イヤフォン

 あなたはイヤフォンを拾った。見るとコードのところに、小さく住所が書かれている。
(ん?なんだこれ)
 降りた駅で駅員さんにそれを渡し、改札を出た。

 会社まで歩いている間、さっきのイヤフォンについて考えていた。
(変なイヤフォンだったな)
字が書かれているなんて聞いたことがない。
(子供が落としたのかな)
そうかもな。親がかなりの心配性で書いたってのもなくはないか。
(でも住所を書くか?普通名前とかじゃない?)
落としちゃった時に名前が書いてあるより住所が書いてあった方が、手元に戻ってきそうだろ。
(たしかにそうだけど)
しかもよ、イヤフォンに書いてあるくらいだぜ。もしかしたら身に付けてるもの全部に住所が書かれてるかも。
(たとえば?)
たとえば、帽子。
(うん)
Tシャツにズボン。
(うん、うん)
靴に、ランドセル。
(なるほどね)
あと、めがね!
(めがね? どこに書くんだよ?)
俺に聞かれても困っちゃうよ…。まぁイヤフォンのコードに書けるんだから、めがねくらい大丈夫だろう。
(でも、名前の代わりに住所っていうのは面白い発想だな。実用的だし。)
たしかに実用的だ。その子はどんな姿をしてるんだろう。
(今想像してる?)
うん。
(どんなだ?)
…うーん、なんか、郵便物みたいだな。
(俺もそう思った!)
この子がそのまま届けられそうだ。
(この子が、届けられる…)
そう。この子“そのもの”が家に届いてきそうな感じだ…。

 横をトラックがブオーっと通る。雲の切れ目から太陽が覗き、暑い。

「住所が書いてあるのはお守りで、その子がちゃんと家に帰ってくるように、お母さんがその思いを込めて書いたのか」

 声に出して言ってみた。
  さっきより世界がすこし愛おしく見えた。

イヤフォン

イヤフォン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-12

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