未熟者同士。

一体、何処が好きだったのか。今となれば遠い思い出。

「晴矢、こんな所で寝てたら風邪引く…」
ソファで寝ている恋人を起こそうと身体を揺する。
もう私達は高校生。私は義務教育卒業と共に一人暮らしを始めた。そんな私の家に彼は遊びに来た。
晴矢が前に観たいと言っていたからDVDを借りて来たのに、先に寝るなんて信じられない。
「ねぇ、晴矢ってば」
更に強く揺すると緩慢な動きで目を開く。
「あ…俺、寝てた?」
寝起き特有の掠れた声を出しながら私を見つめる。
黙って一つ頷くと、欠伸をしながらゆっくりと起き上がる。無造作に頭を掻いて再び欠伸。
「疲れてるの?」
「まあ」
「…そう」
こんな素っ気ない会話。端から見たら倦怠期か何かだと思われる。けれど私達は付き合う前も付き合い始めた当初もずっとこんな感じ。別に、不満なんてない。
「帰るの面倒くせぇ。泊まってく」
晴矢は風介と照美君の三人でシェアハウスしている。神経質そうなあの二人の事だから結構うるさく言われてるんだろう。晴矢は割と大雑把だから。
「分かった。じゃあ、ご飯作るね」
そう言って立ち上がる。台所の方へ向かい冷蔵庫を覗きテキトーな材料でそれなりの物を作れれば良い。晴矢は文句言わないし。その代わり、料理の感想とかも無いけど。
晴矢は携帯を取り出し風介への電話を掛けたのだろうか。数秒後面倒くさそうに溜息を吐き電話を切った。…また、口煩く言われたんだ。

夕飯を作り終えて一通りテーブルへ並べ床に座る。彼もソファから下りる。
いただきます、とだけ言いその後は何も喋らず食べ始める。故意ではないけれど別段話す事もない。別に、これで良いの。私は幸せだから。
けど今日は違った。
「なぁ」
と。晴矢が私を呼んだのだ。いつも何も話さない訳ではない。けど私が返事をするまで話題を展開させないのは初めてだ。
私は一抹の不安を覚えた。まさか、別れ話…。
「…何」
動揺しているのがバレないよう短く返事をする。
しかしどうやら私の不安は杞憂だったようだ。
「お前、中学の時付き合ってた奴いたの?」
予想外の質問。晴矢が私の過去の恋愛を追求してきたのは初めてだ。
「急にどうしたの」
眉尻を下げ、困ったような顔を作り問いかける。
「いや、別にどうもしねぇけどよ」
唐揚げを口に運びながら答える晴矢。隠すほどの事でもないと判断した私は素直に答える事にした。
「いたよ。…二人」
これで満足か、とでも言ってやろうかと思ったがやめた。そこまで波風立てた言い方をする理由はないから。
「へぇー、意外」
言葉の割には全然驚いている様子は無さそうだ。
「誰?俺の知ってる人?」
「えぇ…」
頷いてから後悔した。此処で肯定してしまったら名前を訊かれる流れはお約束だ。
案の定、続きを促す様な視線を私に送ってくる。
隠せば隠すほど不自然だ。だから私は素直に答える事にした。
「え、と…茂人君…と、風介」
「マジかよ、厚石と付き合ってたのか?」
これには本当に驚いたようだ。何度も瞬きを繰り返している。それに、声のトーンも一オクターブ程高い。
でも風介の事に関してはノーコメント、か。
きっと少なからず動揺している。けれどプライドが高い彼は素直にその事を伝えられないのだ。隠そうとする。
だってそうだ。動揺するのも無理がない。
晴矢は何事も風介に負けたくない。何かある度に風介だけには、と闘争心を燃やす。
とうの風介はエイリア学園の時からあまり相手にしていなかったみたいだけど。

『バーンは今日も馬鹿だった』

毎日の様に私に愚痴っていた。
どうして別れたのか、…そんな事はとうの前に忘れてしまった。いや、本当は覚えているけれど今は良いだろう。
私は彼のライバルの元恋人。自分よりも先に付き合っていた。言いようのない気持ちが今彼の中をグルグル回っているのだろう。
「ねぇ」
「何だよ?」
微笑み、私は言う。
「何でも無い」
晴矢は不思議そうに肩を竦めた。

夕飯を食べ終わり、晴矢はお風呂に入っている間私は食後の食器を片付ける。同時に風介との思い出を振り返る。
何故、付き合い。そして、別れたか。
付き合ったキッカケは些細な事だった。ダイヤモンドダスト対雷門戦が引き分けに終わり、そしてチームカオスを作るとなった時何故か私がメンバーの一人に選ばれた。
自分でも選ばれた理由が分からない。どう考えたって愛の方が私より実力が勝っている。

『が、ガゼル様…!!』
『なんだ』
『どうして、私が…カオスに入れてもらえたのでしょうか…?』

恐る恐るあの人に訊いたのを覚えている。
本当に一瞬の事。私があの人の温もりに包まれた瞬間は。

『クララ…君は自分が思っているよりも遥かに才能がある。私には分かる、ずっと見ていたから』

今でも鮮明に思い出す。

『──私と付き合ってくれないか?』

そう。告白は風介から。
私はあの時、どんな表情をしていたのだろうか。女の子らしく頬を赤く染め小さく頷いていたのだろうか。
今となってはどうしてあの人の告白を受け入れたのか謎だ。別に今あの人の事を嫌いな訳ではない。容姿は整っているし、それなりに家事もこなせる。そして細かな気配りも出来るのだろう。
けれども私の好みではない。
きっと私は周りの女子と差を付けたかったんだと思う。リーダーと付き合えば周りの女子と比べ優遇される。私の風介への気持ちは見栄の塊だった。
“見栄”…これほどしっくりくる言葉はない。そんな私の中途半端な気持ちを見透かしてかエイリア学園崩壊と共に私は別れを告げられた。なんとも呆気なかった。
他に好きな人が出来た、でもなく私への気持ちが冷めた、でもなくあの人は

『君に相応しい未来はほかにある』

とだけ言った。
此処で引き止めたら今でも私はあの人と付き合っていたのだろうか。
いや、その後すぐに茂人君と付き合い始めた私の行動を考えればその時じゃなくとも何れは別れていたのだろう。茂人君とともそんなに続かなかった。三ヶ月…くらいかな。
「クララ、風呂空いたけど」
後ろから晴矢の声がした。顔だけ向け、頷く。
どことなくいつもより、素っ気ない彼。

風呂を上がり、胸辺りまで伸びた髪をドライヤーで乾かしていた。
髪を伸ばし始めたキッカケは特に無い。強いて言えば晴矢の好きな女優の髪が長いから。私も男に左右される女になってしまったのか。少し悲しかったが、これが普通の女子なのだろう。だったら大人しく好きな男の色に染まってやる。
訳の分からない宣言を鏡の中の自分自身に向けてすれば、ドライヤーを片付けリビングへと戻る。そこに晴矢の姿はなく、もうきっと寝室で布団を敷き先に眠っているのだろう。
寝室の扉を開ければ…ビンゴ。
「晴矢、もう寝てるの?」
晴矢が敷いてくれた私の分の布団に潜りながら声を掛ける。
「…ん、まだ。うとうとはしてたけど」
「布団、ありがとう」
起こしてしまったか。刹那焦ったが晴矢はこのくらいじゃ怒らない。それに寝付きが良いからまたすぐに寝られる。
私は仰向けの体勢で目を瞑り、眠りに付こうとする。
「まだ涼野、お前の事好きだよ」
あぁ、予想はしていた。だから私は驚いた素振りを一切見せず目線だけ横にいる晴矢へと向けるとしっかりと此方を見ていた。
「お前の事、好きだって…」
多分、と付け足す。聞こえなかったと思ったのか二度同じ様な事を言った。
「うん、そっか」
我ながら素っ気ないな。そんな私の様子を気にする事もなく晴矢は続ける。
「もし、涼野に告白されたらお前はどうすんだ?」
何を言ってるんだ。コイツは。私はそんな薄情な女だと思われているのか。少々気分が悪くなったが、恋をすると自分に自信がなくなるものだというのを以前クラスの女子から聞かされた。確かに、いつでも自信満々の晴矢がこんな弱気な質問するのは珍しい。
「どうするもこうするも、私は晴矢と付き合ってるでしょ。私が好きなのは晴矢だけ」
体勢を横にし相手の目を真っ直ぐ見て出来る限り真剣味が伝わるように答える。
暗がりだからよく見えないけど、きっと晴矢の顔は赤い。ついでに言うと私の顔も赤いし、熱い。
付き合ってから十ヶ月。私はまだこの人に好きと言った事がなかった。だからこれが初めての“好き”。晴矢はきっと不安だったのだろう。こんなに長い間私からの“好き”が聞けなくて。
「お休み…」
「お、おう」
赤くなった顔を隠すように晴矢に背を向ける。晴矢も同じ様な体勢をとったのだろう。布団が擦れる音が後ろからした。

まだ私は恋をして不安を覚えるという事を知らない。それに嫉妬という感情も。
だけど晴矢の事は好きだ。これは確か。
こうやってお泊まりをしたって恋人らしい事、キスやハグ、手を繫いだりなんてした事ないけれど私達はこれからも好き合っている。根拠のないこんな自信はどこから来るのだろうか。
まあ、いつか…進歩出来ればそれで良いのかな。

Fin.

未熟者同士。

閲覧ありがとうございました。

未熟者同士。

南雲晴矢×倉掛クララのマイナーカプです。 倉掛の過去の恋愛がどうしても気になっちゃう南雲。 そんな二人のぎこちなくも誠実な思いを描いています。 ほのぼの目指して頑張りました。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-24

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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