【掌編シリーズ】1.あるホストクラブの観察

あるホストクラブの観察

 薄暗い店内。
それなのにきらびやかなシャンデリアの光とブルーの照明。
高級そうな黒のソファーにガラスのテーブル。

 私の横には黒のスーツ姿で優しく微笑みながら、私のタバコに火をつけてくれる茶髪で童顔の青年。
奥には黒髪で童顔の青年よりも大人びたバーテンダーが、カクテルを作っている。

 正直、他のホストクラブよりも人の入りは少ない。
ホストの数だって、この子と店長以外見たことがないし、お客は今日も私一人だ。
でも、私はどんなホストクラブよりも“ここ”が好きなのだ。


「ねぇ、ユウヤ君」


 彼の源氏名(多分本名)を呼ぶ。


「はい?」
「ちょっと愚痴聞いてくれる?」
「もちろんですよ」



 彼曰く「それで貴女が笑ってくれるなら好きなだけ愚痴ってください。僕でよければ好きなだけ聞きますよ」とのこと。
ちなみにホスト特有の営業トークではない。これが彼の本心なのだ。

 最初の頃は何度も疑った。
どうせ、営業トークなんでしょ?って。
それを確かめる為にあえて通った時期もあった。

 でも、何度か来る内に本当に本心だと気づかされた。



「ユウヤー。ちょっとこっち来てくれー」
「あ。すみません。店長に呼ばれたので行ってきますね。すぐ戻りますから!」
「いいよいいよ、ゆっくりで」
「綾ちゃん、ごめんねー」
「タクヤさんも気にしないで」



 タクヤさん(多分本名)はこのお店の店長だ。
濃い茶色の髪の毛を遊ばせて髪型を作っているが、それなりに年齢を感じさせる。
ユウヤ君はタクヤさんのところに走って向かう。



 お客なんて私一人なんだから、賑やかな曲なんてこのお店には不釣合いに思える。
だから、私は曲をかけないでってお願いしてる。
そんな無音のお店では、小声で話していたって会話が丸聞こえなのだ。



「店長! 勘弁してください。ぼくはー……」
「お前、またか?」
「だって、タク兄、ぼく殺せないって何度も……」
「あのなー、ゴキブリは他の虫とは違う。害虫だぞ?」
「それでも生きてるでしょ?」
「いや、まぁ……だけどな……」



「とりあえず、この店から逃がせばいいんでしょ? えいっ」
「え、おま、素手で掴むなって」
「ほら。窓から逃がしたよ」
「そういう問題じゃ……」



 殺虫剤を持って静かにお店の外に出て行くバーテンダー。



 本当に、このお店で一番強いのはゴキブリだって殺せないユウヤ君だと思う。
殺せないくせにゴキブリだって素手で掴んじゃうんだもの。
ユウヤ君は、冗談抜きで、“命あるもの全てに優しい”のだ。



「窓から逃がしたら他の人間が困るだろ。俺、殺虫剤で殺してきたわ」



 殺虫剤を片手に戻ってきたバーテンダーは面倒くさそうに頭を掻いた。



「すまんな、カズヤ」
「なんで殺すのさー!」
「さすがにゴキはダメだろ。ユウヤ」
「むぅ」



 怒ったつもりなのに、逆にバーテンダー・カズヤ君(多分本名)に諭されて不満気に頬を膨らませるユウヤ君。
君は何歳なの? 可愛い仕草に少し笑ってしまう。



「兄貴も、もう諦めなー? こいつ、こういう奴なんだって」
「わかってはいるんだけどなぁ……」



 店長も困ったように頭を掻く。
さすがにお店の中じゃ兄弟喧嘩始めないだろうけど、完全に私のこと忘れてるわよね……。

 このピリピリした雰囲気は好きじゃないな。
ちょっとお姉さんが一肌脱ぐとしますか。



「ねぇ、カズヤ君も飲みなよー。お姉さんのおごりでさ!」



 カウンター席に座って、カクテルを作ろうとしているカズヤ君を誘う。



「いえ、“僕”は……」
「いいから、いいから」
「あの……」



 強く断れないのか、ちょっと困ってる顔が可愛い。



「ねぇねぇ、カズ兄。前にタク兄から聞いたんだけど、下戸ってホン……いたっ! 叩くことないじゃん!」
「余計なこと言うんじゃねぇ」



 私の横に座りつつ、誰もが気になっていた“下戸疑惑”について聞くユウヤ君。
最後まで言わせてもらえずに頭を叩かれていた。



 でも、この反応……やっぱり下戸なのかしら?
以前、タクヤさんも「カズヤは下戸なんじゃないかなぁって思ってるんだよ、俺」って言ってたし。

 当のカズヤ君は何かのカクテルを作っている。



「それより、ほら。綾さんが好きなカシオレ。できたよ」
「ありがとー♪」



 私の目の前にそっと出されるカシオレ。
さっき作ったと思われるカクテル・スクリュードライバーは、タクヤさんが飲んでいた。

 本当にこの兄弟は面白い。
何度見たって飽きやしない。



「ねぇ、カズヤ君。せっかくだから、ユウト君と一緒に私の愚痴、聞いてもらえないかしら?」
「“僕”でよければ構いませんよ」



 私は彼らと過ごすこの時間がとても好きなのだ。
何度見ても飽きやしないこの兄弟と一緒のこの時間が。



おわり

【掌編シリーズ】1.あるホストクラブの観察

【掌編シリーズ】1.あるホストクラブの観察

Twitterの診断メーカーであったお題が書けそうだったので挑戦してみましたが、ホストクラブなんて行ったことなくてよくわからないです。わからないなりに書いてみました。「こういうホストクラブがあってもいいんじゃないかなぁ」とまったりと見てやってください。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-09

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