雪、氷菓、ペンギン世界

 雪がたくさん降ったので、ペンギンの団体がどこからともなく現れて、キミの好きなアイスキャンディーを作って、商売していった。残念ながら、キミが、買い物に出かけているあいだのことで、ペンギンたちは酷く慌ただしそうにアイスキャンディ―を作っては売り、作っては売り、小銭をちゃらちゃらいわせながら、ぺたぺたと帰っていったよ。不思議なのだけれど、ペンギンが、雪に木の棒を刺しただけでアイスキャンディ―ができるのは、どういう原理なのだろうね。しかもだ、いちごだとか、キウイだとか、あずきだとか、味や色までついている。天から降り積もっただけの雪が、どうしたらアイスキャンディ―になろうか。木の棒を刺しこんで、抜いただけで。
 いや、やめておこう。
 野暮であるな。不思議は、不思議のままの方がおもしろいというのは、キミの自論であったな。
 それにしても、ほんとうにたくさんの雪が降って、その積雪の高さは二階建ての建物に相当し、当然、平屋である私の家は埋まり、キミの通う学校は三階の三年生の教室と、音楽室と、美術室しか使えなくなり、さいきんできた大型ショッピングモールは二階建てだったため外観は雪に埋もれたが、モールの中央広場の吹き抜けからロープでの上り下りはできるそうで、けれど、私の通った食虫植物園も、キミがよく写真を撮りに行った水族館も、私とキミがはじめてふたりで出かけた公園のくらげ沼も、すっかり雪に覆われてしまって、どうしたものかね。
 世界が、雪の下になることを、想像したことがあるかな。
 と、ペンギンの団体を拝めずに拗ねてクッションをぎゅっと抱えているキミに問うたところ、二階建ての家が埋まるほどの雪が毎年降る地域が故郷にはあったと、キミは答えた。私たちは穴を掘り、私の家の玄関まで掘り返し、なんとか家の中に入って、今は、暖炉に薪をくべ、私はキミのために温かいコーンポタージュを作っている。
 キミは時折、心許なげに瞳を揺らす。屋根が、軋むせいだろうか。雪の重さに耐えられず、つぶれる可能性は、なきにしもあらず。
「キミのふるさとに、ペンギンの団体はいないのかい」
 木のスプーンでポタージュをかきまぜながら、私は訊ねた。キミはすこし眠そうな声で、いない、と言った。
「ペンギンは、動物園にしかいないよ。アイスキャンディ―なんか作れないし、お金の価値だってわからないだろうし、それに、そもそも、しゃべらないよ」
 こっちのペンギンはしゃべるでしょう?と首を傾げるキミが、なんだか急に、すごく遠くの人に見えて、さびしかった。ぐつぐつ煮込まれるポタージュを放置して、キミを抱きしめたいと思った。屋根が軋む音にまじって、きゅう、きゅう、という音がしたから、なにか小型の動物でも鳴いているのかと思ったけれど、どうやら雪が、鳴いているらしかった。
 ペンギンが魔法のようにアイスキャンディ―を作って、「ウマくて安いよ」と人間に売りつけていくのだもの、雪だって鳴くよね、そりゃあ。

雪、氷菓、ペンギン世界

雪、氷菓、ペンギン世界

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-29

CC BY-NC-ND
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