人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を 【番外編】

人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を 【番外編】

~ Date With(サプライズ?)~ ■前 編 

~ Date With(サプライズ?)~ ■前 編 

 
 
 
それは、完璧なはずだった。
 
 
明日、ミコトとはじめて休日に待ち合わせをする。

そう、それは非モテ男子の憧れ、恋い焦がれてやまない ”アレ ”だ。
ディー、エー、ティー、イー・・・ デート。
 
 
そう、”デート ”というやつだ。
 
 
 
  (オレにも遂に、夢にまで見たその日がやってきた・・・。)
 
 
 
 
ミコトをデートに誘った日のことは、今でも忘れない。
 
 
それはやっと気持ちを打ち明けてすぐ、付き合い始めてすぐのこと。

デートに誘う話をする日もしっかり事前に決めていた。 カレンダーに赤ペンで
何重にもグルグルと丸を付けてカウントダウン、且つ心の準備も完璧だった。
 
 
ふたり並んで歩く帰り道で、互いの家へと別れる分岐点でおもむろに立ち止まる。
この場所で ”それ”を切り出す計画だったのだ。

・・・が、しかし。

中々切り出せず、暫くコメカミをぽりぽり掻き続け、イツキのコメカミはもう
血でも流れそうに真っ赤に内出血して滲んでいた。
 
 
なんだかミコトは必死に笑いを堪えるような面持ちで、小首を傾げてイツキを
覗き込んでくる。

そして半笑いで、『ん?? どーしたのよっ??』  大きな目をクリクリと
させ見つめてくるミコト。
 
 
 
  (なんだよ・・・

   そうゆうの、反則技だろ・・・
 
 
   上目遣い、とか。 もぉ・・・

   ・・・か、可愛いすぎるじゃねぇか・・・。)
 

  
 
  『あっ、 ぁのさ・・・。』
 
 
 
第一声、思い切り声が裏返った。
 
1オクターブは高い、その第一声ソプラノボイス  『あっ』
しかし、ここで躓いては先に進めない。 己のファルセットなど無視して続ける。
 
 
 
 『こ、今度の休み・・・

  ・・・ど、どどどどど・・・ どどどどど・・・。』
 
 
 
『ドドド??』 ミコトが思い切り顔を綻ばせ笑う。 『なに? ジョジョ?』
 
 
 
 『いや、 そーじゃなくて・・・

  ・・・ど、どっか、 行かね・・・? ふたりで・・・。』
 
 
 
ミコトの揶揄など完全スルーして涙目で言い切り、満足気に達成感に酔いしれる
イツキに、ミコトは笑顔で即答した。
 
 
 
 『ぅんっ! デートしようっ!!』
 
 
 
そして、なんだか愉しそうに幸せそうにミコトはケラケラといつまでも笑い続け
ていた。
 
 
 
 
 
デートプランは完璧だった。
 
 
数日かけて調べに調べ上げていた。

まずは本屋へ駆け込んで高校生でも電車で行ける範囲の観光地のガイド本を
探した。 思っていたより意外に行けそうな候補地が多い。 街ブラも良し、
グルメ目的も有りだ。 遊園地なんてのもいいかもしれない。 見晴らしが
いい公園でのんびりピクニック気分なんてのも最高かもと、ニヤけるだけ
ニヤけ一向に候補地は絞り切れずに気付けば本屋に来てから5時間経過して
いた。 脚が棒のようにバキバキになりそりゃ痛いはずだとひとり苦笑した。
 
 
結局、財布との相談により電車で30分で行ける隣街で、ランチでもしてブラ
ブラしようかと、ランチ特集のグルメガイドブックを購入すると、再び慌てて
自宅へ戻る。 自室に駆け込みPCを立ち上げ、買ったばかりの本を片手に、
次はランチ候補店のネットクチコミ評判を血眼になって調べる。
 
 
 
 『グルメ本の情報だけに踊らされる訳にはいかねぇ・・・。』 
 
 
 
ブツブツひとり呟きながら、ネットの情報だって信憑性は不確かなのに、
とにかく少しでも多くの情報を入手するのに必死なイツキ。 

ガイドブックのチェックした店にはカラフルな付箋がびっしり貼られていた。
いくら下準備をしてもしても、まだ足りない気がしていた。
 
 
 
  (完璧な初デートにしなきゃ・・・。)
 
 
 
 
 
10時に駅前で待ち合わせをし、電車に乗って隣街まで行く。

ほんのり紅葉が色付くこの季節。 電車は先頭車両に乗りこんで右側を陣取
れば車窓から河川敷の暖色の絨毯のようなイチョウ並木が見渡せるはずだ。
 
 
 
 『 ”コッチの方が見えんじゃね? ”とかゆって、

  背中に・・・ 手、とか 当てたりなんか、しちゃったりして・・・。』
 
 
 
背中をそっと押す動作を再現し、ミコトをベストビューポイントに促すシミュ
レーションもしてみる。 自室の真ん中でひとり立ち尽くし、目を瞑って手の
平を妄想の中のミコトの背中にやさしく当てた。
 
 
 
 『か、かかか肩を抱くのは・・・

  電車の中では・・・ アレ、だよな、 さすがに・・・。』
 
 
 
ひとりごちて、ひとりで照れまくってエヘヘとだらしなく頬を緩める。

『まだ早いまだ早い』とブツブツ繰り返しながら、ミコトの背中のどこら辺に
手を当てたらいいか、 ”エア背中 ”に向け真剣に手の平の角度を微調整した。 
 
 
ランチの店は勿論事前に予約をし、お洒落なテラス席をキープしていた。
”女子が行きたいランチカフェ特集 ”の堂々1位を獲得したその店。

ミコトの目を輝かせるには申し分ないそれに、イツキの目尻は下がるばかり。
 
 
ランチの後は有名な観光地をのんびり散歩し、丁度休憩したくなる15時頃に
お茶をする古民家風カフェもチェックした。
 
 
 
 『やっぱ、女子はパンケーキだろ・・・。』
 
 
 
ランチの3時間後にフルーツたっぷり3段ふわふわパンケーキ、しかもご丁寧に
生クリームがエベレスト級のそれを食べる腹の余裕などあるのか若干の不安は
よぎったものの、”甘いものは別腹 ”という常套句を鵜呑みにしそのカフェにも
予約を入れた。 カップルで行列が出来るそこに、さらり涼しい顔をしてミコト
をスマートにエスコートする自分を想像し、自分で自分にうっとり目を細める。
 
 
 
 
逆算して考えると、18時には地元に戻る為には17時過ぎにはそこを出なけれ
ばならない。

パンケーキの後の2時間弱。ここからが勝負だった。

景色のいい所を巡りたい。
手を繋いで寄り添って歩きたい。
他愛もない話をして、笑い合いたい。
 
 
そして、このデートの盛り上がりのピーク。

紅葉が有名なお寺のひっそり佇む大イチョウの大樹の前で、秋の橙色の夕暮れ
の中ミコトとはじめてのキスがしたい。
 
 
 
 『キ、キキキキキ・・・。』
 
 
 
妄想するだけで、もうパニックになり心臓が狂ったようにバクバク早打つ。
 
 
 
 『サエジマが樹に背中つけて寄り掛かったら・・・

  ォ、オレが・・・  ”樹ドン ”して・・・ んで、近付いて・・・
 
 
 
  で。 で、どうする・・・?
 
 
  なんかゆうの?こうゆう時・・・

  甘い言葉、とか囁くもん・・・?

  つか、どんなのが ”甘い ”の・・・?
 
 
  え、えぇぇぇ・・・ どうしよどうしよ・・・。』
 
 
 
慌てて再びPCに齧り付き ”甘い言葉 ”でGoogle検索をかける。
検索結果トップに表示されたそれを、ディスプレイに鼻先がくっ付くほど近付
いて注視する。
 
 
 
 『 ”お前のことは俺が守る ”・・・

  いや、別に・・・ 誰にも命とか狙われてねぇし・・・。
 
 
 
  ”お前がいなきゃ俺はダメだ ”・・・

  ・・・なんか、弱っちくねぇか・・・?
 
 
 
  ”お前に出会えて良かった ”・・・

  ん、まぁそうだけど・・・ 死に別れる訳じゃねぇしな・・・。
 
 
  なんか、ピンとこねぇな・・・。』
 
 
 
”甘い言葉 ”に関してはちょっと保留にして、最重要課題の”キス ”に
思いを馳せる。

なんせ生まれてはじめてのキス。 今後一生つきまとう大切な、それ。
 
 
 
 『歯ぁ、磨いておきたいなぁ・・・。』
 
 
 
歯磨きのチャンスタイムがあるのか否か不明だが、当日カバンの中に念の為
携帯用の歯磨きセットを忍ばせておこうと、イツキはおもむろに自室を飛び
出して洗面所の棚から旅行用のそれを満足気に取り出し、再び自室へ騒々しく
駆け戻った。

しかし、冷静に考えてやはり現実的に歯磨きのポイントがあるかは疑わしい。
 
 
 
 『ミントタブレット買っとこう・・・。』
 
 
 
買い物リストにミントタブレットも加え、ふと何かが頭をかすめ指先でそっと
唇に触れる。 そして更にリストに書き足した。  ”リップクリーム ”
 
 
 
 『ガサガサは、マズいだろ・・・。』
 
 
 
 
 
次は、当日着ていく洋服を考えあぐねる。

ランチやらカフェやら交通費でそこそこ小遣いは消えて無くなる。
新調する予算はどう考えても無さそうだった。
 
 
騒々しくタンスの引出しを次々開けては小首を傾げる。 あまり気合が入った
格好は恥ずかしい。 かと言って気の抜けた感じではミコトに失礼な気がする。
 
結局、お気に入りのアバクロのTシャツを取り出し、よそ行きのとっておき
ダメージジーンズも引っ張り出した。 押入れの中の突っ張り棒に引っ掛けて
ある上着をハンガーからはずしベッドの上に一式広げると、取り敢えず当日の
ワードローブはなんとか目途が付いた。
 
 
 
 『ぁ。 Tシャツは直前に、もいっかい洗濯しとっか・・・。』
 
 
 
洗濯と乾燥のタイミングも熟慮して、”行程表 ”にそれを書き込みひとり
頷いた。 イツキのひとり言は延々夜更けまでやむことがなかった。
 
 
 

~ Date With(サプライズ?)~ ■中 編

 
 
 
デート当日。
 
 
待合せの駅前に先に着いたのは、勿論イツキだった。

10時待合せだがミコトを待たせる訳にはいかないと、最初10分前行動を目指
したのだが、案外キッチリした性格のミコトのことだ。 向こうも10分前には
来てしまうかもと20分前行動にシフトチェンジする。 20分前に着く為の
10分前行動をなどと悶々と考えるうちに、もう混乱して訳が分からなくなり、
結局1時間前にはそこに立っていた。
 
 
『おはよっ!!』 10分前に現れたミコトに、イツキは嬉しくて仕方なくて、
だらしなく緩む頬筋を必死にいなして、ペコリと首を前に出し会釈する。
 
 
 
 『天気良くてよかったねぇ~・・・

  きっと、今日はキレイに見えるね。 イチョウ・・・。』
 
 
ミコトがサラっと呟いたひと言に、イツキは内心ドキっとしていた。
 
 
 
隣街へ向かう電車に乗り込む為に、ふたり揃って改札を通る。
休日の駅はそこそこ混み合っていてプラットホームにも人が溢れていた。

特に先頭車両と最後方のそれは既に並ぶ人が行列をつくっていたが、イチョウ
並木をミコトに見せたいイツキはムキになって先頭の列に並ぶ。 

躍起になっている背中をそっと盗み見てミコトはクスっと笑うと、混雑で離れ
ばなれにならない様そっと手を伸ばしイツキの上着の裾を掴んだ。
少しだけ引っ張られたミコトに掴まれたその感覚に、イツキは照れくさそうに
こっそり頬を緩めていた。
 
 
やっと乗り込んだ先頭車両は、課外授業か学童保育の一環のそれか、こども達
の姿でいっぱいだった。 

皆一様に右側の車窓に張り付き、河川敷から見えるイチョウ並木に感嘆の声を
上げている。 その小さな邪魔者たちを目に、歯がゆそうに口を尖らすイツキ。
 
 
 
 
  (クっソがき共・・・ どっか行けよ!! 邪魔なんだよっ!!)
 
 
 
するとミコトがイツキの肩に手を置き、爪先立ちで背伸びをした。
 
 
 
 『あっ! 見えた見えたっ!! イチョウ並木、超きれ~~いっ!!』
 
 
 
その言葉に、イツキは不完全燃焼だった不満気な顔をそっと上げミコトを見つ
める。 イツキの肩でバランスを取りながら嬉しそうに目をキラキラさせて
窓外のイチョウを見ているミコトの笑顔に、イツキは満足気に微笑んだ。
 
 
 
 
 
 『ま、まじか・・・。』 

”女子が行きたいランチカフェ特集 ”堂々1位の店の事前予約したお洒落な
テラス席は、海外観光客で溢れ返っていた。
 
 
アジア系の外国語が矢継ぎ早に飛び交う、そこ。

日本人の耳には、その言語は急いている様なまくし立てている様な正直耳障り
なそれに聴こえる。 せっかくミコトと向かい合い座り、ゆったりとお洒落な
ランチタイムを愉しもうと思っていたのに台無しだ。 互いの話す声さえ聞き
取りづらい程のそれに、思わず情けない下がり眉でミコトに目をやったイツキ。
ミコトもまた ”困ったね ”という顔をして、小さく肩をすくめる。
 
 
 
  (なんだよ・・・

   せっかく予約して、イイ席確保しといたってのに・・・。)
 
 
 
すると、ミコトは4人掛けのその席のイツキとの間の一席空いたイスを後方へ
引くと、向かい合い座っていたイスから立ちあがってすぐ右隣席に座った。
 
そしてイツキに耳打ちするように、小さく呟く。
 
 
 
 『こうしたら聴こえるでしょ?』 
 
 
 
ミコトの息がダイレクトに耳にかかって、くすぐったそうに照れくさそうに
イツキがコクリ頷く。 そしてイツキは慌てて横を向いてミコトに見えない様
にして、胸ポケットからミントタブレットのケースを取り出し、手の平に転が
り落ちたそれを5粒一気に口に放り、超至近距離での会話に備えて口内環境を
整えた。
 
 
ランチタイムにはパスタやピザや、パニーニとかいうイツキには想像もつかない
謎の食べ物がサラダやドリンクとセットになってメニュー表に並んでいる。

ふたり寄り添ってメニュー表を覗き込み、互いにチラチラと視線を送りながら
なにを注文しようか幸福な優柔不断タイムに眉根をひそめていた。
ミコトが指をさしたのはだいぶ軽めのサラダメインのセットで、イツキはそんな
ので足りるのか甚だ疑問だったが、ミコトはそれでいいと言い張る。
 
 
 
 『ってゆーか。 カノウの、ひとくち貰うしっ。』
 
 
 
リア充にはお馴染み、女子からの ”ひとくち頂戴攻撃 ”に、非モテ男子代表
イツキは眩暈がしそうだった。 

そんなのデートプランには書いてない。 想像すら、妄想すらもしていなかった。 
”あ~ん ”して貰う激甘シチュエーションなら夢のまた夢として描くことは出来
ても、リアルと理想の丁度紙一重のようなそれは考えてもいなかった訳で。
 
 
『べ、別にいいけど?』 平静を装うイツキの第一声『べ』が、再びオクターブ
越えした。
 
 
 
 
 
騒々しくも想定外に寄り添って過ごす事が出来たランチタイムを終え、ふたりは
のんびり散策をする。

照れくさそうに並んで歩くふたりのその距離は、イツキの左手とミコトの右手が
触れ合いそうでギリギリの所で触れ合わない、歯がゆいそれ。
 
 
この街を代表するショッピングストリートである仲見世通りを進む。

やはり休日のそこは観光客が多く、行列が出来ている食べ物屋や、歩きながら
食べられるせんべいや団子の店も賑わっている。

すると、女子向けの可愛らしい和雑貨の店前でミコトが立ち止まった。
そして振り返ってイツキに視線を送る。

無言の ”ここ見てもいい? ”の合図に、”いいよ ”の意を込めて頷く。
そんな視線での会話がたまらなく幸せに感じて、イツキは俯いてじんわり込み
上げる熱いものをひとり噛み締めていた。
 
 
 
 
 
イツキがチラチラと左手首の腕時計に目を落とす。
そろそろパンケーキの古民家風カフェに移動する時間が近付いていた。

しかし、しっかりボリュームあるランチを完食したイツキの腹は全くスイーツを
押し込む隙など無く ”甘いものは別腹 ”という超有名フレーズに思わず身勝手
にも八つ当たりしたくなる。
 
 
 
  (どうしよう・・・ 予約しちゃったしな・・・。)
 
 
 
すると、ミコトがぽつりと呟いた。
 
 
 
 『アタシ、ランチ軽めにしちゃったから

  なんか小腹すいてきたぁ~・・・  スイーツでも食べに行かないっ?』
 
 
 
『え。』 イツキが目を見張る。

イツキが満腹であったとしても、ミコトが食べたいのならそれで充分なのだ。
 
 
 
 『す、すぐそこに・・・
 
  なんか、有名なパンケーキ屋が・・・ ある、らしいよ・・・。』
 
 
 
どこか自信なげにミコトを横目で見つつ呟いたイツキに、ミコトは大仰に飛び
跳ねて喜んだ。 『アタシ、パンケーキ大っっっ好きなのっ!!!』

『へぇ~・・・。』 満更でもない緩む顔をいなすのに、イツキは必死だった。
 
 
 
やはり行列が出来ていたその店に、照れくさそうに背中を丸めてイツキが進む。

イツキはイマイチ食べきれる自信がなかったのでメニューを睨み尻込みしていた
ところ 『ふたりで、はんぶんこで良くない?』ミコトからのその提案に大きく
頷いた。
 
 
ひとつのお皿に、フォークが2本。

互いに、どこか遠慮がちに対極線上のそれを、ひとくち分ずつフォークで削って
口に運ぶ。
 
 
ただ向かい合って食べるだけの動作が、こうも照れくさいものかと困り果てる。
相手の動きひとつひとつを目にするだけで、やけに嬉しくて胸がじんと熱くなる。
 
 
 
  (やべぇ・・・ 胸いっぱいで ぜんぜん進まねぇ・・・。)
 
 
 
ランチを軽めにしていたミコトは事前の宣言通り、エベレスト級の生クリームや
色とりどりのフルーツが乗った3段パンケーキを物の見事に完食した。

『すっごい美味しかった!!』 ミコトが眩しいくらいの笑顔で微笑んだ。
 
 
 
 
 
ここから、だった。
本日のメインイベントは、ここから。
 
 
帰りの電車に乗るまでの2時間弱。

はじめてのデートのピークとなるこのタイミングで、そう ”あの計画 ”を
どうしても実行に移したいのだ。 移さねばならないのだ。
 
 
 
 
  (キスがしたい キスがしたい キスがしたい キスがしたい・・・)
 
 
 
 
もうイツキの頭の中は ”キスがしたい ”でいっぱいで、他のことなどなにも
考えられずにいた。

本当は再びのんびりと散策をしながら、景色のいい所を巡って、手を繋いで
寄り添って歩いて、他愛もない話をして笑い合って、その延長線上で最重要
最終ミッションがあるはずだったのだが、テンパりまくるイツキはまっしぐら
に紅葉が有名なお寺へと、無言でズンズン進んでゆく。
 
 
ガッチガチの鬼の形相でひとり競歩のように前をゆくイツキに、さすがにミコト
も声を掛ける。 『ね、ねぇ・・・ カノウ・・・?』

しかし、イツキはその声に振り返りも反応もせず、目的地であるお寺のひっそり
佇む大イチョウの大樹前にやって来た。
 
 
そして、やっと振り返ってミコトと向き合う。
 
 
 
 
  ふたり、ただ黙って見つめ合う。

  見つめ合うというか、互いの間に ”無 ”の時間がただ流れる。
 
 
 
 
  (こ、これから・・・ どうしよう・・・。)
 
 
  (カノウ・・・ どうするつもりなんだろ・・・。)
 
 
 
イツキのパーフェクトデートプランには、ミコトが大イチョウに寄り掛かりキス
の気配に目をつむるシーンは描かれていたものの、そこまでの流れに持って行く
行程は一切考えられていなかったことに、ミコトと今、大イチョウの前で向き合
ってはじめて気付いた。
 
 
 
  (や、やべぇ・・・  ノープラン、だ・・・。)
 
 
  (な、なんなの・・・? この時間・・・。)
 
 
 
 
  ふたり、ただただ黙って見つめ合う。

  見つめ合うというか、互いの間に ”無 ”の時間がやはりただ流れるだけ。
 
 
 
意を決してイツキが小刻みに震えはじめた手で、ミコトの肩にそっと触れた。

イツキの手の異様な温度の高さに、ビクっと小さく体を跳ねたミコト。 
恥ずかしくてどこか怖くて数歩後退ると、背中に大イチョウの樹表を感じた。
 
 
イツキが1歩前に出た。

ゴクリ。喉仏が上下して息を呑む音がハッキリ響く。
ミコトの肩に添えた手をゆっくりゆっくり白いその頬に当てようと伸ばすと、
自分が思っている以上に指先がふるふる小刻みに震えていて、格好悪くて情け
なくて思わず苦い顔を作る。
 
 
 
  (ぁ・・・ ミ、ミントタブレット・・・

   ・・・そんなヨユー、ねぇか・・・。 )
  
 
 
震える脚をもう1歩前に出すと、イツキの胸とミコトのそれが触れ合うくらい
の距離になった。
 
 
その時。
 
 
 
潤んだ目を向けるミコトが、イツキと自分の唇の間に手を差し込んでキスを
阻んだ。
 
 
 
  (ごめん・・・

   ・・・キスは、もう少し待って・・・。)
 
 
 

~ Date With(サプライズ?)~ ■後 編 

 
 
 
それは、イツキにデートに誘われる数日前のことだった。
 
 
あれからもちゃんと続いていたイツキからの新作恋物語の原稿を、ミコトは
自室でひとり嬉しそうに眺めていた。 机に肘をつき前のめりになって、
相変わらず甘酸っぱくて歯がゆい物語を読み耽る。
 
 
 
  (ほんとにスゴイよなぁ~・・・ カノウの文才・・・。)
 
 
 
愛おしそうに指先でそっと、原稿のやさしい8Bの鉛色文字を撫でた。
大切に大切にありったけの愛情を込めるように、何往復も何往復も。

すると、なんだか物語とは無関係の筆圧の跡を指先に感じた気がした。
 
 
 
 『ん??』 
 
 
 
もう一度それを確かめるように、指先で用紙の表面を撫でる。 『ん???』
 
 
思わず原稿を掴み、目の高さに上げて机端のデスクライトに透かすように目を
凝らした。 
確かに文章とは関係ないなにかが、結構な筆圧をそこに残している。

なんだか無性に気になったミコト。 原稿をひっくり返し真っ白な裏面に目を
落とすと、好奇心が抑えられずおもむろにペンケースからシャープペンシルを
取り出し握ると、薄く薄く塗りつぶす様に原稿裏面に色を付けていった。
 
 
するとそこには、デートに誘う日付や、それを切り出す場所そしてタイミング。
デート当日の行程やら予約した店やら、イツキのパーフェクトデートプランが
しっかり反転文字で浮き出されて現れた。
 
 
イツキは恋物語を書きながらも頭の中は初デートのことでいっぱいで、プランを
書き記すメモ用紙を原稿用紙の上に乗せて、かなりの筆圧で無我夢中で計画立て
ていたのだった。
 
 
それに一切気付いていないイツキと、バッチリ気付いてしまったミコト。
 
 
呆れ果ててミコトは自室でひとり、声を上げてケラケラ笑っていた。
イツキが愛おしすぎて、恋しすぎて、涙目になってケラケラ笑っていた。
 
 
 
 
 
イチョウが有名なお寺の大樹の前で、ふたりは向かい合って立ち竦む。

少し離れた所で観光客の声が響いているが、少し陰になった場所にあるこの
大イチョウは俗に言う ”穴場スポット ”で、ここまで人はやって来なかった。
 
 
 
  (誰か来てくれればいいのに・・・。)
 
 
 
大イチョウの前でのキス計画も、勿論知っていたミコト。

しかしミコトにも、”初キス ”は思い描くシチュエーションがあった。
それだけはどうしても譲れないシチュエーションが。
 
 
 
  (ごめん・・・

   ・・・キスは、もう少し待って・・・
 
 
   誕生日に・・・

   3か月後のカノウの誕生日に、アタシから、したいから・・・。)
 
 
 
ミコトの手の甲に唇を押し付けてしまった完全に不完全燃焼のキスに、
イツキは不満気に口を尖らせ眉根をひそめた。
 
 
 
 『まだダメっ!!』 
 
 
 
笑いを堪えるミコトに、『えぇぇ・・・。』 駄々を捏ねるこどものように
イツキは肩を落としシュンと拗ねる。 まるで ”なんで?なんで? ”とでも
詰め寄って来そうな程に、堪え性のないスニーカーの爪先が砂利を踏み付ける。
 
 
 
  (まったく、もぉ・・・。)
 
 
 
愛しくてもうしょうがなくて、ミコトはイツキの手をぎゅっと握った。
結局今日一度も繋いでくれなかった、イツキの大きくて不器用なその手。
 
 
 
 『ねぇ。 今度、下敷きプレゼントしてあげるよ。』
 
 
 
ミコトの謎のひと言に、『え??』 イツキは首を傾げる。
 
 
 
 『大事なもの書くときは、下敷き当てた方がいいわよ。』
 
 
 
尚も意味が分からないイツキは、絵に描いたようなポカン顔をしてキョトンと
ミコトを見つめている。
 
 
 
  (んもぉぉぉおおおおおおお・・・。)
 
 
 
それを見ていたら、胸がきゅぅんと締め付けられて我慢が出来なくなったミコト。

そっとイツキの肩に手を置いて爪先立ちになると、そのポカン顔の頬にチュっと
短くキスをした。
 
 
『これが、ほんとの ”サプライズ ”よ・・・。』 そう照れくさそうに呟くと、
ミコトは可笑しくて仕方なさそうにケラケラ笑い出した。
 
 
 
 『tree先生は、バカでしょーがないわねぇ~・・・。』
 
 
 
更に声を上げてケラケラ愉しそうにひとり笑い続ける。
 
 
 
 『な、なんだよ・・・ どーゆー意味・・・?』
 
 
 
イツキは頬に手を当て本当はちょっと物足りないその感触に照れまくりながらも
ミコトの謎の言葉の意味を考えあぐねる。
 
 
『でもね、 そーゆートコが大っ好き!!』 眩しそうに目を細め微笑んで、
ミコトは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
 
 
 
  (大好きだよ・・・。)
 
 
 
『ぉ、おぉ・・・。』 最大限照れまくってイツキはポリポリとコメカミを掻く。
やっと内出血が治まったそこが、また赤く滲みそうで。
 
 
 
 
 
 『そろそろ帰るか。』 

橙色に染まる夕暮れの大イチョウの前で、ふたり微笑み合う。
繋いだ手を大きく前に後ろに揺らして、ふたりでケラケラ笑いながら歩く帰り道。
 
 
 
 『洗濯ちゃんと間に合って良かったね?』
 
 
 
ミコトから再び出た謎のワードに、『なにが??』 イツキは尚もポカン顔。

『ううん、別に。』 ミコトのクスクス笑う幸せそうな声が、秋の高い夕空に
吸い込まれて消えた。
 
 
 
 
                              【おわり】
 
 
 

人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を 【番外編】

人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を 【番外編】

付き合い始めてすぐ初デートのプランを練ったイツキ。 詳細にわたって計画立てたそのプランだが、なぜかミコトは要所要所でやたらと上機嫌にクスクス笑っている。 最終ミッションは大イチョウの前での ”初キス ”。 イツキのパーフェクトプランは実行に移せるのか?! ≪全3話≫ 【本編 人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を】も、どうぞご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ~ Date With(サプライズ?)~ ■前 編 
  2. ~ Date With(サプライズ?)~ ■中 編
  3. ~ Date With(サプライズ?)~ ■後 編