snow noise

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彼女の手のひらには、赤い錠剤があった。新薬の薬だ、どうやらこれを飲むと人間の身体は著しく向上してしまうらしい。今、テレビやマスメディア、新聞やはたまた主婦のランチの会話の中でもこの薬の話でもちきりであった。
マウスの実験では投与したマウスの10匹中10匹が、知能が高くなりまた、病気や怪我などにも強くなった。この発見から数日後、ある患者は左腕の神経が麻痺して五年間ピクリともしなかったが、この新薬をコップに入った水と共に飲むとわずか三日後に神経が回復したのだ。また、ある新薬の開発者の一人が投与すると、異国の言語を数時間で理解してししまった。
この有り余る実績はすぐにインターネットを通して全世界に広がり、人々はその驚異的な新薬を我こそが先にと、投与を始めてた。それには巨額な資産を持つ者や著名人が多く含まれていた。それによりって、人間的な能力の差が大きく開いてしまい人権的な問題まで発展する段階まで進んでいた。
その事に心を痛めた新薬の薬を発明した科学者は全ての人に渡るようにと、新薬の値段を大きく下げた。これにより、一般的な所得の間でも購入できるようになり、大人を始め子供たちまでその新薬を投与する様になった。
健康はよくなり、身体の能力もすばらしくなる。そのような訳で日中のテレビではこの新薬のニュースが報じられていた。
その放送を観ている若い彼女と若い男がいた。彼女はベットでぐったりとしていて、目だけをぼんやりとテレビの画面を眺めている。
男はベットの横にある丸い椅子に座り、彼女と変わって強い眼差しでテレビの放送を観ていた。少しばかり時間が流れテレビの放送も終わる。男はリモコンを手にとって、テレビの電源を消した。そして険しい顔で彼女に声をかける。
「きーちゃん、さぁこのお薬を飲むんだ」
その言葉を聞いて、きーちゃんと呼ばれた彼女はベットの中で小さく首を横に降り、口をゆっくりと開ける。
「嫌よ、だってそのお薬とっても高いんでしょ?私の事はいいから…」
男は切羽詰まった表情で声を荒げた。
「何を言ってるんだよ、きーちゃんは今のままだと病気で死ぬんだぞ!」
「じゃあ今井くんは?せっかくの新薬を私に飲ませるなんて、もったいないわ!その薬を飲んで試験を受けて夢を叶えるべきよ」
今井と呼ばれた男は悔しそうな表情をした。
「俺は確かに貧乏だよ!でもこんな薬、稼いでいくらでも飲んでやるよ!だから、まずはきーちゃんが飲まないといけないんだ」
「さあ、早く!」
今井は新薬の錠剤と水の入ったコップを彼女に渡す。そして彼女は受けとり手のひらに赤い錠剤を置いて眺めた。それから目を閉じて右手でつまみ上げ小さな口を開けて、舌に転がした。どうやら苦かったらしく、急いでコップに入っている水を口に注いだ。
今井は彼女に尋ねる。
「どうだい、何か身体に変化はないかい?」
「そうね、いたって普通よそこら辺にある風邪薬と何も変わらないわ」
「でもこれから、きーちゃんの病気は良くなってくるよ」
今井はそう言って彼女にもう寝るように促し、枕元にある照明のスイッチを押した。
翌日から彼女の身体はみるみるうちに回復していき、数週間後には自分で歩ける程にもなった。これもあの新薬の薬のおかけだ、今井と彼女は二人で嬉しそうに笑い、元のたわいのない日常に戻れる事を楽しそうに待った。
ところが最近、彼女の様子がおかしい。というのは顔の表情が暗く、それに加えて何かに怖がっているのだ。今井は彼女から相談を受けることをあえて、待っていたが中々、話そうとしない。心配になった今井は彼女を散歩に誘って、歩き、病院の中庭にあるベンチで腰かけた、すると今井は正面にある自動販売機に気づき、缶コーヒーとアップルティーを買い彼女に缶コーヒーを渡す。彼女は落ち着いた表情を浮かべて「ありがと」と言いアルミの縁に口を付けた。今井は疑問に思っていた事を彼女に尋ねた。
「きーちゃん、最近、どうしたんだい?何かに怯えている様だけど?」
そう言うと彼女は泣きそうな顔になって、今井に静かな声で喋りはじめた。
「実はね少し前から耳に雑音がするの」
「雑音?」
今井は首を傾げる。
「最初は小さいセミが鳴いている様だったわ、でもだんだんと、その雑音の音がね大きくなっていったの」
彼女は両手で耳を押さえながら言う。
「今はそんなに聞こえないけど、最近はラジオの音声みたいに、いくつもの人の声が重なりあって、ざわめきあってるの」
「寝ているときも、何処にいるときも」
彼女の話すことはどうやら、嘘や冗談を言っている様には見えなかった。今井は、泣き始めた彼女を優しく抱き締めた。
翌日、彼女は怒鳴りたっていた、こんな様子を今井は今まで見たことがなかった。彼女の担当の看護師に向かって叫ぶ。
「信じられないわ!私に向かって死ねばよかったのに、この死に損ないがなんて!あなた、それでも看護師なの!」
その罵声を浴びた看護師は否定する。
「何を言ってるんですか?そんな言葉を何時、私が話したって言うんですか?」
「今、まさに言ってるじゃないですか!この死に損ない女、何をキチガイな事を言って怒鳴ってるんだ、さっさと死ねって!」
今井はこの状況に唖然した。もちろん彼女の目の前にいる看護師はそんな事は一切話していない、今井は狂った様に怒り続ける彼女と看護師の間に入った。
「きーちゃん!どうしたんだよ、そんな事を看護師さんは言ってないじゃないか!」
「ほら、看護師さんに謝って」
しかし彼女は首を横に震る。
「何を言ってるのよ今井くん!この看護師、喋っているでしょ!貧乏人は早く病院から出ていけって!」
今井は彼女の必死に語る事を意味深く思いながらも、その看護師に「申し訳ないです…」と謝った。看護師は不機嫌な顔でこの場を立ち去っていくが、彼女はなっとくがいかない顔で自分の上着のすそをギュッと握りしめている。今井は彼女に「きーちゃん?」と声をかけるが「今井くんと話したくない」と言ってベッドに潜り、枕で自分の耳を押さえた。今井はその彼女の横たわるベッドの上に座った。
この事の翌日である。彼女は検診に来た医者に向かってビンタを噛ました。その頬から鳴る音は病室の部屋に響き渡る。医者は腰を抜かして床に尻をつき、眼鏡はつるが折れてダラリと下を向いてる。今井はこの光景に信じられなく、口を大きく開けた。
しかしその事態に声を発して彼女に言う。
「きーちゃん!何時もよくしてもらってるお医者さんに、何て事をしたんだよ」
彼女は黙って床に座る医者に向かって人差し指を指して話した。
「この人、私の身体ばかり考えてたわ、だからわざと、退院が遅くなる様に変な薬を私に注射しようと…」
今井は驚いてその医者に尋ねる。
「今の事本当なんですか?」
医者は立ち上がり眼鏡を片手で押さえながら怒りの声で話はじめる。
「失敬な!何時もの様に検診しようと、彼女に触ったとたんに、殴られたんだぞ!今まで優しく接してきたのに、こんな愚弄を受けるとは!この病院から出ていきなさい!」
今井は背筋が冷めていく感じがした。けれども彼女は「当たり前だわ!こっちから出ていくわよ!」と医者に叫んだ。

今井と彼女はカバンを持って二人の住んでいた家に向かっていた。そこはビルや商業施設が立ち並ぶ都会であった。電車から降りて、家の方向を進む途中で少しずつ彼女の顔が青ざめていく、気分が悪そうに眉をひそめ、肩を震わせて息使いも荒い。
「きーちゃん、気分が悪そうだよ?あそこの陰で休もうか?」
「だ、大丈夫だから早く家に行こうよ」
彼女はそう言って無理に足を早める、と路地を曲がったところでスクランブル交差点が出てきた。彼女は耳を両手で押さえながら、その交差点に突き進んでいく、その彼女の仕草に今井は余りにもキツそうで胸が痛くなった。今井かの手を取って言う。
「無理しなくていいんだよ、きーちゃん!」
その瞬間であった。
彼女は涙を流して、苦しそうにアスファルトの地面に手をついたそして、むせたように咳を数回繰り返し、ポタポタと額から汗を散らす、目だけは強く保っていたが身体をビクッとさせて白い左手で口を押さえる。が、崩壊したように吐いた。
今井はその様な彼女を抱きかかえて、人気のない場所に急いで向かう中、彼女が「うるさい、うるさい、うるさい」かすかな声が耳元で小さく繰り返す言葉を何度も聞いた。
気分がよくなった彼女の要望で二人は静かで周りには田んぼと山しない、小さな宿に泊まっていた。今井はもちろん彼女に昨日の出来事を何度も聞いたが、彼女は何も語ろうとしなかった。
明らかに彼女の異変に気になった今井は夜、彼女が深い眠りに落ちた後に駅の近くにある漫画喫茶でネットを使って、調べた。そう、新薬の薬についてだ。どう考えてもあの薬を飲んでからの彼女の異常、今井はなれた手つきでキーボードを叩いた。
新薬を使用した人の書き込みが幾つもの記事が検索される。と、ある記事が今井の目についた、【聴覚の異常な変化について】今井は彼女が時々耳を両手で押さえている事を思い出し、その記事を開いた。
そして記事に書き込まれている文章が、今井を徐々に納得できていき、今井の顔は青白く変わっていく。
【喋っていないはずの人の声が聞こえます、ずっとです、助けて下さい…】
【口を開いていないのに、相手の考えが聞こえてきます、もう嫌です、みんな僕の悪口を言います…】
【人の心がわかります、信頼していたあの人が私の事を嫌っていました】
今井はガタガタと震えながら「何だよ…これ…」と唇を噛み締めて言った同時に、漫画喫茶を飛び出していた。
彼女が眠っている部屋に飛び込んで、布団の上で気持ち良さそうに寝ている彼女に今井は抱きしめた。その勢いに彼女はゆっくりと目を開けて「どうしたの?」とだけ言った。その彼女の顔を見て安心した今井はさらに強く抱きしめたので、彼女は「痛い、痛い」と怒って、今井を叩いた。
「きーちゃん、今、俺が考えてること分かる?」
その意味ありげな言葉に彼女は感づいて、やんわりと否定する。
「いきなりどうしたの?今井くん?」
しかし今井は黙って彼女を見続ける。その熱い眼差しに負けたのか。悲しそうな声で「そうだよ、私、今井くんが考えてる事が分かるよ」と言った。
「何が、俺が守るよ…」

新薬の凄まじい効果には、身体の五感もまた異常に発達してしまう事が後々わかった。しかし全ては後の祭、人口の9割がその新薬を服用しており、その副作用な発達の結果、人の心が嫌でも聴こえる呪いにかかってしまったの。人はお互いに信頼出来ることが難しくなり、お互いの「声」が届かない場所に移り住むようになった。
そして…
「ママはボクの心の声が聴こえるんでしょ?」つぶらな瞳の少年が林檎の頬を照らして喋る。
「そうよ」にっこりと微笑みエプロンを着けた女性は優しく笑う。
「パパが言ってたんだけど昔はママ、パパの声が聞こえるって言わなかったんでしょ?どうして?」
「人の心を勝手に見てるみたいでしょ?そんな事がバレたら嫌われるって考えがてたの」
「ふーん」少年なよく分からなさそうな顔で同意した。
「変な人でね、私は人の心を聞いて、人を信じなくなったり、信じたりするのに、あの人は私の心が聞こえてないのに、私を信じてくれるのよ」女性は懐かしそうな表情を時々見せながら話す。
「パパらしいね」
「そうね」
「あっ!パパの車の音だ!」
庭の方から低いマフラーの音が聞こえてくる。
「パパったらイチゴのケーキ買ってきてるわ私たちが喜びそうだって思ってる」
「あー、ママ、それってホント!」
「でも、パパがケーキを見せるまでは驚いちゃダメよ!」
その言葉と共に木で出来た玄関の扉がゆっくりと開いた。

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病気の彼女にまるで万能薬の様な新薬を投与する。身体の調子はよくなってきたが、彼女は苦しい顔で両耳を押さえ始めた。

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更新日
登録日
2016-05-16

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