空色のトカゲ

 空から空色のトカゲがどばどば降ってきたので、急ぎ雨戸を閉めました。
 キミは今どこにいるのでしょう。トカゲが降ってきましたが、無事でしょうか。わたしは雨戸を閉めたので大丈夫です。おそらく。もしかしたら、どこか隙間から侵入してくるかもしれませんが、大丈夫です。トカゲは嫌いではありませんから。嫌いではないといっても一匹、二匹だけならの話で、もしも二十匹、三十匹がいっぺんに押し寄せてきたならば、家を燃やすかもしれません。わたし諸共。もしも二十匹、三十匹のトカゲがいっぺん押し寄せてきたならばの話です。
 雨戸にとん…、とん…、と何かが当たる音がする。きっと空色のトカゲでしょう。キミは「学校に忘れ物を取りに行く」と云って家を出ましたが、トカゲが降ってくる前に学校には着いたでしょうか。どこかで寄り道なんかしていませんか。クラスメイトとコンビニエンス・ストアの駐車場でカップラーメンを食べたり、先輩と商店街のレコード店の前で立ち話をしたり、品出しをしている薬局のおじさんと趣味のカメラの話に興じたり、していないことを願います。頭上に落ちてきたトカゲがキミのワイシャツの中に入り込んで、キミがトカゲの足の裏の冷たさに「ひゃあ」と悲鳴を上げているかもしれないことに怯えながら、わたしはスペアミントティーを淹れます。ティースプーン三杯の砂糖を投入する派です。キミはハーブティーに砂糖は入れない派ですね。それからキミは空色のトカゲよりも、レモンイエロー色のトカゲが好きですね。わたしはライムグリーン色のが好きですが、そもそもトカゲよりもヘビの方が好きです。トカゲよりも見た目がつるんとしていて、からだが濡れている感じが好きです。あたたかいスペアミントティーに砂糖をティースプーン三杯分溶かしまして、とん…、とん…、と雨戸に空色のトカゲがぶつかる音をバッググラウンドミュージックに、キミが大切にしているカメラで撮影したレモンイエロー色のトカゲの写真と、ライムグリーン色のトカゲの写真を交互に眺める。さいきん、雨戸ではなくシャッターのおうちが増えましたけれど、わたしはシャッターより雨戸がいいなと思います。あまど、っていう言葉の響きが可愛いからです。あまど、あまど。
 空色のトカゲまみれになったキミの姿を想像し、ううん、と部屋でひとり唸りました。わたしの部屋をキミはミントくさいと云う。キミの部屋には一度も誘われたことがないけれど、おそらくインドみたいな匂いがするでしょうね。キミの制服に染みついているのはお香の香り。空色のトカゲに全身を覆われたキミは見事な空色のオブジェです。キミが好きそうな芸術だね。人間と人間ではない生物のコラボレーションを、キミはいつも撮りたいと望んでいるね。動物と人間。鳥と人間。昆虫と人間。魚類と人間。爬虫類と人間。宇宙人と人間。幽霊と人間。けれどもキミ、自分自身を撮影するのは大変だから、薬局のおじさんに撮ってもらいなさい。わたしはキミがトカゲに襲われているかもしれないことを恐れながらも、キミが、キミの追い求める芸術ってやつのために空色のトカゲにあえて立ち向かっているといいなァと、少しだけ思っている。ほんの少しだけ。
 スペアミントティー、砂糖ティースプーン三杯入りは美味しいです。
 二十匹、三十匹の空色のトカゲをいっぺんに燃やしたら、炎は空色でしょうか。

空色のトカゲ

空色のトカゲ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-29

CC BY-NC-ND
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