愛の歌

愛の歌

彼が紡ぐ愛の歌。私に向けられていなくたって。

街には、いつもと変わらない騒めきが広がっている。女子同士で連む高校生、親の手を必死に握る男の子、仲睦まじく肩を寄せ合うカップル、その他足早に去っていく人々。私は、そんな人々の群れに混じり、逆らう訳でもなく、ただ流されていく。1人。行き先はない。群れの流れに身を任せていた。逆らう気力なんて、私にはもう残っていなかった。

不意に、耳に聴き慣れた声が飛び込んできた。街中ではよくあることだ。体が反射的にその声を拒否する。私は両手で耳を塞いだ。路肩に寄って、心を落ち着かせる。今、1番聴きたくて、一番聴きたくなかった声。いや、本当は、私だけにその声を聴かせて欲しかったのだ。

彼は、人気者だ。私なんかでは釣り合わないような。女子同士で連む高校生、親の手を必死に握る男の子、仲睦まじく肩を寄せ合うカップル、その他足早に去っていく人々、きっと、誰に聞いても、彼の名を知らない人はいない。

私は愛の歌が嫌いだ。誰かが誰かへ想いを込めて歌うその歌は、今の私にとって、苦痛以外の何物でもなかった。彼のラブソングなど聞きたくもない。今の彼が紡ぐ愛の歌は、私に向けられたものじゃないから。私が愛の歌を嫌いになったのは、他でもない、彼のせいだ。

曲が終わる。私は耳に当てた両手をゆっくりと外し、再び人の流れに戻っていく。このまま、流れに乗ったまま、どこか遠くへ行けたらいいのに、なんて考える。

日が暮れる。空がだんだんとオレンジ色に染まり始める。帰らなくちゃ。いつまでも彼との楽しかった思い出に浸っているわけにはいかない。前を向かなくちゃ。私は、自宅の方向へ、踵を返して歩き出した。

そのときだった。背後から私の名を呼ぶ、聴きなれた声がしたのは。

愛の歌

失恋の作品を書いてみました。
結末はご想像にお任せします。

愛の歌

彼が紡ぐ愛の歌。もう、私に向けられたものじゃなくたって。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-15

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