KKK

目立たない必要があったので、俺たちはキャップを少しずらしてお互いの禿頭を見せ合うと、席に着いた。
「同志ピカニチョフだな」
 差し出された手を取る。
「ゲハロウだな、よろしく」
 誰かに俺たちの会合が見られていないか不安になる。店内を少し見渡す。
 昼下がりのぬめったい空気の中でウェイトレスが髪を揺らしながら注文を取っていた。その近くでは掃除夫が床を箒で掃いている。ハキハキと受け答えするウェイトレスと対照的に、掃除夫は日頃の疲れを隠そうともしない緩慢な動作だった。
「気分が悪いな」
 ゲハロウが鼻を鳴らしながら言った。
「どいつもこいつも、気持ち悪いもん頭に乗っけやがって。
真実の自分で過ごすのが怖いらしい」
「全くだ、どうして俺たちのようになれないかね」
 そう言うと、お互いの視線が交差し、二人の頭部へ行く。帽子の奥で輝く禿げ頭を幻視しあっていた。ウェイトレスも掃除夫も、本当は同じ頭をしているはずだ。なぜなら、人間から頭髪は無くなってしまったのだから。
 こうした変化が起こったのは、温暖化の影響だ。世界中の毎日が真夏日になってしまった。その暖かな環境に最初に適応しようと進化したのは人類だった。頭髪が抜け落ち。新しく生えなくなったのだ。
 もちろん変化は人間だけではない地球環境そのものもそうだったし、様々な問題も起こり、世界政府は温暖化対策を実施した。その中で革新的だったのは冷気を放つ合成植物を植えることだった。だが、これはうまく行き過ぎた。
 その結果、今度は地球が寒冷化してしまった。世界中の毎日が真冬日になった。
 そのことで何よりも困ったのは地球を冷やした張本人である人間たちだ。温暖化に適応した頭部が寒くて仕方がない。
 そこで、開発されたのが「けむくじゃら粘着テープ」。これはとある動物の毟られた毛の内側に接着剤を塗布したもので、人々がこれを新しい頭髪として認めるのに時間はかからなかった。
温暖化爾来、廃業に追い込まれていた床屋の営業が再開する、文化遺産的価値しかなかったクシが再生産を始める等、地球と頭と共に冷えきった人類のカルチャーに光をもたらした。
 しかし、光が強ければ強くなる程、そこから暗渠へ伸びる影も濃くなるもの。「けむくじゃら粘着テープ」には、それそのもの自身より粘着質な問題がまとわりついていた。
 例えば、そのコストだ。毛の劣化が早く、毎日貼り替えなければならない都合上、消費者側の金銭的負担は重い。
 剥がす際に炎症を起こし、治療もままならぬまま新しい粘着テープを貼り続けたことによる新型の皮膚病は現代人の殆どが抱える生活習慣病だし、抜け毛の量があまりにも多く、下水処理施設が詰まる事件もあった。
 利権がらみの問題もある。「けむくじゃら粘着テープ」の生産事業の公営化を巡って、企業と政府間での意見対立が起こっている。
 だが、何よりの被害者はオオバネツクガイドリだろう。この種の鳥は、半日で全身の毛が生え変わる特性を利用され、「けむくじゃら粘着テープ」の毛の材料になっている。元より生命力が低く、個体数の少ない種類のため、乱獲により絶滅の危機に瀕している。人の髪が欲しいという虚栄心を満たすために、地球から一羽の鳥が消えようとしているのである。
 だが、「けむくじゃら粘着テープ」の生産は止まない。それ所か、工場を増やし続けている。愚かにも人類はもう一度手にした毛髪を手放すつもりはないらしい。
 そう、愚かにもだ。だから、誰かがそれを正さねばならない。だから、我々が立ち上がる。
「そろそろ行くか」
 俺たちは頷き合うと、席を立った。
禿人至上主義団体「毛毛毛」が歴史にその名を現す初めての日が今日だ。
 キャップを宙高くに投げ捨てると、俺たちは自分の頭よりも強い光を放つ、未来の輝きの方へと足を進めた。

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ショートショートの練習

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-02

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