三秒間
三秒間で、犬小屋程度のものならば燃やし尽くすことができるけれど、やらない。意味ないから。意味のないことは、やらない。
うそ。
あんがい、まいにち、意味のないことばかりやっているけれど、どうか怒らないでほしい。呆れないでほしい。見捨てられたら、生きていけないかもしれないから。
ぼく、という人間は犬小屋程度のものなら燃やすことなど容易いのだけれど、では、犬を燃やせるかと訊ねられれば当然、そんなことはできない臆病者である。ぼく、という人間は、手をふれずに犬小屋をこなごなに砕くこともできるし、氷らせることもできる。花を枯らすことなど朝飯前だし、コップの水を溢れさせることも可能だし、キミのつけまつげをぺりぺりはがすことだってできる。そういえば、その、ばさばさのつけまつげだけれど、キミには酷く似合わないからやめた方がいい、今すぐに。
犬を燃やせないことを臆病だと言い表すのはまちがっていると、キミは云う。
ぼくはキミの、肩甲骨のあたりまで伸びた金色の髪を、美しいとは思わない。みじかい髪の方が似合うよ、キミは。一目では男の子なのか、女の子なのか、判別できないくらいの、みじかい髪がさ。
しかし息が詰まるよね、教室というところは。
だから、ぼくは、まいにち屋上にいるし、キミも、まいにち屋上にいる。
屋上の鉄柵に座り、外界を観察するのが、ぼくの日課であるのだけど、さいきん、学校のすぐとなりにある家の犬小屋から、犬がいなくなったものだから、ここからでも犬小屋くらいなら燃やせるなんて話をキミにしたのだけれど、キミは、すごくかわいそうなものを見るような眼差しを、ぼくに向けたね。ぼくとキミが屋上にいる日は晴天のことが多いのだけれど、ぼくが犬小屋を燃やせることをキミに打ち明けた日は、圧死しそうなほどの曇天だった。
髪がまとまらないと、キミが嘆く。
ならば、髪を切ってあげようか、ぼくが、超能力で。ぼくは提案する。
「あんたって、マジやばいね。やばいけど、きらいじゃないよ」
浅黒い肌のキミが、白い歯を見せて笑う。みじかいスカートを穿いたキミが、太くも細くもない脚をひらいて、屋上の床に大の字で寝転がる。キミが、そのへんにいるおじさんと平気でセックスしている噂はあまりにも有名だが、ぼくと話しているときのキミは、そういう薄汚さがないね。ばさばさのつけまつげも、金色の髪も、長い爪も、然して美しいとは思わないけれど。
それからぼくが、三秒間だけ目をつむっているあいだに、キミは姿を消して、キミの金色の長い髪が一本だけ、ぼくの右手首に巻きついていたので、ぼくは、もう死のうかなァとも思ったけれど、それすらも意味のないことのような気がしたので、やめた。死のうかなァと思ってから、やめるまでのあいだ、三秒。
三秒間