*星空文庫

いつつの鐘 May sing

マチミサキ 作

5月ならではの薫風が
爽やかに学園生達を撫でていく
登校風景

その中

まるで
小川に頭を出す岩の如く
立ち止まっている女子高生が1人居た。

萌だ。

萌の視線は
道路脇の側溝(U字溝)の中に
向けられている。


そこへ
歩いてくる3人の姿
和美、万智、コウ。

コウがいち早く
立ち止まる萌に声をかけた。


コウ
『萌ちゃふあん、おふぁよほ~』
それに続き挨拶する和美&万智
和「なにしてるの?遅刻しちゃうよ♪」
万『おは』

その挨拶の返事もそこそこに
側溝を指差す萌

その表情は半分泣き顔だ。


『どうしたら良いか・・わからなくて』


『おサイフでも落とした?』
どれどれ、と側溝を覗き込む世話焼きの和美

私にも見せて!とばかりにコウも
萌を押し退け、和美に続き覗き込む

万智は二人に任す、
とばかりに只、突っ立っている。

和美&コウ『・・・・・・・ッッ!』


「どうしたら良いの・・・?」

万智はこの3人の様子を窺い
おそらくロクな事ではない…!と
推測していた。

君子、危うきに近寄らず

とは言うものの

さすがに少しは興味がある

側溝へ近付こうとした瞬間
和美が万智へと叫ぶ
『 来ちゃダメ~~っ!!』

まるで喋れなかったリンが
ケンシロウに叫ぶあのシーンのよう・・・

一体、側溝に何が?

時、既におそし
その影というか、姿の一部ではあるが
ソレは万智の視界へと入ってしまった。

猫だ。

いや、かつて【猫】といわれていたものだ。

死後まもなく
といった感じだが
その血にまみれた姿は
おそらく
自動車によるものだろうか。


万智は瞬間的に
萌をビンタしたい衝動に駈られた。


なんてものをわざわざ
友人達に見せるのか

いや、悪気が無いのはわかっている

それでも、あまりの【気遣いの無さ】に
腹がたった。


猫の怨霊は
地方によっては
かの有名な【 犬神信仰 】より
タチの悪い 【 猫神 】とさえ
呼ばれるものだ。

幾つかの地域では
非常に恐れられる禁忌のひとつ。

万智はこの類いの事には
同年代では圧倒的な知識を持っている

なぜなら
努力では、どうしようもない【不運】の存在を
幼い頃の体験により、よく知っているからだ。

必然的に
避けられるものは
古来の言い伝えに倣い
出来るだけ避けられる様にしている。


こういった
動物の霊は
よく云われる事だが
なぜか【優しい人】に祟る、
と云われている。

━━━可哀想だと思ってはいけない・・━━

そんな言い伝えを
聞いた事は無いでしょうか?

昔話に
こういうはなしがあります。


江戸から明治に変わる頃の出来事

と、ある旅の若い僧侶が
ある村の外れに差し掛かった時のこと。

童児達が一匹の蛇を
ただただ面白半分にいたぶっていました。

慌てて僧侶は子供たちを(さと)
なけなしの懐のものと引き換えに
蛇を助けたそうです。

が、殴られ蹴られ突つき回され
かなり弱っていた蛇は
まもなく死んでしまいました。

蛇を憐れに思った僧侶は
(ねんごろ)ろに手厚く蛇を
弔ったそうです。


ところが
この【蛇の祟り】は
僧侶へと向かいました。

蛇の怨みは凄まじく
若い僧侶の法力では
なすすべもなく

まもなく僧侶は亡くなりました。


そんな話があります。

やはり障らぬ神には祟りなし

とはいえ
可哀想だと思ってはいけない、
というのも・・・・・

では、どう思えば良いのか?
どうすれば良いのか?


万智が3人の方に向き直り
そっとこう告げる

万智
『私が言う通りに続けて唱えて』

怪訝そうな顔をする3人

和美
『え、なに?』
コウ
『どふしたにょ~~?』

『・・・・』

万智
『いいから!言う通りに!』

滅多にしない
万智の真剣な表情に何かを悟り
しぶしぶ従う3人

万智
━━━『 猫神(ねこがみ)(うつ)るな親子(おやこ)じゃないぞ!』━━━━

某地方に伝わる
猫神避けのまじない


鬼気迫る様子の万智の手前なのか、しぶしぶ
その言葉を唱える3人

それが済むと
御守り袋から
【浄めの塩】を取りだし
パッパッと
己の身に振り掛ける万智

勿論、3人の身にも手際よく振り撒く。

迷信だろうが
なんだろうが、【やれることはやる】のだ。


万智
『それじゃ皆は学校に行って』

和美
「なんで?万智は?」

万智
『聞くと後悔するよ』

その言葉に何かを察したのか
『ごめんなさい』を繰り返し
そそくさと
その場を去る
コウと萌。

万智
『あの・・バカモアイ女』
萌には正直腹がたったが
言い出したのは自分だ。

しょうがない。

お嬢たちでは
この場に居ても、どうにもなるまい

1人で事後処理の覚悟を決める万智

だが、和美は去らない。

和美
『だ・か・ら・どうするつもりなの?』

その声には
明らかに怒りの感情が含まれている。

万智
『1人でいいって言ってるのが
わからないの?』

和美
「1人だけ残す訳にはいかないでしょ!」

二、三繰り返される言い合いの後


互いの思いやりに依る事で
言い争うのもバカらしくなり


ふと二人の顔が
怒りから微笑みに変わっていく。

和美
『で、どうするの?』

万智
「やっぱり、このままっていうのは
あんまりだしね」

近くの公衆電話に
駆け寄る万智

何処かに電話をしているようだ。

和美
『何処にかけてたの?』

万智
「・・・・市の清掃局・・」


『清掃局って!ゴミッてこと?』
まるで予想しなかった答えに驚く和美


実は万智は
こういう場面にこうした対応をした事は
初めてではない。

自治体によって違うのだが
こういった動物の死骸は清掃局の担当に
なる場合が多いのだ。

市役所などにも
確認しても良いだろう。

当然、万智にだって
悲しく思う気持ちはある。
いや、むしろその気持ちは
強いと言っていいだろう。

それだけに
見掛けた以上スルーは出来なく
昔から対応策を練っているのだ。


哀しみとも、憐れみとも、なんともいえない
仏像のような
不思議な表情の万智をみて和美は呟く
『・・・そっか・・・』

万智
『清掃員の(かた)を待って私から伝えるから
和美は先に学校へ行ってて』

和美
「いいかっこすんな♪
・・・・行けるワケないでしょ。」


気付けば
もうだれも通学路には居ない

完全な遅刻だ。

うん?

向こうから
走ってくる影がひとつ。


和美
『ツグミだよ?あの()!』

万智
「いつも遅刻だけど欠かさず学校くるのは
凄いよね・・」


道に佇む二人に駆け寄るツグミ


『あれ━?まだ大丈夫だった?』
高校生らしからぬ如何にも高級に見える
お洒落な腕時計を確認するツグミ

万智
『いや、完全に遅刻でしょ?』
和美
「ちょっと色々あってね」

和美はツグミが側溝に
近寄らぬ様にスッと場所を移動する

その瞬間
ツグミの眼が獲物を狙う猛禽のソレに変わる

ツグミ
『ははーん?、さては【お金】だな?』

バカのくせに
勘は鋭い

和美のわずかな仕草に敏感に反応するツグミ

ツグミ
『そこ?そこに落ちてんの?』
ぐいぐいと和美を押し退ける

ツグミ
『猫じゃん!かわいそー!!』

万智
「私の言う通りに・・」

ツグミ
『あらよっと』
おもむろに上着を脱ぐツグミ

万智の言葉など
猫を前にしたツグミには
なにひとつ届いていない。

万智
『ちょっ・・聞い・・』

ツグミは
素手で猫を抱き上げると
制服の上着に
何の躊躇(ためら)いも無く
丁寧に包み込む

ツグミ
『かわいそーにね・・もう、安心だよ♪』

和美
「凄い・・・」

猫を包んだ上着を胸に抱えると
学校に向かい再び
走りだすツグミ
『ほら、二人とも急いで!』

そう言い放ち
呆然とする和美と万智に
踵を返し
肩で万智と和美を
ぐいぐいと押してくる

ツグミ
『早く!グズグズすんな~~!』


学園に着くと
やはりもう
正門が閉まっている。

開けてもらうには
インターホンで
先生を呼び出すしかない。


ツグミ
『うーん、今日はコッチだな・・』

和美と万智に
こちらに来い、と促すツグミ

大きく迂回し
学園の裏手に出る

ツグミはフフフ、と不敵な笑みを浮かべると
壁の一部分を取り外す

こんな秘密の裏口があったのか?

驚く和美と万智

しかし、不思議だ。

正門前でギリギリ間に合わず
先生達に絞られている
ツグミの姿は何度も目にしている

いつも、こちらから
入れば良いのに?

なぜ今日に限って?



『じゃ、やっちゃうか』
何処から持って来たのかスコップを手にすると
【グリーンスリーブス】のメロディを
口にしながら
サクサクと穴を掘り進めるツグミ

そして『3人のブスじゃないけど勘弁ね!
特に私が美人すぎるし!』
つまらないジョークを飛ばす

万智はそれを聞いて
ツグミはグリーンスリーブスの
意味を知っているのかな?
と、訝しんでいた。


万智、和美も時折交代し
ある程度の深さになると
猫を上着ごとそっと穴に置くツグミ。

『・・・つらかったね、成仏してね・・』

そして、パンパンと柏手(かしわで)を打つ。

よくみると周囲にも
2,3箇所に不自然な膨らみがある。


万智
『はじめて・・・じゃないでしょ?』

ツグミ
「なにが?」

万智
『ううん・・・なんでもない・・』


和美
「それはともかく、なんでいつも
コッチの入り口使わないの?」

ツグミ
『たまに使うからいいの!秘密だかんね!』

ツグミはこれでズルいのを嫌う性質なのだ。

自分の怠惰で遅れたからには
ズルをしてまで罰を免れようとは
考えていない。

・・・・時と場合によるが。


万智
『それでは、3人で怒られに行きますか!』

和美
「清掃局にも電話しないとね」

ツグミ
『なに?それ?』

不可思議な満足感で充たされていく3人


万智は考えていた。

そういえば
ツグミには奇跡的な【ツキ】がある。

・・うん・・護られている・・のかもしれない。

いったい私とツグミ、
どちらが正解なのだろう

もし、自分が猫なら
どちらが嬉しいだろう

そう…聞くまでもない…でも
優しくしたいのは山々だが
それで恨まれるのは
やはり理不尽だし・・・・

まだまだ
世の中は知らない事だらけだ。

学ぶ事は多い

でも、バカのくせに
かっこうよかったな。

知らないからこそ
強いことも
きっとあるのだろう。

なんとなく
敗北感を感じてしまう万智であった。


続く。

『いつつの鐘 May sing』

『いつつの鐘 May sing』 マチミサキ 作

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-05-11
Copyrighted

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