夏の会話

雲を見たけど、なにかの形には見えなかった。
「なあ」
「何」
「自分老けたなって思う瞬間ある?」
「は?」
「老いたなーって」
「なんかの本に書いてあったわ。『あたしって老けた』って口に出した瞬間に人間は老けるんやって」
ヤッちゃんはそう言ってガリガリくんを前歯でかじった。
「そうやなくて」
「なに」
「思う瞬間よ。口に出すとかやなくて、心の中で、こうふと思う瞬間よ。ない?」
「んー、せやなぁ・・・チャリで坂道はぁはぁ言いながら立ちこぎしてのぼってる途中で、横から座りこぎの小学生にドヤ顔で抜かれてった時やな」
「せつな」
「せやろ。なかなかに切ないなろ。あんたは」
「雲見たときにな、」
「蜘蛛?」
「ちゃう、空の雲や」
「あぁ」
「雲見たときに、昔はな、昔はこう、すぐなんかの形に見えたんよ。恐竜が火ぃ吹いてるとか、魔女が箒乗ってるとかな」
「見えるか?魔女が箒乗ってる形、見えるか?」
「見えとったんよ、昔やで、昔。ちっさい時な。それがな、最近っていうか、年を重ねるにつれて、見えへんくなってきたんよ」
「つまり?」
「想像力がなくなってきたんやなと思うわけよ」
「ほう」
「年とったなと思うわけよ」
「今は雲の形見てもなににも見えへんの?」
「昔はな、瞬発的に見えたんよ、なんかの形に。でもな、今はあかんわ。考えてもなににも見えへんときもあるし、考えて考えてやっとしいてゆうならこれ、みたいな形に見えるときはある。でも頑張らんと見えへんわけよ。しかもそんだけ考えてる時点でもう考えること、考えへんと出てけえへんことに嫌気がさして、半ば無理やりになにかに例えてるわけよ」
「あたしはまだ見えるで」
「え」
「あの雲見てみ」
「どれ」
「あれ」
「あれな」
「なにに見える」
「んなん突然言われても、時間かかるゆうたとこやん、考えるの嫌やゆうたとこやん」
あたしはヤッちゃんをにらんだ。
「あたしには人魚に見えるわ」
「うせやん。一ミリも見えへんねんけど」
「せやろな。あんた老いてるもん」
「やめてや」
ヤッちゃんのガリガリくんが一滴、乾ききったアスファルトの地面にしみを作った。
落ちたそれがあたしには花火の形に見えた。

夏の会話

夏の会話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-26

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