屋上に上がると夕日が見える

屋上に上がると夕日が見える

屋上に上がると夕日が見える

もう、こんな時間か、気分転換でもしようかな?
僕は残業が確定してしまい午後18時13分ほどにオフィスから抜け出す事にした。鉄骨の柱が支える外階段を甲高い音を鳴らして屋上に上がった。赤い姿に蛍光灯がパチパチと散らしている自動販売機に僕は近づく。もはや飲み飽きてはいるが、そこにある見慣れた缶コーヒーを選ぶしかない。僕はポケットから小銭入れを取り出し、コインを入れた。僕が透明なボタンを押すとガコンッ!と、音が鳴り、缶コーヒーの一部が身体を見せた。白いシャツの袖をまくって腕を伸ばし、その冷えたスチール缶を拾う。黒いラベルの無糖だ。僕もこんな苦い味を楽しめる様になったと思うと妙に寂しい気持ちになる。
夕日の光線が空と雲を赤く染め、屋上の床もその色で塗られた様に真っ赤になる。僕は夕日のそばを目指して歩き、亜鉛メッキで防腐処理された胸の高さ程にある、手すりに腕を置いて、僕の瞳に夕日を映した。僕はそうして缶コーヒーをカコッと開けて唇に注いだ。
しかし…
「何?かっこつけてるんですか!」
僕の背中を2回連続、ダンッ!ダンッ!と力強く叩かれる。そして聞きなれた、思いやりのない声が僕の貴重な気分転換の時間を壊した。
「ごほっ!ごほっ!」
僕は喉に液体が詰まって咳をする。
「なにすんだよ!一人で良い気分に浸ってるのに邪魔すんなよ!」
僕は横に立って嫌味な笑顔を見せるスーツを着けた女性に言った。
「後輩の癖に先輩にため口を使うとは、社会勉強がもう少し必要だね?」そう言って僕の飲んでいた缶コーヒーを手慣れた手つきで取り上げる。
「先輩つっても、一つ年が上なだけだろ!それより、僕の缶コーヒー返せな!」
僕は手を伸ばし、先輩が握る缶コーヒーを取り戻そうとするが、先輩はクルリとかわして、赤い口紅をした唇に静かに黒い液体を入れた。
そして虫を食べた様な苦そうな顔をして言う。
「ブラック?子供の癖に大人ぶってるわけ?」
「勝手に後輩から私物を取り上げる大人には言われたくない!」
僕は指を突き出して言った。
「いいじゃん?減るもんじゃないし?」
「もしかして先輩は僕にケンカでも売ってる?」
僕の言葉を無視して先輩は首を下に向けた。
先輩は微笑みながら手すりの下を見ているが、何やら思った事があった様で僕のシャツを引っ張て言った。
「ほら、下を見てご覧なさい!」
「なんだよ、シャツをあんまり引っ張るのやめて」
僕は下を見た。バスケットかバレー部の部活生の女の子が列をなして走っている。マラソンだろうか?
僕はぶっきらぼうに言う。
「マラソンだな、で?何か言いたい事があるわけで?」
「走ってる部活生の後ろを見てみなさいよ!たった一人で走ってる子がいるでしょ?」
僕はそう言われてその部活生の列の後方を探した。一人で走っている子はいない、僕はさらに100m程、視線を後方に移す。すると身体の小さい女の子が確かに一人で走っていた。
「あの子、凄くない!自分は残されて走っているのにさ、途中で止まらないで走り続けてるって!応援したくなるじゃない!」
僕はもう一度、後方で走る女の子を見る。一生懸命だなと思った。僕なら諦めて歩いていそうだ。
先輩はまだ、その女の子の背中を追って見ていた。先輩の黒い髪の毛が夕日と混じって反射する。街中の緩い風が先輩の毛先を持ち上げる。ふんわりとシャンプーの香りも僕の鼻孔にもついた。
するとこの時、僕はある事を思い出した。そして先輩に向かって言う。
「先輩、そう言えば最近、ランニングウェアを買ったって自慢してたよね」
僕の言葉に先輩はドギマギしながら答える。
「そ、そう?そんな事、私って言ったかしら?」
僕は軽いため息を吐いて言う「一緒に走りたいなら、走りたいって言えばいいのに」
その声に髪の毛を指で巻き出して先輩は言った。
「でもあんた、マラソン嫌いって言ってたじゃない」
「別に…まぁ僕はウェアなんて持ってないから、高校の頃のジャージで走るけど」
二人の間に少し沈黙が続いた。その後、先輩は僕の顔を向けてちょっとだけ緊張した表情で言った。
「走りたい所があるの、海の真ん中で小島に繋がってる橋なんだけどさ」
僕は夕日に目を向けて言う。
「先輩とならどこでもいいさ」そう言って僕は先輩の手にある缶コーヒーをヒョイッと取り上げて苦い水を口に流した。
先輩は細長く白い指を曲げて恥ずかしそうな顔で「あ!」とつぶやく声が漏れた。
その時の先輩の顔は夕日の影響で赤く染まっているのか、それとも体温が上昇したせいで皮膚が赤くのぼせたのかは分からないが、不思議と次に口に注いだコーヒーが甘く感じた。

屋上に上がると夕日が見える

屋上に上がると夕日が見える

缶コーヒーを持って屋上の手すりに腕を置き夕日を眺める。先輩は今日も来るのだろうか?

  • 小説
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更新日
登録日
2016-05-30

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