花の名。
「私のことは忘れていいよ。だから幸せに。」
夢の中で彼女が笑った。
…いつまでも思い出すのは女々しいって奴なのかな。
朝シャワーを浴びて思い出すのは、キスするためになんとなく触れた彼女の温度と、今日だけ、と笑った彼女の顔だけ。
好きだったんだけどな。
今日みたいな日はフラッシュバックする彼女の顔は、なんとなく偽物のように薄れていく。
五年前のあの日、文化祭の準備で見た花の名を僕はまだ忘れられないままだ。
「…橋咲(はしざき)くんだよね?3組の。」
「よく知ってるね、会ったことあった?」
「いやほらその…橋咲くん有名だから。」
「なんだそれ。」
「べ…別にストーカーとかじゃないんだよ、気持ち悪かったらごめん…」
消え入りそうな声で訥々と話す、背の小さい子。そんな最初のイメージだった。
見た目はなんとなくいじめられっ子風で、そういえばこんな子隣のクラスに居たなぁなんて思う。
「いやいや、ストーカーとか思ってないから。」
「…ありがとう。」
パッと顔が上がった。
ふぅん、目が合わせられ無いわけじゃ無いんだ。なんて思いながら声をかける。
「皐月さんはこの後何があるの?」
「ほ…放送部だから待機なの。」
「そっか。」
「……。」
沈黙に耐えきれない….。
「あ、皐月さん、あの花綺麗だね。」
「…どれ?」
「ほら、あそこの白い花。」
「シオンだよ。」
「…へ?」
「シオンっていうんだよ。あの花。」
「詳しいね。」
「すべての花には名前があるんだって。そんなのを本で読んで以来花だけはちょっと詳しいんだ。」
「そうなんだ。」
「雑草なんてものは無い、そう昭和天皇は言っていたみたい。」
そうやって話してれば可愛いのに。なんて口説いてるみたいな台詞が出かけたあたりきっともうとっくにこの子に惚れていたのかもしれない、なんて思いながらふっと思い出した記憶をなぞる。
あれから随分とたった。
彼女は僕が思っていたよりも元気でよく喋る子で、少し、いやかなりドジな女の子だった。
「そういや、あの花、咲いていたのこの時期か。」
なんて思いながらいつもの如くグーグル先生に聞いてみる。
「シオン、開花時期っと。」
あーやっぱり。だよなぁ。9月から10月か。
ふっと目にとまった花言葉にため息が漏れる。
「なんだ、まんまじゃん。」
花の名。
花言葉はグーグル先生に尋ねてください笑