この海の上へ 絶対に

激しく照りつける太陽が体を焦がし、全ての影をより強く映し出す。汗でシャツが張り付いて非常に気持ちが悪い。あまりの暑さに道はゆらゆらと呻いているようだ。学校に到着して下駄箱の蓋を開けると泥のぎっしり詰まった上履きが出てきた。やっぱり毎日持って帰らないとこうなるなと学んだ。教室に入り自分の席につく。今日は珍しくゴミも落書きも無いな、ラッキーだ。今日は雑巾も油性ペン落とし液も出番は無さそうだ。いつも通り嫌がらせを受け、気がつくともう下校の時間になっていた。俺はある計画を実行するためにわざと最後まで教室に残った。教室から誰もいなくなったのを見計らって、皆んなの机に紙を入れていく。これは昨日徹夜で書いてきた遺書だ。しかもうちには印刷機なんていう大層なものは無いから全部手書きだ。紙を全て入れ終えて、家に帰って、部屋に入って、ロープを手にとって、天井にかけて、輪を作って、椅子に乗って、さあ、出発だ。と思ったその時、何処からか声が聞こえた。
「命よこせ。いらないなら俺にくれ。」
ハッとして辺りを見回しても、誰もいない。しかし、ふと自分の影が目に入った。影が違う動きをしている。まるで自分の意思を持っているかのように。私は恐る恐るその影に声をかけてみた。
「‥誰?」
影はゆらゆらと揺らめきながら言った。
「俺は影人(かげびと)だ。今は次の命が手に入るまでの間彷徨っている。 」
色々と状況が掴めない。取り敢えず、首にかけたロープを外して、さっきまで上に立っていた椅子を正しい使い方で使った。
「あなたについてもっと詳しく聞かせて下さい。」
その後影は長々と話したが要約すると
影人というのは命と命の間に存在するもので、普段は人の影の中にいるという。だからと言って全ての影に住んでいる訳では無く、影人がいるのは大体4割位出そうだ。
夜寝ている間に人に取り付いて、夢を生み出しているらしい。
人が死ぬたびに影人から1人選ばれて無理矢理生き返えらされるらしい。
あと、さっき私に話しかけてきたのは自殺志願者と死ぬ前に交渉する事で、その人が死んだ時、その人の空き命を貰って生を授かる事が出来るかららしい。正直、信じられない。
「で、どう?悪い話じゃないいとおもんだけどさ。君はこの嫌な世の中から逃げて、俺はその空き命をもらう。win-winじゃん。」
思いの他ファンキーな奴だったがこの際それは置いておくとして。
「まあ、僕は元々死ぬつもりだったし、いいですけど、その場合僕も影人になるんですか? 」
「どうだろうな、この世に未練のある奴は影人じゃなくて幽霊になる仕組みだから。」
つまりさっき言ってた残りの6割は幽霊ということだ。
「僕は未練なんて無いですよ。」
「なら間違いなく影人になるだろうな。影人はいいぞ、なんせ何もせずに人の影で寝て、夜は体を借りて、夢の中で好き放題できるからな! 」
「じゃあ、どうして、わざわざ生き返りたい思うの?こんな世界クソじゃんか! 」
「そうだな。クソだ。こんな世界クソだと思う。俺の友人には指名されて泣きながら消えていった奴もいる。俺は運がいいことに死んでからもう14年は経っている。14年も影人を続けられる奴なんてほんの数パーセントしかいない。でもな、14年も好き放題してるとこのクソみたいな世界に戻りたくなるんだ。だからお前に声をかけた。」
「ふうん、僕には分からないや。わざわざ刺激を求めるなんて、退屈な日常が一番いいのに、あなたはきっと前の人生それなりではあったんだろうね。僕にこの世界は刺激が強すぎるよ。だからやり直す。死んでやり直す。それだけ。」
「交渉成立だな? 」
「うん、いいよ。この命あげるよ。」
もう一度椅子の上に立ち上がり、ロープを首にかける。椅子から落ちると首が全体重を支えて、大動脈が締まる。目の前が暗くなっていく。未練なんて無い。全くない。それでも一つの命としてもがいてしまう。首を引っ掻いて、首とロープの間に少しでも隙間を作ろうとして。潔く、この世から去るつもりだったのに。少しでもこのクソみたいな世界を目に焼き付けようと必死にもがいてしまう。
ああ、なんてかっこ悪いんだ。最後の最後まで、僕は。こんなに苦しいなら‥後悔と自分に対する情けなさと、苦しさで涙が溢れ出てくる。
もがき暴れる自分に対して影は微塵も動いていなかった。その影はわずかに笑ったような気がした。それが幻覚かどうかも分からない。そもそも影人自体幻覚かもしれない。もしも影人が自分の隠れた意思だったとしたら、あの時、僕はどう言うべきだったのだろう。力が抜けていく。


暗い海に一人だけ。周りは何も無い。私は影人になったのか、それとも幽霊か?上を見るとわずかに光が見える。そこに向かって手を伸ばす。この海の上には人がたくさん歩いている。皆んな生きている。自分が誰かなんてどうでもいい。僕は生に向けて必死にもがく

この海の上へ 絶対に

この海の上へ 絶対に

この海の上へ 絶対に

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-26

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