永遠ってなんですか?

変わりゆくものに変わらないもの――あなたの周りにも、ありますか

「永遠を信じますか?」
8月の終わり、故郷に向かう電車内の中吊り広告に、そんな文字が書かれていた。

「永遠、ね」
「そんなもの、あるなら見てみたいよ」
つり革越しに、そんな事を思う。

帰省することになったのは一昨日のことで、突然だった。
中学の時お世話になった、サッカー部の顧問の呉田先生が亡くなったそうだ。
教員を引退した後も、元気に暮らしていたと聞いていたから、その訃報は本当にショックだった。

まっくろに焼けた肌と、人懐こい笑顔の持ち主で、生徒からの信頼も厚かった。
当時50歳目前だったと聞いていたから、先生もだいぶ歳をとっていたんだろう。
あれから、もう20年近くが経とうとしている。

故郷の駅に到着し、トランクを引きずって電車から降りてみる。
降車して1秒で感じた。
空気が、うまい。

東京のそれとは何もかもが違う。
土や草、そして何かが焦げたような、安心する香り。
温かみのある、そんな空気だ。

駅舎はリフォームしたのか、最後に訪れた5年前とは様子が激変している。
壁がモダンな木目調になっていたり、改札も装飾が施されて、お洒落になっていた。
「変わっちゃったなぁ」
そんなオッサンめいた言葉がこぼれる。
だけど、確かに変わっていたのだ。

駅前では中学時代のサッカー部の友人である、健人が車をつけて待っていた。
「健人、久しぶり。悪いな、わざわざ車で」
「いや、気にすんなって。とりあえず荷物は後ろにつけてくれ」
「あいよ」
彼に会うのも5,6年ぶりになるのだが、長年の付き合いというやつか、
久々に会っても不思議と安心できた。

走り始めて2分も経たないうちに、俺が胸元から煙草を取り出し、健人に尋ねる。
「吸っていいか?」
それを聞いて、健人は少し眉間にしわを寄せた。

「いいけど、灰は携帯灰皿に出してくれよ」
「ああ、サンキュー。窓開けるぞ」
そう言って窓を開けると、むわっとした熱気が入り込んできた。
「暑いな。すぐに吸って窓は閉めてくれ」
「ああ、ごめん。そうするさ」

ふと、窓から外に目をやると、見慣れない大きな橋の上を通っていた。
「なあ、ここ。こんな大きな橋あったっけ?」
「ああそうか。お前は知らないんだな――」
健人はパタパタとうちわをあおぎながら、話を続けた。

「2年前くらいにこうなったんだよ」
「ここってもともと末広橋だったよな?中学の時通学路だった――」
「ああ、そうだよ。拡張工事して、塗装も変えてこうなった」
「そうなのか――」

少し、ショックだった。
俺がこの地を離れてからもう17年以上。
もちろん変わってしまったものも沢山あったが、
中学の時毎日使っていた道が、こうも変貌を遂げてしまうのは、
大人になった今でも、やっぱりショックだった。

「俺ここで、まっちゃんと美沙が一緒に帰るのよく見たぜ」
健人が笑いながら言ってみせた。
健人が思い出を話してくれて、少し安心した。
「ああそうだ。確かあいつら、付き合ってたんだよな、中3の頃」
「そうそう、あいつ絶対美沙はないとか言ってたくせにさ――」
二人でげらげらと笑った。
昔話に花が咲き、車内は和やかな雰囲気になった。

「俺はよく、部活の帰りに哲太とこの橋の上から景色を見てたなぁ」
俺が思い出したように言うと、健人は真面目な表情になってこちらを見た。
「あ――」
しまった、と思った。
別に、禁句というわけでもなかったが。

「哲太の墓参り、行ったか?」
俺は表情のこわばった健人に聞いてみた。
「先月ね――行ったよ」
「そうか、それならいいんだ」
俺はふっと煙草の煙を吐き、その後は何も言わなかった。

「お前は行かなくていいのか?」
「ああ、いいよ。また次の機会に行くさ」

哲太はサッカー部のチームメイトだった。
キャプテンだったがとてもユーモアのある面白いやつで、皆から好かれていた。
だからこそ、キャプテンだったのかもしれないが。

そんな哲太のサッカーセンスはずば抜けていて、大学に行ってからもサッカーをずっと続けていたそうだ。
大学を出てからは地元に戻って、仕事の傍ら町の少年サッカーのコーチをボランティアでやっていた。
結婚して子どもも生まれて、とても楽しそうにしていた。

だが、5年前、仕事中の不慮の事故で、哲太は帰らぬ人となった。
残された奥さんと子どもが、それからどうしているのは、誰も知らない。

いい奴だった――
なんて月並みなことは言いたくない。
けど、いなくなって欲しくなかった。
これだけは確かだった。

「もう、本当に無理になっちゃったな」
健人がふとつぶやいた。
俺は煙草を吸い終わり、急いで窓を閉めながら答える。
「何が?」

「言ってたじゃんか、中学の卒業式の日に」
「20年経っても、また同じメンバーでサッカーしようなって」
「ああ――」
俺は生返事で答えながら、自らの記憶の糸を手繰る。
そんなこと、言ってたっけ――

「哲太がいなくなって、先生も死んじまった――」
「20年なんてあっという間だと思ってたけど、こうも違うんだな」
健人がハンドルを握ったまま、深くため息をついた。

確かに、もうあの日のように、みんな揃ってサッカーを出来る日は、二度と来ない。
二度と来ないのだ。
哲太も先生も、もうみんなの記憶の中にしかいない。
あの頃は当たり前だと思っていた光景が、日々が、今ではこんなにも遠い。

「なあ健人、ちょっと俺んち行ってくれないか」
「いいけど、大丈夫か?だってお前ん家――」
「いいから、行ってくれ」
俺がやや強い口調でそう言うと、健人は深く頷いて、信号を右折した。

見慣れた道を進んでいく。一部景色が変わったり、見たこともない建物もあったが。
近づくにつれ、どくどくと俺の胸の鼓動も高鳴っていった。
「着いたぞ」
健人が、静かに車を止めた。

そこには、住み慣れた俺の実家が―― なかった。
あるのは、「TIMES」と書かれた駐車場だ。

「ここも懐かしいな。今じゃ立派な駐車場だよ」
「近所の寺の縁日の日なんかには、満車になるんじゃないのか」
俺がおどけている間も、健人は終始黙っていた。

「健人は、何回くらい俺の家に来たっけな」
「さあ、分かんねえけど、50回くらいは来たんじゃねえかなぁ」
俺はそれを聞いて、「はは、来すぎだっての」と笑ってしまった。

「懐かしいよな、あの赤い屋根の家」
「俺は好きだったよ。お前の母ちゃん、いつも欠かさずジュースをくれたよな」
そんな事を聞いているうちに俺は目頭が熱くなってきて、
「そうだっけぇ」と適当にあしらった。

俺の実家は10年前、他人の手に渡り取り壊された。
親父が死ぬ直前、借金を抱えているとかで、実家の土地もろとも売り飛ばした。
そして母さんも、その直後に病気をしてしまい、この世を去った。
なので、ここはもう誰もいない。
跡形もない。

幼少時代、確かにここには幸せな家庭があって、
子どもの頃の俺は、それが永遠に続くものだと思っていた。
父さんがいて、母さんがいて、弟がいて、大きな庭があって、ボールを蹴る。
そんな日々が、場所が、ずっとあるものだと、信じていた。

だが、今俺の目の前にあるのは間違いなく、
人の温もりを感じない無機質な駐車場だった。
あの頃の日々は、文字通り跡形も無い。

遠くの木の上で、ツクツクボウシが鳴くのが聞こえた。

今年もそろそろ、夏が終わるのかもしれない。
でも、あの時に聞いたツクツクボウシの音色とは、決定的に何かが違った。
こんなのって、あんまりじゃないか。

気づけばあれから20年が経って、俺も大人になった。
故郷を離れて、東京で一人働いている。
毎日必死に生きている。
その過程で、大切なものをいくつも失ってきた。

思い出の景色や、家族、友人、恩師…
何一つ、永遠なんてないのだろう。
夏が必ず終わっていくように、人間は大切なものを失っていく。
それは当たり前のことなのだ。

遠くの木の上で、ツクツクボウシが鳴くのが聞こえた。

さあ行こう、と思って顔を上げると、何やら健人がニヤついていた。
「感傷に浸るのはもう満足だろ?」
俺には健人が何を言っているの理解できなかったが、車に半ば強引に乗せられた。

「なあ、どこに向かってるんだ?」
「お前、スパイクは持ってきたか?トレシューでもいい」
「ああ、持ってきたけど――」
「ならいい、黙って乗ってろ」

俺は健人が何をするつもりなのかまったく分からなかったが、ただ従うしかなかった。

「さあ、着いたぞ」
そこは母校のグラウンドだった。
そして、何人かがサッカーのユニフォーム姿で駆け回っていた。

「おい健人、いいのかこんな所に車で乗り入れちゃって……」
「いいから、早く降りてこいよ。みんな待ってるぞ」
「みんな?」
俺は恐る恐る車から降りて、あたりを見回した。

「懐かしいなあ……バックネットとか、昔のまんまじゃないか」
ぼんやりとグラウンドを見回す俺の周りに、人が集まってきた。
「久しぶりだな、何年ぶりだよ」
「早く着替えてアップしろよ、ゲームするぞ」
みんな一様に、ヘラヘラして、にこにこと笑っていた。
それはまるで、中学生のように。

「まっちゃん、それに、みんな――」
そう、そこにいたのは中学の時の、サッカー部のみんなだった。

溶けそうなくらい、真っ直ぐな陽射しがグラウンドを灼いていた。
その中で俺は、思い切りボールを蹴り飛ばした。
みんなのかけ声が、グラウンド中にこだました。

おい、健人にボール渡すな!ぬかれるぞ!
まっちゃん!まっちゃんマークついて!
俺はそれを見て、大笑いする。

死ぬほど暑い日にボールを追いかけるしんどさだとか、

みんなと一緒にサッカーをした時の笑い声だとか、

試合中にふと見上げた時の空の青さだとか、

遠くから聞こえてくるツクツクボウシの鳴き声だとか、

そういうのは永遠かもな、と思えた。
そんな、些細なことが。
だって、変わりようがないから。

あの時から20年が経った。
色んなものが変わり、失くしたものも沢山ある。
だけど、永遠に変わらないものだってある。
きっとそうだ。

そう信じたい。

この青空の下で、みんなとサッカーをする。
ボールを追いかけて、追いかけて、汗をかいて、
手を叩いて、大きな声で笑う。
そして喉が、カラカラに枯れる。
冷たい水を飲み干したら、目が覚めるくらい美味いんだ。

後半は、トップ下で攻めてやる。

健人がサイドから高くボールをあげた。
俺はそれに合わせて、思い切りボレーシュートを決めた。

ゴールネットが大きく揺れた。

永遠ってなんですか?

読んでくれてありがとう。

永遠ってなんですか?

数年ぶりに訪れた故郷で主人公が目にした光景とは――

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-03

Copyrighted
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