恋はみずいろ

 今年のさくらは、入学式までもつんじゃないか。ぼくはそんな期待を抱いてた。別に入学式なんて関係ないけど、ここ数日駅のホームから見上げるさくらの木があまりにもりっぱだから、ちょっとだけ浮かれていたのかもしれない。
 昨日の雨は、そんなぼくの期待を見事に流し去ったのだった。春の嵐なんてきれいなラッピングをしても、つまらないものはつまらないと思う。
 太陽に照らされてほとんど白く輝く花びらの下を、子ども達がはじめて通学する姿が見たかったわけじゃないけど、この地方公共団体の下のどこかであって欲しかったのに。もしかしたら、その1年生を迎え入れるのは君かもしれないし。
 ただ、そんなきれいな風景が実現しようとしまいと全然意味はないのだろう。傍から見ているのと、生活のために仕事をしているのではとらえ方が違うだろうし、そもそも君は人見知りが激しいから新1年生相手にも緊張してそうだ。
 こういうの無駄なことをあれこれ考える自分が恥ずかしい。だいたい1年前、君のことが好きだった時のぼくは、そんな風にこの木を見てはいなかったと思う。どうせLINEかなにかで君に連絡をとるために下ばかりを見ていたんだろうし。
 これだけ懐かしいような感じを受けるのは、たった1年という時間の経過ではなくて、それが戻らないという事実にあるんだろう。雨に流されて階段に張り付いた花びらを見ると、枝についていた時はさぞかしきれいだったのだろうともったいない気持ちにさせられるのと同じだ。
 だからといって、ぼくはその花びらを枝に戻そうなんて気持ちはない。じゃないけれど、自分のためにはそこまでする気にはなれそうもない。肺炎の女性を心配する老人の画家じゃあるまいし。
 「最後の一葉」か……誰かのために必死になって何かをするときは相手に伝わるようにしないといけない。僕は次はそうできるだろうか。
  昨日の、灰色の空と冷たい水は今日はどこにも見当たらず、薄くなったさくらの花びらを陽の光が照らしている。この天気はしばらく続きそうだ。みずいろの恋がぼくの枝から花びらすべてを流し去ってしまうのには当分かかりそうだ。

恋はみずいろ

恋はみずいろ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-07

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