進みなさいよ……」
 新は、やれやれと歩を進める。
 しばらく進み、階段を一段上ると、新は佳純の姿を見た。ちょうど、放送室の戸を開けようとしている。
 ガタン――重い木が動く音がした。
「マジか……」
 思わず、声が漏れてしまう。まさか本当に開くとは……
「なるほど……」
 佳純は、なにを納得したのか神妙な面持ちで放送室に入った。続けて、新、玲菜も入る。
「確か……音無さんはこの後、この部屋にしばらくいて、出ようとしたら、閉まっていたんだよね?」
「はい。十分くらいだったかと」
「十分? やけに長いね」
 新が尋ねる。
「ちょうど、私が遅いのを心配した友達から電話がかかってきて、それに応答してたから……」
「なるほどね」
 佳純はいつのまにか椅子に腰をつけていた。
「じゃあ、私たちも十分くらい待とうか。そして、そこのドアが閉まっているかどうか……チェックしよう」



 数分経った。相変わらず、放送室は暗いままで、幽霊も出できていない。不気味な重い静寂が放送室に根を下ろしていた。
「ねえ新、ホントに幽霊なのかな……」
 不意に、玲菜がつぶやく。小刻みに身体が震えていた。
「んなわけないだろ。科学大正義のこの時代だぜ。きっと、なにかあるさ……」
 新は暫く考えてみた。…………分からない。このままだと本当に幽霊の仕業になってしまうじゃないか――刹那
「ひゃっ!」
 突然、玲菜は飛び上がった。体中から力が抜けて、腰を抜かしている。顔は恐怖という文字を体現しているかのように強張っていた。
「どうした?」
「足元でガタガタ音がした……」
「マジかよ……」
 確かに耳を立ててみると足元からなにか物音がする。音と振動は集中すればするほど徐々に大きくなっていき、頭を揺らした。急に、すーと魂が抜ける感じがした。ああ、こういうのを気絶っていうのか――新はそう理解すると同時に深い深淵の世界に飲み込まれていった。



「おーい、起きてる?」
 佳純の声が新の鼓膜をくすぐる。
「もう十分立ったよ。ほら、起きて。起きて」
 相変わらずの静寂に佳純の声が通る。
「もうそんなに経ったんですか……ドア開いてますよね?」
 新が佳純に尋ねる。
「うーん……私も開いていてほしかったんだけどね。残念、閉まってたよ」
「えっ……」
 新は飛び上がり、ドアを開けようとする。まるで鍵を閉められたかのようにびくともしない。
はあ、と思わず、ため息が出た。もう覚悟はできていた。ここまで来たら、扉が開かないのはいい。幽霊が出るのもいい――ただ、このままでは帰れないじゃないか。
「先輩、どうしましょう……このままじゃ」
「帰れないって? 大丈夫、そこらへんは手を打ってあるよ」
 すると、
 ガチャ、と鍵の開く音がした。
「えっ」
 開けられたドアの先にいたのは、物腰の柔らかそうな制服を着た高校生であった。
「おー、ありがとうね。瀬戸くん。急で悪かったね」
「いえいえ、佳純さんの頼みならば――この人は誰ですか?」
 瀬戸は新を凝視した。模範的な笑顔だが、心ここにあらず、といった感じである。
「ああ、この子はね、今回の依頼者の友人であり、私の……パートナー?」
 佳純が新の表情を覗き込んでくる。
「パートナーになったつもりはありませんよ……あの、佳純先輩、この人は?」
「申し遅れました。佳純さんと同学年であり、新聞部に所属しております、瀬戸大志と言います。初めまして」
「どうも……初めまして」
 礼儀正しい人だな、と思った。
「さて、あそこで寝ているお嬢さんを起こさなくてもいいのですか?」
 瀬戸の視線の先には玲菜の姿があった。
「いつのまに気絶してたのか……はい、起こしてきます」
 新は気絶している玲菜に声をかける。玲菜の目覚めるときのふにゃ、という間抜けな声に思わず笑ってしまった。



「さて、帰ろう」
 佳純は着崩れた服を直しながら、そう言った。
「結局なんだったんですかね、あれ。本当に幽霊だったのかなー」
 新が疑問を呈す。すると、佳純は真顔で
「本当に幽霊だったら、どんなにいいことか……また、ハズレだったよ」
「えっ」
「佳純先輩、わかったんですか⁉」
 玲菜が意気揚々と尋ねる。表情に明るさが戻っている。
 佳純は無言で踵を返した。
「ど、どこへいくんですか?」
「運が良ければ、もう一度、人が閉じ込められる様子を見られるよ」
 佳純はそう言い放ち、先を進んでいった。慌てて新たちもついていく。



全てが終わったときには、もう大体の商店が閉まる時間になっていた。帰り道は全員が並んで帰っていた。もちろん、帰り道が全員同じというわけではなく、佳純の後をついている。
 玲菜がついと佳純の横に並んだ。
「そろそろ話してくださいよ。どうしてあれがわかったんですか?」
「んー、そうね。理屈は簡単だよ」
佳純は肩にかけてあるショルダーバックを担ぎ直した。
「まず、私たちを閉じ込めたのはマスターキーだってのはいい?」
 新と玲菜は感嘆符を漏らした。
「だって、貸し出し用の鍵は一つしかないでしょ。三日前のパターンは玲菜さんが鍵を持ってたし、今回だって、瀬戸くんが鍵を持っていたしね」
「それで、マスターキーか……」
 新が声を漏らす。
「それに、床から音がしてたでしょ。それって、普通に考えればどうしてだと思う?」
「なるほど。一回の天井をいじっていたからですね」
 瀬戸が答える。
「だから、清掃員さんか……」
 玲菜は納得したのか、しきりに頷きながら、つぶやく。
 佳純が見せてくれたのは、大きな脚立を担ぎ、天井で作業する清掃員だった。まず、清掃員は教室の鍵を開け中で作業をする。それが終わると、次の教室に移り同じことを繰り返す。そして、その階のすべての作業が終わると、開いている教室の鍵を次々と閉めていく。これらの手順の中で、偶然悪いタイミングで中に入ってしまった人がいたとしたら、閉じ込められてしまう――佳純は、実際に作業する清掃員を見せながらそう説明した。
「あーあ、今回はいい感じだったんだけどなー」
 佳純は大きく背筋を伸ばした。その表情にはわずかに物足りなさが残っている。

another side story~追想編~

うっ……気まずい)
 もう十時を回っただろうか。黒く塗られた世界に街灯だけが点々と光を灯す。周りには自分たち以外には誰もいない。
佳純が事件についてすべて話し終えた後、玲菜、瀬戸は自身の帰路についていた。
「ねえ、新くん、何か話題を振ってくれると私としてもありがたいのだけど……」
 と、佳純が彼女らしくもない顔つきで言う。
「話題ですか……そうですね、昨日見たテレビの話題とかどうですか?」
「あいにく、私はテレビを見ないのよね」
「じゃあ、本とか」
「意外だと思われるかもしれないけれど、本もあまり読まないのよ」
「じゃあ、ネット」
「ここのとこ調子悪くてねー」
「ご飯食べました?」
「最近はそれすらも面倒で……」
「お前、ホントに人間か?」
 佳純はクスッと笑って、
「嘘よ、嘘。本当のことを言うと、超常現象を研究していたら、いつの間にか夜になってたな」
「先輩のその情熱はどこから来るんですか……」
 新はため息交じりに尋ねる。
「知りたいなら、話してあげようか?」
 唐突に新の眼前に飛び出した佳純は、さっきまでとは全く違う顔つきだった。
「まあ、これは、私の人生のアイデンティティにかかわることだから、君にはそれを背負ってもらう覚悟がほしいな」
「覚悟……」
 新は息をのむ。そんなに大事なことなのか。
……
……
……
「やめときます!」
……
……
……
「え! いや、今どう考えても私が言う流れだったじゃん!」
「いや、大変な話なんでしょう? 僕は佳純さんの人生まで背負うつもりはありません」
「聞いてってば! あー、もう面倒くさいな、いいから聞きなさい!」
「いいや……俺はお前の言うことなんか聞かないぜ。なにせ、俺は反逆の大王、サタニキア・ビネット・ローリマンだからな!」
「急に中二病になった?! あーもう分かった。私の人生なんて背負わなくていいから聞いてよ」
「それならば、よろしい」
「新くんって、たまに変になるときあるよね……」
 閑話休題。
「じゃあ、話そうか。私が……

       2

「もう、嫌だ!」
 今から五年前――あの日、私は親に初めて反抗した。ヒステリーって言えばいいのかな。私の母はいわゆる教育ママと呼ばれている人で、もの心がついたときから、期待……いや、圧迫されてきた。お母さんの理想的な娘であるように――勉強ができて、運動もできて、清楚で、可憐で、かつ美しい――そんな娘を演じてきた。
 きっかけは、些細な事だったと思う。今となっては思い出せないくらい、とても小さなこと――ただ、限界だった。
「私は、お母さんの人形なんかじゃない! もう出てく!」
 そのとき、私は激情していた。もう何もいらないと思えるくらいに。
 私は何も考えずに家をでた。もちろん、行く当てなんてどこにもなかった。ただ、ただ、走った――気が付くと、私は河川敷にいた。
「ああああああ」
 闇夜に向かって叫ぶ。怒りが喉を通って、吐き出されていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふう……」
 周りには誰もいなかった。街灯に照らされた道が永遠と続くだけ。もちろん、その道だっていつかは終わりが来るんだろうけれど、その道が、私にとってただ一つの逃げ道のように思えた。
 なんとなく空を見上げる。ポツポツと光る星が美しい。
 ふと、空が光った気がした。否、もちろん、空には漫然たる星空が広がっているのだけれど、その中にまるで月のように、ぽつりと大きな光が輝いていて。そして、それは徐々に光度を増して……あり得ないスピードでこちらに向かってくる!
「ああああっ! ちょっ、どいて――!」
 目を凝らすと、女の子がパラシュートで下ってきているようだった。いや、むしろ下るというよりも、落ちてきていると表現すべきかもしれない。
「ど、どくって言っても、もう無理ッ――」
 そんな思考をしている頃には、もう目前に迫っていた。体は強張ってしまって、全く動かなかった。それは、きっと、私は混乱していたし……何よりも空から女の子が降ってくるなんて絵空事のようで全く信じられなかったから……。
 ドスンッ
 体中に衝撃が走る。私は地面に尻もちをつき、空から降ってきた女の子は私に対して、馬乗りになった。
「ご、ごめんなさい……だ、大丈夫?」
「大丈夫だけど……か、顔、ち、近い」
「えっ、あっ……ごめん……」
 一目で、表情豊かな人だと思った。見た目は十二歳ほどに見えたが、彼女は、明るいアッシュブラウンの髪型とは不釣り合いの迷彩柄の軍服を着ていた。

        3

「名前は?」
 私たちは、現在、川辺のベンチにいた。
「ソーファ・チカ・ミーシャ・蛍って言います!」
 はきはきとした声で彼女は名乗る。
「……ってことはハーフ?」
「ん―――――正しいけど、ちょっと違う」
「というと?」
「まだ、日本から出たことないし、だから日本語しか喋れない。自分でもハーフって感じが全然しないんだよね」
 確かに、蛍の日本語は流暢だった。いかにも外国人のような人が流暢に日本語を話しているのは妙に違和感がある。まあ、それを含めて蛍という人格を形成しているのかもしれない。
 ……まあ、出自も取れたところで、
「本題なんだけどさ、なんで空から落ちてきたの?」
「落ちたつもりはなかったんだけどな―」
 蛍はそう言って、首を傾げた。
「いや、あれはどう考えても落ちていたって」
 運が悪きゃ危うく大けがだったのに。
「ちょっと、パラシュートを開くのが手間取ってしまって……。それで……あんな風に。」
「ああ、なるほど」
「パラシュートって開くのが大変でね。ハーネスの操作を少しでも間違えたら、地面に真っ逆さま。それで――」
「ねえ」
 私は蛍の話を遮った。
「落ちてきた理由を話したくないの? 無理強いするわけじゃないけれど……」
「………………………………家出」
 蛍は若干頬を膨らませて、澄ました顔で言い切った。
「家出だよ。悪いか! もう!」
 そう自分で言いながら、恥ずかしいのか頬を赤らめている。
「親が昔から、厳しくて。なんでもかんでもルールを守れ、ルールを守れ……もう嫌なんだよ。縛られるのも、拘束されるのも。私は自由だ。もう言いなりになんてなってたまるか!」
 バンッと蛍は立ち上がり、誰もいない河川敷に言い放った。すがすがしい顔とともに。
 蛍は、私と同じだった。家出という行動だけでなく、理由さえも。そして蛍が言い放った言葉は、私の心情をそっくり反映しているようだった。
「その気持ち……すごくわかる!」
 つられて私も立ち上がってしまう。
「言いなり、嫌だよね。自分の人生だもん、自分で決めなきゃもったいないよね。ああ、どうしよう――――初対面なのに、蛍ちゃんととても仲良くなれそうな気がする」
「おっ、私もそんな気がするよ。これから、仲よくしようぜ」
「うん!」
 私と蛍は握手を交わした。
「あっそうだ。ここから、少し先にいいところがあるんだ―――一緒に行こうぜ」
「わかった!」

    4

月明かりが視界を明るくしていた。
蛍と歩いてからしばらく経つ。川沿いの河川敷に沿って、道なりに進んでいる。
「こっち、こっち!」
 蛍が元気そうに手を振る。
「この山の上だよ」
 その場所は神敷山という、標高300mにも満たない山だった。私の記憶では確かに、頂上には開けた広場があったはずだ。私も子供の頃よく両親ときたことがある。
「この上にいいところ、本当にあるの?」
「あるよ、そろそろのはずなんだけど……」
 着いたのは、私の記憶にもある通りの広場だった。景色がきれいに見られるように、市街地の方向は木が伐採されていて見通しが良くなっている。
私と蛍はベンチに腰掛けた。きらきらとした夜景が眼前に広がる。そうか、夜だと、こんなにきれいなんだ。
「確かに綺麗……ありがとう。蛍」
「ん? 楽しみはまだまだこれからだぜ」
 え?
 そのとき、市街にある神敷基地から数機の戦闘機が飛び立った。それらが空中で連隊を組み、弧を描いて旋回する。
「今日は基地での摸擬戦の日なんだ。たぶんこの山の近くにも接近してくる。なかなかの迫力だよ!」
 蛍はそう言って、自慢げに鼻をこすった。
 その後三十分に渡って、戦闘機は飛び続けた。私と蛍は吸い込まれるようにそれを見つめた。
 そして、戦闘機のショーが終わると、私たちは不思議な余韻に包まれた。
「ねえ、このまま、ずっとここにいたい気分だよ」
「私も……」
「ねえ、家に帰らなきゃダメかな……」
 私はポツリと蛍だけに聞こえるようにつぶやいた。
「…………ダメなんだろう。私たち子供だから。一人では生きていけないから」
「……そうだよね。眠くなってきたし……、流石にそろそろ帰らなきゃダメか」
 私はベンチから、ヒョイと降りた。
「蛍はどうする?」
「私は…………もう戻れないよ。元の居場所には」
 そのときの私はこの言葉の意味が良く分からなかった。ただ、今日は家に帰れないという意志だけを受け取った。
「じゃあ、今日は私の家に泊まらない?」
 蛍は満面の笑みを浮かべた。

         5

 私は怖かった。当たり前だけれども、怒られる。それも、尋常になく。しかも、ヒステリックな母親だ。暴力もありうる。ただ、私たちは子供だから……仕方ない。
 私はベルを鳴らした。ダッダッダッと、走る音が耳を刺す。
 私は蛍には隠れておいて、と言ってあった。怒られている姿を見られたくないから。ヒステリックな母親をみられたくないから。
 そして、ドアが開いた。
 開口一番、なんてものはなかった。
 肌を叩く音と、痛みが私の感覚を支配した。しばらくして、私は殴られたんだということを理解した。
「どうして……! あなたって子は……!」
 母親は私を殴り続けた。私に話す間も与えてくれなかった。無慈悲に何度も何度も殴り続けた。
 突然、銃声がした。
「おいおい、お母さん……これ以上やると、次はお母さんの体に穴が開くよ……!」
 蛍の声だった。弾痕は母親の背後にあった。つまりは、蛍はお母さんを威嚇したのだ。私を守るために。今かんがえてみれば、蛍の行動も理解できる。ただ、そのときの私は蛍に圧倒的な恐怖を抱いてしまった。
 きっと、ものすごい顔をしていたんだと思う。蛍は私を見て、とても残念そうな表情を浮かべていたから。
「蛍……怖い!」
 私ははっきりと蛍を拒絶した
「そっか……やっぱり私は孤独なんだね……じゃあね。楽しかったよ」
 そう言い残して、蛍は去ってしまった。
 その後から、母親の私への干渉は減った。むしろ、放任されるようになった。そして、しばらくして、母と父は離婚した。やっぱり、母のヒステリーに父が耐えられなかったみたい。
 私はもう一度蛍に会いたい。会って、ありがとうって言いたい。そして、もう一度、今度こそ友達になりたい。それこそが、蛍への恩返しだと思うから……

Sky Over The Girl

八月十六日。佳純がUFOを探し始めてから、二か月と一日。
 また、新(あらた)たちは屋上にいた。今日は、半シャツ一枚だというのにうなだれるほど、暑かった。
 思わず、空を見上げる。
 満月のおかげで、雲の形がはっきり分かった。目線を下すと、月光に照らされた佳(か)純(すみ)がいる。
「何か見えたか?」
 まじまじと、望遠鏡に目を凝らしている佳純に声をかける。
「うーん……なにも。流石にまだUFOが出現する時間じゃないのかしら」
「UFOが出現する時間ってなんだよ」
「あら、知らない? 毎回、ちょうど零時を回ったころに現れるらしいわ。ここのカミシキUFO」
「随分と律儀なUFOだな。宇宙人の頭にはタイマーでもついてるんじゃないか」
「霧峰くんの頭にもつけたほうがいいかもね。タイマー」
「余計なお世話だよ!」
 閑話休題。
「先輩、そろそろ変わりましょうか?」
「うーん……そうね」
 新と佳純は一時間ごとに交代して、望遠鏡をのぞき込んでいる。
 新が望遠鏡をのぞき込むと、やはり、そこにはいつもと変わらない神敷基地があった。もう深夜だというのに、光があわただしく点滅している。
「いつ戦争が起きるのかしらね」
 ポツリと佳純が言った。
 戦争――新たちの世代ではそれは、自国と北との戦争を指す。冷戦状態が続いて五十年以上を経てはいるが、どうやら最近また慌ただしくなっているらしい。
「さあね。今度、学校でも久々に、北に備えて避難訓練をするらしいから、それなりに近いんじゃないか?」
「そうだとすると……やっぱり、UFOって神敷基地に搬入された秘密兵器の可能性が高いわね」
「俺もそう思う」
 この数日間で調べた結果、二人はその可能性が一番高いという結論に達した。地方紙によると、ここ数か月アメリカからの要請によって、神敷基地に新型戦闘機が納入されたとのことだ。おそらく、ステルス機能でもついているのだろう。そして、そのせいで一部の映像には変な物体のように見えるのかもしれない――二人はそう考えていた。
「まあ、どのみち戦闘機を撮影できたら、大スクープよね。新聞部の威厳も高まるはずだわ」
 佳純が得意げに話す。確かに、佳純の言うことはもっともだ。ただ……
(それでも、連日はやめてほしい……)
 はあ、と新はため息を漏らした。
「ん?」
 新は神敷基地――ではなく、その上空、どちらかと言えば学校の付近に不思議な物体を発見した。飛行機ではあるが、ジグザグに飛行している。そして、その飛行機は高校の方に向かってきているようだった。
「ねえ、佳純先輩。あれ、なんだろう?」
「どれどれ……ん―、確かに、変な動きをしているね。もしかしたら…………霧峰くん、念のため、カメラ回しといて」
「わ、わかった」
 急に、その場の空気がピリッと引き締まる。即座に新はその物体へカメラを向けた。
 カメラ越しに見るそれは、今までに見たことのない形をしていた。全体として細長く、主翼も一般的なものより小さい。
「これは、当たりかも……」
 思わず、息をのむ。
 すると、飛行機が高校の上空に差し掛かったとき、飛行機から、何かが落とされた。そして、それは、一直線に落下し――――
 轟音と共に、真夏の空虚な高校プールに、大きな水しぶきが上がった。
「…………」
 新と佳純はしばらくの間、何も話さなかった。否、話せなかった。これでは大スクープどころの話ではない。大事件である。
 しばらくして、新が口を開いた。
「と、とりあえず見に行きましょう」


本来であれば、何日も放置されているプールは、揺蕩(たゆた)う水面に、アメンボでも泳いでいそうなものなのに、新が見たプールはそれとはまったく違う様子だった。プールサイドには飛び散ったのであろう大量の水が散乱し、いくつかの用具が無造作に散らばっている。新はそれらを縫うように避けながら進む。
「……どこだろう」
 新は落下物を探していた。それは、もしかしたら、貴重な資料になるかもしれない。そしたら、新聞に載るレベルの本当のスクープである。その考えは、佳純も同じのようで、少し離れたところから、プール全体を双眼鏡で見下ろしている。
「あっ、霧峰くん。右側の方、そっちに何かある」
 目線を向けると、右のほうにひと際大きいものが見える。
 新が近づく。
「えっ……」
 そこで、新が見たのは、ぐったりとうなだれた少女だった。


 上空で戦闘機が旋回する。煌々とした月明かりが二人を照らしていた。
少女はたくさんの傷を負っていたが、命に別状はなさそうだった。その顔は端正で、町にいたら、それなりに目を引くだろうレベルである。そして、なにより特徴的であったのは、軍服を着ていることだった。おそらくは、軍の関係者ということなのだろうが、その少女がなぜ、落下してきたのかについては、その場で判断がつかなかった。
「だ、大丈夫?」
 少女からの返事はない。
 背後で、
「何があった?」
 という佳純の声が聞こえる。
「少女……」
 と、自分で再確認するように新は答えた。
「えっ! 本当!」
 佳純は慌てて、駆け寄って少女の姿を確認する。
「マジじゃん……どうする? 霧峰くん」
「本当、どうしましょう……」
 新が頭を抱えていると、
「んっ…………」
 不意に少女の眉がピクリと動く。
「助けて……」
振り絞るように、独り言のように、透き通った声で、そう言った。そして、そのまま少女は動かなかった。

       2

「なにか収獲ありました?」
 部室に入って開口一番、瀬戸は笑顔でそう言った。しかし、すぐに怪訝そうな顔を浮かべた。
「……まあ、その様子だとひとまず手当てをしたほうが良いですね。明日にでも病院に連れて行きましょう」
 二人ともその意見には賛成だった。瀬戸はこういうとき判断が早くて助かる。


「ふうっ」
 手当てを終えた後、佳純は自身の指定席についた。すでに時計は十二時を回っている。
「瀬戸くん、この子のこと、どう思う?」
「そうですね……軍服を着ていることから想像するに、なんらかの理由で軍から逃げ出してきた少女ってところでしょうか」
「でも、この子まだ……」
「私たちと同い年くらいだね」
 佳純が新の話に割って入る。
「軍で同世代が働いているなんて、聞いたことなかったけれど……まあ、軍だしね。そんなこと言っても詮無いか。とにかく、重要なことは……私たちに助けを求めてきたことだよ」
「そうだね……あんな辛そうな、助けては初めてだった」
 新は先ほどの様子を思い出す。絶望、苦痛、悲しみ、動揺が入り混じった顔…………思い出すだけでもつらい。
 すると、突然、佳純が席を立った。
「よしっ、今後は一致団結してこの子を守っていくってことでいい?!」
 力の入った口調で佳純は言い放った。うちの部長さんはこうなったら止められないのだ。
「んっ……」
 透き通った声が三人の耳に入った。急いで駆け寄る。
「具合はどう? 大丈夫?」
 佳純が尋ねる。
「…………はい、たぶん」
「名前言ってもらっていい?」
「…………ごめんなさい。ここはどこなんでしょうか……私は誰なんでしょうか」

       3

 身元不明の少女は、その後結局、あても見つからず、孤児院へ搬送されそうなところだった。しかし、すんでのところで、佳純の計らいで、佳純の家に居候することになったらしい。有言実行とはまさにこのことだと思う。
「よく、両親に許可もらえましたね」
と、聞くと、
「まあ、私の両親も犬拾いすぎて、何十匹といるレベルだから……」
 とのことである。


そして、空からの少女事件から一週間後、転校生の紹介です、という先生の声と共に
「どうも……成宮冬(とう)華(か)です。よろしくお願いしますっ!」
 というなんとも可愛らしい自己紹介が行われたのである。


 冬華はその愛らしいルックスと仕草で一躍有名になった。やはり、かわいいは正義である。
「なあ……霧峰」
 隣の席の友人、茂木が不満げな顔でこちらを見てくる。
「なに? 俺の顔になんかついてるか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
 すると、不意にひゃっ、という叫び声と共に、冬華が新の腕に抱きついた。
「助けてください……みんなが矢継ぎ早に話しかけてきて怖いです……」
 そして、愛らしい表情で素晴らしい上目遣いを見せてくる。ああ、かわいい。
「お前いいかげんにしろよな!」
 友人の茂木は捨て台詞を吐いて、去っていった。


 さて、夏のUFOの結末が全国紙の新聞に載るほどの、本物の大スクープとなったので、佳純の推測通り、新聞部の名は学校中に知れ渡った。先生に言うはずの言い訳もせずに済み、むしろ、全校生徒の前で表彰されてしまった。
 そして、秋。佳純の興味が変わる季節。
「秋の目標は冬華ちゃんの出自の捜索よ!」
とのことである。

        4

「よいしょっ」
 新は、図書室から運んできた分厚い本を机の上に置いた。
「そんなの何に使うのよ」
 と、デスクでパソコンのマウスポインターを動かしながら、玲菜が尋ねる。
「軍関係の歴史書だよ。今までの軍部署の編纂から変なところがないのか調べるんだって」
「そっちにあるのは?」
 玲菜は机の奥のほうに重ねられている大量の週刊誌を指さす。
「ああ、あれは、今までに少女が酷使されてきた記事がないのか調べるんだって」
「誰が?」
「俺が……」
 新は、はあ……とため息をつく。
「新さあ」
 玲菜は椅子をくるりと回転させて、新の方を向いた。
「いつも思っていたんだけれど……新、嫌々やっているように繕っているけどさ……、ホントは楽しんでるでしょ。私、昔から新がそういうの好きなこと知ってるんだからね」
「…………まあ、確かに本当に嫌ってわけじゃないよ。楽しいところもあるのは確かだし。それでも、流石にって思うところはあるけどね」
「UFOとか?」
「UFOとか」
「ふーん……」
 玲菜はそれだけ言うと、またマウスポインターをいじり始めた。
 しばらくして、
「すみません……今、入っても大丈夫ですか?」
 冬華がドアを開ける。
「ああ、冬華ちゃん、おはよう。もう、部員なんだから、いちいち話しかけなくてもいいのに……」
「いえ、まだそういうの慣れてなくて……」
 と、かしこまりながら席につく。
 冬華が正式に入部したのは、意外にも転校してからしばらく経てからだった。クラス内で馴染めるようにという佳純の案ではあったが、
(結局、俺への依存度を高めただけだったかもなあ)
と新は思っている。
「新さん、手伝いましょうか……?」
 新のデスクを眺めながら、透き通った声で心配そうに話す。
「ああ……ありがとう。じゃあ、そこの新聞からUFOの記事を切り抜いてもらえる?」
「はいっ!」


「大ニュースよ!」
 しばらくの無言の後、佳純がドアを開けながら言い放った。
「なんですか?」
 新が尋ねる。
「古い雑誌を探っていたのだけれどね……その中の一つに見つけたの。これを見て」
 佳純がくしゃくしゃに折れた週刊誌を開いた。
「『神敷基地の下に眠る謎の実験施設』……?」
 記事の内容はこうだった。神敷町には使われなくなったたくさんの核シェルターがある。その数も他の町と比べてみても圧倒的に多い。それらのどれかが、軍の実験施設に繋がっており、そこでは夜な夜な人体実験が行われている―――
「確かに神敷町は核シェルターの数が異様に多いですけど、それって、基地があるからじゃ……」
「いいえ、きっと、軍の隠し施設があるからよ」
「うーん……」
 確かに、神敷町の核シェルターは普通のとは風変りだ。必ず、どこか別の核シェルターと繋がっているし、無駄に老朽化が進んでいる。謎の実験施設があってもおかしくはない。
「というわけで、本日の夜七時、校舎裏に集合ね」

         5

 流石に九月にもなると、八月とは打って変わって涼しい。ただ、まだ夏が抜け切れてないらしく、季節外れのセミの声もわずかに聞こえる。
 本日、集まったのは、新聞部の部員、端的に言えば、新、佳純、玲菜、瀬戸、そして冬華である。
「私、こんな遅くに外へ出るの初めてです!」
と冬華は、はしゃぎ気味だ。普段の冬華を見ていると、ときどき記憶喪失だということを忘れそうになる。そのくらい彼女は日常生活を楽しそうに送っていた。
「さあ、行くよ」
そういって、佳純が入っていったのは学校の裏の近くの核シェルターだった。佳純曰く、この先を進むと、謎の実験施設へ繋がるらしい。
 当たり前だが、核シェルターの中は真っ暗で、光一筋さえも通っていない。
「こ、怖い……」
 春の一件で暗いところが苦手とばれた玲菜は露骨に俺の袖をつかんできた。そして、今、もう片方の袖には冬華がいる。
「モテモテですね」
 瀬戸がにやけた顔で笑ってくる。
「そんなんじゃねーよ。結構大変なんだぞ」
 暫くの間、佳純はタブレットを見ながら、新たちを先導した。どうやら、週刊誌をうのみにしたわけではないようで、独自の調査によって、更なるルートを見つけたようだった。相変わらず、凄い人だ。
「ん? ここは予想外だな」
 目の前には二手に分かれた道があった。
「うーん……どっちだろう?」
 佳純は首をかしげる。
「分かれて、進むのはどうでしょう?」
 瀬戸が提案した。まあ、確かに得策ではあるが……俺は両手に二人背負っているんだぞ。
「どうやって分けましょうか?」
「ジャンケンでしょ」
 佳純が得意げに言う。
「これ以上、公平なものはないし……いっくよ―、じゃんけん、ほい!」


「よかった、新と一緒で」
「私もです……新さんが一番心地よいですから……」
「そりゃどうも……」
 公正なじゃんけんの結果、瀬戸、佳純チームと新、玲菜、冬華チームに分けられた。そして、佳純に渡された地図の通りにどんどん進む。
「ひゃっ!」
 突然二人が悲鳴を上げた。
「二人とも……なんてことないただのコウモリだよ……」
「そ、そんなことわかってるし!」
「流石、新さん、物知りです!」
 やれやれと、新は肩を落とした。
 そんなこんなで、少しずつであるが一歩ずつ進んできた新たちは、しばらくして、一筋の光を見た。真っ暗の核シェルターの中で、である。
「つ、ついに本物がやってきたわね……」
と、玲菜が意気込む。
「あれが、本物の。幽霊なんですか! 玲菜さん」
冬華も同調する。
「そうよ! あれが……」
 新ははあ、とため息をこぼして、
「おーい……佳純と瀬戸だろ」
「あっ、霧峰くんたちじゃない! そっちは大丈夫だった?」
「ああ、こっちは何も変わり映えなかったよ」
 玲菜と冬華は目を丸くした。


 佳純と合流してから、しばらく進むと、一つの大きな空洞に出た。
「ここが目的地ね」
 確かに、その場所は他の所よりも広く、天井も高かった。そして、見たことのない器具が散乱していた。昔、何かが行われていたことは、確かであろうと推測できる。
「やったー! これは大発見だわ。霧峰くん、写真、写真!」
「はい!」
 新は何枚も写真を撮る。
「へー、こんなところあったんだ」
「すごいですね……」
 玲菜と冬華も感動していた。
「いくつのものをサンプルとして、持ち替えろっと。これと、これと――」
 佳純は目ぼしいものを鞄に詰める。鞄がどんどん膨れ上がっていく。
「よっし……じゃあ、戻ろうか」
 佳純はパンパンに詰め込んだ鞄を持って、施設を後にした。途中、つっかえて、多少荷物を下ろさざるを得なくなったが。
 とにかく、第一回核シェルター探検は大成功となった。
 しかし……
 この日を最後に冬華は失踪した。

校舎裏の秘密調査

少しづつ更新していく予定です。前作よりは長くなりそうな感じです。

校舎裏の秘密調査

UFOを探していたら、少女が空から降りてきた! その少女と共同生活?! そして、少しづつ明らかになってくる少女の過去………… 青春スペクトラムストーリー

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-01

CC BY-ND
原著作者の表示・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-ND
  1. 正しい花嫁の盗み方
  2. ボーイ・ミーツ・ガール
  3. 探偵一直線!
  4. another side story~追想編~
  5. Sky Over The Girl