電灯

電灯

青い帽子の少年は家に帰りたくなかった、親父にまた怒られる。だから僕はまっすぐ家に帰りたくなかった。わざと遠回りをして帰るだからこそであろうか、いつもは気にならない淡い電灯が目に入ったのは、電灯の白い柱の前にたち目線を柱に移す。と鉛筆でかかれた文字で「こんばんわ、私と友達になってくれませんか」と書かれている。僕はゾッと背筋が凍り君悪く思うが、憂さ晴らしに鉛筆を出して返事を書いてしまった「恋人ならいいですよ」と

電灯

 雨、青い野球帽を被った少年が雨の粒をはじくアスファルトの地面をジッと見つめてポツンと立っていた。

少年は傘も差さず、ただ電灯の青白い光が丸く照らす光を頼りに、何やら鉛筆で下手くそな文字を書いていた。

 少年は酷く喉が渇き、白い頬から雨と混じった大粒の汗をポタポタと流し、電灯の上では蛾が雪の様に舞っては、時々少年の書く腕に張りついた。少年はその度に腕を払い避け小さく水しぶきが飛んだ。

 やがて少年は大きな口を開き楽しそうに笑った後、重くなった靴で住宅街を駆けて行った。

 「お前、昨日もあの電灯に行ったのかい?」

身長の高い何処か賢そうな少年が、青い野球帽を被った少年に、馬鹿を見る様な表情で訊ねた。

 「当たり前だろ、何だよ!その顔は馬鹿を見る様な目をしやがって、お前には分からないだろうな俺の気持ちなんか」

 青い帽子を被った少年は机に肘を置き遠くのグランドで騒いでいる野球少年を眺めながら呟いた。

 その言葉を聞いて身長の高い少年は悪戯を企てる子供の笑顔で、ゆっくりと頷き、青い帽子を被った少年の顔を軽く見た。その後、自分の鼻をポリポリと掻き口を開ける。

 「しかし、お前もよく行くよ昨日はかなりの雨だったから流石のお前も家の中でぐっすり寝ている頃だと思っていたけどな、いや何だかお前は意外にそういう所は純粋なんだと感心してだな」

 身長の高い少年の薄い鍋を叩いた様な声を聞いても、青い帽子を被った少年は泡が消えるような声で「ああ」とだけ返事を返した。

一か月前であった。青い帽子を被った少年はいつもとは違う道を歩いて家に向かって帰った。親父と喧嘩をしたからだ。

昨日の夜、親父が使っているパソコンで遊んでいると何やら画面が動かなくなり、怖くなった少年は急いでパソコンの電源を抜いたのである。その所為かパソコンに保存してあった親父のデータが消えたと言われ少年は怒られた。

 少年は悪くないと自分を弁護したが右の頬を強く叩かれた。

 少年はその後、玄関に向かって崩壊したダムの水が出る勢いで泣いて、飛び出し、身長の高い少年の家に泊まったのである。

 その様な理由で、青い帽子を被った少年は、遠回りをしてゆっくり歩いて帰っていた。

 何時をまわっただろうか、赤い光の束が低い姿勢でアスファルトの坂を輝かせ、辺りは夕暮れとなっていた。

 青い帽子を被った少年は、景色が良い坂の上で立ち少し生暖かい風を受けながら沈み始める太陽に手を振った。

 青い帽子を被った少年は思った。この瞬間がもう少し続けば良いのにと、けれども、すぐにうす黒い雲が周りを暗くした。

 青い帽子を被った少年は、クルリと後ろを向き家に向かって進み始めた。少年は胃に針が刺さった様な気分で本当に帰りたくなかった。

 その所為だろうか青い帽子を被った少年の目の前で青白く光る電灯が気になったのだ。何時もなら何とも思わないその電灯が何だか少年にとっては酷く不思議な感覚が小さな体の中で芽生えた。

 なぜだろうか?少年は自分が何がしたいのか分からない、それなのに電灯の下に立っていた。

 ジリジリと電灯の独特な音が少年の鼓膜を叩いた。少年は電灯の上を見上げ羽虫が飛んでいるのを見た後、今度は自分の影が四つになった地面を見たが何とも思わなかった。

 青い帽子を被った少年は、「ふぅ」とため息を吐き電灯の柱を見た。少年と目線と同じ位置に最近書かれたような濃い文字が書かれていた。

 少年も良く悪戯書きをやるので、多分この文字も何処かの子供が書いた悪戯書きだろうと考えてその文字を何と無く読み始めていた。

 鉛筆で書かれたのだろうか何処か丸っこい文字でこう書かれている。「こんばんわ、良ければ私とお友達になってくれませんか?お返事待っています。」

 青い帽子を被った少年は、少しだけゾッとした。それはそうだ、なぜこの様な電灯の柱に人様に出す様な手紙の様な文が書いているのだろうか?

 少年は気味が悪かったが、自分の今の気持ちを晴らすために鞄から鉛筆を出して意地の悪い顔で手を走らし殴り書いた。

 「友達は十分です。女の人なら恋人にしても良いですよ」

 青い帽子を被った少年は、電灯に軽く蹴りつけ走って帰って行った。

 翌日、左の頬が紫色になった少年は、昨日の電灯の前に立っていた。まさかではあるがと期待を胸にしまい、少しだけ期待していたのだ。

そう少年が書いた送り主に。

 青い帽子を被った少年は、昨日自分で書いた場所を見てみる。

 何も変化はない昨日少年が書いたのが、残っただけである。少年の少しの期待は消え、帰ろうかと思い、視線をずらし下を見ると、丸っこい文字が少年の胸辺りに書いてあるのを見つけた。

 少年は少し口元に笑みを浮かべ瞳孔の開いた眼でその文字を読んだ。

 「御返事、有り難うございます。確かに私は女ですけれども、いきなり恋人にしてくれとは…」

 返事が書いてある。

少年は暑さの中でスゥウと冷ややかな汗が頬を垂れるのがバカに気持ち悪く感じた。

いったい誰が、こんな事をするのだ?

 もしかして身長の高い、あの少年が僕をからかう為にこんな悪戯をしているのか、半そでから生える2本の腕を組み考えるが一向に腑に落ちない。

 「くっそ」青い帽子の少年は口から息と共に文句を吐き、また一筆文字を並べた。

「なら、もう返事は書かない」

 青い帽子の少年は、皆がいつも遊んでいるイルカの公園の方向に走って行った。

 時間はすぐに過ぎ去る。嫌なものだ、カラスが五月蠅く鳴く。あぁ、そろそろ親父が家に帰って来る時間だ。

 友達たちは自ら持参した鉄のバットとグローブ、軟式の球、おそらく母親が縫った袋の鞄に、いそいそと入れて家に帰る準備をする。

 青い帽子の少年のつまらなさそうな表情に気づいたのか、身長の高い少年は意地悪く頬を上げて声をかけてきた。

 「どうした、親父さんまだお怒りなのかい?」

 「うるせぇよ、腹が立つな、あぁそうだお前のとーさんと交換しようぜ」

 「するわけないだろ?さっさと帰れ」

 身長の高い少年はそう言い放ち、微笑んだ。

 友達は楽しそうにスタスタと夕暮れの向こうに消えて行く。

一人逆方向に向かって行く者がいた。

そう青い帽子の少年だ。

 このまま真っ直ぐ家に行くことはない。親父の顔なんて拝みたくないのだ。

 枯れた葉っぱをワザと踏んで歩く。「ぺっ!」青い帽子の少年は、口の中に入った砂利を唾を吐いた。が、中々、取れない。スライディングしたせいだ、二度としない。これも親父が全て悪い、イライラする。

 そう考えて適当に歩いていると、無意識にあの電灯の柱に付いていた。目の前にスラリと立っている。青い帽子の少年はさっき、自ら記した文句を思い出して、夕暮れと青白く光る二つの物体が溶け込み降り注ぐ光の下に立った。

 そして、もしかすると返事があるのではないかと、思った。

 青い帽子の少年の身体が熱くなる。

 返事があった、こんな言葉、今まで少年はかけられた事などなかった。

「そんな事言わないで…私はあなたの恋人になりますから」

 青い帽子の少年は、奇妙とか気持ちの悪いとかを通り越して、存在の分からない女の人からの言葉に、心臓から流れる血流が身体全体を高速で駆け巡った。

 「かわいい子なのかなぁ…」湿った声が暗くなる辺りに薄く消えていった。

 これが全ての始まりであった。と言うのも、青い帽子の少年はこの一か月間、この電灯の柱に文通するような返事を毎日、毎日、雨の日も、学校の休みの日も一度も忘れず行っていた。

 その青い帽子の少年の行動は親しげな友達にはもちろん、知れ渡っており「おい、好きって書いてみ」とか「そろそろ会いませんか?って返事しろよ」とちゃかされ、休み時間でも、給食時間でもその話はされた。

 せっかくのカレーも牛乳の味もしない、青い帽子の少年は、決まって「うっせぇーよ、バーカ」とだけ言葉を発した。

しかしその光景を、ただ一人だけ眉を上げて見守る少年がいた。そう、身長の高い少年だ。彼は青い帽子の少年の事を心配していた。

 この間、とてもすごい雨が降った。始めて思った、水道を捻って出てくる水が小鳥の様に感じた。あれは雨じゃない牙をもつ滝が、骨髄を打つ様に叩く。生きていると。

 そんな雨の中。青い帽子の少年は、黙って家を出たのである。

 見慣れた道は大人の腰までたまり、側溝など何の意味もなしてなかった。その水をかき分け青い帽子の少年は、息を切らしていつもの様に返事を書きに向かっていた。

 その時、もちろん身長の高い少年は、家でテレビを見ていた。つまらない芸人が騒いでいる場面で「おい、光一、お前の友達じゃないか?豪雨の中、電灯の前で立ってるぞ」父の言葉に青い帽子の少年だと頭の中に飛び込んできた。

 身長の高い少年は父に頼んで川の様な道を越えて行き、その電灯の柱の前に立つバカに怒鳴りつけた。

 声は風と太鼓の様に叩き突ける音で響かないが、明らかに怒りっていると分かったのだろう。

青い帽子の少年は苦そうな表情をして、「ごめん」とだけ口元を動かした。

身長の高い少年はその事が脳裏にへばりついて中々、拭えない。

こいつ、このままでは死んじまうんじゃないか?

目の前でへらへらと笑う青い帽子の少年に問う様にして、見続けた。

そのような中、二週間が過ぎた。

学校中はインフルエンザで持ちきりだった。そんな月でもないのに珍しく流行、このクラスでもいくらかの生徒が休みになった。その一人に青い帽子の少年は、高い熱を出した。

朝から教室に来ていない。クラスの担当の教師が今日は風邪でお休みです。と語った。教室の窓は全て開放され、幾人かの友達はマスクをして予防対策をしている。生暖かい温風が窓を通して入って来た。身長の高い少年は「流石に、電灯の柱の前には行かないだろ」とポツリとこぼした。

「いい加減にしなさい!すっごい熱なのよ!部屋にいないと許しませんからね」

「ちょっと、だけでいいんだょお」

ピンクのエプロンを着けた女の人が青い帽子の少年に向かって説教をしている。そうなのだ青い帽子の少年は、外に出ようと靴を履いていた所を見つかり、手を引かれて二階のベットに捕まってしまった。

「ごほっ、ごほっ」青い帽子の少年は、だるい身体を起こして話す。

「そこを、なんとか」

「だめです」

青い帽子の少年は、まぶたが閉じるまで母からの解放は許されなかった。

身長の高い少年はココアを作りコンピューターでゲームをしていた。学校から帰宅し、すぐに宿題を終わらせて魔王を倒すゲームに夢中になっていた。

キーボードを叩いて文字を打っている、その時であった。

プルルルルル、プルルルル

玄関と靴箱の横にある固定電話から嫌な音が聞こえて来る。「はー」今、この家には自分しかいない、しかたないのでゲームをセーブして電話を急いで取りに行った。

プルルルル、プルル「はいはい」受話器を持ち上げる「もしもし」

その受話器の向こうから聞きな慣れた、でもトーンの低い声が流れてきた。

「あー、僕だけど」

青い帽子の少年の声だ。嫌な予感がする。

「なんだよ、インフルエンザなんだろ、寝とけよ」

身長の高い少年は、さっきやっていたゲームをしたくて、適当に返事を返した。

「寝るさ、つーか寝たわ、今おきた」

「知るかよ」

「…」

青い帽子の少年と身長の高い少年の間に変な間ができた。

そしてばつの悪そうな声が青い帽子の少年の方から聞こえてきた。

「お願いがあるんだけどさ」

「何だよ」

「僕の代わりに電灯の柱に返事を書いてくれないか?」

「はぁあ!」

これは予想外だった。まさかそれ程までにして、見た事もない奴に返事を書きたいのか身長の高い少年は、まったく理解できなかった。

「嫌だよ」

率直に、そして鉄の声で言った。

しかし、青い帽子の少年は引かない。

「いいだろ、お願いだからさ返事をかいてくれよ」

「いーやだ」

受話器の向こうの青い帽子を被った少年は少し黙って言った。

「よーし、僕が持ってる超戦士魔王のカードをあげるから!」

「ほんと?」トーンがあがった。

身長の高い少年は声が弾む。

それはそうだ、この超戦士魔王のカードは今やっているゲームにコードを打つとキャラが出てくるのだ、しかもかなり強い。まさか、このカードを青い帽子の少年が持っていると思っていなかったが。

「あげるから、、ほんとうにあげるから、返事おねがいだぞ」

「約束だからな」

そして身長の高い少年は喋る。

「で、なんて返事書くわけ?」

 「…」青い帽子の少年の声が返ってこない。

「なに、ここで恥ずかしがってるんだよ」わざと憎らしく唇を動かした。それに気づいたのか「うるせぇーよ」と一言の文句が飛び出た。

青い帽子の少年の息が荒くなったのが感じる。絶対風邪ではない、照れているんだろうなと、身長の高い少年は思った。

「あー、こう書いてくれ」

受話器からボリボリと音が漏れる。きっと頭を掻いているのだろう。

「明日は行けそうにない、明後日の午後5時にイルカの公園で待ってる」

 沈黙が流れる。身長の高い少年は青い帽子の少年の想いと行動に触れてしまった。

 「だから、必死なのかよ」

 「うるせー、いっとくけど他の奴らに言うなよ恥ずかしいからな」

「わかった、そうするよ」

身長の高い少年は少し頬を上げて受話器を置いた。

今日の景色は灰色。昨日も灰色だった。

私の目に映るこの世界は、いつも同じ色になった。

ううん、多分違う。きっと私の世界が、この狭い部屋、小さな木の扉と、アルミサッシで出来たこの窓だけだから。呼吸をしても吐いても、自分での肺から生まれた酸素を吸っているんだって思う。

いつから、このベットが私の身体と一体になったの?腰と布が切れない剥がれない。

ラジオの曲も流行の歌声も、何もかも反響しない。

 そして毎日みている景色を瞳に映した。

厚さ12.5mmの窓ガラスを越えて、外の景色を二階から下に向かって覗き込む。

黒いアスファルト、住宅のコンクリートブロック塀。

そこに白いキノコが生えた様な、電灯の柱が私にお辞儀している。キノコの傘は痛み、錆びて夜になると、丸い電球はパチパチと音をたてて小さな羽虫を操る。

日差しが強い太陽が雲に反射して落ちてきた光も、その電灯は汗をたらさずたち、梅雨の月、冷たい粒を落として地面で割れても傘を広げ道行く人を照らした。

私は思った、この狭い部屋にいる私は何もできない。やりたいのに出来ないそんな自分が惨めに思う。それに比べて、あの電灯の柱は数少ない人が来るのを待ち、そしていつでも優しく照らす。

そんな事を考え続けて私は変な事を思いついた。

あの電灯の柱と友達になりたい、会話がしたい。凄く愚かでバカだと思うでも、あの照らす光が、何だか私の事も照らしている様に思えたのだ。

 そんな事を考え続けているとついに行動を移してしまった。

私は何年ぶりだろうって思いと共に重くなったドアをゆっくり開けた。街が死んだ暗い夜の時を選んで部屋をでた。階段の手すりに全ての体重を乗せて、踏面を一歩一歩と足の裏で噛むように降りる。

お母さんとお父さんはもう、寝ているだろう。

小さなサンダルに指をつめて、玄関をあけた。すぐ先から青白い光がボウォって見える。静かに風が流れてカサカサと枯葉が舞う。私はその光を目指して進む。

白いキノコはとても大きく感じた。白い鉄の肌は少し赤い錆が焦げた様に見えた。小さな頭を上に向ける。

淡い光と蛾が楽しく踊っている。指で指揮者の様に軽く振った後、私はおでこを柱につけていた。ひんやりと冷たい。

昼間に熱しられたアスファルトと、微かに土埃の匂いがする空気を身に感じて、私の世界が少し広がった。

私は電灯の柱に「こんばんわ」とつぶやいた。白いキノコはパチパチとだけ答えた。

ふふっ、笑みがこぼれる。

私は指を動かしてポケットから鉛筆を取り出した。私はいろいろ考えたあげく、ゆっくりと柱に文字を書いた。

「こんばんわ、良ければ私とお友達になってくれませんか?お返事待っています。」私は文字を書き終えて鉛筆をポケットに戻した。

 満足だった。久しぶりに笑ったと思う。

「ごほっ、ごほ」

 喉から詰まった空気が出た。気づかないうちに身体は酷く疲れていた。私はサンダルから落ちない様に気を付けながら、灰色の居場所に戻った。

今日はジメジメとしていて暑い日だった。少し髪の毛にもシットリ水滴が湧いた。私は窓ガラスに目を移す。

なんら変化のない、昨日と一昨日と一緒だった。もう嫌だ、こんな灰色の世界にはいたくない、私は強く願った。

ふと視線を電灯の柱に目が行く。

そこには青い帽子の少年が、電灯の柱に前でなにやらジッと立っていた。私は思わず「何してるの?」と声が漏れた。

5分たっただろうか、数分間じっとしている。と、青い帽子の何やらごそごそと、白い柱に施してその場を立ち去って行く。なんだかその少年の足取りは軽く感じられた。

その光景に、私は電灯の柱にすぐに駆け寄りたいと思った。こんな思い本当に久し振りだった。忘れていた好奇心の感情そして、目の前がカラーに塗られていく。

青い帽子の少年の後ろ姿はもう見えない。

私は早く夜になればいいのにって、思った。

時計の短い針は中々進まない、白い壁のクロスにかけられた青くて丸い形の時計をこんなに長く見つめた事は今まであっただろうか。私はまた電灯の柱を眺めた。すこし、外が暗く辺りを呑みこんでいく。私はそれを大いに歓迎した。

お母さんとお父さんが眠る。窓ガラスからは電灯の光がチラチラと部屋に入る。全てが夜で支配した時間、私は部屋を出た。昨日はゆっくり捕まった手すりが、邪魔に感じる。踏面も意味もなさない程に脚を進めた。玄関にあるサンダルに足の小指をかけて、ドアノブを捻った。土の匂いと湿気た風が私を包む、目はあの電灯の柱に向かっていた。

電球から淡い光が射す中、口から自然にため息が出た。柱の前に腰を曲げて立つ、数時間前に見た青い帽子の少年が何かしていた部分を手でなぞりながら探す。すると、昨日私が書いた文字の下に「友達は十分です。女の人なら恋人にしても良いですよ」汚い鉛筆を滑らした文字がへばりついている。

私はその文字を声に出して読む。胸の奥から何かが大きくなって吹き出た。でもそれが何かは良く分からなかった。

それと、この文字の意味を考えてみると、困惑した。「いきなり、恋人って…」声が漏れた。それでも、私はポケットから鉛筆を取出して、返事を書こうとする。しかし何て返事を書けばいいのだ。私は、手が何度も書こうとしては辞め、書こうとは辞める作業を行った。

それでも、思いつかなかった。私は「しょうがないから、そのまま思ってる事、書いちゃお」独り言を言いながら鉛筆をゆっくり動かした。

私は書いた後もその場で立ち続け、蛾が3匹落ちてきた所で狭い部屋に帰った。

身長の高い少年は青い帽子の少年が毎日通っている、電灯の柱の前にしゃがみこんでいた。青い帽子の少年が書いた文字の内容と、その恋人の返事のやりとりである。白い柱には文字が雑に並び、消しゴムで消した後もある。

身長の高い少年はこのやりとりを読むのは気が引けたが、友達の事を考えるとどうしても、気になってしまう。

そして黙りこんで、いろいろと頭の中を捻くり出して、考える。

青い帽子の少年のお願いは、やはり聞けなかった。彼の事がどうしても不安にしか思えない。

青い帽子の少年はおそらく、明日初めて会う約束をしていたのだと思う。でも風邪でそれが叶いそうにない、だから俺にお願いをした。そんな事は分かっている。

身長の高い少年は無表情のまま鉛筆を握り、青い帽子の少年の汚い文字を真似て、白い柱に書いた。

「じゃ、明日会おうな」

身長の高い少年はクルリと電灯の柱に背を向けて、ゲームの続きをやりに家に戻って行った。

残された白い柱はただいつも通りに立って、枯葉が舞う風を受けていた。

心臓が高くなる音、初めて。私に恋人が出来るなんて思っていなかった。青い帽子の少年は毎日、電灯の柱に会いに来てくれる。それは私に会いに来てると一緒だと思う。私の1日は青い帽子の少年の待つ日に変わった。窓から見おらして彼が早く来ないかなと、思う。だいたい午後の6時までには来てくれる。そして、何やらずっと深く考えるようにその柱の前で首を傾げる。

私はその姿が本当に愛しくなった。

でも一度ひやひやした事があった。雨の影響で洪水になった様子で道に溢れ出ていた。水は茶色く濁り、底も見えない。私はこの時ばかり、青い帽子の少年が来ない様に願った。でも彼は来たのだ、息を切らし、全身を水の中に沈めて。

「っあ」私は声が漏れ、窓に顔がひっついた。

青い帽子の少年は何か返事を書いているが、私はそれどころじゃなかった。死んでしまうじゃないのかと思い胸が切れる感覚が走る。

彼は書き終えた様だが、明らかに疲れて電灯の柱に背中を乗せていた。息をはぁはぁとしている状況が網膜で反射する。私は声をあげてお母さんを呼ぼうとしたその時、身長の高い少年と黄色いかっぱを身に付けたおじさんが、青い帽子の少年の前に来ていた。

身長の高い少年は口を多く開けて叫んでいた。その後、青い帽子の少年はしょんぼりとした表情で頭を下げる。黄色いかっぱのおじさんは青い帽子の少年の肩に手を置いた。そして優しく微笑む。その後、身長の高い少年と黄色いかっぱを着けたおじさんに肩を貸して貰い、重そうに脚をゆっくりあげながら雨の中を去って行く。

私はただ、窓のガラスを流れる雨の粒を数えた。

まさか、彼女に合う事が出来るなんて。僕は淡い光が注ぐ電灯の下で、返ってきた返事を何度も読み返した。彼女の文字、文章が僕の心を和やかにする。そして、柱に残されている文字を読み返す。こんな所、友達に見られたら死んでしまいそうだ。でも何時間でも此処にいられると強く思った。

涼しい風が幾度も流れた。帰らないといけない時間だ。靴を家の方向に動かす。

この場から離れる時、電灯の柱に向かって手を振った。

青い帽子の少年の彼に会う事にした。私だけいつも見ているのが辛くなったからだ、そして不安もある。合って嫌われたどうしよう、どんな話をすればいいんだろう、服はないし…でも彼を近くで会いたい。この気持ちだけが大きくなる。あの重かったドアが軽く感じる。私の部屋の世界はきらめいて見える。

多分その日は、お母さんもお父さんもいない。

「こっそり、ぬけだそ」

頭の中に火花が飛び散る、痛い。「くっそ、明日合う約束してるのに」僕は熱を出した。

朝の事である、母は気づいたらしく、顔が赤く、だるそうな目と身体を見て、温度計を脇の下に突っ込んだ。そして温度計の音と共に母はすぐにそれを引き抜く。

どうやらとても、高い熱だったらしい。目の前で学校に電話を入れられた。その時でも明日の事で頭の中がぐるぐると回り続ける。会えるのか、もしかしたら会えないんじゃないのか「ああついてねぇ」口から熱い空気と流れた。

そして一つの解決策を考えた。日にちを変えるしかない。

「午後でも家を抜け出す」力強い声が出る。

それが上手くいかないなら、あいつに頼もう。そう思いながら母に病院に行く準備を整えられた。

時計の秒針はコチコチと動く。あぁ約束の時間が近づく、それなのに私は…

私の目の前にはお母さんが座っている。昨日の夜外に出る瞬間、親に見つかったのだ。実はうすうす、私が外に出ている事に気づいていたらしい。お母さんは最初大きな声で私の名前を呼んだ。そして悲しそうな声で「どうして、もう少しで良くなるじゃない、あと少しの辛抱でしょ」目から涙が流れた。お父さんは黙っていたがやはり、どこか悲しげな顔だった。と、お父さんは口を開けた「ずっと、部屋にいるのは辛かったんだよね、わかった明日僕が帰って来たら一緒にドライブでもしようか」優しく笑う。

お母さんは私に抱き着いて「明日の為に早く眠りましょう」と言った。

私は彼の今日の返事を見れないままベットに横たわったそして目を閉じた。まぶたの裏に映った青い帽子の少年の姿を思い浮かべていたずっと。

車の止まる音がした。

どうやらお父さんが帰ってきたらしい、お母さんと私は玄関をでる。辺りはまだ明るいそして、電灯の柱に向かって目線を送る。いつもの様にキノコみたいだ。

私はお母さんに「どうしたの?」と聞かれ「なんでもない」と言った。

黒い車の後ろのドアを開け乗り込む。

車の振動が気持ち悪かった。

「ふざけんなよ!」

空気が振動する罵声が教室中で響き渡る。一人の身長の高い少年の身体が机の上に吹き飛んだ。机と椅子は衝撃で、倒れたり中に入っていた教科書も床の上にバサバサ落ちた。

クラスメイトは皆驚いた表情で二人の少年を見つめていた。

青い帽子の少年は、息をフゥーフゥーと熱を上げて歯を見せている。それに比べて身長の高い少年は黙り込んでいる。まるでいつもと変わらない顔だ。

「どうした」

身長の高い少年は少し微笑みながら言った。

「どうした、だと」青い帽子の少年は机の上で横たわる少年の胸元を掴んだ。

「お前、あの柱になんて書いた?」

身長の高い少年は唇の隙間から音を出して笑う。

「お前が見た通りだよ」

青い帽子の少年は右手を大きく振り上げ拳を握り、少年の頬をおもいっきり殴った。

教室中から大きな声がまた上がった。

青い帽子の少年は約束の時間前にイルカの公園に来ていた。まわりには何時もの友達もいない。みんな身長の高い少年の家でコンピューターゲームしているのだ。あいつも良い奴だ、空気を多分、読んでくれたんだろう。そう思いにふけながら、ペンキがかすれた青いベンチの上に腰を下ろした。

不思議な事にいつも遊んでいる、この公園が別の風景に見える。まぁ理由は分かっているけども。気温も丁度良く、天気も良い今日は何てラッキーなんだと青い帽子の少年は笑った。

いくら時間はたったのだろうか、辺りはもう暗い。もしかしたら、準備が遅くなって中々来れないのか?そう考える。しかしその考えも何度目であろうか、公園の時計も結構な時間を指している。友達と普段遊んでいる時間も過ぎている。青い帽子の少年は胸騒ぎがして、あの電灯の柱に向かって走り出した。

息が続かない、肺の中が空になった様だ。唾も乾燥して口内が砂漠みたいだ。それでも脚を回転させて走る。いつも通りなれた道の角を曲がる。硬いアスファルトを蹴って進む。そして、羽虫が飛びその虫の小さな影を作り出している。電灯の柱にやっと着いた。

脚が痛い呼吸のやり方が忘れた。身体中の穴からぜぇぜぇと息を吐いた。

でもそんな事にかまってられない。少年は急いで白い柱の返事を見た。いや探す、もしかしたら今日、行けなくなった理由が書いてあるかもしれない、青い帽子の少年は指で追いながら文字を探す。

「ん?」ある一つの文字に目がとまる。

少年の身体はわらわらと震えるのが分かった。怒りで爆発しそうだった。

そして口がぎりぎりと動き両手は拳を作っていた。周りが住宅なんて関係ない、少年は

メガホンで叫ぶような声が喉とお腹を通して「ふざけるなよ!」叫んだ。

私はその日から、電灯の柱を見れなかった。窓にひまわりが描かれたカーテンをした。

彼の姿をもしかして、私は見るかもしれないからだ。きっとあの青い帽子の少年はずっと一人で待っていたのかもしれない。そう考えると、返事を書く事、また彼自身さえも罪悪感で目に入れたくなかった。

曲の流れるラジオに耳を傾ける。と、その時、窓の外、電灯の柱の方向から怒りの声が槍の様に私の両耳に突き刺さった。私は自然と両目から涙があふれて出てきた。そして小さな声で「ごめんなさい」とポツリと出た。

積乱雲だろうか、天気のよかったはずの空には灰色の雲が出来ていた。細い鋼の線がポツポツと降り注ぐ。その線は地面と反射して音を奏でる。その湿った伴奏の中で身長の高いちょっと小さい傘は、淡い光を優しく照らす。蛾は羽を濡らしてパタパタと羽ばたき、影を作る。けれどもその影をたくさんの線が打ち消した。黒いアスファルトの上にある砂利を流して排水溝に音を流れて消える。

それでも電灯の柱はいつもの様にただボォっと照らしていた。

 ブレザーを身に付け、髪にワックスを着けた学生が鞄を持って立っていた。目の前には電灯の柱がある。変わらない、でも赤い錆が増えたと思った。あと、もう少しこの柱が高かった気がする。何て観察する「なんだ、変わってるじゃないか…」少年は口元を上げて微笑んだ。

 いつもの様に部活に行く準備をしていると、頭の良い親友から背中を叩かれた「いって、なにすんだよ」頭の良い親友は笑っている。この顔は昔から変わらない、本当にむかつくと思う。

「で、なんだよ、さっさといこーぜ部活」僕は答えた。

しかし頭の良い親友は答える。

「その前に伝えたい事があってよ」

「はぁ?」僕の疑問の声か表情かどちらに対してか分からないが、また笑った。

「覚えているか?ガキの頃お前が大好きだったボロい電灯」

 その言葉に僕は、いまいましい記憶を蘇らせた。あれは黒歴史だ、心の奥に封印したものだ、こいつそれをほじくり返そうってか、僕はだんだんと腹の奥が熱し始めた。

 頭の良い親友はそれに察したように言葉をかけた。

「いやな、うわさで聞いたんだけどよ」

「うわさだと」

「そう、うわさだ」

頭の良い親友は少しじらして話そうとする。

「あぁあ、もう部活いくぞ」

「あの電灯、撤去されるみたいだぜ」

 その言葉に僕は身体をビクッと反応させた。その状況に頭の良い親友は笑う。

「だっ、だからって何なんだよ、僕には関係ない」

「で、今日部活行くわけ?」

「行くさ、キャプテンが遅刻するわけにいかないだろ!」僕は教室のドアを開けて廊下を進む。でも頭の中では、子供の頃に起きた事や、思い出が走馬灯のように目の前に登場しては消え、登場しては消えて行く。心臓の鼓動が胸を打つ。

 そして、僕はピタリと止まった。後ろからついて来るニヤつけ顔に言ってやる。「みんなに伝えてくれ、今日は大事な用事が出来たって」僕は廊下を走っていた脚が止まってられなかった。何年ぶりに廊下を走るだろうか?その言葉に頭の良い親友は、ニッコリ笑って「いってらっしゃーい」とだけ答えた。

 

 柱を見てみる。昔書いた文字はとっくに雨や風に打たれて消えてしまったらしい。何だか寂しい気持ちになる。それだけ時は進んだのだ。

 もう帰ろうと思って腰を上げる。

 耳元から鈴の音の様な声が入って来た。

「何してるんですか?」

 僕は驚いて「わぁああ」と叫んで倒れ込んでしまった。

 その光景をどう思ったか、知らないが「ふふふ」と笑う、肩まで髪の伸び、セーラー服を着けた女性の学生が僕の手を引っ張た。

 僕は少し顔が赤くなり「すんません」とだけ話す。

 どうやら、このセーラー服の女の子は僕に対して何かを思う所があるらしく質問をした。

「人の家の前でしゃがんでるですもの、気になって声をかけちゃいました」

 そうなのか、電灯の前の家は彼女の家なのか、少し考える。そして僕は変人に思われているのかもしかすると、そう考え慌ただしく声を上げ弁解をする。

「いやいや、僕は変人じゃないですよ、ただこの電灯が撤去されると聞いて…懐かしくて、ここに来たんです」

 その言葉を聞いてセーラー服の女の子は寂しそうな表情になった。

「私も」

「はい」僕は返事を返した。

「私もこの電灯の柱には思い出があるんです」

どこか遠い所に電灯があるかの様に電灯を見つめて言う。

その悲しそうな表情を見て僕はなぜか、昔から知っている愛しい人に感じた。だからかもしれない僕は気づいたら言葉が出ていた。

「実は僕、この電灯が初恋なんですよ」

 その声にセーラー服の女の子はピクリとして僕を見た。

 そして僕は続ける。

「いつも此処に通っていました、見てください、ここの白い柱に言葉を書いたんです、そうすると返事がありました、僕は姿が見えない誰かも分からない人に毎日会っていましたでも文を通して分かるんです相手の事がどんな人か優しい人か」

 セーラー服の女の子は頭を下に向けてウンウンと頷いている。

「初めは此処で立っていたんです、親父に怒られて、家に帰りたくなかったんです」

「そしたら文字が書いてあったんです、友達になって下さいって、最初はバカかって思いました」

「でも返事書いたんです、僕」

 セーラー服の女の子はまだ下を見続けている、そして小さく声を発した。

「それからどうしたんです」

「聞いてくださいよ、変な事に恋人になりました、毎日が楽しかった、大雨の日にも来たっけなぁホントバカです」

 セーラー服の女の子は小さく唇を動かして「私も覚えています」と言った。

 僕はテンポよく言葉が出てくる、まるで、昨日の事である様に感じた。

「そして、会う約束をしました、イルカの公園でね、直接言いたかったんです」そして少し息を吐いた。

「あなたの事が大好きになっちゃいました、って」僕は照れそうに笑いながらセーラー服の女の子の方を見た。ん?何か様子がおかしいずっと、下を向いていて僕の事を見ようとしない、あぁ僕、頭の弱い人と思われて引いているんだなと思った。

「あ、気にしないでください、ホントにホント、今の話し忘れて下さいあっはは」

 その声が聞こえなかったのかセーラー服の女の子は僕のブレザーに頭を寄せた。

 僕はもちろん驚いて「ど、どうしたんですか」と発した。どうやら湿っぽい温度が制服に伝わってくる。泣いているのか?

 僕が困惑しているとセーラー服の女の子は髪を揺らして僕の方に顔を上げた。まぶたは赤く染まり丸い滴が頬を垂れて行く。

 そして、さくらんぼの様な唇が振動させた。

「私も大好きです、青い帽子の少年の男の子」

 ジジジッ、電球がほっそりと鳴く。

 電灯の柱は変わりなく僕を照らし、そこにあった。

電灯

もし、この物語を読んで下さった方がいるなら、ありがとうございます感謝します。
私は静かな夜道をぽつんと照らす電灯が何となく愛着を感じます。なぜかは自分でもわかりませんが、この物語は最初二つの視点があり、最後は同じ想いになります。
上手く文章を作れていないと思いますが、最後まで読んで下さりありがと、ではまた

電灯

暗い道を照らしてくれる電灯。あなたはいつも、その様な電灯は目に入りませんが、足元を明るく照らして貰っていますよね。でも不思議な物でその当たり前の電灯に心をとめた二人がいます。一人は電灯に愛着を感じます。もう一人は電灯に対して畏怖の気持ちを抱きます。さてあなたは、どちらの気持ちになるでしょうか?鉛筆で書かれた一つの言葉から物語は始まるのです…

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更新日
登録日
2016-05-08

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