朝方、風がやんだ時。

2016 02 25

白と黒で塗られる景色。
私は色彩というものをいつの間にか忘れてしまったようだ。

その日は酷い雨だった。
雨音で目が覚めた、午前3時。
まだ、日は昇っていないようだ。
カーテンを開けながら目を擦ってみる。
今日も変わらず景色は灰色のままだ。
蒸し暑い部屋から逃げるように足速に外に出た。
行く宛なんてあるはずもなく、でも遠くへ行きたかった。

今まで何度も考えた。
自分が変われば見える景色も変わるんじゃないかと。でも違った。
変われば変わろうとするほど自分が惨めに思えた。
私は結局なんにも変えることができなかった。

傘を投げ捨て、走った。ただ、ひたすら走った。
雨は弱まることなく降り続いている。
濡れた髪が顔に張り付くのも気にならないぐらいに必死だった。
足元の水たまりを跳ね飛ばして、
目も開けていられないほどの雨の中。
涙なのか雨の雫なのかもうわからない水滴が頬を流れていく。

どれだけ走っただろう。
細い路地を抜けるとそこからは海が見えた。
雨は気づけば弱まっている。
喉はカラカラで、疲労が重なり、息がうまく吸えない。

「何、やってるん、だろう、私...。」
そんなことを口にしてみる。

肩で息をして、苦しくて、思わずしゃがみこむ。
髪からぽたぽたと雫が滴る。

『随分、びしょ濡れだね。』

突如、背後からぶっきらぼうな声を掛けられ思わずびっくりした。

「だ、誰...」

目の前にいる青年は、私と同じぐらいの歳だろうか。
その青年はいつの間にかそこに居た。
ふわりと笑う彼は、何処か優しい瞳をしている。
どこかであったことのあるような、懐かしい気持ち。

『君は、自分が心底嫌いだ。そうだろう?』

さっきからなんなのだ、この青年は。
でも言われていることは当たっていて。

「嫌いだよ。大っ嫌い。」

手が震える、うつむきながらその手を強く握りしめた。

『そして君はいつの間にか色を無くしてしまった。』

青年はまるで昔から知っていたように、そう言った。何故知っている?初めて会ったはずなのに。

「貴方は、誰なの...?何者...?」

『僕は君を待っていただけさ。いや、会いに来たって言った方がいいのかな。』

青年越しに見える空の雨雲は消え、辺りは明るくなってきた。

「どういう、こと、?」

『これ、聞いてみて。』

そう言って彼は、音楽プレーヤーをわたしに渡した。ますます状況がわからない。
と、とにかく聴いた方がいいのかな...おずおずとイヤホンをつけて、再生ボタンを押した。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この曲、聞いたことある。何処でなのかは思い出せないが、はっきりとわかる、知っている曲だ。

「この曲どこかで...」

 ̄ ̄ ̄...!! 記憶が、あの夏の日が、蘇る。
その瞬間、身体が軽くなって、糸が切れたみたいに私はまた涙を流していた。

「思い...出した...。」

「蒼...。」

視界が歪んでいるが、目の前の世界は数秒前私が見ていた世界とはまるで違っている。
本来の〈色〉を取り戻したのだ。

朝日が昇り、朝焼けで空は紅く染まっている。
青年の目は蒼く。

『やっと取り戻したみたいだね。色を。』

今まで見てきた白とは違う。鮮やかだ。すべてが暖かさをもっている。

朝方、風がやんだ時。

朝方、風がやんだ時。

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更新日
登録日
2016-05-08

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