夜空の斜線はすべて夢

流星の夜空を二つに裂くような尖塔が、その町の一番高い丘陵にあった。塔の正面の殆どを覆うステンドグラスには彼らの女神が写っている。その下、両開きの扉に向かって、松明を掲げた人々が並んでいた。
 皆若く、希望と不安が入り交じった表情で、黒塗りの扉を擬視している。
 月が丁度、列の真上に来た頃、それまで驟雨のようだった星が、ぴたりと止んだ。そのことを合図に、扉が内側から開いた。
「それでは、今から選別の儀を始めます」
 神父らしき男が出てきて言う。
「あなたが先頭ですね。
入ってきてください」
 中は一面大理石で、扉から真っ直ぐに赤いカーペットが敷いてあった。その先には鋳物らしい桶のようなものが置かれている。
「進みなさい」
 先頭の女性がカーペットの上を歩んでゆく。両側にローブを纏った聖職者が両手を胸の前で組みながらかしづいている。
 桶の前に来ると、彼女は自らの氏名を開かす。そうすると、桶の間近に居た一人の老婆が面を上げた。
「神託を受け取るか?」
「はい」
 女は淀み無く答えると、手に持っていた松明を桶に向かって投げ入れた。火がより一層強くなり、その中で燃えた。これは聖火台だった。
 老婆は満足げに頬を上げる。すると、隣に高く積まれた丸い物を一つ取った。それには一番と書かれた札が貼ってある。
 手にした球体を両手で捻ると、間抜けな音と共に二つに割れた。ひらりと、一枚の紙が床に落ちる。それを老婆が拾うと、書かれている文字を読み上げた。
「アイドル」
 それを聞いた女は来た時とは、うって変わった喜面一色で、小躍りしながら部屋を辞した。
 さて、女とすれ違いに後ろに並んでいた男が入ってくる。彼は、同じように聖火台の前で、老婆が紙を読み上げるのを待った。
「カーレーサー」
 男は部屋を出てゆく。それから、何度も同じやりとりが繰り返された。違っているのは、老婆の言葉だけだ。
「警察官、花屋さん、宇宙飛行士、ケーキ屋さん……」
 紙に書かれているのはすべて職業だった。これは、この星で年に一度行われる就職の儀式だ。この星に生まれた人は皆、ある一定の年になると、流星群の夜にここへ集まり、将来の職を決めるのだ。
 老婆が持っているのは落ちてきた隕石で、中を開くと、職業が書かれた紙が入っている。これが神によるお導きだと、この星の人々は信じていた。
 地平線に月が差し掛かかる頃、隕石は最後の一つを残すだけとなっていた。入ってきたのは列の最後尾の男だ。男は堂々と胸を張りながら聖火台の前まで進む。
「神託を受け取るか?」
「はい」
 老婆が隕石を手に取り、それを捻った。紙を拾い上げる。しかし、ここからが長かった。驚愕に目を見開いたまま、静止していた。
「……あの?」
 それがあんまりにも長いので、男の方が口を開く。果たして、老婆は突然死したわけでもなく、男の方を向いた。
「ううむ、これはどうしたものか。
しかし、これが神のご意向というのならば。
いや、しかしあまりにも」
 だが、すぐ俯いてああでもない、こうでもないと要領の掴めない言葉を思案げに呟きだしてしまう。
「なんなんですか?」
 痺れを切らした男が言う。
「……ネズミだ」
「は?」
「お前の職業はネズミだ」
「ネズミ?」
「ああ、隠語でもなくなんでもなく、お前はネズミになるのだ」
 老婆が紙を男に突きつける。そこにはミミズの這ったような乱れた文字で、ネズミと書かれていた。
「いや、意味がわからないんですけど」
 困惑する男の脇を二人の聖職者が抱える。
「な、なんなんですか!?
ホントに僕にネズミやれっていうんですか?
僕は人間なんですよ!
できるわけ無いじゃないですか!」
 男は抵抗むなしく、部屋を連れ出される。これから男はネズミとして、生きていくことになるのだ。
 正面扉が大きな音をたてて閉まることを確認すると、老婆は一つため息をついた。その原因はもちろん、先程のことだ。このようなことは初めてではない。昨年は、ラーメン屋の屋台になった女が居たし、一昨年にはリンゴになった男が居た。
 一体、神様はどういうおつもりなのか。そう考えたが、神様のお考えなど自分に推測できるはずもない、それに何年も続いていること、今更変えることもできないだろう、自分だって、同じようにしてして聖職者になったのだと、老婆は思考を止めた。
 なお、職業がネズミになった男だが、下水道の最下を寝床とし、腐汁と腐肉を漁って十年を過ごした。彼が死んだ時、人間の墓に入れるべきか議論が起こったが、あくまで職業がネズミである人間だという遺族の主張が通り、人として埋葬された。
 また、彼の死体は泥とも糞便とも判断が付かない黒ずみと、くの字を描いて曲がった背骨のため、とても人間のようには見えなかったという。

 一方、これは別の惑星のお話。
小学校らしき施設の校庭に、数人の子供たちとそれに囲まれた教師の男が居た。
 子供たちは皆一様に、手に収まる大きさの玉を持っていた。
「みんな、ちゃんと将来の夢は持ってきたかな?」
 元気な返事が子供から返ってくる。それを受けて、教師が微笑みながら抱えていた逆T字の装置を地面に置いた。台の上に円柱が乗っていた。
「はい、それじゃあ、出席順で入れてくからね」
 一人目の子供が持っていた玉を装置の中に入れる。すると、加速した玉が飛び出した。
 玉はみるみるうちに空へ吸い込まれてゆき、ついには大気圏を抜けて宇宙に飛び出した。この装置は発射台なのだった。
 この惑星では、小学生がカプセルに自分の将来の夢を書いた紙を入れて宇宙に打ち出す習慣があった。
 最後の子供がカプセルを打ち出してしまうと、教師は発射台を片づけながら、子供に話しかけた。
「キクチくんはなんて書いたの?」
「ネズミ!」
「ネズミ?」
「うん!」
「それになりたいの?」
「うん!」
 元気よく返事をする。教師は否定も肯定もせず、日和見に笑った。子供らしい荒唐無稽な夢だった。
 さて、子供たちの書いた夢を乗せて、宇宙に打ち上げられたカプセルだが、これらは重力に引かれて、惑星に落ちてくる予定だ。流星のように。大半は地表にたどり着く前に燃え尽きてしまう。
 この人工的な流星群を見るのが、この惑星の風物詩であった。卒業の時期になると、このようにして、夜空を夢が流れるのだ。
 しかし、この風習もいつまで続けられるかは分からない。カプセルの中に、一部落ちてこないものがあるのだ。それらは大気圏を脱しても勢いを失わず宇宙空間をさまようか、惑星の周りにスペースデブリとして漂っていた。
 そのデブリが宇宙開発の妨げになることから、カプセルを打ち上げる風習を止めるべきだという意見も少なからずある。事実、この惑星は土星のような環に囲まれている。全て、打ち出されたカプセルだ。
 教師個人としては、この行事を好ましく思っていた。自分も子供の頃に同じことをしていたし、そのおかげではないかもしれないが、夢の通りに教師になれた。このまま何事もなく、続いてほしいと思っている。だが、世間の風当たりは厳しく、ロクな予算が降りなかったため、カプセルと発射台は自費で用意したものを使っている。
「いつまで続けられるんだろうか」
 彼の心配げなつぶやきは夜空に溶けていった。もちろん、その彼の心配が数億光年離れた惑星までたどり着いてしまったカプセルが引き起こす不自由な職業選択に及ぶことは無かった。

夜空の斜線はすべて夢

夜空の斜線はすべて夢

ショートショートの練習

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-05

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