優しい幽霊

ー私は自分の眼で見たものしか信じないー

これが私の口癖。だからカミサマなんかいないし、UFOと言うものはSFの世界でしかあり得ない。幽霊も例外ではない。そう思っていた。なのにーーー

「心結(みゆ)!朝よ!」
母親の声にまだ閉じていたいと言わんばかりに重いまぶたをゆっくり開ける。ああ、朝か。徐々に意識を覚醒させながらゆっくりまばたきをする。
「心結!」
先ほどより声を張り上げる母親に聞こえるように返事をし、起き上がる。1階のリビングに行き、和食好きの母が作る朝ごはんをもそもそと食べる。食べ終わったあとは自分の部屋に戻り、服を着替え、洗面台の鏡に移る自分を見つめながら歯を磨いたり、顔を洗ったり、髪をとかしたりする。そして準備が終わり次第学校へ向かう。これが私、仁科心結の朝である。今日もこのように普通の朝を過ごすはずだった。だが今日の朝はいつもとは違う朝になった。

「…え?」
廊下とリビングをつなぐドアを開けた瞬間、違和感に気づいた。テーブルにおかずを並べる母の姿、ソファに座りテレビのニュースを見る父の姿、これは普通だろう。だが明らかにいつもとは違っていた。
「あ、あの…」
そのいつもとは違うナニカは私と眼があうと控えめな声を出した。そのナニカはパッと見私と同じ年頃の男の子に見える。だが我が家の構成員に私と"同じ年頃の男の子"はいない。私の記憶のなかでは仁科家は3人家族のはずだ。
「心結?何してるの、ごはん食べなさい」
ドアを開けて突っ立ったままの私に母が声をかける。だが私は返事をすることができなかった。目の前にいる謎の人物のことで頭がいっぱいだったのだ。
「お母さん、お父さん、今はこの部屋にいる人数は?」
いきなり質問する私を不思議そうに見つめながら2人はほぼ同時に3人だと答えた。
「え…?」
2人の答えに私は困惑した。ここは普通4人ではないのか?もしかして2人には目の前にいる人物は見えていない?私しか彼の存在を感じていない?そう思いもう一度存在感がほとんど無い彼に眼を向けた。
「え…?」
存在感の無い彼の向こうにリビングが普通に見える。
そう、彼の体は透けていたのだ。

「う…」
眼が覚めると見慣れたいつもの天井が目の前に広がった。ああ、そうか。私気を失ってたのか。ぼんやりと天井を見つめながら先ほどのことを思い出す。あの謎の人物、確かにーーー
「体、透けてたよね…?」
「あ、俺のこと気づいてたんですね」
独り言だと思っていた台詞に返事が返ってきて驚きベッドからずり落ちる。痛い。
「わぁ!大丈夫ですか?」
ずり落ちた本人よりも過剰なリアクションをとる謎の人物。うん、やっぱり透けてる。
「あのー…?」
返事もせず、起き上がりもしない固まったままの私にもう一度声をかける謎の人物。
「んで…」
「はい?」
「なんで、体、透けてるんですか」
少しぎこちない私の質問に謎の人物は軽く笑いそして軽い口調で答えた。
「ああ、俺幽霊という存在のようです」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
たぶんこの時の私の顔は目を見開き口をポカンと開けた、例えるなら埴輪のような顔をしていただろう。
「あ、つまりですねーーー」
わけがわからないといった様子の私にさらに説明しようとする目の前の自称幽霊。だが、今まで味わったことの無い体験をしている私にはその説明を聞く余裕はなく、考えることに疲れを感じた私は眠りの世界へと意識を手放した。

私は自分の眼で見たものしか信じない。生まれてからこの16年間ずっとそう思っていた。
だから幽霊なんて生まれてからずっと見たことがなかったから存在しないものだと思っていた。いや、決めつけていたのかもしれない。なのに生まれてから16年目にして私の今までの考えは否定されたのだ。たった1人のちっぽけな存在によって。
「なんだろう、この感じ…」
三度目の眼覚めは、ずり落ちたままの姿勢からはじまった。自称幽霊は今この部屋にはいないようだ。
「よいしょっと…」
ゆっくり起き上がり時計を見る。時刻は午後1時34分を指していた。午後の授業が始まってちょっと時間が経ったくらいか。ん?授業?
「…あっ!」
そうだ学校!あの幽霊のせいですっかり忘れてた!
急いで仕度をしリビングに降りた。リビングへのドアを開けると自称幽霊が窓の側に立っていた。
「あれ?それって制服ですか?懐かしいなぁ…」
私の制服姿を見るなり顔を緩め笑顔になる自称幽霊。懐かしいと言うのなら普通は昔ながらのセーラー服ではないのか?うちの制服はブレザーであってセーラー服ではない。
「あの、私学校へ行くんで…」
「あ、君のお母さんが休むように連絡いれてましたよ?」
自称幽霊はそう言いながらテーブルのもとへ歩いていく、側にいくと指でテーブルの上を指した。少し警戒しながらもテーブルに近づくとそこには母の書き置きがあった。そこには
"いきなり倒れるからビックリしたけど、寝ているだけなので少しホッとしました。疲れてるんだろうから今日は休ませようとお父さんが言うので今日は休むように連絡しました。心結!倒れるまで疲れを溜め込んじゃダメよ!そんながんばり屋な心結のために今日は心結の大好物のオムライスにします。しっかり休んで待ってなさい。 母より"
「…いいお母さんですね」
自称幽霊が小さく呟く。私もそう思う。
「あれ?どこに行くんですか?」
リビングを出ようとしていた私に自称幽霊が声をかける。
「制服のままうろつくのもあれなんで、着替えてきます」
「そう、ですか。じゃあお手伝いを…」
自称幽霊の言葉を遮るように私は乱暴にドアを閉めた。

「あの、先ほどの話の続きをしてもいいでしょうか?」
着替え終わってリビングにいくと自称幽霊がソファに座って待っていた。
「私も、ちょうどそれについて聞こうと思ってました」
向かいのソファに座りながら答える。自称幽霊は私が座るとこう言ってきた。
「あの、俺が言うのもあれなんですけど怖く、無いんですか?」
言われて気づいた。そうだ、普通は自分の知らないものや常識を越えた存在が現れたら恐怖を抱くはずだ。
確かに始めてヘビを見たとき細長いクネクネと動くカラダが不気味で大泣きした記憶がある。それと同じで幽霊も始めて見るのにどうして私は怖いと思わないんだろう?
「よくわかんないです…」
私の答えに自称幽霊は素っ気なく返事をした。
「あの、あなたは本当に幽霊なんですか?」
「ええ、そうですよ」
返事をしながら自称幽霊は私の腕を掴んだ。いや、掴む動きをした。実際は自称幽霊の手が私の腕をすり抜けた。目の前で起きているこの現実が私に目の前にいる人物はこの世のものではないという実感を沸き起こさせた。
「っ!」
思わず勢いよく立ち上がり、幽霊の触れた部分をさする。寒い。触れられた部分が寒い。
「俺のこと、怖いですか?」
幽霊は少し困ったような笑顔を浮かべ私を見上げる。
「はい…」
「そうですか。でも気にする必要はないですよ。幽霊が怖いのはごく普通のことだと思いますし」
幽霊は私に座るよう促した。恐る恐るソファに腰かける私を見て小さく笑った。
「私は自分の見たものしか信じてませんでした」
「自分の見たものだけですか」
「はい、だから幽霊さんが幽霊だと言ったとき心のどこかではこの事を信じていませんでした。あの問いかけにたいしてもわからないと言ったのはあなたの存在を認めていなかったからだと思います」
幽霊は真剣な顔で私の話を聞いている。
「でも、あなたは確かに存在しています。これは幻覚なんかじゃなかった」
幽霊が触った腕をさする。
「私は自分の見たものしか信じません。だからあなたの存在を信じます。そして先ほどはあなたの存在を否定してしまいすいませんでした」
幽霊に向かってゆっくり頭を下げる。返事もなにも返ってこないので顔を上げると幽霊はポカンとした表情を浮かべていた。
「えっと…」
「ぷっ、くく…あははは!!」
幽霊はいきなり笑いだした。その笑いは死んだ人間のものとは思えない、元気で、力強い笑い声だった。
「え?私何か変なこと言いましたか?」
「言った!だって普通死んだ人間に謝る?俺幽霊になった時点で拒絶される覚悟できてたのに…なのにその事を謝るだなんて!俺の覚悟があっさり崩れたよ!」
そう言ってまたあははと大きな声で笑い始めた。その姿に少し驚きを感じつつも先ほどとは明らかに違う幽霊の話し方が私は気になった。
「敬語…」
「あ…」
私の指摘に幽霊ははっとしたように口を抑えた。
「すいません、あなたの方が年上かもしれないのに俺…」
「かもしれないって制服見れば大まかにわかるんじゃないですか?」
「それが、俺生前の記憶がなくって…」
苦笑いしながら頭をかく幽霊。
「こうしてあったのも何かのご縁ですし、思い出すの手伝ってくれませんか?」
「うーん、まぁ、手伝える範囲なら」
「本当ですか?ありがとうございます!」
そう言って私の手を握ってきた(厳密にいえば握れていないが)幽霊の彼の手はやはり冷たかった。

これが今を生きる"私"と過去を生きた"彼"の出会いである。

2

幽霊の彼と出会ってはや数日がたった。
「あのー、何も思い出せそうにないですか?」
私のベッドに座ってなにやら考えている彼に声をかける。ここ数日でわかったことは彼は生前の記憶だけでなく自分の名前も年齢も覚えていないということだ。
「うーん、残念ながら」
「でも幽霊さんのような目立つ人、そうそういるもんじゃないですよ」
私の言う目立つという言葉は彼が幽霊だからというわけではない。彼の外見が人目を惹くものだと思ったからだ。彼は背が高い。だが二重の垂れ目と柔らかい印象を与える顔立ちで、どこか幼い印象を感じる。目が覚めるほどの美男というわけではないけど、どこか女性を惹き付けるような魅力が彼にはあった。優しい面立ちにふさわしく、少しウェーブのかかった髪も柔らかそうで猫のような毛だと思った。だがその髪の毛は真っ白だったのだ。
「俺、生前は不良だったんですかね?」
柔らかそうな髪の毛を手ですきながら彼が問いかけてきた。
「何かの病気とかはどうでしょうか?」
私の意見に彼はビョーキ、かぁ…と小さく呟いた。
「幽霊さんの髪、見事に真っ白ですし、それを手がかりに情報を探すとかは?」
提案する私の顔を何か言いたそうに彼は見てきた。
「あの、その幽霊さんっていうのやめてもらってもいいですか?なんか距離を感じるんでちょっと…」
「あ、じゃあ…幽さんはどうですか?」
「はい、そっちの方が落ち着きます。あとお互い敬語なしにしませんか?これから同じことを頑張る仲間ですし」
同じことを頑張るといっても頑張るのは彼で私は手伝うだけなんだが…。
「幽さんがそっちが言いというならそうしましょう」
「本当に?ありがとう心結ちゃん、よろしくね」
「あ、よろしく幽さん」
突然のちゃん呼びに驚いた。こんな呼び方されたのは小さいとき以来で少しくすぐったく思う。それを幽さんに伝えると「わはは!」と元気よく笑われた。幽さんの陽気な笑い声につれられて私も笑うと気をよくした幽さんに「心結ちゃん、心結ちゃん」と何度も呼ばれてからかわれた。

「じゃあ、行ってきます」
私の声に3つの声が返ってきた。父と母は自分達以外の者の声が混ざっているなんて夢にも思ってないだろう。学校のある日は幽さんは基本留守番だ。けどたまに外に出て街をぶらついて記憶の手がかりを探しているらしい。
「心結ちゃん勉強ガンバレ!」
外にまで出て見送り幽さんに思わず笑みが浮かぶ。小さく手をふると幽さんは大きくふりかえした。
学校に着くと仲のよい友人、知り合い程度のクラスメイト、校門にいる先生等いろいろな人達からあいさつをされ、あいさつを返す。
「心結、おはよー」
トンッと軽く肩を叩いて中学からの親友の凛があいさつをしてきた。
「あ、凛おはよ」
2人でくだらないことを話ながら教室へ向かう。
「あ、そういえば心結ー」
教室に入り席に着くと、凛が何かを思い出したように声をあげた。
「ん?何?」
「最近お父さんとお母さんのこと話してないけど何かあった?」
背中がヒヤリとした。私は前から家であったことを凛に度々話していた。だが幽さんが現れてから幽さんのことをうっかり口に出してしまうかもしれないから家のことは話さないようにしていた。もしうっかり話して凛にきかれたときの対応に困るし、こんな話普通は信じられないだろうと思ったからだ。
「心結?大丈夫?」
何も言わない私に凛は不安そうな顔を見せる。
「大丈夫大丈夫!」
そう元気よく答え、笑顔を見せると凛は安心した顔でそうならいいんだけどと言った。その顔を見て私は心が少し重くなる感じがした。

放課後、学校から出ると校門のすみに幽さんが立っていた。
「あ、心結ちゃん」
私に気づくと幽さんはこちらに向かって歩いてきた。
「幽さん、今日は外に出てたんだね」
「うん、そうなんだけど…」
幽さんは少し言葉を濁しながら私の顔の高さまでかがんだ。
「話は帰りながらしよ?ここでだと心結ちゃん不審に思われちゃうし…」
幽さんに言われて周りを見ると下校する生徒達でいっぱいだった。うん、こんな中で一人で話していたら翌日には学校中でオカシイ子だと噂されるな。
私が小さくうなずくと幽さんはにっこりと笑って歩きだした。
「幽さん、何かわかった?」
学校から少し離れたところで幽さんに聞いてみた。
「うーん、手がかりになるかはわかんないけど学校を見るとなんか、こう、気になっちゃうんだよね」
「学校って小学校?中学校?高校?」
「全部気になる」
「全部…」
幽さんは困ったように笑いながらでも俺の気のせいかもと言った。
「よし!じゃあ私いろんな学校を調べてみる!」
「え、でもそれって大変じゃあ…」
「幽さん年齢わかんないから小学校では先生、中学校では教育実習生、高校では生徒とかあり得そう」
「まあ、確かにそう考えれば小、中、高どれもあり得そうだけど…でも心結ちゃん、手伝うといってもここまで大変なことは無理にしなくていいんだよ?」
「幽さん大丈夫だよ。私、幽さんの記憶探しの手伝いけっこう楽しいから無理になんかじゃない。むしろ進んでやりたいくらいだよ」
そう言うと幽さんは少し驚いた表情を浮かべ、そして笑った。
「ぷっ、あはは!心結ちゃんってやっぱり面白い!」
「なんで笑うのかなー…」
少し拗ねたように呟くと幽さんは笑顔をしまい、謝ってきた。
「私の言ってることっておかしい?」
「うん、だって今してることって心結ちゃんには何の得もないのにそれを進んでやりたいって言うとは思ってなくて」
「別に…それに頼まれたことだし…」
幽さんはうん、そうだねとうなずくとこう言った。
「心結ちゃん多分、将来ダメ男に貢いで捨てられそう」
大きなお世話!

次の日は土曜で休日だったので2人で近所にある学校を回ってみることにした。
「幽さんこの小学校も気になる?」
とある小学校の前に立ち止まる。休日でも校庭では子ども達が遊んでいる。
「うーん、少し?」
眉間にシワをよせ難しい表情を見せながら幽さんは言った。
「少し?それって気になることに差があるってこと?」
「うん、小学校はそこまでじゃないけど、中学高校って学年が上がるにつれてこう、ね…」
「じゃあ昨日私の高校にいるときどうだった?」
幽さんは胸に手を当てながらどうって…と呟いた。
「もうすごかったよ。例えるなら顕微鏡でミカヅキモが真っ二つに裂けるのを見てる感じ」
幽さん、例えが分かりづらいです。
幽さんの"感じ"を元に考えると、幽さんは中学か高校のどちらか、あるいはどちらとも関係があるかもと思い中学校と高校を回ることにした。
「収穫なしかーー」
結局回ってみたものの気になるということ以外にはとくに何もなく、気づくと空は茜色に染まっていた。
「心結ちゃんごめんね?貴重な休みを俺のために」
「別にいいよー、私も楽しかったし」
そう言うと幽さんはありがとうと笑って言った。幽さんの白い髪が空の色に染まって赤くキラキラ輝いた。
「綺麗…」
私が呟くと幽さんは目を丸くしながらえ?と聞いてきた。
「あ、いや、幽さんの髪が空の色を写して綺麗だなーって…」
幽さんはああ、と納得した。そして赤くなった自分の前髪を右手でいじりだした。
「不思議だな、死んでからもこの世界の恩恵を受けられるなんて」
「おんけい?」
幽さんはうん、と頷き右手を下ろして私の顔を覗きこんだ。
「この世界に生きてる人皆が受けられるものなんだって。太陽の温もりとか、水の冷たさとか、あとは…夕日を全身で浴びることとか」
そう言うと幽さんはいたずらっ子みたいにニヤリと笑った。
「恩恵かぁ…なんかいいね」
「でしょ!俺もこの話聞いたときいいなぁって思った!」
幽さんはあははは!と陽気に笑った。
「この話聞いたときってことは…幽さんこの話を聞いた記憶あるの?」
「え?あ!ホントだ。俺この話ちゃんと覚えてる…」
「誰がしてくれた話?何歳のとき?どこでしてた?」
幽さんはうーんと唸ってからわかんないと笑った。
「でも俺、他のことは忘れてるのになんでこの話は覚えてたんだろう」
「…墓場まで持っていきたい話だったからとか?」
幽さんからの反応がないのでチラリと見ると幽さんはポカンと口を開けて突っ立てた。
「幽さん?」
「ふっ、ふふっ…くく、あははは!み、心結ちゃん、そ、それ…ははは!ナイス!座布団1枚!」
「要りません」
幽さんの笑いのツボが分からない。

「心結ちゃん、今日は普通に外でぶらついてみない?」
日曜の昼下がり、幽さんが誘ってきた。
「うん、いいよ。どこに行くの?」
特に予定もなかったので素直に承諾した。幽さんは少し悩んでからまあ、てきとーに、と言った。
「てきとーって…」
「もう、いいじゃん!俺、散歩したい気分なんだから付き合って!」
呆れる私を幽さんは少し強引に外に出させた。
「とりあえず、こっちにいってみよう」
家を出るなり幽さんは歩きだした。私も隣に並んで歩く。
「心結ちゃん、こっちは何があるの?」
「こっちは住宅街だよ。でも住宅街を抜けたさきに神社がある」
ふーんと幽さんは素っ気なく返事をした。なんだよ、自分から聞いといて。
「なんか…神社って落ち着くよね…」
「私はなんで居もしないものを祀ってるのか分からない」
「ああ、そっか。心結ちゃんは自分の目でみたものしか信じないもんね」
幽さんは、ははっと陽気に笑った。
他愛ない話をしているといつの間にか神社に続く階段の前に来ていた。
「この階段の先に神社?」
幽さんが階段を見上げながら聞く。
「うん、そう」
私も見上げながら答える。
「神社って絶対階段あるよね…」
「心結ちゃん急にどうしたの?」
幽さんが私に目を向ける。
「いや、なんかふと思って。出雲大社みたいに階段がなくて歓迎ムードまんまんな感じがいいなぁ」
「神様にお願いするのにはそれなりに苦労しなさいっていう意味なんじゃないかな?」
今度は私が幽さんに目を向けた。
「苦労、かぁ」
「そう!これぞ神の試練!なんちゃって」
幽さんはあははと大きな声で笑った。
「もし神様がいてこの階段が試練だとしたら、出雲大社の神様はなんで試練を与えないんだろ?」
「うーん、俺は出雲の神様は心が広いんじゃないかなって思う」
「心が広い?なんで?」
「10月ってさ神無月って言うでしょ?その月は日本中の神様が出雲に集まるって言われてるじゃん。八百万の神様を1ヶ月も受け入れられるって凄くない?俺ならそんないっぱい来られたら1日ももたないよ」
「凄いと思うけど…集まるのって出雲の地域じゃなくて出雲大社だけなの?」
幽さんはあ、と言ったあとわかんないと笑った。
「ともかく出雲大社は凄いんだよ!貫禄があるとかさ、有名とかさ」
「なんでそんな出雲大社を推すの?それに貫禄とか有名とかだったら伊勢神宮や太宰府天満宮とかも負けてないでしょ」
「ああ!」
幽さんがいきなり叫んだ。
「心結ちゃん、俺たち凄いよ!」
「え、何が?」
幽さんは目をキラキラさせながらこちらを見る。
「俺たち階段のことだけでこんなにも話せてるよ!」
「え、だらだらと長くなっただけでしょ」
「それは違うよ、小さな事から話を膨らませるって凄いことだと思うよ」
「…膨らみすぎて破裂しないといいけど…ね!っと」
皮肉を言いながら大きく1歩踏み出す。幽さんの方を振り向くと幽さんは少しムッとした顔になっていた。
「そう簡単には破裂しないけど…ね!」
幽さんは大きく1歩踏み出すと同時に勢いよく階段を駆け上がりだした。
「あ、ズルい!」
私も慌ててあとを追った。

「つ、疲れた…」
頂上まで駆け上がり終わるとその場にしゃがみこんだ。
「あはは、心結ちゃん汗だくだー」
幽さんが爽やかに笑う。なんか腹立つ。
「そりゃ、こんな時期に走ったら汗だくにもなるよ!」
「…今ってそんなに暑いの?」
「まぁ、5月だし、春にしては暑い、かな」
「そっか…」
幽さんが少しうつむく。心なしか少し悲しそうに見える。
「幽さん?」
「あ、ごめん。なんでもないよ、ただ…」
「ただ?」
「俺は暑さも寒さも感じないから、少しむなしくて…」
幽さんはしんみりしちゃったね、と言いながら笑った。
胸がズシッと重くなった。忘れがちになってたが幽さんはもう生きていない。いくら一緒にいてもすべてが一緒ではない。私が感じる暑さを彼は感じないのだ。
「…でも、幽さんはここにいるよ」
幽さんの右手に左手をよせる。うん、やっぱり冷たい。
「ここに…いるよ」
目元が熱くなりうつむく。視界が滲んでいくのがわかった。
「うん…ありがと」
頭に冷たい空気が流れた。幽さんが頭を撫でてくれたのだ。
「~~~~っ!」
幽さんの冷たい優しさに涙が流れた。
幽さんは私が泣き止むまでずっと黙って隣にいてくれた。
「よし!」
泣き終わり、私が気合いを入れて頬をパンッと叩くと幽さんは心結ちゃん復活だーっと笑った。
「復活だー」
幽さんの真似をする。
「あはは!心結ちゃん似てない!」
馬鹿にされた。
まだお参りをしていないことに気づき、2人で並んで参拝をする。
すると、後ろから数人の男の子の声が聞こえてきた。
「あ、制服だー」
隣で幽さんの声がして目を開けて振り向くと6人の男子高校生がこちらに向かって歩いてた。高校生だとわかったのは全員制服を着ていたからだ。そのうち3人は私の通っている学校と同じ制服だった。
「あれ?人がいる」
6人のうちの1人が私に気づく。
「あ、ホントだ」
「そこの人、俺たちやることがあるからもしよければ帰ってもらってもいいかな?」
「…やること、ですか?」
私が不審そうにするから6人はしまったという顔をした。
「ああ、大丈夫!犯罪とかじゃないから!」
「そう、今度の夏祭りで使う神輿がもう古くってさ。新しい神輿をこれから作るんだ」
予想とは違う立派な理由に少しでも不審に思った自分が恥ずかしくなった。
「ほら、これから人も増えるし混雑するから…」
「あ、わかりました。神輿作り頑張って下さい。祭りで見られるの楽しみにしています」
そう言って立ち去ると後ろから、任せろー!という力強い返事が聞こえた。
「元気な人たちだったね~」
階段を下り始めるとそれまでずっと黙ってた幽さんが口を開いた。
「そうだね、それにいい人達だった」
「うんうん!」
幽さんは顔を緩ませながら上下に頷いた。
「…なんか、ご機嫌だね」
「え、そうかな?」
「うん、神社でなんかいいもの見つけた?」
そう聞くと幽さんは、うーんと唸ってからあ、と呟いた。
「そう言えば懐かしいなぁと思うものがあったな」
「え、何ですか?」
「あの制服、懐かしいなぁって思って」
「制服ってどっちの?」
「ブレザーの方」
幽さんの言うブレザーの制服は私の学校のものだ。
そう言えば初めてあった日、幽さんは私の制服を見て
"あれ?それって制服ですか?懐かしいなぁ…"
と言ってた。あの時は何も思わなかったが幽さんが懐かしいと思うものがうちの学校の制服ならこれは重要な手がかりになる。
もしかすると幽さんはうちの高校と何か繋がりがあるのかもしれない。
「明日、月曜日になったら何か分かるはず」
私は小さく、力強く呟いた。

3

月曜日、学校に着くと凛がいつもの軽い調子で挨拶をしてきた。
「心結、おはよー」
「凛、おはよ。あのさ、過去の生徒や先生ってどうやったらわかるかな?」
「過去の?んー、それなら図書室かな?あそこなら卒アルとかあるだろうし」
「図書室かぁ…なるほど。凛、ありがとう」
「それはいいんだけどさ、心結」
凛が不思議そうな顔をして私を見つめる。
「凛、どうかした?」
「心結、なんでそんなことが知りたいの?」
「え、いや、あの…」
記憶喪失の幽霊がこの学校と関係あるかもしれない、だなんて言えるわけがない。言ったら明日から私は頭の痛い子として見られるだろう。
なんと言ったら良いかわからず、曖昧な反応をしていると凛は急にわかった!と顔を輝かせた。
「さては心結!好きな人ができたんでしょ!そしてその人がこの学校の卒業生!」
凛、あなたの推理は掠りもしていないけど、その想像力は尊敬に値するよ。
「ま、まぁ、そんなとこ…」
適当に誤魔化そうと思い、そういうと凛は目を輝かせさらに詳しく聴こうとしたようだが、タイミング良くチャイムがなったのでしぶしぶ自分の席に戻った。

休憩時間の度に凛やその他の友人はしつこく私の好きな人について聞いてきた。私はどちらかというと恋多き乙女というわけではないからどう答えたら良いかわからず上手くその場をやり過ごすことが出来なかった。昼になってもその状況は変わらず私の席は友人たちに囲まれていた。
「心結、唸ってばっかりじゃなくてなんか教えてよ」
「そうだよ。心結の好きな人って誰?名前は?どこで知り合ったの?」
「写真はある?どんな人?」
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて…」
なかなか答えない私に対し、徐々に苛立ちと興奮の色を見せる友人たち。彼女たちをなだめようと両手を胸元まであげる。
「落ち着いてって、心結がちゃんと答えてくれたら落ち着くよ」
「っと言うことで…心結!ズバリ!好きな人は誰?」
「ぅええええ!!!?心結ちゃん好きな人いるの!?」
すぐ後ろから叫び声が聞こえ振り向くと、幽さんが目を見開いて立っていた。
「幽さん…」
彼にしか聞こえない程度の小さな声で呟く。幽さんはにっこり笑ってやぁ、と言った。やぁ、じゃないでしょ。なんでいるの。
「えーっと、み、心結?」
いきなり後ろを向きそのままの私に先程まで軽い興奮状態だった彼女たちが声をかける。
「みんな」
「心結、どうかした…?」
「ごめん、ちょっと用事思い出した」
言い終わると同時に席を立つ私に友人たちは引き止めもせず、私がその場から去ることを素直に許した。
廊下へと歩きながら幽さんについて来るように目配せをする。幽さんはすぐに気づいたようで私の少し後ろを歩きだした。

優しい幽霊

優しい幽霊

幽霊とありますがホラーではありません。ホラーが苦手な人でも親しめる作品を目指します。 ー生きる彼女と生きた彼のお話ですー

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
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