薔薇人間

 朝、あられが降った日のことだけれど、となりの家の軒下にぶらさがっている白い鳥かごの中で、黄色い鳥が「おかしくさい、おかしくさい」と鳴いて、「おかしくさい」ってなんだろうと数学の授業中も、公民の授業のあいだも、学食でうどんをちゅるちゅるすすっているときも考えていたのだけれど、考えてみれば朝のあられは、ちいさな氷の粒ではなくて、お菓子の米餅の方が降ったのだった。
 おかしくさいは、お菓子臭い。
 ぼくはあられが降った時間、まだはんぶん眠っていたもので。さいきんはめっきり氷の粒のあられが降らなくなり、米餅のあられが頻繁に降るのだけれど、米餅のあられを降らせているのは雲の上の妖精、なんてテレビの中で専門家は自信まんまんに断言するけれど、じゃああんたら雲の上で妖精を見たことあんの?って感じ。うどんは好きだよ。白くて柔らかいから。
 それよりも、聞いてよ。さいきん、微妙に嫌な夢ばかり見るんだ。
 ぼくは、ぼくの向かい側でハンバーグを食べているキミに、そう切り出した。キミはハンバーグを、箸でサイコロステーキくらいのサイズに細かく切り分けて、ぽい、ぽいと口の中に運んでいく。ばらばらになったハンバーグは、ちょっとアレだった。なんか、アレだ。うん。
 微妙に嫌な夢って、どんな夢なの。
 キミが訊いてくるので、ぼくは箸をどんぶりの上にそっと置いて、牛乳をひとくち飲んで、ひと息吐いてから、さいきん見た微妙に嫌な夢を連ね挙げた。
 向かいの家の飼い猫が、ぼくの家の玄関の前で勝手に商売をしている。ねずみの叩き売りをしているのである。
 ひとりでも煩わしい姉さんが、ふたりに増える。もうひとりの姉さんは、はじめからいる姉さんよりもひとまわりからだが小さいのだけれど、顔や態度は姉さんにそっくりで、ぼくはふたりの姉さんから不当な扱いを受けることとなる。肩を揉まされ、麦茶を注ぎに行かされ、アイスクリームを買いに行かされる。はじめからいる姉さんのことは鬼ばばにも見えるのだが、新たに増えた小さな姉さんに対して、ぼくは、家族に抱いてはいけない恋情に悩まされるのである。小さな姉さんはぽきぽき折れそうなほど細くて、練乳のような甘いにおいがして、赤ん坊みたいに小さくむちっとした肉厚の足をしていて、なによりとてつもなく可愛いのだった。
 それからキミが、薔薇人間になる夢。
 ぼくの話を聞いているあいだもハンバーグのかけらをぽいぽい口に入れていたキミの箸が、ぴたりと止まった。言っていなかったけれど、ハンバーグをフォークではなく箸で食べるキミのこと、けっこう好きだ。キミが薔薇人間になる夢というのは、キミの足の爪先から緑の芽が出て急成長し、伸びた蔦がキミのからだに巻きついて、やがて薔薇の花が咲く現象だ。キミのからだのなかに、なんらかの形で入り込んだ薔薇の種が発芽し、血のように赤い薔薇の花が咲いたというわけだ。そしてキミは希少種として(人間としてか、植物としてかは不明だ)、どこか遠い国の研究施設でからだのすみずみまでくまなく調べられ、もしかしたら皮膚の一部を剥がされたり、血液を採取されたり、口の粘膜を綿棒でぐりぐり取られたり、肉の一片をピンセットでえぐりとられたりするかもしれないが、まァ、ともかくキミはからだの自由を奪われた結果、研究資材としてコールドスリープされて、後世の研究に受け継がれることになる。という末路を、ぼくは遠く離れた故郷で、テレビのニュースで知るっていう、夢。
 ぼくは、うどんの汁をごくごく飲み干し、無言でまたハンバーグを食べ始めたキミに、薔薇は種から育てることが難しい植物であることを、教えてあげた。ねずみの叩き売りをする向かいの家の猫の名前が、「あみどちゃん」であることも。

薔薇人間

薔薇人間

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-14

CC BY-NC-ND
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