短編「帽子」

短編「帽子」

ちょっとほっこりしたお話し。

その日母とでかけた私は手荷物をたくさん持ちながら電車の空いた席に腰掛けた。
休日ということもありすこしこみあった車内だった。
何駅が過ぎたあと1人の老人が私の前に立った。
おしゃれなスーツと帽子を被り手元には大きなカバンを持っていた。
母も座っていたので荷物をたくし私が席を譲ろうとした。
私はそれなりに厳しい部活動にはいっていて、こういったことには少し敏感だった。
「良ければどうぞ。」
私は少し作りっぽかったかもしれないが笑顔で声をかけた。

「ありがとう。でもまだ大丈夫だから。」

老人はすごく自然な笑顔と慣れた口調でこたえた。
私はそうですかと少し老人の目を逸らすように座った。

この前の学校の朝会で席を譲ったら馬鹿にしてるのかと怒られたという新聞記事があったと校長は話した。
私は別にそう怒鳴られても自分は良い事をしたと思える方だったので今回も譲ろうと思い自然と体を動かした。
断られたときその言葉をまだ理解しきれていなかった。
おそらくまだ大丈夫とはまだ座らなくても大丈夫な体だから、という意味だったのかもしれない。
それに気づいたのは少しあとのことだった。
しばらく電車の中で母と会話しながら何駅か駅を通り過ぎていった。
少し人が多くおりる大きめの駅で老人は降りようとしていた。
そのとき
「ありがとね。」
また笑顔で私のことを見て去っていった。

席を譲るとありがとうと言ってくれる人、まだそんな歳じゃないとむっとする人、何も言わず手を振り断る人。
自分が今まであってきた人達や自分がやってこんな感じで返事されるんだろうなって思っていたのと違う返し方をされて少しおどろいた。
なによりもそんなふうに自分の衰えを恥じず堂々と立っていた老人の姿がかっこよかった。
あんな人になりたいなと素直に思った車内での一時。

短編「帽子」

かっこよかったな。

短編「帽子」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-13

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